116話 全てを滅する空の魔王
どうしてこうなった(二回目)
突然現れた美少年に、大ホールにいた者達は動揺を隠せない。Aランク冒険者だと名乗り実際にそれなりの実力を持っている男が胴体だけが無くなって死んだのも、まるでこの少年がやったかのように見えたからだ。
「うーん、なんか余計なのがいるね。ボクはその後ろの扉に用があるだけだから通してもらうよ」
少年は何の気負いも無くそう告げると真っ直ぐに扉に向かって歩き出す。目前に立つジェノガイサも、テッカイザーも、まるで気にした様子も無く。
ジェノガイサは動けなかった。封印されている何かを解き放ちにやって来たことが明らかであり、立ち向かうべき敵であるというのに、立ちはだかることが出来ない。何故なら、ジェノガイサのジェノではない部分が警鐘を鳴らしているからだ。
『先程のAランク冒険者が死ぬ様が全く見えなかった・・・。あの者と戦うのはまずいでござる。ここは大人しくしておくでござる』
ジェノが脳内に響く声に反論しようとした時、一つの大きな影が動いた。
「「テッカイザー!?」」
扉を守り続けた鋼の守護機神テッカイザーがゆっくりと歩む少年に向かって飛び出したのだ。ジェノガイサと、相棒であるスプリの声が同時に響く。
テッカイザーにとって扉に触れるものは全て排除するべき存在なのである。相手がどんな能力を持っていようと、相手がどれだけ強大であろうと、使命を胸に立ち向かう。それが、数百年にも渡って封印を守り続けてきたテッカイザーという一人の男の生き様だった。
「ああもう鬱陶しいよ。別に向かってこなければ何もしないからね」
「ジ!? ガ・・・ジガ・・・」
「みんな避けろ!」
少年が僅かに面倒くさそうに軽く手を振るうと同時に、テッカイザーが後ろに大きく跳んだ。空中で明らかにバランスを崩したテッカイザーは受身を取ることもなく地面を転がり、咄嗟に左右に分かれて避けたスプリ達のいた空間を通り過ぎて扉にぶつかり停止した。
「テッカイザー!」
仰向けで倒れたままのテッカイザーの胸部は大きく抉れ、内部の核までもが欠損していた。露出した部分からは体内を巡っていた魔力がスパークして弾けている。それは距離があり傷口を見てもいないジェノガイサが確信するほどに致命傷だった。
「思ったよりも早いけど、避け切れなかったみたいだね。他の人も大人しくしてた方がいいよ」
少年は何も変わらない様子で忠告をしながら平然と歩く。やがてジェノガイサの横を通り過ぎようとした時、その進路へとジェノガイサは立ちはだかった。覚悟と勇気を燃え上がらせて。
「何・・・!?」
「そういうのいいよ。後でちゃんとトドメさしてあげるから待っててね」
しかし、少年の歩みを止めることは出来なかった。ジェノガイサが飛び掛ろうと考えた時には、両手両足が消し飛びそのまま無様に転がっていた。ガイサの鎧の効果で痛覚を遮断しているジェノガイサは、何が起きたのかも分からずに通り過ぎていく少年を見上げていた。
少年の名はトリア。この世界に存在する六柱の魔王の一柱にして、魔王の中でも最強の攻撃力を持つとされている。【滅空】というスキルを持ち、その効果は指定した空間を球体に捉えその中に存在する全てを消滅させるという破格の威力を持つ。
魔王トリアは魔王にしては珍しく戦闘行為を嫌がる傾向にあるが、このスキルを向けられて無事に済んだ者はいないという。回避も防御も不可能。戦えば死ぬ。それが、魔王トリアという存在だった。
特殊な金属の塊で出来たゴーレムも、物理攻撃を受け止めて跳ね返す装甲も、一切が存在しないに等しい。魔王の前には、ジェノガイサですら届かない。トリアの正体を知らずとも、ジェノは絶対に敵わない相手がいることに歯を食いしばって叫ぶのを堪えた。
友が倒れ、自身も成す術なく敗北し、敵が向かう先には大事な仲間がいる。自分が、自分達が敗北したということを認めることになろうとも、仲間の命には代えられない。ジェノは精一杯叫ぼうとした。逃げろと。
『ガイサ、手足の再生を急いでくれ。オレの足が無くたって動くだろ?』
『全く、無茶が好きでござるな。分かったでござるよ』
しかし、それは出来なかった。例え敵わないのが分かっていても、殺されるのが分かっていても、情けない生き方は出来ない。いつか、真っ赤なヒーローが見せてくれた姿と、大事な相棒が語ってくれたヒーローの在り方。それを否定することだけは、ジェノには出来なかった。
故に、ジェノガイサは立ち上がる。
相棒達は逃げないという確信がジェノにはあった。逃げろと言えば、立ち向かうと決めた覚悟に泥を塗ることと同義である。そう考えたジェノは覚悟を決めた。ならば、仲間達のその想いと、ヒーローとしての正義と共に心中してやる、と。
悠々と歩んでくるトリアに対してスプリ達は、トリアが近づいた分だけ後退りしていた。向かっていけば死ぬ。それが分かってはいても退くことは出来ない。その恐怖と意地がせめぎ合い、ただ下がることしか出来なかった。
やがてスプリ達四人は、テッカイザーが倒れている扉のすぐ前まで追い詰められてしまった。そこからは、ただトリアが距離を詰めて行く。
「そこを退いてくれたら殺さないであげるんだけどね」
とうとうスプリ達の十メートル手前まで来たトリアが手をかざす。それは喉元へと添えられた死神の鎌。ほんの一息で容赦なく生命を刈り取ってしまうだろう。
それでもスプリ達が退くことはない。ジェノの誇りと想いを守る為に、自ら場所を空けることなど出来ないのだ。
「それじゃあ仕方ないよね」
ジェノガイサが手足を再生させるのは間に合わない。トリアの、全てを飲み込むスキルがスプリ達を扉もろとも滅さんと放たれる。
「!?」
その驚きは誰の口から零れたものだったか。突然起き上がると同時に大きな掌で押しのけられた四人のものか、しとめたと思っていたテッカイザーが動き出してスプリ達を庇うのを見せ付けられたトリアのものだったかもしれない。もしくは、走り出しながらテッカイザーがスプリ達を押し出すようにしてスキルの範囲内に入り、今度こそ綺麗に胴体部分を消し飛ばされたのを目撃したジェノガイサの物か。
テッカイザーの足や腕は重たい音を響かせながら床へ落ち、頭部もむなしく落下して同じく惨めに転がる。そして、その背後にあった封印の扉の真ん中には、大きな穴が空いていた。




