63話 スプリの思惑
ぐでーっと10m四方くらいの個室としては豪華な部屋の豪華なベッドに寝そべってゴロゴロする。いい毛皮や羽毛を使ってるらしくフッカフカだ。しかしそろそろ夕飯時みたいでお腹が鳴き出したな。何か食べないとだ。
「お腹減ったんだけど、何かある?」
「ス、スプリ様のお口に合うような物は恐らく無いかと存じます・・・」
「いいから何か食べ物持ってきて。人が食べそうな物で頼むよ。人肉とか持って来たらお前らを肉にしてやるからな」
「ははー!」
ベッドの下には膝を曲げて座り、頭と手を地面につけて這い蹲るフィスタニスと、その後ろにはフィスタニスの僕の中でも幹部連中が同じようにしている。その格好は正に日本に古くから伝わる土下座である。ちなみに、フィスタニスというのが俺をこの秘密基地っぽい場所に連れてきた謎の美女の名だった。
食べ物を要求すると美女がたどたどしく返事をする。別に高級な食べ物じゃないと嫌って訳じゃないんだけど、畏まりすぎてなのか頓珍漢な答えが返ってくる。腹減ったって言ってんだろうが。更に要求を伝えると全員が寸分の狂いもなく了解の相槌を打ってから、体長4mはあるチーターのモンスターが駆け出して行った。
「はぁはぁ、お待たせいたしましたー!」
待つこと数分、先程出て行ったチーターが部屋へと帰って来た。相当急いだのか、全身を上下させて息をしているし、俺はやったぜ! みたいな満足げな表情をしてる。他の連中も、さすがだぜみたいな顔を浮かべている。
チーターはベッドの前まで来ると、運んできた物を床へ置いた。もっと言うと、ベチャッという音を立てて体液まみれの1mくらいのダンゴ虫みたいなのを咥えていた口から落とした、の方が正しいか。まだ生きてるのか微妙に脚がピクピクと動いてる。なにこれきもい。
他の連中も、相変わらずどこか誇らしげな顔をしているけど、フィスタニスの顔は段々と青ざめていっていた。もしかしてこれ人間は食べないんじゃ?ていうか俺だったら食わない。せめて調理しろ。
「なにこれ?」
とりあえず詳しく聞いてみることにした。もしかしたら異世界から来た俺には受け付けなくてもこの世界では極々有り触れた食材なのかもしれないし。
「はっ、これは吸血ワラジムシと言いまして、動物やモンスターの身体にこの無数の細くも強靭な脚で張り付いて血の一滴まで吸い尽くしてしまうという中々に凶暴なモンスターです」
「美味しいの?」
「はっ、皮や脚は食べれたものじゃないですが、不思議なことにその身は半液状で臓器等は一切無く、そのまま吸って食します。その身はジューシーかつ、そのワラジムシが吸ってきた様々な血の味を楽しめるという極上の品でございます。穴を空けてそのまま啜って召し上がってください」
「・・・そうか」
なるほど、どうやらチーターなりにかなりの高級品を持ってきたらしい。それは他の連中の誇らしげな顔からも多分間違い無さそうだ。じゃあなんでフィスタニスは青ざめてるのか。チラッっと見やると、身体を震わせながらも咄嗟に目線を逸らした。っていうか普通に考えたらこんなのえぐ過ぎて人間の食べ物じゃない。こんなの啜るとか生理的に無理だから。
とりあえずベッドから降りて巨大ワラジムシを両手で拾う。やっぱり微妙に脚がわさわさしている。きもい。
フェスタリス以外はやっぱり誇らしげな表情のままで、期待を込めた眼差しを向けてくる。そして俺が食べるのをじっと待ってるようだ。
「こんなの食えるかー!!!」
「ばはぁ!?」
俺は巨大ワラジムシをチーターの顔に叩き付けた。目一杯手加減してるとは言ってもそこは“ムゲン”の力で投げられた巨大ワラジムシは、猛烈な勢いでチーターの顔にめり込んでそのままチーターの顔ごと床にめり込んだ。
食べ物を粗末にするなと怒られるかもしれないけど、どうしても無理だった。これを食べ物だと言うんならそいつがこの巨大ワラジムシをちゅうちゅう吸ってればいいんだ。むしろ吸ってみろ。出来たら尊敬はしてやるから。
