125話 深紫の乱入者
「うん? 一人居ないな。あの黒いドレスの女はどこへ行った・・・? まぁ良い、一人くらい見逃したところで影響はないのである」
「散れっ!」
魔王トリアの力を吸収し本来の、いや、封印される以前よりも力を得た魔王トレスリーはフィスタニスが居ないことに気付いたが特に気にも留めなかった。そして上機嫌な笑みを堪えながらスウェイ達を見やると同時に手を翳す。
寸前、スウェイの咄嗟の怒声とほぼ同時にそれぞれがその場から飛び退いた。何か派手な衝撃や音が発生することはない。ただ、いつの間に出来たのか直径3m程のクレーターが存在していた。
「足を止めるな! 止めれば死ぬぞ!」
「ひえー! なんとかしてよ腹筋先生!」
「うおー! 早いのう!」
先程まで自分たちの居た場所に出現したクレーターを見たスウェイは、脅威を正しく認識していた。素早く動き回りながら仲間たちへと指示を飛ばす。
メンバーの中でもダチョウのお蔭で一際高速で駆けまわっているルーだったが、情けない声を挙げている。駆け出した直後に魔法の矢を放ってはみたものの、先ほど魔王トリアに射かけたのと同じように消滅してしまったせいですっかり戦意を失ってしまっていたのだ。
それでも素早く動けそうにないコノミをダチョウの背に引き上げて、更には反撃をしてみせたのは流石と言えるだろう。
「ふっはっはっはっは、この圧倒的な力! これこそが吾輩の誇る【滅空】の力! ・・・ふむ、上手く狙いがつかぬ。まだ力が馴染んでいないのであるか」
魔王トレスリーは久しぶりに手にした【滅空】のスキルの感触を確かめるように動き回るスウェイ達目掛けてスキルを乱発していた。【滅空】は指定した範囲内のものを消滅させるスキルである為、範囲によって消費魔力が大きく変動する。
元々のスキルの持ち主とはいえしばらく使用していなかった強力なスキルをすぐさま扱うことは出来なかったトレスリーは最初の攻撃以降は1m程の範囲で使用していた。しかし的を絞った攻撃ですら狙いが正確ではなかった。
それ故に、スウェイ達は素早く動き回ることで回避することが出来ていた。
「キバ、あれは防げるか!?」
「試してみたけど無理だ。何の抵抗も無く消されてしまったよ」
動き回りながらスウェイは打開策を模索する。防御系のスキルを持つキバにすれ違い様に問いかけるも、キバは既に自分の持つスキルを試していた。そもそも最初の時点でこっそりと展開していたのだが、一瞬も防ぐことは出来なかった。
もしもキバがスウェンに信頼を置いて、いつでも指示に従える心構えが出来ていなければ今頃体の一部を消し飛ばされて地面に転がっていただろう。
「ちなみに、吾輩の力は何もこの【滅空】のスキルだけではないのである」
「ミルキーさん!!」
誰の身体も抉られないことに不満を覚えたのか、不意にトレスリーが不機嫌そうに呟く。すると、スウェイ達が地上に出てきてからずっと周囲に浮いていた赤黒く発光する球体から黒い稲妻が奔った。
「あぐぅっ!?」
「猫さん!?」
回復術師のミルキーを狙って放たれた雷は、咄嗟にミルキーを突き飛ばしたネーコの全身を駆け巡った。ネーコはミルキーを突き飛ばした勢いのまま地面に倒れこむ。雷の威力は相当なもので、無防備に受けたネーコの身体を痺れさせていた。
「猫さん! 今回復を!」
「来ないで・・・ください!」
「これはこれは。吾輩を封印してくださったお嬢さんが一人目とは都合が良い。さらばである」
魔王トレスリーは立ち上がる事の出来ないネーコに狙いを定める。ミルキーは治癒のスキルを発動する為に駆け寄ろうとするがネーコは巻き込まないように拒絶する。
それでも駆け寄ろうとするミルキーと、状況を察して駆けるギルドのメンバー。しかしその誰もが間に合うことはなく、トレスリーのスキルが発動されようとした。
その刹那。トレスリーの浮かぶ空中から十m程の空間に黒い穴が空いた。
「させるかー! いけ、テッカイジェット!」
「うん? 新手であるか」
その穴から飛び出したのは、ガイサの鎧を纏った深紫の勇者ジェノガイサだ。ダンジョンの最下層にて封印の扉を守護していた人造ゴーレム、テッカイザーの遺志が起こした奇跡の翼テッカイジェットの背に乗って、魔王を討たんと天を掛駆ける。
そしてジェノガイサは相棒であるスプリを抱えて、テッカイジェットをトレスリー目掛けて蹴り出した。自前の推進力にジェノガイサのキック力が合わさり、高速でトレスリー目掛けて突っ込んでいく。
しかし魔王トレスリーは至って冷静だった。何が、どんな存在が今更現れたところで、力を取り戻した己は無敵だと確信していたからだ。どんな相手も【滅空】のスキルで消滅させることが出来る上に、どんな攻撃も自身を覆うように展開させた【滅空】のスキルで消滅させることで防げる。【滅空】は攻防一体の超級スキルなのである。
「しかし体当たりなど吾輩にはぶぐふぅっ?!」
故に、直撃した。テッカイジェットの先端部分が的確に顔面にめり込んだ後、勢いで弾き飛ばされてしまった。トレスリーも余りに予想外の事態に空中を錐揉みしながら墜落しているにも関わらず混乱してしまっていた。
「何故だ!? 何故消滅しない!?」
何とか地面のすぐ上で体制を立て直して再び浮遊するトレスリー。まさか自分を覆う【滅空】が不発しているのかと不安になるが、自身に向かってきた魔法に向けて腕を振るうと腕が通った部分が消滅し、霧散する。スキルは問題なく発動していた。
その事実に少し落ち着いたトレスリーだったが、すぐに疑問と混乱が湧いてくる。ならば何故、と。
「テッカイザー!!」
地面を蹴り跳び上がったジェノガイサを追うように飛んできたテッカイジェットが各パーツに分離し、ジェノガイサの身体を覆うように、鎧を装備するように装着されていく。脚、腕、胸部装甲、肩ドリル、兜、全てのパーツを武装したジェノガイサは、超重量を伴って地上へと降り立つ。
着地の衝撃が砂埃となって巻き上がり、空気を伝う振動となって周囲の者の肌を打つ。
「鋼鉄武人、サンダー! ジェノガイサ!」
「なんだ・・・貴様は何なのであるか!?」
ポーズを決めて名乗りを上げるジェノガイサに、トレスリーは動揺し声を荒げる。それもそうだ。トレスリーは、【滅空】のスキルを放ち続けているのだ。しかしジェノガイサには通じない。まるで何も起きていないかのように、そこに在り続けている。
今が好機と放たれている遠距離攻撃は消えているというのに、だ。
「さぁて、よくわかんねぇがお前が原因っぽいな。決着付けようぜ」
魔王トレスリーとジェノガイサとの戦いの火蓋が切って落とされた。




