36話 コーキンの決意
説明回
この世界では、冒険者は分かりやすくランク制度によって区分けされている。テイマーとそうでない者に大別されるが、どちらかに関わらず登録したての新人はFランクから始まり、依頼をこなし、ランクアップする資格を手に入れて試験を受けることで合格すればランクアップしていくことが出来る。一般的な冒険者としては、Dランクで一人前、Cランクでベテランという扱いになる。才能の無い者達は大体ここまでで冒険者としての生涯を終えて、引退していく。テイマーの場合は相方である従魔によって基準等も微妙に違うのだが。
一部の才能ある者だけが、その上、Bランクへと至れるのだ。Bランクとは冒険者の中でも最高峰ではあるが、その上のランクも存在する。Aランクと、Sランクだ。Aランクは才能を弛まぬ鍛錬で磨き上げ、極めた者だけが至れる場所。Sランクはもはや伝説である。
今、魔人ガイサと戦っているのは、Aランク冒険者コーキン。Aランクという間違いなく最強クラスでありながら、彼は“二つ名”を持っていなかった。“二つ名”とは、偉業をや功績を成し遂げることで世界から受ける祝福のことである。その者を表す言葉と、能力を得る。この“二つ名”を得ることが出来るのは、人々が自然とその名を口にしてしまうほどに名を知らしめる必要がある。実力はあるが、狭いコウロの街で領主に強力してきた為に、世界はおろかこの国ですら、あまり知名度は高くなかった。
それはパーティーを組んでいるテッペも同じで、二人とも名声には興味が無く、災いの芽は大きな被害が出る前に刈り取ってしまう為にその功績が世に広まることがなかったのだ。Aクラス以上のほとんど、もしくは
Bランクで持っている者も存在する“二つ名”を持っていないからコーキンは弱いのかと言うと、そんなことは決してない。本人も周りの者も比べたことは無いが、Aランクの中でも上位の実力を持つのだ。
それは、Aランク相当とされた魔人ガイサと一人で健闘していることからも他人からしたら一目瞭然だろう。
野生の魔物や悪魔、魔人、ドラゴン等、その他人と戦う可能性のある存在ほとんどがランクで危険度を表すことで、その脅威を分かりやすく管理している。冒険者の場合はある程度のランクまでは貢献度や戦闘に関わらない部分も考慮されるが、魔物に対して用いられる危険度ランクでは知能や身体能力、スキル等を戦闘に関連することをひっくるめて評価する。その為、危険度としては分かりやすいのだが、精度はそこまで高くはない。
理由として、基準の決め方にある。危険度ランクの基準は、そのランクの冒険者ならば、同じランクの魔物一体に対して4人以上のパーティーで連携して戦えば安全に倒すことが出来る、といったように判断する。しかし、あくまで平均的な冒険者の話であり、同じランクでも強い冒険者ならば少ない人数でも危なげなく対処できる。そして危険度ランクはネームドと呼ばれる特殊個体やドラゴンなどの数の少ない存在以外は種族ごとに一括りに平均的な成体の危険度によって設定される。
しかし、同じ種類の魔物の中でもやはり個体差というものは存在する。若い個体は弱かったりするし、リアクースを強襲した群れのボス等は他の個体より強いことも多い。あくまで分かりやすく表しただけであり、過度な信頼は禁物であると、経験の長い冒険者達ならば誰もが知っていることではあるのだが。
魔人ガイサは情報が少なすぎるために、Aランク相当として設定されてはいたが、Aランクとは上位悪魔や力のあるドラゴンに匹敵する存在である。帝国軍の兵士二万を壊滅させたという逸話が本物であれば、それも無理はないのだが。
そして、その魔人ガイサと一人で渡り合うコーキンは、歯がゆい思いを抱いていた。それもそのはずで、戦いが始まってからずっと、コーキンは愛用の武器である斧を振り続けている。しかし、その全てを回避するか、その両腕で捌かれてしまう大したダメージを与えることが出来ていなかったのだ。
それどころか、合間合間に攻撃まで挟んでくる。コーキンは超重量の斧を巧みに使って受けてはいたが、斧を防御に使うせいで攻撃の手数が足りていない。それでもそこらの魔物なら一瞬で挽き肉になるほどの攻撃ではあるのだが、ガイサには通じない。
