21話 ランクアップ試験 ジェノの奥の手
さくっとダイジェストでお送りするはずが、前の話より熱が入ってしまいジェノの話だけで1話使っちゃいました。何故でしょうか。
※今回の更新に伴って前話に描写の変更と追加があります。
10月12日17時半以降に20話を読まれていない方はすみませんが、是非前話を読みなおしてみて下さい
テイマーのランクアップ試験。トーナメント形式で行われるこの戦いをジェノは、己の従魔をであるスプリを危険に晒すことなく、その為に力を借りずに戦い抜く気であった。これまで鍛え抜いてきた自分の実力ならそれは決して不可能ではないと思っていたし、実際3回戦まではそのやり方で勝ち上がってこれた。しかし、4回戦の相手は紛れもなく強者。それでもスプリを守ると、その為に全力を尽くすと誓っていた。
いざ戦いが始まると、やはりリクルースは強かった。本人の剣や魔法の腕もさることながら、従魔にスプリを狙わせて、その攻撃をジェノが防ぐ一瞬を狙いリクルースが攻撃をしかけ、またその隙に従魔がスプリを狙う。言うだけならば簡単そうに思えるが、実際にそれを行えるのはリクルースのセンスと、従魔との巧みな連携の賜物だろう。
防戦一方のジェノだったが、しばらくの攻防を経て遂にスプリへ向けての攻撃に対するカバーが間に合わなかった。剣での迎撃は間に合わないと判断したジェノは即座に身体を割り込ませて右肩で受ける。激痛で右腕は上がらなくなったが、ジェノはまだ戦えると判断して素早く武器を左手に持ち替え、左手に持っていたお守りを覚束ない右手で握る。戦う意思はまだ消えていない。
「いいから黙って言うこと聞け!お前は自分の相棒のことすら信じられないダメテイマーなのか!」
しかしそこで、遂にスプリが声を上げる。あの小さな身体のどこから出たのか、と思わせるほどに、それは気合のこもった叫びだった。
「ははは、従魔に説教されてるなんて、いくら強くてもテイマー失格ですね」
夢の為にこの試験に合格する。けどスプリに危険な真似はさせられないから自分が守る。相棒と呼んだ相手の言葉も無視してその両方を優先した結果が、この様だ。身体は全身ボロボロで右腕を僅かに握るだけで肩に激痛が走る。ほぼ気合で立ってるようなものだ。その上守ろうとしている対象からそんな言葉をかけられて、ジェノの気合も決意も、薄れていく。
「・・・んだよ、お前のこと守ってやったらダメなのかよ」
呟くように出た、ジェノの言葉。荒い呼吸の中で出たそれは、小さいながらも確かにスプリの耳に届いていた。スプリは、決意のこもった目でジェノの背中を見つめている。
「守られてるだけじゃ、相棒なんて言わないだろ。困った時は助けてもらうから、今は俺に助けさせてくれ」
そう言われて、やっとジェノは気づいた。自分の想いはただの傲慢だったということを。守ってるだけの対象を、守られてるだけの相手を、相棒とは呼ばない。その関係は決して対等ではないのだから。
ってか、守るだなんだって、スプリのこと信じてなかっただけだもんな。あいつはオレの我侭なんて呆れながらも着いて来てくれるって、助けてくれるって、そう感じていたはずなのによ。あいつのこと信じてやれなきゃ、そらダメテイマーだわ。いつかスプリが困った時に、遠慮なく助けられるように今回は助けられてやるか。
リクルースが油断からか距離を離していたので、ジェノは苦しげな顔からどこか吹っ切ったような表情でスプリの方へ振り向く。ジェノは例え全身がボロボロで片腕が使えなくても、リクルースは自分が倒すべき相手だし、魔法を使ってきたり攻撃してきたなら即座に迎撃してみせるつもりでいた
「わーったよ。じゃあ、あの鳥は任せた。実はもう限界近くってな・・・」
