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55話 その名は焼きおにぎり

 再び街へと繰り出した俺達は、せっかく大金をもらったし持ってるだけっていうのもあれだから露店を巡ることにした。目的は主に食べ物系の店だ。装備を整えるように言われたけど、正直装備はちゃんとしてなくてもなんとかなるだろうし、買うとしても材料だけ仕入れてまたあの広場で自分で作ればいいから安く上がるはずだ。


「スプリ、こっちのも美味そうだ!」


「ピギュィー!」


 田吾作を頭に乗せたコノミはもはや大興奮だ。露店から露店へと走り回っては俺の方にアピールしてくる。二、三件目からは田吾作も一緒になって俺を呼ぶようになったから大分人目を引いてしまう。梟の魔物だけあって中々の音量だ。多分本気じゃないだろうしな。


「わかったからちょっと待てって。あ、これ三つください」


「あいよ、ちょっと待ってな!おっと、昼間の嬢ちゃん達か、いらっしゃい」


 コノミのいる露店まで早足で近づいて、コノミが満面の笑みで指差す商品を注文する。俺もコノミも田吾作も、お腹はまだまだ余裕があるから手当たり次第といった感じだ。すると、その店主はギルドに行く前に立ち寄ったダチョウの串焼きを出してたおっさんだった。


「出すものが変わるとは言ってたけど、早くない?」


「あんまり量が無かったのと、物珍しさですぐ売り切れちまってな。そんな訳でまたも珍しい料理を出してんだが、今度は逆に珍しすぎて誰も買いに来やしないときたもんだ。お嬢ちゃん達が来てくれて助かったよ」


「へー、どれどれ」


 コノミが食べたがってたから変なものじゃないだろうととりあえず注文してたから、実はちゃんと見てなかった。珍しすぎて誰も買わないってどんな食べ物だろうか。


 調理を開始したおっさんは、赤く発光する石みたいなもので熱せられた網の上に白くて分厚い三角の物を置いた。そしてそれの表面に黒い液体を塗ってはひっくり返し、焦げ目を付けていく。液体が焦げる臭いか、香ばしい香りが辺りに広がっていく。


「おまちどう!」


 そうして皿に乗せられた三つの物体を店主は差し出した。


「焼きおにぎりだこれ!」


 そう、そこにあったのは紛れも無く焼きおにぎり。まさかこんなところでお目にかかるとは。


「おっ、お嬢ちゃん若いのに知ってんのか。ここから西に行った王都の、更に南西の方にある村にひっそりと伝わる料理だそうだ。その村では米と呼ばれる植物を主食にしてて、これもその米を使った料理だ。しかしこの辺りじゃ食べられてないらしくてな」


 それはそうだ。俺だってこっちに来てからパンしか出されてないくらいこの世界はパン食が一般的らしい。異世界ファンタジーど真ん中って感じの世界だし。それで食事の度に、ご飯が食べたいと切に願ってたもんだ。だって生粋の日本人なんだから仕方ない。


 多分スキルでなんとでもなるんだろうけど、さすがにそれはおかしなことになる。スキルでご飯食べ放題!ってどんなヒロインだ。


 まさかこんなところで米が食べられるなんて。元日本人として、これほど嬉しいことはない。


「スプリ!まだ食べちゃダメなのか!?」


 突然の出来事と、おにぎりが食べられるという感動で呆然としている俺を呼び戻したのはコノミの声だった。意外と律儀というか、ちゃんとしてるというか、コノミは今にも飛びつきたいのを必死に堪えて焼きおにぎりを見つめていた。


「悪い悪い、はい、食べてもいいよ」


「よし!早速食べようかの!しかし・・・どうやって食べるんだ?フォークは持ち歩いていないし、串も無いの」


 俺が皿を差し出すと、コノミは焼きおにぎりを前に困惑している。それも仕方が無いだろう。ナイフやフォーク、スプーンが無ければ串に刺さっているわけでもない。紙に包んだパン等は他の露店で売ってるけど、木の皿に乗せられた料理を手で食べるなんて選択肢はこの世界では無いだろうからな。でも元の世界では焼きおにぎりって割と箸を使って食べてた気もするけど、まぁ細かいことは気にすべきじゃないな。早く焼きおにぎりが食べたいんだ。


「ああお嬢ちゃん、そいつぁ・・・」


「コノミ、これはこうやって食べるんだよ」


 右手で皿を持ち、空いてる左手でまだ熱い焼きおにぎりをがしっと掴んで、齧り付いた。途端口に広がるのはご飯の優しい甘さと、それを引き立てる塩辛く香ばしいタレ。俺の知る醤油とほぼ同じ物みたいだ。これは間違いなく焼きおにぎりだ。完璧だ。やばい、うますぎる。


