48話 屋台の香りは魅惑の香り
ここからしばらく日常パートの予定です
ランクアップ試験の二日目と、魔人ガイサとの戦いを終えて次の日。俺はコノミと共に街を歩いていた。
ランクアップ試験の途中で飛び出したからすっかり忘れてたけど、結果は当初の予定通り今日発表される。ガイサの件でゴタゴタはあったけど試験自体はほぼ終わってたらしいから大丈夫だそうだ。それで、今日の正午までにギルドへ来るように言われていたので観光も兼ねてコノミと向かうことにした。この世界には普通に時計があって、時間も60分24時間と元の世界とほぼ同じらしかった。
ジェノはどうしたかって?昨日の戦いの反動が大きすぎて病院のベッドに寝かされている。全身の筋肉が千切れかかってるそうで回復魔法をかけるにしても長時間かけ続ける必要があり、そうすると治療費がとんでもないことになるとかでジェノは三日程寝込むことを選んだようだ。
思ってたよりひどいことになってて、診察結果を聞いてびっくりした。普通に元気そうにしてたし、身体が少し痛むくらいのことかと思ってたよ。領主に立って挨拶させようかと思ってたしな。
そういうわけで、コノミと手を繋いで冒険者ギルドの建物へと向かう。方向音痴の気があるから通るルートは若干遠回りだけど、すごく分かりやすい道だ。何せ、まずこの街を十字に奔る大通りに出て、そこからまっすぐ闘技場へと向かって行って着いたら右へ曲がって一直線だ。ギルドの支部は大通りに面してるから、これで確実に行くことが出来る。時間に余裕を持って出たからこれでいいのだ。
そういえば召喚されてからこっち、街並みをゆっくり眺めることもほとんどなかった。初日にギルドの支部に向かう時とかに眺めただけで、他の時には色々考え事してたりしたからなぁ。今日は今までの分を取り返すか。
ということで大通りに出てからはキョロキョロしながら道を歩く。コノミも。「ほう」とか「ほほう」なんて言いながら同じくキョロキョロしてる。傍から見たら完全に田舎から都会に出てきた美少女姉妹だ。ここは辺境だからどっちかと言うと位置的には田舎なんだと思うけど。
闘技場から曲がった後の大通りは馬車が三台擦れ違えそうな幅で、道の両側は色々な店が出ていて歩いてる人もそれなりに多い。屋台や露天がほとんどだけど、店舗を構えているところの前には屋台等は無くちゃんと入り口が空けてある。そこらへんはちゃんと配慮してるんだな。
「スプリ、やたらと美味そうな香りがするぞ!」
「さっきお昼食べて来たのにお腹空いたのか?」
「別にそういうわけじゃないんだがの、こうも芳しい香りを嗅がされては・・・のう?」
のう?じゃない。出かける前にジェノの家でパンと目玉焼きとソーセージを食べて来たっていうのに、どうやらコノミは食いしん坊らしい。まぁ、昨日ジェノの家でお留守番してもらってたから理解してたのか、ジェノママにお小遣い貰ったんだけどな。この歳でお小遣いとは中々くるものがある。元の世界でも普通にもらってたけど。
この世界の通貨はよくありがちな銅貨銀貨金貨方式で、銅貨百枚で銀貨、銀貨十枚で金貨、と言った感じらしい。金貨十枚で大金貨、大金貨十枚で白金貨というのもあるそうだけど多分しばらくは用が無さそうだ。俺の感覚で言うとそれぞれいくらくらいなのかはまだよく分かっていない。たぶん銅貨で百円くらいなのかな。
「一つだけだぞ。まだ足りなかったら用事が終わってからまた買ってあげるから」
「はーい!」
まるで幼女のように元気良くお返事したコノミは一つの屋台の方へ駆け出していく。その姿はまさにロリそのもので、龍神としての威厳なんてあったもんじゃない。コノミが実はこの街を守ってた龍神だって言ったって誰も信じないだろうし、もはや俺だって信じない。
「おやおや、こいつぁ可愛いお客さんだ。お嬢ちゃん、どうしたの?」
きっと満面の笑みで駆け寄るコノミに、屋台のおっさんもこの扱いだ。
「親父!肉串を二本もらおうかの!」
「よし来た!丁度今焼きあがるからちぃと待ってな!」
「早く!早く頼む!」
完全に肉食系だな。そういえば龍神って肉食なのか?日本だと龍は魚食べてそうなイメージだけど。っていうか一つだけって言ったのに二本頼んでるし。どれだけ肉好きなんだ。そもそもこれ何の肉なんだ?
「あの、これって何のお肉?」
屋台にかぶりついて肉を焼いている網をガン見してるコノミの背後まで追いついてから、屋台のおっさんへ聞いてみる。おっさんは手際よく肉をひっくり返したり黒っぽいタレを塗りながらいい笑顔を俺達へ向けてくる。
「おっと、お嬢ちゃん達姉妹か?落ち着きようからしたらそっちがお姉ちゃんだな。こいつはダチョウっつう飛ばない鳥型の魔物の肉だ!高さが3メートルもある大型の魔物だけど、空を飛ばずに地面を走るからか身が引き締まってて食べるところも多いのが特徴だな。その分他に比べるとちぃと硬いって言われてるが、そいつぁ顎が弱いやつのセリフだな。ほい、二本お待ち!銅貨4枚ね!」
「うむ、感謝する!」
「あ、どうも」
「毎度!」
「さぁスプリ、受け取るがよい!」
コノミが無邪気なハイテンションで串を受け取ったのでとりあえず銅貨4枚をサイフ代わりの布の袋から出しておっさんへと手渡す。ダチョウってこっちの世界じゃモンスター扱いなのか。3メートルってでか過ぎないか。そしてコノミは手に持っていた串焼きの片方を俺に向けて差し出した。勝手に二本注文したと思ったら俺の分だったのか、優しいやつめ。
「ん、ありがと」
素直に受け取り、既にかぶりついてるコノミに習っていくつか串に刺さってる内の一つを咥えてそのまま串から引き抜く。そのまま口の中に入れると、まず口一杯にタレの香ばしい香りが広がる。醤油ダレに近い何かを感じる。噛んでみると、強い歯ごたえがある。確かに人によっては硬いかもしれないけど、俺からしたらこんなのは噛みごたえがあるようにしか感じない。
「あ、おいしい」
「なんてったってウチの秘伝のタレで焼いてるからな!」
コノミも同じらしく、幸せそうな顔でモグモグしてる。そしてつい感想が口からこぼれてしまった。おっさんが嬉しそうに返しながら更に肉を焼いている。いつの間にか他のお客さんが屋台に並んで列を成し始めていた。
「邪魔になりそうだからもう行こうか」
「うむ、美味かったぞ!またの!」
コノミは既に食べ終えて、串をおっさんに返していた。串は金属製で使いまわせるようになってるから回収するらしい。危うく串を持ち逃げするところだった。文字は読めないから看板に書いてあるのが分からなかったんだよな。ギルドで登録した時は、俺は従魔としての登録だったから書類なんて無かったし。
慌てて残りの肉を食べて、串を屋台の横に置かれた串入れに入れておく。
「ごちそうさま」
「この辺りは仕入れによって出すものが変わってたりするから度々覗いて見てくれな!」
「へー、じゃあまた寄ってみようかな。それじゃ」
屋台のおっさんと並んでる客の視線を浴びながら、コノミと手を繋いでギルドへと再び歩き出す。機会があればこの世界のダチョウも見てみたいもんだ。




