39話 パンダとゴリラの狂喜乱舞
タイトルに深い意味はありません
「あー、くそ、今のは効いた。ははは、あのゴリラみたいなおっさん強いなー」
小さく呟いて、魔人ガイサが立ち上がる。ジェノには聞こえていないみたいだ。ひしゃげた鎧は段々と元通りになっていってるけど、足元はふらついている。聞く限りではあれをやったのはコーキンらしい。すごいな。
俺とジェノは、警戒しながらも動かない。どうやら小さくないダメージを受けてるらしいからガイサを倒すチャンスにも感じるけど、雄叫びと足音を響かせてコーキンが接近してきている。ならそれを待った方が多分良い。ジェノも同じ事を考えてるらしいしな。
自然体に突っ立っているガイサを警戒したまま待っていると、木々の間から黒い何かが飛び出してきた。毛むくじゃらで、大きな斧を持っている。よく見ると、コーキンに似たゴリラだった。いや、コーキンは元々ゴリラに似てたしゴリラか?
しかし、二本足で疾走しているゴリラは斧まで持ってる。てことは多分あれはコーキンなんだろう。あれが本当の姿なのかもしれない。
そのコーキンはすごい速さでガイサに突っ込んでいって斧を振るう。待ち構えていたガイサは腕で防ぐが、その瞬間に後方に吹き飛ばされる。
二人の右側にいたからよく見えたけどコーキンは高速で一回転しながら斧を叩きつけて、防がれるのが分かってたのかガイサがガードした瞬間に腹に蹴りを入れていた。動体視力は“ムゲン”の時から衰えていないせいかはっきり見えたけど、正直尋常じゃない動きだった。隣で見てるジェノも顔に興奮が噴き出てる。
吹き飛ばされたガイサがうまく衝撃を殺して着地しようとしていた時、俺は気付いた。ガイサが着地するだろう地点に、テッペが立っている。
テッペは両手に持っていた笹を投げ捨て、刀の柄に手を掛ける。そして飛んで来たガイサとすれ違いながら、鞘から抜くと同時に斬りつけた。いわゆる居合い斬りってやつだ。
首に衝撃を受けたガイサは体制を崩して受身も取れずに地面を転がり、宙を舞っていたガイサの兜も、数秒遅れて地面に落ちて転がる。え、まさか首チョンパしたのか?
と思ってジェノと共に少し近寄ってみたら、倒れてる身体の方にはちゃんと頭が付いている。そして仰向けに倒れているガイサの顔も、確認できた。頬がこけて、血色の悪い若そうな男だった。時折血の混じった咳をしているのに、表情はどこか満足そうに感じた。
魔人って言うくらいだし、そもそもずっと前から語り継がれた存在なんだから中身は悪魔みたいなのかもしくは中身すらいないのかと思ってたから、これにはビックリだ。
「テッペ、いいタイミングだったわー」
「いやー、頑張った!コーキンもさすが!」
そして、いつからいたのかトドメをきっちり持っていったテッペにも驚いた。本来の姿を開放したらしいコーキンと、パンダのテッペが互いに賞賛し合っている。動物園か。それでも実力は確かみたいだし、ファンタジーって何でもありだなと思ってしまった。俺が言えることじゃないんだけど。
賞賛し合うことに満足したのか、コーキンとテッペが武器を構えながらガイサへと近寄っていく。俺とジェノも、少し距離を空けながらも近づいていく。倒れている男の方へ。
「何!?」
「なんじゃこりゃあ!」
コーキンが驚愕の声をあげ、ジェノも騒ぎ出す。その時、不思議なことが起こった。某特撮のあれじゃない。ガイサの中身の男の姿が、分解されるように細かい光になって、鎧へと吸い込まれるように消えていった。どういうことだ?
残されたのは、黒っぽい全身鎧だけ。
しかし、闘いはまだ終わってなかった。
鎧のすぐ傍に転がっていた兜が元通りに嵌り、誰も着ていないはずの鎧が起き上がった。
その、本来目がある位置には、二つの赤い光が煌いていた。
「がほっ、ぐぶっ・・・」
咳き込み、口の周りを血で汚しているのは、受身も取れずに地面を転がりって倒れたままの魔人ガイサと呼ばれている、深い紫の鎧を纏った人物であった。兜が弾き飛ばされただけで、鎧に目立った傷は無い。コーキンの一撃で大きくひしゃげた腹部も、今では完全に直っていた。
しかし、中の男はそうもいかない。腹部に強力な一撃を受けて内臓は潰れているし、肋骨も何本か折れている。首の後ろにも鋭い一撃を叩き込まれ、もはや指一本も動かせなかった。むしろまだ生きて意識があることの方が奇跡だとも言えるが。
腹部に一撃をもらって既に満身創痍なところをコーキンの追撃が襲い、かろうじて腕で防いだは良いが蹴りで背後に吹き飛ばされ、そこで待ち構えていたテッペの一撃を受けたところである。鎧のおかげで生きてはいるが、文字通り瀕死であった。
『まだやるでござるか?』
鎧を纏った男の頭の中に、声が響く。その声は、しゃがれた低い声で、強い意思を感じさせるものだ。男は、小さくそれに返す。
「今のでもう限界みたい。もともといつ倒れてもおかしくなかったしね。まぁ、症状が出る前に満足できて良かった」
それはもはや言葉とも呼べない微かな呼吸音となって、男の口から漏れ出る。しかし、鎧には伝わったようだ。鎧は男の言葉に後悔の念が無く、むしろ言葉の通りに満足すらしていると感じ取った。
『そうか。お主はゆっくり休むがよい』
「そうするよ、僕の我侭を聞いてくれて、ありがとう」
それだけ告げると、男の意識は闇へ沈んでいく。
男の身体は鎧の中で細かい光へと分解され、消えていく。まるで鎧に吸い込まれていくかのように。