「おお、そんなに美味いのか!我も食べるかの!」


 余りの感動に泣きそうになってる俺を余所に、コノミがハイテンションで焼きおにぎりに齧り付き、


「これは美味いの!何個でもいけそうだ!」


 あっという間に平らげた。早い。そして一つを持ち、田吾作の前に差し出した。


「ほら、田吾作も味わえ!」


 なんていい子なんだ。田吾作も機嫌良さそうに小さく鳴きながら、焼きおにぎりを啄ばんでる。


 と、そういえば代金を払ってなかった。


「いくら?」


「お嬢ちゃん達のいい食いっぷりを見てたら御代なんてどうでもよくなっちまってなぁ」


「いや、良くないだろ」


 呆れて思わず素でつっこんでしまった。なんかこのおっさんジェノと同じ臭いがするな。中身というか、ノリというか。


「お嬢ちゃん達のおかげで周りの連中が興味を持ったみたいだからな、あと一発この醤油の焦げた香りが漂えばイチコロよ」


 ああ、それは多分間違いない。醤油が焦げた香りっていうのはなんとも魅力的なものだ。それは異世界においても変わらないらしいな。さすが俺が万能と崇める調味料だ。


「そっか、じゃあお言葉に甘えて。ちなみに、この焼きオニギリはよく売ってるのか?」


 もしいつも売ってるようならちょくちょく買いに来ないといけないからな。どうせこの街で米を食べられるとこなんてほとんどないだろうし。


「いや、今日が初めての販売だったんだよ。まぁ人気が出るようになりゃそうなるんだろうがよ」


「なるほど。たまに売り出してくれると有難いなー、なんて。俺、米が大好きなんだ」


 しばし考え込む店主。コノミは田吾作が焼きおにぎりを啄ばむ姿をじっと見つめている。可愛い。


「わかった、なるべく米を仕入れるようにしてみらぁ」


「やった!」


 思わずガッツポーズで喜びを表現する俺。俺は食事というものは、ご飯が主役であり他の食べ物は全てご飯の添え物でしかないと思っていて、甘いもの以外は大抵ご飯のおかずに出来るくらいご飯が好きだ。だからこの数日は正直なところかなりしんどかった。ビバ白米!


「ただし」


「ただし?」


 不穏な言葉を続ける店主のおっさん。おお、おっさんよ、一体どんな条件をつけるつもりなんだ。動揺を隠しつつも俺は鸚鵡返ししてしまう。ああドキドキする。


「今日の売り上げがよければ、な」


 ニヤリと笑うおっさん。そして俺もニヤリと笑う。勝ったな。醤油の焦げる香りはもはや兵器。腹を空かせていてこの香りにやられない者等いないはずだ。


「じゃあ楽しみにしてるからな!」


「おう、また来いよ!へいらっしゃい!」


 勝利を確信した俺は、おにぎりを焼き始めたおっさんの邪魔にならないように店を後にした。コノミはもう次の店を目掛けて走ってるしな。ちらりと振り返ってみると、既に一人の客が注文していて、他の人も段々と近寄っていってる。これなら大丈夫そうだ。


「スプリ!これも美味そうだ!」


「はいはい、今行くから慌てるなって。そんなに走ると転ぶぞ」




 露店を満足いくまで周って、じゃあ次は装備の材料でも買おうかという話になった時、俺達に話しかけて来た奴らがいた。そいつらは冒険者ギルドで領主からの報酬をもらった時にいたやつらだった。それと露店を巡ってるのを見て大金を持ってると踏んだんだな。今はジェノもいないし。


 こんな美少女二人と可愛いペットから金を強請ろうなんてとんでもないやつらだ。


 ということで人気の無い路地に連れ込まれたところで【融合躍進】を使った。龍神の加護でスキルを得てることはもう広まってるっぽいから、今更隠すつもりもない。試験二日目でも街中で使ってるしな。なので死なない程度にボッコボコにしてやった。


 コノミと田吾作は余裕の見物だった。コノミを人質にしようと近づいていったとんでもない奴は、【障壁】でぴっちり囲んで水を満たして外壁の外までブン投げてやった。美少女に手を出すやつは許されない。着地の衝撃はきっと水が吸収してくれるだろう、多分。


 他のやつらは力なく地面に横たわってるけど死んではいない。多分。美少女に害を成すやつは正直死んでもいいと思うんだけどね。とりあえずは放っておく。


 あくまで俺はヒロインだからジェノ抜きで変な目立ち方はしたくないけど、知られてる能力は存分に発揮して変なことを考える輩が沸いてこないようにしとかないとな。


 てなわけで、俺達は気を取りなおして色々な素材が売られている通りへと向かった。



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