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41話 パンダの奮闘


 その男は、じっと機会を窺っていた。


 男の名はテッペ。Aランク冒険者である。


 テッペは、相方であるコーキンと、何人かの冒険者を引き連れてツォルケン大森林へとやって来た。ランクアップ試験の為に大森林までやってきた受験者達とギルド職員が“装甲”の二つ名を持つ魔人ガイサに遭遇して大森林に逃げ込んだという連絡が入り、救援に駆けつけたのだ。


 テッペは走るのがあまり得意ではないので、遅れながら後を付いていく。という話になっていた。確かにテッペは走るのは得意ではない。しかし、いくら得意ではないとはいっても、Aランク冒険者であるテッペが魔法使いのギャレゲルより遅く、貧弱状態のスプリと同じくらい遅いなどということは有り得ない。


 では何故テッペは遅れていったのか。それは、この森の中でも危険度が上位に当たる魔物の存在を一応考えての行動であった。その魔物は集団行動をする上ではとても厄介な存在であり、最後尾の者は狙われやすい。大森林でも浅い位置で見られることはほとんど無いのだが、テッペは念のためにそうしたのであった。


 そしてテッペは、隠密行動に長けていた。その為、一度遅れてから他のメンバーに気付かれないように気配を消し、最後尾の者のすぐ後ろを追走していた。


「ん?」


 最後尾のギャレゲルの前を走っていたリクルースが振り返り、気のせいかと再び前を向いて走り始める。


 しかし、テッペは全て見ていた。樹上から一匹の隠密狼がギャレゲルへと音も無く飛び掛り、茂みに引きずり込むと同時に他の隠密狼がギャレゲルに化けて何食わぬ顔でリクルースの後ろを走っていった。しかもギャレゲルの落とした杖を拾っていくオマケつきだ。


 テッペはその茂みに突入していき、右手に持っていた笹を口で咥えて空いた右手で刀を振るう。刀は微塵の抵抗を感じさせずに、ギャレゲルに圧し掛かって首筋に食らい付こうとしていた隠密狼の首を両断した。


必死にもがいていたギャレゲルは一瞬何が起こったか分からないといったように呆然としていたが、すぐに我に返って断面から血を噴出して力の抜けた隠密狼の身体を払いのけた。さすがにBランク冒険者だけあって、頬にくっきりと穴の空いている歯形が残っていて、更に隠密狼の血で真っ赤に染まっていてもあまり動じていないようだ。


「立てますか?」


「ええ、お陰さまでなんとか。しかし倒された時に足を挫いたみたいで追いかけるのは無理そうですな・・・」


「ふむ・・・」


 ギャレゲルは立ちあがることは出来たが、走るのは無理だとテッペへ告げる。テッペは少し考えた後、左手に持ったままだった笹を地面に刺してスキルを発動させた。


「【笹の存在増減】」


 すると、地面に刺さった笹が奇妙な存在感を放ち始めた。まるでAランク冒険者のような強烈な存在感を。


「これは・・・」


「ここにいればほとんどの魔物は襲ってこないと思います。長い時間は持ちませんが、それまでに帰ってくると思うんで待っててください。一応警戒はしておいてくださいね」


「分かりました。役に立てず申し訳ありません・・・」


 テッペはギャレゲルの返事を聞くやいなや走り出した。どこからか笹を取り出して両手に持ちながら。咥えていた笹は口の中に飲み込まれていく。


 姿は見えなくとも、臭いや音で追うことは可能だった。獣人の熊族であるテッペは人間より嗅覚等が発達しているのだ。気配どころか存在そのものをほぼ消しながら、テッペは走る。真っ直ぐに。



 テッペは、様々な種族が存在する獣人の中で熊族に生まれた。熊族は黒や茶色の丈夫な毛皮と、逞しい肉体や発達した嗅覚を持つ。たまに真っ白であったり赤かったり、黒に月のような模様を持つ者も生まれるが、数は多くない。その中でもテッペは、白地に耳や目の周り、身体の一部だけが黒いという、現代日本においてはパンダと呼ばれる動物の模様で生まれた。


 他に類を見ない毛皮で生まれたテッペは、一族からも迫害された。笹と呼ばれている植物が好物であったことも要因の一つと言えるだろう。そんなテッペは、若くして逃げるようにコウロの街へとやって来た。そこで冒険者としての活動を始める。