コーキンが前もって得た情報で、魔人ガイサは対個人より対軍としての戦い方が得意だとされていた。二万の帝国軍に対し、全ての攻撃を身に纏った鎧で防ぎ、一方的に魔法で蹴散らしていったと当時偵察を任されていた斥候の手記に記されていたのだ。近接格闘を行ったという記録は無く、それ故にコーキンは相性が良いと判断した。
如何な鎧だろうと、自分がこの斧を叩きつければ無事で済む筈が無い。魔法はこの斧には通じない。魔法ごと、その鎧を叩ききって見せる、と。一人で挑んだのもそういった考えからだった。
だが実際に戦ってみれば、自慢の斧でも大したダメージは与えられず、魔法を使ってこないどころかコーキンの攻撃を全て上手く捌き、あまつさえ反撃すらしてくる。確実に、コーキンと同じく対個人を得意とする戦い方であった。
「ははははは!楽しいな!」
「ちっ!」
先程までと同じく、コーキンの攻撃をまるではしゃぐように笑いながら受け流し、流れるように肘を突き出すガイサ。その様子にイラつきながらも反撃を柄で受けながら距離をとるコーキン。拮抗しているように見える戦いだが、明らかにガイサには余裕があり、コーキンには余裕が無かった。本来、Aランク相当とされる魔人に対して一人で持ちこたえるだけでも十分なのだが。
しかし、コーキンは納得出来ないでいた。しばらくは助けは期待出来ないと考えると、どこかで隙を窺っているであろうテッペの為にもここは自分だけでなんとかしなければいけない場面だ。テッペに出てもらっていつものように二人で相手をするという選択肢もあったが、情報と違う未知の魔人に対しての保険をここで使っても良いのかという不安もあった。
故に、コーキンは切り札を使うことを決意した。
普段使うことなく封印している、忌々しい力を。
「出て来い、クゼン!」
コーキンが呼びかけると、影の中から何かが浮き上がってくる。それは腰を下ろしている状態でも2m程の高さを持ち、全身が漆黒の毛で圧縮された筋肉で覆われている。太く逞しい両腕はまるで丸太のようだ。その姿は、紛うことなくゴリラであった。
種族名を影ゴリラ。この世界には存在しない、異世界から呼び出されたモンスターである。
コーキンには、従魔がいた。しかし、テイマーとしては登録していない。テイマーも冒険者の一部であり、純粋な冒険者として登録した後でもテイマー登録は出来る。その場合、冒険者ランクの一つ下のランクでテイマーとして上書きされる。コーキンは従魔登録をしたのみだった為、冒険者としての彼しか知らない者がほとんどだ。
従魔登録だけしてテイマーとして登録しない者は、意外と多い。召喚術の盛んなセイルニア王国でも特にコウロの街は召喚術が一般にまで広く浸透しており、ペットやちょっとした手伝い目的での召喚も少なくは無い。領主が少しでも戦力増強に繋がるように仕組んだことだった。
しかし街中で安全か分からないモンスターが跳梁跋扈しているのはあまり気持ちの良い光景とは言えない。その為、冒険者としてのテイマーに登録せずとも、従魔としての登録は出来るのだ。むしろ、冒険者としてのテイマー登録はしなくても従魔登録は義務だ。もし怠れば、軽くない罪を償う羽目になる。
コーキンは、召喚した時のとある事件から、この従魔の力を使いたくはなかった。それ故に、自分だけの力で冒険者として戦うことにしたのであった。
そのゴリラは、とても強力な魔物だった。従魔登録をする際、【ステータス鑑定】され、従魔ランクを付けられる。テイマー登録する際は義務だが、しない場合は任意だった。ただの冒険者としてこれまでやってきた人物が魔物を召喚した場合、【ステータス鑑定】をして冒険者としての活動に有用そうであればテイマーに転向するというのがほとんどだった。それは一般人の従魔には一切の援助は無いが、テイマー登録をすれば従魔に対しての援助が沢山用意されているからだ。
若かりし頃のコーキンも、同じくそのつもりで【ステータス鑑定】を受けた。
そして出た結果は恐ろしい程の高パラメータと、高ランク。そして浮かれたコーキンの身を襲う悲劇。
それは、コーキンが頭角を現し、Dランク冒険者として活躍する頃の話だ。




