122話 腹筋との遭遇
少し時間が戻ります
「ああ、入り口が・・・!」
「どうやら取り残されたみたいですわね。とりあえずワタクシ達は外へ出ますわよ」
「そうだの」
大ホールの入り口から少し離れた曲がり角で様子を見ていたターナが思わず声をあげる。ジェノが遅れて出てこないかと待っていたのだが、出入り口が丸く抉られたのを見て封鎖されたのを理解し、思わず口にしてしまったのだ。
その点フィスタニスとコノミは全く焦っていなかった。二人はスプリの強さを知っているし、そのスプリが大切に思っている相棒をむざむざ消させる筈がないと確信しているからだ。だがターナはその辺りの事情を知らない。ただ単に薄情だとしか見えないのだ。
「・・・二人はジェノさんやスプリさんが心配じゃないんですか?」
「「全く」」
「・・・」
ターナの問い掛けに、寸分違わずピッタリと重なった声が即答する。これにはターナも面食らい、呆然としてしまう。すぐに我に返って口を開こうとするが、それをフィスタニスが手を翳して遮る。
「余計な問答をしている時間はありません。いいから早く地上に向かいますわよ」
スプリの言う通りにしておかないとしばかれてしまうという恐怖に支配されているフィスタニスにとって、ジェノのことなどもはやどうでも良かった。故にそれを心配するターナの気持ちは分からないし強引な説得しか出来ない。お嬢様っぽいのはスプリにそのキャラを押し付けられただけのことであり、本来の彼女は大人ぶってはいても中身は残念な子供なのである。
そこでずずいと前に出るのはコノミだ。普段は見た目相応の子供のように振舞ってはいるものの、その正体はコウロの街を守護していた龍神である。フィスタニスと同じようにスプリに怯えていても、ターナの気持ちを少しは理解出来る彼女は少しは頭を回すことが出来る。残念な妹と違って。
「フィスタニスが言った通り今は時間が惜しい。ただ一つ言うとするなら、信じて待つのも淑女の嗜み、というやつだの」
「淑女の・・・嗜み・・・!」
ドヤ顔で言ってのけたコノミの言葉に、ターナの身体に雷に撃たれたかのような衝撃が奔る。人間関係に怯え恋愛の経験もほとんどないターナにとって、その言葉はまさに晴天の霹靂であった。例えコノミの本心はジェノをそこまで信頼しているわけでもないのだが、ターナが知る由も無い。
「二人があやつにかかりきりなら、上に向かっていったやつは我らが相手を任された訳だしの」
「・・・そうですね。はい、上に向かいましょう!」
更にコノミがドヤ顔で続けると、ようやく納得したターナが満面の笑顔で応える。視線はコノミやターナとは全く関係ない虚空を彷徨っているが、これは目が合うと誰彼構わず襲い掛かってしまう習性をターナなりに克服しようとした結果である。
「邪魔でしてよ!」
「どいてください!」
「風穴だらけにしてやるのだ!」
何はともあれ、三人は地上を目指して元来た道を戻り始めた。前日に訪れた時と違いモンスターで溢れていたが、フィスタニスとターナ、そしてターナは見事な連携で撃破していく。愛する者への信頼という絆で結ばれた三人に恐れるものなどもはや何も無いのである。
地下八階へと続く階段へ迫ったところで、三人は何物かが降りてくる気配を感じ取って歩みを止めた。姿を隠しながら何が出てきてもすぐに攻撃に移れるように身構えていると、そこに現れたのは見覚えのある屈強な腹筋だった。
「誰かいるのか?」
その見事な腹筋を持つ男は姿を現すなり隠れている三人に向かって声を掛けた。その後ろにはやはり三人に見覚えのある人物達が続いている。顔に傷がある聖職者風の男に三メートルもあるダチョウに跨った派手な服装の優男、食堂のエプロンドレスを身につけた女性と、実に個性豊かなメンバーだ。
