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124話 魔王再会


 封印されていた魔王トレスリーはスウェイ達の気が逸れた瞬間を見計らってその姿を消して隠れ潜んだ。その事にその場に居合わせていたフィスタニス達も全く気が付いていなかった。フィスタニスは自分が最強であるという環境でしか生きてこなかった為に気配というものを感じ取る部分がまるっと欠落しているし、コノミは一切の興味を持っておらずルーの従魔であるダチョウの羽毛に埋もれていたからだ。

 

 しかし、いくらスウェイ達がネーコののほほんとした空気に充てられたとは言ってもいつまでも気付かないということはない。しかしここでも間が悪かった。

 

「何か来る! 全員警戒!」


 トレスリーが姿を消して一分もしないうちに強大な魔力を持つ存在が地下から接近してきていたからだ。魔力を感知する能力が長けていない種族でも、一流の冒険者ともなれば気配には敏感になるもので、それが現役の魔王ともなれば分からないはずもなかった。


「お父様はどこかな?」


 そうして地面から飛び出してきたのは、美少年としかいいようのない、子供だった。だが、その場の全員が只者ではないと理解していた。特に、その凶悪さを目の当たりにしている三人はいつでも動けるよう臨戦態勢だ。

 雰囲気等では察することが出来ないフィスタニスでも、流石に目の当たりにした事実に対しては警戒せざるを得ない。魔王トリアのスキルは自分でも防ぐ事が出来ないと。


 そしてスウェイ達は気付いた。先程まで気絶し倒れていたはずの魔王トレスリーの姿が無いことに。しかし弱り切ってネーコ一人でも倒せた満身創痍の魔王よりも、今相対している存在の方が危険だと一旦意識を集中することに誰もが決めていた。


「おい、あいつは何者だ?」

「名乗っていませんしワタクシ達もすぐに逃げてきたので詳しくはわかりませんが、なんでも消滅させてしまうような強力なスキルを操りますわ」


 トリアの問いかけを無視して、スウェイはフィスタニスに問いかける。返ってきた答えも詳細ではなかったがスウェイの警戒度を引き上げるには充分だった。


 そしてスウェイは空中に浮かんだまま静止しているトリアの姿をよく眺めた。

美少年と言って良いその顔も、貴族の子息のような立派な服もどこかくたびれていて無傷とは言い難い。その眼は血走り、表情も憎悪に塗れていて今すぐにでも癇癪を起しそうに見えた。


 その表情を確認したスウェイは、誰もその少年の問いに答えていないこととそれに対して少年が余計に苛ついていることを察した。


「ボクは六芒星ヘキサグラムの一柱魔王トリア。お前ら全員消滅させることだって出来るけど、質問に答えて邪魔さえしなければ放っておいてやるから早く答えてくれないかな?」

「魔王!? まさか封印されていたのは・・・」

「そう、その封印されていた魔王こそがボクのお父様さ」


 トリアの名乗りを聞いた一同に動揺が奔る。魔王が封印されていたかと思えば更にもう一柱の魔王が現れたのだから無理もない。そしてスウェイの思考が辿り着いた通り、トリアは父親であるトレスリーを捜してここへとやって来たのだった。


 そして詳しい事情は分からなくとも、姿を消した魔王トレスリーとこの魔王トリアを合流させる前になんとかしなくてはならないと考え動いた者がいた。


「生憎だけど俺達も素直じゃないし、知ってても教える訳なっ!?」


 大げさに溜息を吐きながら喋りだし、ルーは予備動作を察知出来ないほどの一瞬で愛用の楽器を構えた。冒険者ギルドの幹部メンバーの中でも表で活動することの多い彼は楽器を担当し、音楽と歌で和ませたり、説明やアナウンスの仕事を請け負うことが多い。

 戦えないかというと勿論そんなことはなく、彼は弓の名手でもある。リュートを改造した愛用の楽器の弦に矢を番えて高速で駆けるダチョウの背から獲物を射る彼の戦闘スタイルは生半可な相手では瞬く間にハリネズミとなって太刀打ちが出来ない程だ。


 しかし、魔王トリアにはその正確無比な射撃も、素早い動きも通じなかった。矢自体を射ることは出来たが当たる直前に掻き消えてしまい、最初から放たれてすらいなかったかのようだった。


 そしてルーが握っていた愛用の楽器も握っていた柄を残して消滅していた。

 これはトリアの持つ【滅空】というスキルの力だった。指定した空間内に存在する物全てを消滅させる、強力無比なその力は理不尽とも言える効果を持つスキルの中でも特に危険なものだった。範囲や形によって消費魔力が大きく変わる為、トリアは常に自分の周囲を薄く囲っている以外では空間を球状に捉えて発動する。


