61話 ジェノ、奔走する
止まることなく貴族街へと駆けて来たジェノは、そのまま真っ直ぐにカリウェイの屋敷へと辿り着いた。コウロの街は貴族街と平民の住む区域に明確な区切りは無く、自由に立ち入ることが出来る。その代わり、良からぬことを考えて侵入し巡回している騎士や兵士、傭兵に見つかれば生きては帰れない。その為区切りが無くとも用の無い一般市民が立ち入ることはほとんど無い。
そのまま門番に取次ぎを頼んだジェノは、訝しげな門番の一人が奥へと消えて行ってから十分程してようやく中へ通された。案内にと付けられたメイドの後をついてジェノは歩く。本来ならば用件だけ告げて駆け出したいところであったが、領主に対しては協力を得られたらというのが本心であったため大人しく案内されている。
「入れ」
「失礼します、ジェノ様をお連れ致しました」
「うむ、下がって良い」
「はい、それでは」
そうして案内されたのはいつかの応接間だった。メイドがノックをして声を掛けると、中から許可の声が響いた。年齢を重ねた貫禄と、しかしエネルギーを感じさせるはっきりとした声だ。そのままメイドに続いて中へ入ると、コウロの街の領主カリウェイがソファに腰掛けていた。
すぐ後ろには護衛として四十程の騎士が二人と部屋の隅と扉の前に若い騎士が二人ずつついており、今日はテッペやコーキンの姿は無かった。ガイサと戦った傷が未だ癒えておらず、療養中のためだ。コーキンの方は妙な責任感からか冒険者を辞める等と言い出してテッペを困らせていたが、それはまた別の話である。
そして、壁際にはお茶を入れたメイドと、白髪に白いヒゲを蓄えた執事オブ執事と言わんばかりの立派な執事長が待機している。
「よく来たな。随分急いでいるようだが、どうしたのかな?」
「どうも。実は」
カリウェイの対面に腰掛けたジェノは、案内してくれたのとは別のメイドがお茶を入れて差し出してくれるのを見ながらカリウェイに軽く頭を下げて挨拶としてから、自分の考えを話した。恐らくスプリ達の身に何かがあったこと、そしてそれだけでは済まずに何かが起こるかもしれないということ。
合わせて、スプリを救いに向かう為の助力を願った。直ぐにでも一人で駆け出したいという衝動があふれ出んとしていたジェノだが、それを理性で必死に捻じ伏せた結果である。詳しい状況は分からないが自分が最も信頼していると言っても過言ではないスプリが捕まったのだから、考えもなしに突っ込めば無駄死にするという判断からだった。
いくら大事に思っても、助け出すと誓っても、結果が伴わなければ意味は無い。かっこつけたところで力尽きてしまっては結局何も果たすことは出来ない。だから、ジェノは万が一に備えてカリウェイの助力を求めたのだ。それはただ縋る為でなく、スプリを必ず救うという思いからだった。
「なるほど、話は分かった。それで、私に何を求める?」
「戦力はこっちでなんとかするんで移動手段の確保と、隣の領地で何かやらかした時の取り成しをお願いしたいっす」
「リグシェイムにか。それは構わんが、何故そのようなことを?」
ジェノが要求を伝えると、カリウェイはあっさりと頷いた。しかし、何か引っかかるのか質問を返す。その視線には、真意を探るような意図が込められていた。
「何が起きるか分からねぇんで、何か後で揉め事になっても面倒だなぁと思いまして」
「なるほどな。しかし、それだけか?」
頭を掻きながら苦笑するジェノに、カリウェイは尚も問いかける。しばらく考えた後、ジェノは諦めたように口を開いた。
「一応言っときますけど、念の為っすよ? 普通の盗賊団ならあのメンツで余裕のはず。それが何かあったっていうのは、正直依頼自体が罠だった可能性もあるんで」
「やはりそうか・・・」
ジェノの解答に、腕を組んで唸り始めるカリウェイ。カリウェイ自身もその可能性を考えてはいたが、自らのよく知る甥のことがまだ完全に疑うことが出来ずにいたのだ。
龍神の加護を受けている召喚された美少女。扱いは魔物である為、人身売買よりも精神的な忌避感は薄くなる上に人間と変わらない見た目でまだ多少幼いとはいえカリウェイの見た中でもトップクラスの美少女だ。良からぬことを考える輩がいてもおかしくはない。むしろ、主人であるジェノが入院している今は絶好のチャンスとも言える。しかし、どうしてもカリウェイは甥を信じたかった。
「分かった。事の真相はまだ分からんが、コウロや、リグシェイムの領地にも被害が出ては私も困る。馬車や馬を手配するしこちらからも人員を出そう」
「いいんすか?」
「もちろんだとも。ガイサの一件では非常に助けられたからな」
「あざっす!」
カリウェイはしばらく考え込んでから一切合切を承知し、更には人を派遣することを約束した。ニッと笑ったその顔は、まるでいたずら小僧のようだった。ジェノも頭を下げて礼を言う。
ジェノの目上の者に対する態度が完全になってないのは社会経験の少なさ故であり、それが許されているのは相手が人格者であるカリウェイで、領主の個人的な空間であるからだ。
「ではすぐに支度をさせよう。今からでは向こうに着くのは夜になってしまうし何分急なこと故、明日の朝6時頃にギルドの前で良いかな?」
「オレも準備があるんでそれで大丈夫っす」
実はジェノは一時間後にでも出発するつもりだった。それ故にギルドでも依頼として張り出されるのに1時間はかかるだろうと断念したのだ。そしてカリウェイに着く頃には夜になると言われて、そのことに気付いた。そして何食わぬ顔で了承したのだ。
