69話 パーティーの在り方
真っ白い毛に覆われた生き物が七匹、街道を疾走する。街道と言っても辺境へと向かう道である為にしっかりと整備されているわけでもなく、地面がむき出しになっている部分をそう呼ぶのだ。その生き物とは家畜としての世界でも一般的な羊であるのだが、普通の羊とは少し違っていた。
まず何よりもその大きさ。馬と同じくらいの高さがあり、みっちりと敷き詰まった白い毛のせいで横幅は倍くらいあるように思える。その毛も、普通の羊なら汚れて灰色になっていて油でギトギトになっているのが普通なのだが、真っ白でふかふかで、それはまるで綿飴のよう。
この羊達は、“羊使い”の二つ名を持つBランク冒険者ナムカラが呼び出したものだ。召喚とはいっても、ナムカラはテイマーというわけではない。ナムカラは見た目通り魔法使いであるのだが、稀有で特殊な才能を持っていた。その特殊な才能により七匹もの大きな羊を従えて、移動手段を失っていたジェノ達に足を提供したのだった。
巨大で真っ白な羊の集団は背にジェノ達を乗せて力強く大地を蹴り、進む。先頭を走るのはリクルースの跨った羊だ。一行はまずスプリが攫われた現場へ向かうことにしていたので案内の為リクルースが先頭に据えられている。その現場はリアクースも知っていたがどちらかというと(本人談)方向音痴らしく案内を妹に譲っていた。
リクルースは途中ゆるやかにカーブを描く街道を無視して、大人の膝くらいまでありそうな草むらの中へ真っ直ぐ突っ込んでいく。続く六人も怯むことなく突っ込んでいく。
コウロから伸びる街道は真っ直ぐではない。これは、次の街との間にあまり大きくは無いが森が点在している為だ。その森は当然魔物や盗賊達が潜むにはうってつけで、王国としても切り拓いて真っ直ぐ道を繋ぎたかったのだが様々な事情で断念していた。なので街道はぽつりぽつりと散らばる森を避けるように一定の距離を置いて敷かれているのだが、カーブを無視して直進した方が当然早い。
その為我が道を行く者も一定数いるのだが、そうなれば盗賊や魔物の標的ともなりやすい。スプリが攫われた時は盗賊を誘き寄せるためにあえて街道を無視した為、スプリが攫われた場所へ向かうには街道を無視する必要があったのだ。
「これがスプリさんを攫ったと思われる女の放った攻撃の跡です。何故か手前で爆発していましたが、直撃していたら恐らく無事では済まなかったでしょうね」
やがてリクルースの乗った羊が止まり、残りのメンバーも羊を止まらせる。視線の先には円形に出来たいくつものクレーターが存在していた。窪んで土がむき出しになり黒く煤けている。これが、重なるようにして何個も出来ていた。その威力は爆心地だけを見ても明らかに高いと分かる代物であった。リクルースの言葉通り、直撃すればCランク冒険者でも成すすべなく消し飛びそうな程に。
そのような強力な力を操るが故にコントロールを誤ったのか、もしくはあくまでも目くらましに使用しただけでリアクース達を狙ったものではなかったか。そんな風に考えていた面々の中で、ジェノは隣に居たコノミの頭に止まっている田吾作に目線を向ける。
「タゴ?」
ジェノからの視線に気付いた田吾作は首だけをジェノに向けて更に180度傾げながら小さく鳴いた。その姿はまるで「一体全体何の話ですか? さっぱりわかりませんなー」とでも言いたげだ。その反応にジェノは、田吾作がこの深い爪跡を残すほどの攻撃からリアクース達を守ったのだと確信して、田吾作の頭を優しく撫でようと手を伸ばした。
「ありがとな。って、いてててて!」
「遊んでないでスプリさんや盗賊達が消えたという地点に行きますよ」
スプリからの指示だろうとはジェノも思ったがそれでも礼を言わずにはいられなかった。しかし、撫でようと持っていった指先に田吾作が容赦なく噛み付いた。その眼光は抉ってやるぜ! と決意に輝いていた。思わず悲鳴を上げながら指を引き抜こうともがいているとナムカラから声をかけられた。見れば周りの者達もジト目を向けている。特にユヴィクスの視線が突き刺さる。
「ぐ、おう、行こう行こう」
ナムカラが声を掛ける刹那に嘴を離して頭だけ反対に向けてしらばっくれている田吾作を睨みつけてから、ジェノもリクルース達について羊を歩かせる。そうして着いた場所は、何の変哲も無い平原が広がっているだけだった。
「私達も少し調べてみたんだけど、何も分からなかったわ」
ここは、盗賊達に突進して行ったスプリが立ち止まった場所であり、正体不明の女が盗賊やスプリと共に姿を消した地点でもあった。リアクース達が直後に調べても何の手がかりも掴めなかったが、Bランクでも有名な『野生の獣』の面々ならば何か分かるだろうという期待があった。
そして、その期待は正しかったことが照明される。
「なるほど、空間が揺らいだ痕跡がありますね」