ジェノはため息を吐きながら座り込むと、スプリが首の長い鳥のようなリクルースの従魔へと歩き出す。リクルースはやはり余裕そうに眺めていて動く気配は無い。ジェノにとっては有難い判断であった。スプリが隠していた力を使えばすぐに余裕を無くして動き出す。そうなるまでの間に少しでも残された体力をかき集めておく為に。
「【融合躍進】!!」
スプリがスキル名を叫ぶと、水色の龍が現れて雄叫びをあげてスプリと一体化するかのように重なる。光と水の渦に包まれて、それらが弾け飛ぶとそこには龍神の力をその身に宿したスプリの姿があった。それを見たジェノは、やっぱりな、と思う。Dランクのランクアップ試験を戦うには貧弱なパラメータのスプリがあの鳥の相手をするには、龍神から授かったという力しかジェノには対抗手段が思い当たらなかったのだ。
その力はやはり凄まじいらしく、鳥の従魔の攻撃を簡単に防いで見せた。その威力を直接相手に向けずに歩いているのは、そうしなくても倒せる自身の表れだと、この戦いを見つめている誰もがはっきりと理解できた。それはリクルースも同じだったらしく二人でかかろうとするが、
「おっと、お前の相手はこのダメじゃないテイマーがするぜ」
「貴方は・・・!」
この時を見計らっていたジェノは既に立ち上がり、リクルースの前に立ちはだかる。リクルースはまだ倒れないジェノに、自分の姉をふざけた戦い方で圧勝した相手に、憎しみをこめた眼差しを向ける。しかしそれを受けてもジェノはどこ吹く風だ。
「さっき鳥は任せる、って言ったもんな。そっちは任せた」
「おうよ、任せとけ、相棒・・・!」
今のジェノは、ただ守るという考えを捨てて吹っ切れていた。大事な物を自分の後ろに隠して全部自分で相手をするのは、精神的な負担が大きい。そもそも相棒とは守る対象ではないのだから、背中合わせで立っている今の状態のほうがよほど自然なのだから、その感覚がジェノに疲労やダメージを忘れさせていた。
「いくぜリクルース、お前はオレがきっちりカタつけてやる!」
「そんな身体で、僕に勝てるなんて思わないでください!」
リクルースはまるで音楽隊を指揮するタクトのように細剣を振るい、魔法を放つ。ジェノはこの試合を見ている全員の目から見ても満身創痍である。リクルースはあと一押しで倒せると判断して威力より僅かに手数を優先して、大量の石の礫とその中に若干の石の槍を自分の限界の速度で連射する。その魔法の暴風の中を、ジェノは進む。
リクルースの目測どおりジェノに残された体力はごく僅かだった。それ故に大した速度も出ない上に転んでしまえば立ち上がれないだろうと判断して、一歩一歩確実に足を前に出す。受ければ勝負を決める要因になると判断したものだけを剣でそらし、弾き、時には使えない右腕で受けながら、一歩ずつ着実に。
それに対してリクルースは、魔法を放ちながらも動けなかった。ここまで痛めつけた相手に対して、これ以上距離を取ることはリクルースのプライドが許さなかったのだ。
こんなはずじゃ。リクルースは心の中でごちる。
リクルースはコウロの街で生まれたエルフだ。姉のリアクースと同じテイマーを目指し、いつか来る召喚の時を夢見て鍛え続けた。その結果、細剣と地属性の魔法を巧みに操る技術を手に入れた。今はかけがえの無い相棒であるランスバードのアルクスとも出会い、テイマーとしてそれなりに長い間やってきた。その上で姉と共にCランクになるべく試験を受けているのだから、昨日登録したばかりでテイマーのランクアップ試験でパラメータが低いからと従魔に全く戦わせないような舐めているとしか思えないジェノ相手に、無様な戦い方など出来なかった。
しかし、それと同時にリクルースは目の前の相手の実力を認めていた。そう、従魔に頼らずともCランクのテイマーに勝利するほどの実力があるのは事実なのだ。アルクスと共にスプリという足手まといを狙いながらなら確実に封殺する自信がリクルースにはあったが、今はスプリがアルクスを抑えている。
