40話 夢と憧れ
男は、生まれつき病を患っていた。20歳を迎える前にほぼ100%死に至るという奇病。身体も弱く、家から出る事もままならなかった。
そのせいか幼いある頃から強さに憧れていた。夢は、逞しい肉体を手に入れて、強敵たちと死闘を繰り広げる。職業で言えばもちろん冒険者だ。その為に、体調のいい日を選んで修行をした。それは子供の浅知恵で考えた、拙い修行。しかし、男は才能だけはあったらしく量の割にめきめきと腕を上げていった。
それでも、病気は身体を蝕んでいった。
それから十数年。男は18歳になっていた。病気のせいで冒険者として名を上げることも無く、家でひっそりと療養していた。筋肉はほとんどついておらず、見てすぐに分かる程やせ細っていた。しかし、技術に関してだけは、その腕前は達人の域へと近づいていた。家族や、周りの者達は男の実力を知らなかった。鍛えた腕前を披露しようにも、誰も相手をしてくれないどころか必死に窘められるのだからそれも仕方が無い。男は、あまり押しの強い性格ではなく、それ以上は何も言えなかった。
そんなある日のこと。冒険者の友人とそのパーティーメンバー二人と共に、男はダンジョンへと向かった。数年も前からずっと懇願しており、友人がDランク冒険者になったことと、しばらく体調がマシな日が続いたことからの決行だった。
それは、奇病の特徴とも言える期間。長く病魔に冒されて苦痛しか感じなかった身体が、死期が近づくと嘘のように症状が落ち着く。体調が良い日は長く続いても2日程だが、死の直前は個人差はあるが二週間程症状が出ない日が続き、そして一日中様々な症状に苦しんだ後死ぬのだ。友人も、最期の望みを叶えてやりたかったのだろう。
初めてのダンジョンは男にとって刺激的で、とても楽しい時間だった。友人が必死に止めるので戦闘に加わることはなかったが、それでも生まれてから一度も家の近所でしか過ごさなかった男からすれば、門を出てからの時間全てが宝物にも匹敵する程であった。しかし、見ているだけの自分にどこか歯がゆい思いも感じていた。
浅い階層をゆっくり周り、少し早いけどそろそろ引き上げようかという時、男は目の前の壁に違和感を感じた。小さな部屋の、入って真正面にある壁。男にはそれがひどく歪に見えた。
部屋は行き止まりで、友人達は外の通路の先で何やら話し合っていた。行き止まりであることで、男は安全だと思っていたのだろう。目を離してしまっていた。
壁に触れてみると、その壁は最初から無かったかのように消えた。そしてその奥には、胸には拳大の宝石がはまっていて、黒と見間違えるような深い紫色の全身鎧が置かれていた。
男は何かに引き寄せられるかのように、フルフェイスの兜に触れると、次の瞬間その鎧が身体に纏われていた。
「!?」
突然狭くなった視界。目の前から鎧が消えて、手はその鎧と同じ色の何かを身につけている。混乱しながらも、男は自分が鎧を身に纏ったのだと理解した。そして、頭の中で声が響く。
『よう』
「うわっ、なんだこれ。頭の中で声がする!?」
『お前の記憶や思考は全て読んだでござる。喜ぶがよい、拙者を身に着ければその貧弱な身体を気にせず戦えるパワーが手に入る。願いを叶えるでござる』
「え・・・、うわ、マジかよ」
男は驚いた。重たい鎧を身に着けたにも関わらず、動きは全く阻害されない。それどころか、今まで感じたことのない力強さを感じた。
その時、どたどたと部屋に三人の冒険者が入ってきた。それは男の友人とそのパーティーメンバーであった。男の驚く声を聞きつけて、慌ててやって来たのだ。誰もが鎧を身に纏った男を警戒し、武器を構えている。
「お前、クラソスをどこへやった!?」
激しい怒りを顕にしながら吠える友人に、男はイタズラ心が沸きあがって来るのを抑えられなかった。今の自分の力を試したいというのもあったのかもしれない。
男は無言で友人へと歩み寄り、切りかかってきた武器を左腕で受け流して右手の平で腹部を軽く押した。友人はそれだけで後ろへと転がっていく。
「はははははは!」
男は、思わずその様子に笑ってしまった。友人の驚いたような顔と、自分の力に。
「くそっ、撤収!」
友人が悲壮な顔で引き上げていくのにも気付かずに。
それから男は、ガイサと名乗る鎧と色んな話をしながら、森やダンジョンで鎧の力を試して過ごしていた。どうせ死ぬのが分かっているのだからと、男は残された時間を自分が憧れた強さを実感するために使うと決めたのだ。
そして男は、友人とそのパーティーメンバーと再会した。
それは丁度、男がダンジョンへ向かった時に、友人達がダンジョンから帰ろうとしていた時だった。一度街へと引き上げた友人達は、男を捜索するために大先輩であるBランク冒険者に必死にお願いして協力を得てダンジョンを捜索していたのだが、男には知る由も無い話であった。
友人は鎧を纏った男を敵だとしか認識していなかったし、男はたまにお見舞いに来てくれていたBランク冒険者を腕試しの相手として認識してしまった。そして正体を明かすことも無く戦いが始まり、致命的な一撃を与えてしまった。天才的なセンスによる技が、鎧によってもたらされた強力な力によりBランク冒険者でも太刀打ちできないレベルになっていたのだ。
Bランク冒険者は動けないがまだ生きてはいて、すぐに手当てすれば助かる状態だった。しかし、パニックを起こした友人達は我先にと逃げ出してしまった。男は男で、まだ何とでもなると判断して揚々とツォルケン大森林へと引き上げた。その結果、置き去りにされたBランク冒険者は命を落とすこととなった。
そうして自分が憧れた強さを手に入れ、その強さを実感する為に更なる戦いを求めた男は、何日か後にランクアップ試験で森を訪れたテイマーの集団と遭遇することになる。
鎧を身にまとってからの男の行動は酷く身勝手であった。しかし、男にとって初めて自分が憧れた強さに、自分が追い求めた力に、ようやく触れられる僅かな時間。全てを犠牲にしてでも、残された人生を楽しみたいと願った結果だった。