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67話 屋敷からの脱出


 扉が勢い良く開け放たれて、そこに立っていたのは一人の男だった。たるんだ腹と顎は歩くたびに僅かに揺れ、オールバックに撫で付けた髪は微かな灯りに烏の羽のような光沢を放っている。男は細い男の前で跪くバロムスと、身支度を整えて部屋の隅で成り行きを見守っていたカリウェイを見てその顔を愉悦に歪める。


「これはこれは叔父上殿、ご機嫌麗しゅう」


「リグシェイム・・・」


 バロムスの献身を一秒でも無駄にしない為に一言も発さずに最低限の装備だけをつけてひたすら隙を窺っていたカリウェイは、部屋に入ってきた男の姿を見て苦虫を噛み潰したような表情で小さくその名を呼んだ。その低い声には、混乱と驚愕、怒りの感情が込められている。


 そんなカリウェイには目も暮れず、細い男は不機嫌そうに眉を顰めてリグシェイムを見つめていた。そしてバロムスを視界に入れて警戒しつつも、苦言が口から零れる。


「リグシェイム様、屋敷を出ているはずじゃなかったんですか?ここは危険です」


「どうしてもいつも偉そうにしていたこの男の無様な姿を見ておきたくてな。危険だというのなら貴様らが何とかしろ」


 誰に向かって物を言っているのかという態度に、痩せた男の目はさらに鋭くなる。わざわざこんなところに出てきてこんな会話をすれば、リグシェイムと襲撃者達との関係はバレバレである。そんな考えなしのリグシェイムの行動に痩せた男は内心ため息をつく。もちろん、バロムス達を見逃すつもりは毛頭無いのだが。


「どうした、そんな老いぼれに構っておらずにさっさとあの男を始末せんか。ああ、どちらも老いぼれであったな」


 リグシェイムは心底機嫌が良さそうに笑う。まるで面白くて自分の言葉が面白くて仕方が無いとでも言うように。自分が待ち望んだ光景に胸躍る姿は、状況が違えば非常に明るく朗らかなものだったであろう。


「リグシェイム、何故、何故このようなこ」


「やれ」


「まっ、ぐっ!?」


「がっ!ぐ・・・は・・・!?」


 ジェノの話を聞いて確かに疑わしいと思いつつも、カリウェイはやはりリグシェイムを信じていた。いや、信じたかった。それでも実際に襲撃者と話すその姿を見れば黒幕がリグシェイムであることは明らかで、カリウェイとてそこまで来ても尚信じる程のお人よしでは流石になかった。


 それ故に恨みと怒り、驚愕を孕んだまま声を荒げて問い詰めようとしたところに、ひどく冷徹なリグシェイムの指示が放たれた。その声に即座に反応した痩せた男は、まず目の前のバロムスの背中に槍を振り下ろして身体を貫いた後、そのまま踏みつけて槍を引き抜いた後流れるような動作でカリウェイの心臓目掛けて槍を突き出した。


 槍はカリウェイの身体を貫き、そのまま背中から生えるように穂先が飛び出た。真っ赤な血が飛び散り、槍を引き抜かれて倒れた二人から広がる液体で壁と床を赤く染めていく。その光景にリグシェイムは満面の笑みを浮かべる。


 痩せた男は面白くなさそうに他の男達を足蹴にして意識を取り戻させながらリグシェイムへ声をかけた。


「リグシェイム様、どうやら誰かがこの屋敷に入り込んだみたいなんで早く出ますよ」


「きちんと仕留めたんだろうな?」


「領主の方は間違いなく心臓を貫いたし、こっちの執事も直に死にますよ。余計なトラブルが起きる前に離脱したいんで」


「そうか、よし、では私は鉢合わせないよう秘密の脱出路で出るとしよう。お前は見つからぬよう後始末をしろ。後の三人は護衛としてついてこい」


 言うが早いか、リグシェイムがスイッチを作動させるとガコン、という音が響いた。見た目には分からないが、ベッドの下に脱出口が開いたのだ。護衛としてバロムスにいいようにやられた三人と共にリグシェイムは部屋を出て行った。中から開閉出来るようで、再びガコンという音がして出入り口は閉じた。


「ぐ、うぅ・・・」


「まぁ、少しくらいは面白い方がいいよな。出血大サービスってやつだ」


 一言ぽつりと呟くと、痩せた男はバロムスがカリウェイの方へ這っていくのを無視して素早く部屋を出て行った。他の部屋と見分けが付かないように扉を閉めて。


 バロムスは動かないカリウェイの元に必死に這って近づいていく。その傷ではもはや助からないことを理解していても、バロムスは諦める訳にはいかなかった。誰かが屋敷に来たと言った。治療出来る可能性が僅かでもあるのなら、例え自分は助からなくとも足掻くと、バロムスは全身から力が抜けていくのを感じながらも必死に手足を動かした。