とてもダンジョンで遭遇したパーティーとは思えない。しかし、この個性がぶつかり合っている者達は冒険者の街と名高いリベルタムの冒険者ギルドを運営する腕利きの冒険者だ。元々ただのキャンプ地だったリベルタムは、唯一現役の冒険者の手によって運営されている。本来ならば有り得ない話なのだが、それを認められる程の実力と誠実さが彼らにあったのもまた事実なのだ。
「ワタクシ達ですわ。どうか攻撃はしないでくださるかしら」
敵ではないと判断したフィスタニス達は身を潜めていた岩陰から姿を現す。フィスタニスが真っ先に出たのは、この三人の中で一番話し合いに向いているのがフィスタニスだったからである。取り乱しさえしなければ、一番まともだとも言える。
「上層の魔物を殲滅してるはずのお前達がなんでここにいるんだ? ジェノやスプリは一緒じゃないのか?」
「実は」
本来いないはずの相手に会って困惑しているスウェイにフィスタニスが事のあらましを簡潔に伝える。それを聞くサブマスターのスウェイの表情は眉間に皺が寄り、厳しいものになっていった。コノミはルーの跨るダチョウにじゃれ付いている。
「・・・そうか、それはまずいことになったな。俺達も急いで向かってたんだが今日に限って魔物が異常にルートに湧いててな、手間取ってしまった」
「そうだったんですか。では急いで地上へ向かうとしましょう」
「そうだな。みんな、上へ戻るぞ!」
スウェイの号令に各自が返事をしながら引き返そうとしていると、コノミがぽつりと呟いた。
「・・・そういえばヤミは遠くに移動出来るスキルを持ってなかったかの?」
「え?」
「あっ」
「「「え?」」」
その呟きにフィスタニスが間抜けな声をあげ、続けてスウェイ一行の視線がフィスタニスへと集まる。ヤミというのは、コノミがフィスタニスを呼ぶときの名前だ。フィスタニスという名前は本人がそう名乗っているだけの偽名で、本名は別にあるのだ。
名前の違いを感じつつも、コノミの視線がフィスタニスに向いていることとフィスタニス自身が反応したこともあって、スウェイ一行はフィスタニスを見ている。この世界においてスキルというのはなんでもありの奇跡に等しい。そういう効果であればそういう効果なのだという、とてつもない認識をされているのがスキルであり、理屈や法則などは存在しない。
その種類も無数にあり、同じスキルを持つこともあれば他には誰も持っていないスキルというのも無数にある。その中でも空間移動系のスキルは珍しい為、スウェイ一行の関心が集まるのも無理はない。
「そういえば、ありましたわね・・・」
問題なのは、そのスキルの存在を忘れていたことだ。魔王トリアの強さに絶望しつつも戦うことを望んでいたフィスタニスが、あくまで移動の手段でしかないスキルを忘れていたのも仕方ないと言えなくもないのだが、それを使えばもっと楽に逃げられたのではという他の者からの意識はどうしようもない。
「ならそれを使えば地上まで出られるんだな?」
「深さがどのくらいか分からないので二回に分けますが、問題なく出られますわ」
こうして空間に空いたゲートを二回くぐり、ダンジョンの入り口のある建物から十メートル程離れた地上へと出た一行が目にしたのは、朝までとは激変してしまった光景だった。
神殿のような遺跡の地上部分は半分が崩壊し崩れ落ちている。空はまるで夜のように陰り、周囲には赤黒く発光する球体がいくつも浮いている。その球体は激しく雷のようなものを撒き散らし、地面を撃ってはその場所に炎が吹き上がる。
フィスタニス達の現れた場所から少し離れた場所には、漆黒の翼を持ち禍々しい角を生やした獣のような悪魔が、長い舌を出し、白目を向いた状態で横たわっていた。
「ね、猫さん・・・」
そしてその傍らには、リベルタムのギルドマスター、ネーコが大きな斧を肩に担いで立っていた。