「「「すみませんでした!!」」」
「何卒、何卒お許しください!」
チーターがワラジムシを顔面に叩きつけられるのを見た他の面々は、一斉に土下座を再開して声を揃えて謝罪した。完璧なチームワークだ。まさにパーフェクトハーモニー。フィスタニスは更に地面でおでこを鑢がけする勢いで謝ってる。誰も彼もが俺を恐れて崇めていた。
さて、どうしてこんなことになったのか。順を追って話そう。
俺は最初入れられた狭いビジネスホテルみたいな部屋で監禁生活を満喫していた。拉致されて閉じ込められるなんてヒロインの特権みたいなものだし、ヒロインなら必須イベントみたいなものだ。何度攫われても懲りずに攫われまくるヒロインもいるしくらいだしな。たまに仲良くテニスだとかゴルフだとかしてる癖に。
けどスキルを全て封じられての監禁とは言っても、【弱体化】まで封じられたせいで“ムゲン”としての能力が開放されたおかげで緊張感とかは皆無で気楽なものだった。それを気に入らなかったのが、フィスタニスだ。
彼女はここのボスで、一番強いらしい。そしてその下に5人の幹部がいる。高い知能を持っていて会話が出来るのはここまでで、後は野生の獣くらいの知能のモンスターが沢山いるんだとか。フィスタニスはずば抜けて強い代わりに自分より強い者と会った事が無いせいで危険に対する本能的な部分が欠落してた。
なので、俺から溢れ出る“ムゲン”の力に他の全てのモンスターが怯える中、怯むことなくヒロインを満喫してる俺に突っかかってきた訳だ。それで
「立場を分からせてあげましょうか」
なんて言いながら鞭を振るって来たんだけど、正直俺も普通に受けたかった。別にそういう性癖があるとかじゃなくて、捕まって鞭打ちっていうのもヒロインっぽいじゃん?
だけど悲しいかな、スキルが使えない俺は最強のモンスターの力を遺憾なく発揮してしまっている。そのせいで何度鞭で叩かれようとそのくらいじゃ痛くも痒くもないし、平然と寝転がったままだった。全く堪えた様子の無い俺にフィスタニスは、やっと何かがおかしいと感じたようで一体のモンスターを無理やり引きずってきた。
この時の俺はすっかり忘れてたんだけど、スキルが封じられてるってことはステータスの偽装も出来てないわけで、フィスタニスが連れてきたのは【ステータス鑑定】を習得してるモンスターだったわけだ。それで俺の正体がばれてしまって、それでもスキルが使えないことに勝機を感じたのか襲い掛かってきたフィスタニスを仕方なくボッコボコにしたらこんなことになってしまった。おかしいなぁ。
スキル封じの腕輪は外そうと思えば簡単に外せるけど、強さを見せ付ける意味でもそのままで戦った。おかげでしっかりと俺の強さを植えつけることが出来て皆従順だ。ちょっとやり過ぎた感もあるけどね。なので今は腕輪を外して、見た目だけそっくりに作った偽物を腕に嵌めてる。スキルは使い放題だ。【弱体化】は助けが来るまでオフのままの予定だけど。
ちなみに、フィスタニスは銀色のドラゴンだった。翼があって、四本の脚と尻尾があって、頭の上に三本の紫色の角が生えた西洋のドラゴン。そりゃあ強い訳だ。とは言ってもスキル無しの状態で一方的に倒したけどな。なんかその光景をどこかで見たことあるような気がするけどきっと気のせいだ。
俺の正体はばれちゃったしどういうつもりで俺を拉致しただとか、共犯者が誰だとか詳しく聞いたけど俺はまだ戻るつもりは無い。せっかくだからこのままヒロイン気分を味わおうってことで、ジェノに助けられるのを待つことにしたからだ。
フィスタニス達には、邪魔をするつもりは無いから当初の予定通り進めるように言っといた。もちろん、俺のことを話そうとした瞬間にこのアジトが消し飛ぶとも。
あくまで俺の望みはヒロインを満喫することだ。その為ならみんなに負担が掛かっても仕方ないよね。その程度の困難くらいぶち破ってこその主人公なんだから。頼むぞ、ジェノ。
フィスタニスの本体の色を修正しました
紫色のドラゴン→銀色のドラゴン