45話 VSガイサ ヒーローを受け継ぐ者
戦闘ってほんと難しいですね
ツォルケン大森林の、それほど深くない地点に、ぽっかりと木が途切れている場所があった。そこは、直径四十メートル程の円形に木々が切り倒されていてまるで広場のようになっていた。倒れた木はそのまま放射状に横倒しになっているし切り株もそのままだが。
そこで、ジェノ達は死力を尽くして魔人ガイサと戦った。テイマーのランクアップ試験で森に訪れた受験者達がガイサと遭遇して救援を求め、ジェノ達はガイサ討伐の為に動いていたAランク冒険者、コーキンとテッペと共にかけつけたのだ。
しかし、ガイサは強敵で、スプリが脱落したことに気を取られたジェノが一度気を失って起き上がる頃にはコーキンもテッペも倒れ、全滅していた。ジェノは手札を全て切ってガイサに単身立ち向かい、新たに力に目覚めてすら妥当することは敵わなかった。ガイサが迫り、危うしというところで謎の男が駆けつける。
それは、ガイバスターと名乗る戦士、自称ヒーローだった。ガイバスターが時間を稼いでいる間にジェノは倒れている者達を運ぼうとしたが、やはりガイサは強かった。圧倒されるガイバスターは、命と引き換えにしてでも倒してみせると宣言する。そして正義と、世界の平和をジェノに託してガイバスターは命を燃やして散っていった。
しかし、爆発の後の煙の中からガイサが、ゆっくりと歩き出す。呆然とするジェノへ向けて。
「あいつ、犬死にじゃねぇか・・・!」
未だ健在なガイサを見て、ジェノは様々な感情を歯を食いしばってこらえながら、涙を拭って足元に転がってきていたガイバスターの剣を拾って片手で構える。その剣は中ほどで折れてしまっている。ジェノがその武器を手に取ったのは、愛用の武器である太陽の煌きが魔力によって起動する神具だからであった。残された魔力は少なく、出せるとしても短剣程の長さだろうとジェノは考えていた。その為、折れているとはいえまだそれなりの長さがあるガイバスターの剣を手にしたのであった。
しかし、ガイサも全くダメージが無かったわけではないのか、足取りは重い。それどころか、全身が焼け爛れたようになっており、肩から腰にかけては一筋の大きな傷が入っている。どれも、修復されていく様子は見られない。そしてジェノは気付いた。斜めの大きな傷はガイサの胸の宝石の上を走っており、傷が入っていることに。
「なるほど、そこが本体かよ」
もっと早く気付けよと自分を責めながら、ジェノは左手に太陽の煌きと一緒に小さな魔石を握りこむ。ガイサもジェノも、満身創痍。そう長くは持たないのだから、一瞬の攻防に全てをかける。そう考えたジェノは距離を詰める体力すらを温存して、ガイサを待つ。
ガイバスターの一撃の影響で関節や足まで歪んでしまったのか、壊れたロボットのようにたどたどしくガイサは歩く。ギシギシ、ガチャガチャと全身を軋ませながら。
ジェノは武器を構えたまま動かない。時折呼吸すら忘れて、魔人が手の届く範囲まで来るのをただ待つ。
ジェノにとっては数時間にも感じられた数十秒の後、遂にガイサがジェノの射程内に入った。ガイサは既に拳を引いており、そのまま歪に固められた左拳がジェノへ放たれる。
本体である宝石へのダメージと、全身が焼け爛れ歪んだ影響で全身が干渉し合うせいか先程までの流麗で、稲妻のような鋭いな動きは見る影も無い。ジェノはそれを、右手で上段に構えていたガイバスターの剣で弾き返す。続いて迫る右拳を、親指だけで太陽の煌きが落ちないように支えて手を開き、握りこんでいた魔石をガイサの拳に押し付けるように手のひらで受ける。
その瞬間に魔石を起動すると、強烈な風を巻き起こしてガイサの身体ごと拳を押し返す。それは、換気したり温度調節に用いられる持続的に風を発生させる生活用の魔石であった。そして効果を数秒に圧縮させて、更に性能の限界を超えて引き出したその威力はジェノの手の平をもズタズタに引き裂いていく。