 テッペはずっと笹が好きだった。他の物も食べられるが、一番好きなのは笹。それはどれだけ虐げられようが、どれだけバカにされようが、変わることは無かった。そして、その笹好きという才能が産んだ三つのスキルが、テッペの人生を変える。


 一つは、生まれた時から使えた。【笹の存在増減】である。これは細かい制限はあるが簡単に説明すれば、対象の存在そのものを増大させたり、薄くしたりすることが出来る。例えば、まるで熟練の冒険者の気配を放ってみたり、逆に気付かないくらい薄くしたり。もっと分かりやすく言うならば、気配を放ったり消したりすることが出来る。しかし対象は笹に限る。


 ちなみに、テッペは【笹生成】というスキルも使える。【笹生成】は文字通り笹を生成する。この笹は植えることも可能で、現に大森林の一部は竹やぶになっている。


 もう一つは、【俺は笹】というスキルだ。これは、辛い現実に打ちのめされて絶望したテッペが、「いっそ笹になりたい」と心のそこから願った時に発現した。効果は、自分を笹だと世界の全てに認識させるスキルである。簡単に言えば、使うと事実上笹になる。しかし、笹としても扱われるだけでその元の情報が消える訳ではない為、正直何の役にも立たない。


 【俺は笹】は単体で使えば役に立たないスキルだが、組み合わせた時に奇跡が起きた。自分は笹になり、効果を限界まで引き出せば存在が薄くなった身体は全ての気配を発することは無く、視認することも出来ず、物体を通り抜け、攻撃すら透過する。


 テッペはこのスキルと、生まれ持った肉体と、笹を美味しく食べる為に鍛えた巧みな技でAランク冒険者まで上り詰めたのだ。


 しかし、このスキルの組み合わせも無敵というわけではない。両手に笹を持っていなければ発動せず、喋ったり、攻撃する意思を持った瞬間に、【俺は笹】の効果が切れてしまう。笹は喋ったり攻撃したりしないものだからだ。しかし走ることは出来る。笹は走るものだからだ。現にツォルケン大森林の一部は走り回っている。



 広場に到着したテッペは、隠密狼が潜んでいることに気付きながらもじっと耐えていた。ガイサへのトドメを任されている現状、隠密狼を攻撃するために姿を現すことは出来なかったのだ。


 そして移動するコーキンとガイサに付いていき、戦いを見守っていた。見守りながら、付き合いの長いコーキンの動きから意図を感じ取り、受験者達が戦っていた方へと走り出した。


 劣勢ではあったが、コーキンの切り札と、コーキンが今回それを使う覚悟を決めていることをテッペは知っていた。だから、コーキンが先程の場所までガイサを吹き飛ばすつもりだと理解することが出来た。これが、二人でAランクパーティーとして認められているという証であるかのように。


 テッペは大体の当たりをつけた位置でガイサを待つ。相方を信じて。


 しばらくして、ガイサの臭いが突然自分の方へ移動したのをテッペは感じ取った。そして、テッペが感じた通りにガイサが木々が倒されて広場と化した場所へと転がってきた。後からコーキンも追ってきている。

ガイサは倒れていてチャンスにも見えるが、テッペはまだ動かない。相手は二つ名を持つほどの魔人である為、テッペは確実なチャンスを待つことにした。最も信頼する相棒が来るのを。


 そして追いついてきたコーキンがガイサを吹き飛ばした。斧を囮にして、防いだ瞬間に腹に蹴りを叩き込んだのだ。


 テッペは自分に向かって飛んでくるガイサを見やり、笹を放り投げて刀を構えた。鞘に収めたまま柄を握り、ガイサとすれ違う。


 一閃。


 閃光の如き一撃は的確にガイサの首、延髄を捉えた。


 しかし、テッペは微妙に満足いかなかった。人体の急所である延髄に致命的な一撃を叩き込んだ感触はあったが、鎧の防御力故か、兜を弾き飛ばすことは出来たが両断することは出来なかったからだ。しかし、当のガイサは吹き飛ばされている最中の空中で延髄に衝撃を受け、受身も取れずに地面を文字通り転がっていった。それは、ジェノが顔をしかめるくらい痛そうな光景であった。




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