いや、あれはおそらくアルクスより強い。アルクスが全力を出したとしてもすぐに捉えられてしまうだろう。エルフ族として元々備えている魔力を感じ取る感覚によって、今のスプリが身に纏う力の強大さを感じ取っていた。それもあってジェノを早く倒してしまいたいが、まだ力を残している可能性を考えると迂闊に距離を詰めることも出来なかった。それ故の魔法連射。
しかし、ジェノは止まらない。
やがて距離は縮まり、あと数歩踏み込めば剣の届く距離となる。ジェノは残った力を振り絞って一気に距離を詰める。左腕だけで剣を振り上げて防御を捨てた突貫の構え。
最後の最後に焦りましたか。思った以上に手こずりましたが、ここまでです。
左腕を振り上げてリクルースへ迫るジェノの腹部は完全な無防備。いくら追い詰められていたとは言ってもその隙をリクルースは見逃さない。ジェノの最後の踏み込みの数歩前に細かい魔法は止んでいた。それはリクルースが待ち構えていた証であり、
「黒岩槍!」
呪文が紡がれると同時に、ジェノとリクルースの間に巨大な石の槍が現れる。太く、黒く、鈍い光沢を放つそれは、先程までの石の槍とは比べるべくも無い強度と鋭さを持っていた。リクルースとジェノの間は既に3mほどしかない。その隙間に出現した2m程の黒い槍はこのまま放たれれば、瞬間的に加速してジェノの身体を貫くだろう。ジェノが振り上げた剣で迎撃すれば、その隙に直接切り伏せるのみ。そうリクルースは考えて黒槍を射出した。
ジェノは迎撃する動きを見せずにリクルースへまっすぐ踏み込んで行く。既に冷静な判断が出来なくなっていたか、せめて死なないといいが。とリクルースを含む見ている全員がそう思った。しかし、ジェノは諦めていなかった。右手に握りこんでいたお守り--家庭用魔力シールド--をジェノから見て黒槍の先端の少し右側に向けて、手首のスナップだけで投げる。その動きで激痛が走るが、ジェノにとっては大した問題ではなかった。
そして、ジェノが事前に【使い捨て】のスキルを使用して用意していたそれは黒槍が射出される瞬間にその効果を発揮する。約三ヶ月もの間家の敷地を囲うように薄いシールドを展開することの出来るそれは、ジェノのスキルによって三か月分のシールドをこの一瞬に凝縮し、設定範囲を極小にまで狭めた魔力シールドが板状に展開されたのだ。黒槍と魔力シールドが激突した瞬間にギギギギギン!!という甲高い破砕音を響かせながら、シールドは手のひらサイズの装置ごと砕け散る。しかし、黒槍は左側に軌道が逸れて、誰もいない地面へと着弾した。
それに驚いたのはリクルースである。黒槍の軌道が逸らされたのはまだ良い。ジェノの腕前ならばそれも有り得るとリクルースは考えていたのだから。しかしその隙を突こうと剣を引いていたリクルースが見たのは、未だ剣を振り上げた状態で迫るジェノの姿だった。余りにも予想外な光景に、リクルースの反応が一瞬遅れる。その一瞬でジェノは剣を振り下ろし、その振り下ろされた剣が目の前を通過して喉に付きつけられてやっと、リクルースは声を出すことが出来た。
「参りました」
その言葉を聞いたスプリが、視線をジェノとリクルースに向ける。その手には、首を強大な握力で掴まれているせいで自身を強靭な槍と化すスキルを解除することも、飛んで逃げることも出来ずに捕まっている。その光景は余りにも一方的で、龍神の力の凄まじさを表していた。
「勝者、ジェノ!」
という言葉を聞いたジェノは剣を下ろして、そんなスプリの姿を見て思わず笑ってしまった。自分が心配するまでも無かった、心強い相棒の姿を。安心したせいか、ふとジェノの全身から力が抜けていく。意識が薄れていく寸前ジェノの視界に映ったのは、ジェノにとって可愛くて世界一の相棒が龍神のコスプレのようなエロ可愛い姿で駆け寄ってくる姿だった。