何も無い空間をじっと見つめて立っていたナムカラが口を開いた。足元に生えた草を見つめて食べたいな等と考えていた訳ではなく、リアクース達の話から微かに残った空間をこじ開けた名残を探っていたのだ。ナムカラの着ている長いローブの裾が草原を撫でる風に煽られてなびく。その様はまるで映画のワンシーンのようなかっこよさがある。顔面が羊であることを考えなければだが。
そしてその言葉に全員が食いついた。特に反応が早かったのはジェノで、真っ先にナムカラのところまで駆け寄った。
「追うことは出来るのか?」
「ここに空間が揺らいだ痕跡があることで分かるのは、相手が空間を操る能力を持っているということだけですよ。ここを入り口として出口である場所まで行けばそこに出口が開いたこともわかりますけど」
「なんだそりゃ・・・」
そう、ナムカラにはあくまで空間が開いたことしか分からない。空間を操ることが出来るかもしれないと聞いていたナムカラはまずそれを確認しただけのことだ。当然、そこから追うことは出来ない。ナムカラは戦う可能性のある相手の能力をまず把握しようと思っただけなのだが、気が逸っているジェノはがっくりと肩を落とした。
そんな中、田吾作がある一点を見つめていた。そして次にユヴィクスが近くの森の方に視線を向けてターナの耳がピクピクと動き、草を食んでいた羊達が顔を上げた。そして未だ100m程距離のある森から二つの影が飛び出してきた。
その影に向けて飛び出そうとしたユヴィクスを押し止めたのはジェノの腕だ。ユヴィクスが眉を顰めつつも何も言わないでいると、その人影に向かってリアクースが自分の脚で駆け出して行った。やがて互いの距離は縮まり、リアクースに二つの影が飛びついた。リアクースはしっかりとその影を抱きしめると、笑顔を浮かべて頭を撫でた。
「リアクースー!怖かったよー!」
「ヴォウオウ!」
「怪我は無いみたいね、ちゃんと無事で良かったわ」
犬耳の冒険者レルカとリアクースの従魔である隠密狼のクードを撫でるリアクースは、完全にペットを可愛がるご主人様だった。危ない意味で無く、純粋に動物を可愛がる姿である。レルカがペット側なのはその表情とクードと同じように盛大に振られている尻尾のせいだろう。
様子を見ていた残りのメンバーも何事かと二人と一匹の元へとやってくる。歩み寄る間に、事情を知っているリクルースが皆に説明している。ゆっくり話し合うことが出来たのはジェノだけで、合流してからすぐに出発した為にレルカの人相や詳しい経緯を話していなかったのだ。流石にもう一人仲間がいてリアクースの従魔と共に現地で調査をしているとは伝えてあったが、その程度のものでしかない。
戦いの時ではないと察したターナがどこか残念そうに視線をさ迷わせるのと同時に、ユヴィクスもまた構えていた腕を下ろしてため息をつく。Cランクでそれなりに長いと聞いていた犬耳の冒険者がCランクに昇格したばかりのリアクースにまるで飼い主に久しぶりにあった犬のように目一杯甘える姿に、呆れてしまっていたのだ。
「まさか一緒に行ってるとは思ってなかったけど無事で何よりだぜ。何かあったのか?」
やがて満足したのかレルカは立ち上がり、さっきまでの姿を思い出して恥ずかしさがこみ上げてくるのか頬が赤く染まるのを感じながら目元を拭っていた。そんなレルカにジェノが近寄り声を掛ける。どれだけ犬っぽいと言ってもCランク冒険者のレルカが怯えるなど、何かあったに違いないとジェノは思ったのだ。そしてその予想はやはり的を射ていた。
「何か無いかと思って近くの森を探してたらすっごく強そうな魔物に襲われて、馬も殺されちゃうし死ぬ気で逃げてきたよ・・・」
実は手がかりを探して森を探索していたレルカは、丁度リアクース達とこうして出会う少し前に森の中で盗賊達の死体を見つけた。それと同時に、その死体を貪っていた存在と遭遇してしまったのだ。突然の攻撃に馬は殺されてしまったが、そのお陰とも言うべきかレルカは命からがら逃げ出すことが出来たのであった。
「マジか・・・。でも無事で済んだんなら良かった。スプリの為に残ってくれたのは有りがてぇけどあんまり無茶すんなよな」
「うん、そうする。本気で死ぬかと思ったし。でも・・・」
「でも?」
レルカは乾いた笑い声を漏らしながら頭を掻く。レルカは隠密行動に優れてはいるが、その分直接的な戦闘能力はそこまで高くは無い。それ故に不意に強力な魔物との戦闘が発生するというのは間違いなく絶対絶命の状況なのだ。
しかし、レルカは言葉を一旦区切り、徐々に引きつった笑顔から満面の笑顔へと移り変わっていく。その様は正にスライドエボリューション。
「アジトっぽいの発見してきたよ!」
「ヴォウ!」
レルカが、さっきまでの甘える姿はなんだったのかというくらいの会心のドヤ顔を浮かべて、握った拳の親指だけを持ち上げて真っ直ぐに突き出した。同意するように吠えたクードの顔もどこか誇らしげであった。