痛みに呻き、顔を顰めながらも愛用の武器を取り落とさない。これこそが、ジェノが最後のトドメに選んだ武器なのだから。ジェノは痛みに耐えて再び柄を握り、後ろに流れる体制を踏ん張ってこらえようとするガイサの胸の宝石、それの傷に刃の出ていない太陽の煌きの先端を押し当てた。
「これでどうだああああああああ!!」
ジェノはその身に残された魔力の全てを、柄を伝わらせて先端にはめ込まれた宝石へと流し込む。押し付けられた先端からオレンジ色に輝く金属が、ガイサの胸に輝く宝石の傷を埋めるように流れ込んでいく。そしてさらに、傷を押し広げるように。ピキッ、と音を立てて傷が広がる度に、その出来た隙間に流れ込み、押し広げる。更に傷が広がる、そこへ流れ込む。
「うぐっ!?」
全ての魔力を流しきる前に、ガイサの放った蹴りによってジェノは力なく転がる。もうこらえる体力も、受身をとる体力も残されてはいなかった。太陽の煌きの柄も手放してしまっている。
ジェノがなんとか顔を上げると、そこには崩れ落ちるように倒れるガイサの姿があった。
「っしゃあ!!っつぅ・・・!」
歓喜のあまり声を上げ、立ち上がると全身を強烈な痛みと疲労感が襲う。左手は血まみれで、少しでも動かすと激痛が走る。それでも倒れているガイサへと歩み寄る。
ジェノがガイサを見下ろすと、中身の無いはずの鎧はどこか満足そうに見えた。そして、ジェノへと駆け寄ってくる足音。
「ジェノ!倒したのか!?っていうか手大丈夫か?」
「スプリ、お前こそ、怪我はねぇか?って、いてて、いてぇ!」
「俺は大丈夫だからじっとしてろ!」
それは、スプリのものだった。手の傷に驚いて、水で洗い流してから受験者の治療用にと持たされていた布をジェノの手に巻き始める。その様子はまるで甲斐甲斐しく世話を焼くヒロインのようであった。
「拙者の負けでござる」
それは足元の鎧から、いや、胸元にはめ込まれた赤い宝石から聞こえてきた。静かな、しわがれた低い声。鎧の部分は端から崩れ落ちていき、ボロボロになっていく。
「もはや身体を維持する力も無いが、この傷はぎりぎり致命傷には至っておらぬ故、放っておけば回復する出ござる。なに、少し力を込めれば拙者は滅びるであろうよ」
虫食いのようにボロボロになった鎧の胸から、宝石が零れ落ちた。そこには、太陽の煌きの柄が生えるようにくっついている。ガイバスターが作った傷を押し広げるように太陽の煌きの刃が奔っているのだ。
「ジェノ、どうするんだ?」
スプリはまっすぐにジェノを見つめる。どうするというのは、トドメを刺すのか、ということだろう。ジェノからすれば、目の前の魔人は完全なる悪だった。人を襲い、危うく自分も殺される可能性すらあったのだから。ガイバスターがいなければ。
「おいガイサ、お前の鎧、俺も着れるのか?」
しかし、ジェノはトドメを刺すつもりは無かった。使えるならば。
「可能でござる。拙者を倒したそなたならば、資格は十分。しかし、死する時その魂は拙者に取り込まれることとなる。十分に考」
「分かった。じゃあお前は今日から俺の鎧だ」
ガイサの言葉の途中でジェノは太陽の煌きの柄を握り、刃を納める。そしてガイサの本体を拾い上げ、目線の高さに合わせて宣言する。
「・・・拙者が全身全霊をかけて、力になると誓うでござる」
「やったなジェノ!」
ジェノは、とにかく力が欲しかった。
ガイバスターに守ってもらった自分と決別するために。
ガイバスターに託された自分を貫く為に。
ジェノは、この日から決意を新たにする。ハーレムを作る為に、いずれハーレム要因となるかもしれない女性全てを守ると、そしてその為に、世界すら守ると。
スプリはそんなジェノを見て、上機嫌で一つにまとめた髪を揺らして祝福していた。




