43話 VSガイサ 男の意地
空気だったジェノが頑張る回
ジェノは、痛む身体をおして立ち上がる。霞む視界には、一人の魔人。頼りになる先輩冒険者も、相棒も、全員倒れたまま動かない。息はあるが、どうやら気絶しているようだ。コーキンは影ゴリラと分離してしまっているし、スプリもスキルが解除されたのか元の姿に戻っている。
4人以上が主流のこの世界において、二人だけでそこらのAランクパーティーにも引けをとらないというコーキンとテッペの二人と、ジェノの相棒であるスプリと共に立ち向かっても返り討ちにあった相手に対して、まだジェノは諦めていなかった。勝ち目がほとんど無かったとしても。
そもそもジェノも、スプリが強烈な一撃を食らって倒れ、姿が元に戻る光景に一瞬動きが止まったところをガイサに攻撃され一度気を失った。身体の痛みに目を覚ましてみれば、Aランクパーティー「白黒」の二人も倒れているという最悪の光景であった。
ガイサはコーキン達が与えた傷や、ひしゃげた足が修復されるのを待っている。両前腕は傷一つ無い。
「あーくそ!気絶しちまうなんて情けねぇ!」
ジェノは気絶しても離さず握っていた宝石の嵌った棒を握りなおし、魔力を込める。すると、オレンジ色に輝く金属の刃が現れる。シンプルで長さも普通の直剣程だ。捌くにしろ、受けるにしろ、生半可な武器ではガイサの一撃で容易く折られてしまうが、ジェノの家に伝わる家宝とされるこのアイテムが産み出す刃は、尋常ならざる丈夫さを誇っていた。
修復を終えたガイサは、再び立ち上がったジェノへと視線を向ける。中身は無いが、その視線をジェノはひしひしと感じていた。それでもジェノは退かない。ここで逃げ出せば、コーキンやテッペ、そしてスプリがどうなってしまうかわからない。例え勝てなくても、見捨てるくらいなら立ち向かうと、ジェノは決心していた。
「こうなりゃ出し惜しみは無しだ。全部使い切ってやらぁ!」
そして、修復を終えたガイサが動き出す。その速度はAランク冒険者のテッペやガイサと渡り合う程であり、とてもジェノにどうにか出来るものでは無い。通常なら。
「うおおおおおおおお!!」
ガイサの拳を捌き、かわし、あまつさえ反撃とばかりに剣をガイサの身体へ叩きつける。その速度は明らかにジェノの限界を超えていた。動作を終える度に、何かが砕けるような音をその身にまとって。
ジェノは、服や鎧の下に、身体能力を強化する魔法具をいくつも身に着けていた。それは広く売られている物で、一ヶ月程効果が持続するタイプの物だ。効果量は極々僅かだが、お守り代わりに利用する冒険者も多い。効果は重複しない為、いくつも装備しても意味は無い。はめ込まれた魔石が効果を発揮するため、様々な装飾品の形で販売されている。期間を終えても宝石を交換すればまた使えるため、それなりに人気があった。
だがそんなお守り程度のアイテムも、ジェノのスキル【使い捨て】により一ヶ月の期間を十秒程にまで集約することでその効果は絶大な物になる。効果は重複しないが、そもそも十秒しか持たないのだから関係なかった。その効果を使うことで、ジェノはガイサと互角以上に渡り合うことが出来ていた。
しかし、ジェノが忍ばせていた身体強化の魔法具は腕輪型の物が四つと、ネックレス型が二つ。そして指輪型が一つ。それと、とっておきの魔力を増幅するものがピアス型で一つ。腕輪型の物は効果を発揮する魔石が二つはめ込まれているタイプで、それぞれが効果を発揮できる為他の二倍持つ。それでも、全て合わせて110秒しか効果は持続しない。絶え間なく発揮しなければ、ジェノがガイサに対抗することなど出来ないのだから。
「おおおおおおおお!!」
裂帛の気合を込めて、ジェノは剣を振るう。仲間と、大切な相棒を守る為に。限られた時間を、全力で。
それでも、魔法具を使い捨てにして効果を最大限発揮しても、ガイサと渡り合うだけで精一杯だった。ガイサからの攻撃は防いでいるが、有効なダメージを与えることは出来ていない。それはつまり、このまま時間が過ぎて魔法具を全て使い切った時点で、ジェノに勝ち目は無くなってしまうことを意味していた。
ガイサの身体が僅かに後退する。ジェノの攻撃がガイサを押し始めたのだ。ガイサが距離を取ろうとしても、ジェノは必死に食らい付く。この勢いを失わせはしないと、絶対に仕留めきると、持てる全てをかけて。残り時間は三十秒。
「っらあああああああああ!」
そして、新たなスキルが、発現する。
ジェノの決意が、意思が、そのスキルを目覚めさせたのだ。
ジェノの動きは、更に激しさを増す。その身体能力は、完全にガイサを圧倒していた。
ジェノの中に目覚めた新たなスキルの名は、【性能限界突破】。効果を発揮すると自壊するアイテムを使用した時、その効果を増幅させるアイテム。
更に十数秒経過し、残っている身体能力強化の魔法具は右腕の腕輪のみ。その内の一つの魔石にヒビが入り、砕ける瞬間に、ジェノはもう一つの魔石と、右耳のピアスの魔石を起動する。アイテムの性能を超えて増幅した魔力を全て手に持つ魔法具、太陽の煌きへと注ぎ込む。その宝石から生み出される刃はまるで太陽のような輝きを放ち、鋭さを増す。
ジェノは更に増した身体能力で、素早く二度、剣を振るう。それは、同時ともとれる速度。限界を超えた身体能力強化の性能は、ほぼ同時に走る二重の剣戟へと至ったのだ。
それは前腕で防がれないよう的確に、手首の装甲の隙間を狙って放たれた。両手が斬り飛ばされながら弾かれた両腕は、僅かに開かれる。更に二度振るうと、肘の関節部分から先が切断される。
ガイサの蹴りがジェノへと放たれるが、予想していたジェノは靴底で受け止めて、そのまま踏みつけるようにガイサの足を地面へ押さえこんだ。そしてがら空きになった胴体へ、大きなバツの字の軌跡を描いて、斬撃が叩き込まれた。
ガイサは後方に吹き飛び、そのまま仰向けに崩れ落ちた。その胸には大きな×の字のような傷が入っている。中には誰もいない。
そして、最後の魔石が砕け散ってジェノにかかっていた強化が解ける。と同時に、全身の力が抜けてジェノがへたり込む。肉体的にも、魔力的にも、限界であった。
「いよっしゃああああああ!」
それでも、4人がかりでも苦戦した魔人ガイサを打ち破った功績を思えばむしろ奇跡的なことだった。
打ち破れていれば。
「おい嘘だろ・・・」
倒れていたガイサの身体が動き始め、ゆっくりと、立ち上がる。その胸に刻まれていた傷は、少しずつ塞がり始めている。ジェノ達には知る由も無かったが、そもそもガイサの本体は胸にはめこまれた宝石である。×の字を描いた為にその攻撃は宝石に当たることは無く、それ故にガイサを仕留めることは出来ていなかった。
しかし、ジェノは諦めない。
スプリを守る為に。
スプリと共に旅立ち、色々な場所を巡って、女の子にモテまくる。
その為ならば死力を尽くして、打破することが出来なくても尚、命ある限り立ちあがる。
それが、ジェノの信念だった。




