50話 打ち上げと太陽の恵み(筋肉)
合格者達は更新されたギルドカードを受け取ると誰もが上機嫌で部屋を出て行った。きっとこの建物の中の酒場や近くの食堂なんかで祝勝会でもやるんだろう。俺とリアクースとリクルース、そしてコノミは試験官に残るように言われたから試験官からの話を待っていた。
そして俺達はその話を終えて、ギルドの入り口からすぐのところに併設されている酒場で祝勝会としゃれこんでいた。席についているのは俺、コノミ、リアクースとリクルースのエルフの姉妹。あとクードとアルクスはコノミの隣で大人しくしてる。
テーブルの上には適当につまめる料理がいくつかと酒。俺とコノミにはジュース。異世界の料理もそんなに変でも無いし、質素な感じも無い。
「まずは合格おめでとうってことで、乾杯!」
リアクースの音頭で皆がグラスを掲げてぶつけあう。その辺りも普通に一緒なんだな。様子を見ながらだったから若干遅れて俺もグラスをぶつけて、一口含むとぶどうの味がした。コノミも美味しそうに一気飲みしておかわりを頼んでいる。
「まさか指名依頼なんていきなりどうしたんだ。ジェノなんて登録して四日くらいしか経ってないのに」
試験官の話というのは俺達三人、というかジェノ、リアクース、リクルースの三人に指名依頼が来ているから、明日また同じ時間に来て欲しいとのことだった。詳しい説明とかはその時にするし、受けるかどうかは自由だそうだ。ただ、なるべく受けた方がいいぞ、とはアドバイスいただいたんだけども。
「試験の様子や魔人の件が耳に入ったんでしょうか。いくら登録して日が浅いと言っても、試験の時の模擬戦やガイサとの戦いの話を聞けば相応の実力者だというのは分かりますし」
「そうね。スプリちゃんもすごく強いし」
「わっ、な、なるほど」
合格したことが嬉しかったのか、それとも酒でテンションが上がってるのか、隣の席のリアクースが上機嫌で俺の頭を撫でてくる。顔も近いし恥ずかしい。頭の横でくくられた髪の毛の束がピコピコと揺れる。ええい、嬉しさを表現するんじゃない。ばれたら気まずいだろうが。
「それに、今この街ですぐ動ける高ランクの冒険者はほとんどいないのかもしれません」
それも言われてみるとそうだ。昨日即座に動けたコーキンとテッペは療養中。Bランクのレイドとギャレゲルも負傷や装備品の破損でしばらくは休業だし、Bランクへのランクアップ試験を受ける程の目ぼしいCランク冒険者は昨日ほぼ全滅。まさに人手不足。
探せばいるかもしれないけど、魔人討伐に関わってCランクに上がったばかりの三人ならほぼ確実に捕まるだろう。何が起こるか分からない試験の直後に予定なんて入れてないのが普通だろうし、実際誰も入れてないらしい。
「それはわかったんだけど、なるべく受けた方がいいっていうのはなんだったんだろう。指名依頼でも依頼を受けるかどうかは自由なんだよな?」
「そうですね。その点に関しては冒険者の判断に委ねられてます。ただ、指名依頼はその冒険者の実力を見込んで依頼してくださるわけですから、よっぽどひどい依頼じゃなければなるべく応えた方がいいというのは確かです」
「へー、なるほど。それもそうだ」
言われてみると確かに。この冒険者なら大丈夫だという信頼があって指名依頼をするわけで、その期待には応えたいと思うのは何も冒険者に限った話じゃないだろうけど、依頼をこなすのが生業の冒険者は人一倍だろう。それで、その期待に応えれば更なる信頼を得られるわけだ。
「あと考えられるとすれば・・・」
「貴族からの依頼ね」
「貴族か・・・。召喚されたばかりでこの世界のことよく分かってないんだけど、詳しく聞いてもいい?」
「もちろん大丈夫よ」
「ありがとう。コノミは好きに食べてていいからな」
「気にするな、言われなくても好きに食べてるからの!」
「口の周りが汚れてますよ」
「んむむむむ」
説明をリアクースにお願いしてからコノミに視線を向けると、口の周りにいろんなものが付いていてそれをリクルースが拭ってやっていた。リクルースは意外と面倒見が良いんだな。それに引き替えコノミは、行動が実年齢どころか見た目よりもかなり幼く感じる。見た目は俺と同じく12か13くらい。女の子と考えると7か8くらいかなぁ。まぁ人間の姿は初めてみたいだし、はしゃいでしまってるのかもしれない。
で、リアクースから聞いた話を纏めてみると、この世界は所謂封建社会ってやつらしい。異世界ファンタジーではお馴染みの貴族がいて逆らったら即死亡みたいなノリの。だからなるべく貴族には逆らわず、揉め事を起こさないほうがいいらしい。