「今は時間が惜しいから生かしといてあげるけど、次は無いよ?」

「ルー、ここは大人しくしてろ」

「わかったよ腹筋先生」


 いつでもこの場にいる全員を殺す自信があっても、トリアはその時間すら惜しかった。ずっと捜し求めた父親がすぐ近くにいる。そう思えばこそ、一人を殺して全員が突っかかってくる事態を避ける為に脅しだけで堪えたのだ。

 その甲斐あってか、スウェイ達は行動することが出来なくなってしまった。


「それで、もう一度聞くけどお父様はどこ?」

「ぐ・・・」


 再び投げかけられる問いに、スウェイは言い淀む。そもそもその場の誰も、ターナ以外がじっとスウェイの方を見つめるだけでトリアの方を見てはいない。つまりスウェイに対して“お前が返答しろ”とプレッシャーをかけているわけで、スウェイはうんざりしていた。


 こんな半端ない状況ですら丸投げしてくるんじゃねーよ猫野郎!


 いつもいつも仕事をろくにせずに好きな事をしているギルドマスター、ネーコに対して内心毒づくも、そんなネーコが、ネーコの作ったギルドが好きだった。

 いつものことだと諦めて、スウェイはどう答えるか悩んだ末に正直に答えることにした。

 

「それは」

「吾輩ならここであるぞ、トリアよ」

「お父様!」


 スウェイの言葉を遮ったのは、魔王トレスリーだった。地面に転がっていた時とは違いまるでただの人のような、いや、まるで貴族のような気品を漂わせる中年が、魔王トリアの隣に浮かび上がるように現れたのだ。


 それに気付いたトリアは見た目相応の子供のような表情でトレスリーに抱き着いた。トレスリーもそれを受け入れ抱擁で返す。その姿はまさに親子の感動の再開であった。


 ただ、その二人が魔王という存在でなければスウェイ達も朗らかに眺めることが出来ただろう。二人の魔王を合流させてしまった一行の胸中には焦りと恐れが渦巻いていた。それでも、トリアの力を鑑みれば下手に動くことが出来ない。


 怒りを買えばこの場の全員が一瞬の間に殺されてしまうのが分かっているからだ。


「お父様、ずっと捜していました! だけど、だけど、ようやく見つけることが出来た」

「封印を解いてくれたのもトリアであるな? よくやってくれた。お蔭でこうしてこの地へと帰ってくることが出来たのである」

「お父様の為ならば当然です! それに、お父様から受け継いだ魔王の力がボクにはありましたから」


 楽しげに話す魔王トリアを、スウェイ達は眺めていた。動かず、目立たず、意識が向かないように。それはただ被害が出ないことを祈っているわけではなく、この場に対処する方法を考える為だ。

 魔王という存在はこの世界の敵であり、総じてその力は強大である。目の前にしてただ見逃してもらう事を祈るような者はこの場には存在していなかった。今は何も出来なくても、時間のある内にとにかく考える。


 いよいよ何も無ければ捨身でも戦いを挑む。それが、リベルタムの冒険者ギルドとしての覚悟だった。しかしその思考も有り得ない光景に中断を余儀なくされる。


「うむ、トリアは立派に務めを果たしてくれた。褒めてやろう」

「お父様に褒めてもらえるなんて! ありがとうごふっ・・・!?」


 抱き合ったまま和やかに会話をしていたように見えた魔王達だったが、トレスリーの腕がトリアの胸を貫いた。余りにも突然のことで、トリアの顔は驚愕に染まる。


「お、とうさま・・・なんで・・・?」

「吾輩がお前に託した使命は吾輩の解放、そして力の返却と献上である。ご苦労だったな」

「がっ!? ああああああああああああ!!!」


 魔王トレスリーはこの地に封印される際、寸前のところで魔王としての力を飛ばし自らの子に継承させた。いずれ解放しろという意思も込めて。

 それ故にトレスリーがトリアの手によって解放された今、トリアの役目はその力を捧げることのみである。再会を喜び、自分の周囲に展開していた【滅空】を解除して飛びついてきていたその無防備な胸に凶刃を突き立てるのは当然だった。


 トリアの全身を襲うのは激痛と虚脱感。トレスリーから受け継いだ力と、トリアが高めてきた力、それら全てが腕を介してトレスリーの元へと流れ込んでいく。絶叫と共に全てが流れ出ていく感覚に、トリアの意識は段々と薄れていった。


「お、とう、さ、ま・・・」

「戯れに作った人形も存外役に立ったであるな」


 やがて、最後に呟きながらがっくりと全身の力を抜いたトリアの身体を、トレスリーは無造作に投げ捨てた。もはや抜け殻同然のその存在に興味はなく、その胸中は力を取り戻した高揚感に支配されていた。


「さて、吾輩を封印した恨み、たっぷりと晴らさせてもらうとしようではないか」




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