 そしてようやく主人の下へと辿り着いたバロムスは、死が迫る身体を起こした。そして、残された力をかき集めてカリウェイの起こした。そして取り出したのは、真っ白なハンカチーフ。それをカリウェイの身体に出来た穴を覆うように巻きつけて、ダメージを与えない塩梅で強く締め付けさせる。自浄作用をオフにされたハンカチーフは傷口を圧迫し、段々と赤く染まっていく。


「これが私の精一杯、か・・・。どうか、ご無事で・・・」


 そこまでをこなしたバロムスの意識は薄れ、全身の力がフッと消えていく。支えを失ったカリウェイの身体が床に転がり、重力に身を任せて倒れこんだバロムスの意識は、そのまま闇へと沈んでいった。







 扉を勢い良く開け放ったコノミを襲ったのは、濃い血の臭いだった。その可愛い顔を僅かに顰めながら、部屋の中を見渡す。その視界は、部屋の隅に倒れる二人の人物を捉えた。コノミの体当たりから復帰したジェノも部屋に入るや二人を見つけて、コノミと共に駆け寄る。


 コノミの頭の上に止まっていた田吾作は音も無く飛び立つと、ベッドの縁に止まった。その顔は部屋へ向かっている途中からずっと同じ方向へ向けられていたのだが、ジェノとコノミは気付いていなかった。


 そして駆け寄ったジェノは、倒れている二人が既に大量の血を流して意識が無い事を理解して背中に冷たいものが流れる。だが呆けている場合ではないとも理解出来たジェノは、素早くコノミに視線を向けて場所を譲る。


「コノミ、頼んだ」


「うむ、任された」


 コノミが構えるのは、スプリが作成した、対象を回復させることが出来る杖だ。杖自体に莫大な魔力が篭められて“ムゲン”のスキルで作成されたそれは、本人認証の為の僅かな魔力さえあれば癒し放題というとんでもアイテムであった。もちろん作ったスプリ本人もよく分かっていないのだが。


 そんなチートアイテムである杖の先端に嵌められた青い宝石が淡い光で輝き出して、倒れているカリウェイとバロムスの身体を包み込んだ。その威力は絶大で、もはや死んでいてもおかしくなかった・・・というよりもジェノとコノミは気付いていなかったが実は死んでいた二人の肉体と魂を完璧に再生してみせた。


 死後時間が経過していなかったのも、蘇生出来た理由ではあるのだが。実際、バロムスの必死に止血で稼いだ時間が無ければカリウェイの蘇生は成らなかっただろう。


 その光景に、ジェノは驚愕で目を見開き、後ろに下がっていたジェノからは見えないがコノミすら驚きで口を開け、それでもすぐにスプリのお手製だからと納得した表情を浮かべた。ジェノにはコノミが回復魔法を使えると伝えられただけで、杖はスプリが街で買ってきたただの補助としか認識していない。


「すげぇなコノミ!さすがだぜ!」


 その為、いくら回復魔法が使えるとはいっても見るからに重症の二人を完璧に癒すとは思っていなかった。応急処置としてかけてもらった後に病院也に担ぎ込んで治療してもらうつもりだったのである。良い意味で予定を狂わされたジェノはほっとため息をつきながらもハイテンションで倒れている二人へ再び歩み寄る。


「治ったはいいけど意識はまだ戻らねぇみたいだな。どうすっか」


 起きるのを待つか、それとも一人ずつでも馬車まで連れて行って運び出すかと悩んでいたジェノの鼻に、嫌な香りが届いた。それは、何かが燃えるような臭いであった。


「なにやら焦げ臭いの」


 コノミも感じたようで小さな鼻をひくひくさせている。ジェノは最悪を想定して、即座の脱出を決意した。


「コノミ、今すぐ逃げるぞ!ふん!」


  そうしてジェノは、バロムスとカリウェイの二人を担ぎ上げた。全身の筋肉が悲鳴を上げながら痛みを伝えてくる。それでもジェノは見捨てるつもりは無かった。コノミは呆れたように見ていたが、その口元は確かに笑んでいた。


「我について来い!」


「おう、まだこれをやらかした奴が潜んでるかもしれねぇから、頼んだぞ田吾作!」


「タゴ!」


 ジェノは扉の前まで近寄り堂々と宣言するコノミに笑いながら、田吾作へと声を掛けた。田吾作は応えるように鳴いてコノミの頭に着地した。その顔は身体と同じ方向に向けられている。


 そしてジェノ達は屋敷を脱出した。


 臭いからジェノの胸中に沸いた悪い予感は的中しており、屋敷の中は火に包まれていた。更に、途中見かけた、虚ろな瞳どこか遠くを見るように立っていた者達は全員頭や胸を貫かれて死んでおり、血だまりの中で倒れ付す者達の詳しい死因を調べる余裕すら無かったジェノ達は全てを無視して走り抜けた。行きと同じように。


 カリウェイと執事長を確実に助ける為に他の者達を一切見捨てたジェノの瞳は、悔しさと怒りで燃えていた。




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