ジェノのやつは既に貴族直々の依頼を断ってるし一方的に話を切り上げて屋敷を出るなんていう失礼なことしちゃってたけど、あれは領主が人格者で公の場じゃなかったから許してもらえたんだな。さすがに人目のあるところでやったら何も無く許す訳にもいかないだろうし。ジェノはその辺り分かってたのかどうか・・・。
そこからクードやアルクス、コノミに肉を与えながら少し話して、今日はこの辺りで解散という話になった。明日の為の準備とかあるし、俺もジェノに話を伝えに行かないといけないしな。
しばらく安静にしてる予定のジェノはどうするかと言うと、形式上はジェノ自身が依頼を受けて従魔である俺だけを派遣して受ける形になると思うと言われた。依頼を受ける際の手続きは、依頼を受けることが決まればギルドの職員が病院へと向かうそうだ。
というわけで、明日の再開を約束して俺達は解散した。コノミはお腹一杯食べたようで満足げだった。ちなみに料金はリアクースとリクルースが奢ってくれた。その分はジェノに奢らせるそうだから、何の心配も要らないな。
俺とコノミは病院でジェノに報告をしてから、龍神の封印がある広場へとやってきていた。ちなみにジェノはその依頼について、
「試験終わったらさっさと旅立つつもりだったけどよ、こんなんでしばらくかかるみたいだから時間に余裕はあるし金も結構やばいし、受けてもいいかもな。ただ、もし貴族の依頼なら胡散臭そうだったら止めとけよ。そこらへんの判断はスプリに任すわ」
とのことだった。
ついでにガイサの宝石なども返しておいた。お小遣いはそのままだけどね。
さて、この広場に来たのは試したいことがあったからだ。まずは一つのスキルを習得する。パッシブ化された【スキル創造】はいちいち起動しなくても好きなタイミングで申請できる。そうして病院に向かう途中で習得したのは、【従魔召喚】のスキルだ。試験二日目で追いかけられた蜂と違って、永続的に呼んでおける使い魔が欲しかったわけだ。俺だってテイマー気分味わいたいし。
色々いじくった結果、何が呼び出せるかはランダムだけど、呼んだモンスターと契約しておけば好きな時に呼び出したり返したり出来る。そしてアイテムにスキルを付与すればそのモンスターとの契約ごと他人に譲渡することが出来るようだ。便利だ。
というわけでジェノにお願いして指輪を借りてきた。結構高そうな宝石が付いてるし付与にもきっと耐えるだろう。もし自分の好みじゃないモンスターが出たら護衛も兼ねてジェノにあげればいいやという思いつきだ。
パラメータとかも影響してくるらしいから【弱体化】をオフにして、さらにもう一つ。
「【融合躍進】」
コノミにもらった龍神の力も上乗せしておく。さあ、どうなるかな。
「【従魔召喚】」
起動した瞬間、使う魔力の量と呼び出す魔物の数を決める項目が目の前に現れた。んー、二回試すとして45%くらいでいいかな。好みじゃなかったらジェノにあげることにしてもう一体呼ばないといけないし余力は大事だ。
決定すると、目の前の何も無い空間から光が零れ出てきた。それが集まって、段々と形作っていく。さぁ、どんなのが呼ばれるかな。
一つに集った光が輝きを失っていく。そこに現れたのは、高さ1メートル程の巨大なみかんだった。向かって右上の位置にバツの字に傷が入ってる。某人切りみたいなやつ。人の顔なら左目に相当する位置だ。
「え?なんだこれ」
みかんって。みかんってお前。何をどうやったら使い魔を召喚して巨大なみかんが出て来るんだよ。好きだけどさぁ。しかも傷が付いてるし。
さっきまでワクワクしてたコノミも呆然としてる。そりゃそうだ。俺も呆然としてるもん。しかし、そのみかんに動きがあった。巨大なみかんが浮き上がったと思ったら、下から二本の逞しい脚が生えてきて、横からはこれまた逞しい腕が生えてきた。ムッキムキである。みかんなのに。
「我は名も無きマスターオレンジ。好きにつけてくれて構わんぞ、強き者よ。契約を拒む理由は我には無い」
「あ、はい」
あんまりにも気持ち悪いので速攻で契約完了して追い返す。姿は消えたけど契約は完了してるっぽいので、迷わずジェノの指輪にスキルを付与しておく。これで俺の手を離れて指輪から召喚したジェノが主人になるわけだ。45%も魔力をつぎ込んで契約しないんじゃ勿体無いしな。ナイス判断。
「ふぅ、気を取り直して次だ次。って、どうした?」
ふと反応の無いコノミを見てみると、えらく元気が無く落ち込んでるように見えた。突然どうしたのかと思って聞いてみると
「あのキモいのと一人称被った・・・」
なんて、コノミの呟きが虚空へ吸い込まれていった。ご愁傷様です。