「うむ、では見当を祈っとるよ」
「うぃっす!」
最後に元気よく返事をしたジェノは、ずだだだだと駆け出して部屋を飛び出していった。ジェノの態度に護衛の中でも若い騎士達は顔を顰めているが、何も言わない。そんな騎士達を尻目、にカリウェイが笑いながら騎士団長へと視線を向けた。
「若さとは良いものだな」
「はい、そうですね」
同じく笑みを浮かべている騎士団長の返事に満足そうに頷くと、真剣な表情へと戻ったカリウェイが声をあげる。
「さぁ、まずは盗賊団殲滅の為の人選からだ。迅速に行動せよ。明朝にはギルド前だぞ!」
そしてジェノは、またしても駆ける。必要なのは戦力。人と、物を集める為に大通へと駆け出していく。カリウェイの屋敷へと向かう数台の馬車に気付くことなく。
まずジェノは、戦力としての人を確保する為にギルドへと戻ってきていた。依頼するにも登録されるまで色々時間もかかるので敬遠したが、集合が次の日ならば話は別だ。ジェノはまず、ギルドの酒場にいる冒険者達へと狙いを定めた。丁度今の時間ならば依頼を終えた冒険者達が報告をしてそのままの流れで食事や宴会へと移行することも多いのをジェノは知っていたのだ。
建物の中へ入ってそのまま右手へへ向かうと、ジェノの予想通り賑やかな酒場が視界に入った。ジェノはその光景に何ら臆することなく声を張り上げた。
「頼む!オレの相棒を助けるのに誰か手伝ってくれ!」
ジェノの渾身の大声に、賑やかだった酒場が静まり返る。しかし、一瞬の静寂の後、また喧騒が帰ってくる。その光景に心の中で悪態を吐きながらもう一度声を張り上げる。しかし、今度は静かになることすらない。若いジェノが叫んでも、他の冒険者からしたら駆け出しが焦って暴走しているようにしか見えず、真面目に取り合わないのも仕方のないことだった。
「ちょっとちょっと、一体どうしたんですか?」
しかし、面倒見の良い性格なのか少し離れた位置にいた一人が席を立って声をかけてきた。その冒険者は獣人の羊族であり、簡単に言えば眼鏡をかけて二足歩行する羊だった。体毛は狩ってあるのか、ローブに身を包んだその身体はほっそりとしていて羊成分は少なめであった。
同席していたパーティーメンバーらしき者達は、呆れ半分興味半分に二人を見つめている。放っとけばいいのにとも思いつつ、やはり気になってしまうのだろう。
「依頼で隣の領地に出かけていたオレの仲間に何かがあった。助けに行くから着いて来て欲しい」
「何かって何なんですか?」
「こいつが相棒に預けてた物を届けに来たんだよ。帰ってきてからでいいのにな」
「だははははは!聞いたかよおい!根拠になってねぇじゃねーか!」
ジェノが事情を説明しながら肩に止まっていた田吾作を指差すと、話を聞こうともしなかったのに二人の会話に聞き耳を立てていた金属鎧を着た冒険者が突然大声で笑い出した。周囲を見渡しながら煽るように言うと、釣られて周囲の冒険者も笑い出した。
しかし、最初にジェノに話しかけて来た冒険者は笑っていなかった。何かを考えたあと、静かに頷いた。
「なるほど、良く分かりました。お話を伺いましょう。なに、ああいう輩はどこにでもいるので気にしなくて大丈夫ですよ、ジェノさん」
「えっ、オレ名乗ったっけ?」
「貴方のことはテッペさんから聞いてます。同じく話に聞いたスプリさんに何かがあったのだとしたら大事ですからね、興味あります」
無視される形になった絡んできた金属鎧の冒険者とひと悶着ありつつも、こうしてナムカラと名乗った冒険者が所属するパーティーに協力を取り付けることが出来たジェノはすぐさま建物を飛び出して行った。
ナムカラ達はテッペがガイサに対抗するため、もしくは自分達がガイサとの戦いで負傷した時のことを考えて呼び寄せていたBランク三人で構成されるBランクパーティーだった。丁度先程到着してテッペのお見舞いの後に夕食を楽しんでいるところへジェノが飛び込んで来るという絶妙なタイミングだった。そんなナムカラ達の実力にこれ以上は必要無いだろうと判断したジェノは、次に戦力とする物を調達することにしたのだった。
大通りの中でも、日用品の魔法具等を取り扱う店へとやってきたジェノは、目についたアイテムを手当たり次第に買い込んでいく。
ジェノの持つスキルはたった二つ、【使い捨て】と【性能限界突破】のみ。【使い捨て】は継続的に効果を発揮したり何度も使えるアイテムに大して使用することで、効果を一回や数秒に圧縮して発揮できるようにするスキルだ。その代わり、使えば砕け散るのでまさに使い捨てる必要がある。
【性能限界突破】は、使うと自壊するアイテムの効果を性能の限界を超えて高めるスキルである。その為、二つと言っても【性能限界突破】は使いどころが限られている為実質一つだった。
このスキルを生かすには、アイテムを使い捨てる必要があり、ジェノが旅立ちに備えて蓄えていた魔法具の数々はほぼ使い切ってしまっていた。その為、ジェノは旅立ちに必要な資金を残しつつも、領主の依頼で稼いだお金のほとんどを魔法具の購入に充てた。
「待ってろスプリ!リアクースについでにリクルースも!絶対助けてやるからな!」
買い物を終わらせたジェノは、最後の助っ人を確保する為に自宅へと走った。レルカの名前が出ていないのは、レルカが依頼に参加したことを知る由のないジェノには仕方の無いことだった。