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104話 歪んでても案外気付かないよね

スプリの異常性が伝わればいいなーと思います


 俺達はダンジョンの中を疾走していた。先頭を行くターナはかなりの速度を出してる。薄暗くて平らとは言えないダンジョンの中でジェノ達が付いて行けるギリギリのところで走ってるんだろう。


 俺なんかは走り出した瞬間に無理だと判断してフィスタニスの背中に飛び乗ったからな。状況が状況だったし貧弱な俺には仕方の無い判断だった。【融合躍進】を使えばいいと思うかもしれないけど、長時間は身体がもたない設定にしてるからあんまり気軽には使えない。見てないところならいいけどそれなら【弱体化】を外すだけでいいわけだし。


 まぁなんで初めてのダンジョンに入ったばかりでマラソン大会を慣行してるのかと言うと、スウェイから借りた地図で最深部とされる地下十階まで最短距離で行こうとした矢先に、別の方角から悲鳴が聞こえてきたからだ。


 ジェノが即座にターナへ呼びかけると、まるで意思疎通が出来てそれに応えるかのように走り出した。それでみんなで追いかけてるわけだ。ターナに生えてるのはライオンの耳らしいけどネコ科の聴覚と夜目が最大限発揮されてるみたいだ。俺も夜目が利くらしくて暗さも苦じゃないんだけどな。


 いくつかの分かれ道もターナは迷うことなく走り抜ける。途中たまにモンスターが飛び出してくることもあるけど、ターナは速度を落とすこともなく手刀で文字通り切って捨ててた。手刀がそのまんまの意味過ぎて怖いんだけど。あれじゃジェノが死に掛けるのも納得の速度と切れ味だ。


『助けるんなら田吾作を向かわせておけば良かったんじゃないかの?』


 不意に、頭の中でコノミの声が響く。これは【念話】だな。一方通行よりはお互い会話が出来た方が便利だろうということで俺とコノミとフィスタニスのお揃いの髪留めに付与しておいたものだ。俺の正体を知るこの二人とは内密に話をする機会も多いだろうし、それにはうってつけのスキルだからな。


『それだとジェノが目立たなくなるからダメだろ。ジェノが颯爽と現れた方がヒーローっぽいじゃん』


『・・・そうか、スプリがそう言うなら、了解だの』


 納得してもらえたみたいで良かった。二人には昨日の夜にざっくりとした目的は伝えてあるからな。ジェノを英雄に仕立て上げる、みたいなかなりかいつまんだ説明だけど。


『さすがスプリお姉様、人を人とも思っていないその考え、素敵ですわ』


『人聞きの悪いこと言わないでくれ。あくまで演出の話なんだから。助けられるならちゃんと助けるさ』


 返事は無い。二人とも納得してくれたみたいだな。【並列思考】で違うことを同時に考えられるといってもしっかりターナの様子を観察しとかないと。


「微かですがまだ声が聞こえます、この先です!」


 言いながらその顔は真っ直ぐ、前方の曲がり角を見つめていた。なるほど、確かに男の声みたいなのが聞こえる。台詞的にまだ無事のようだ。


「よっしゃ、皆戦闘準備! ぎりぎりっぽいから俺とターナとフィスタニスで突っ込むぜ。コノミとスプリは後ろから援護してくれ!」


「はい!」


「了解だの! 我の相棒で風穴空けてやろうかの!」


 ターナとコノミは元気一杯に返事しながらそれぞれの武器に手を掛ける。ターナは突進の勢いで背中の大剣で抜刀術でもするつもりなのかそのまま速度を上げる。コノミは完全に銃を抜いた状態で少し後ろへと下がる。


「しょうがないですわね・・・。スプリお姉様、後はご自分で」


「了解。三人とも、前は任せた」


 フィスタニスもジェノのことは嫌いみたいだけど渋々といった感じで了解の意思を見せて俺に降りるよう促す。俺も後方からの援護をしないといけないから特攻をしかける三人にエールを送ってフィスタニスの背中から飛び降りる。着地と同時に走り出すけどやっぱり早くてバランスを崩しそうになるも、なんとかコノミの隣で三人の背中を追いかける。


 ターナ、ジェノ、フィスタニスが曲がり角の先へと飛び込んでいく。ターナが先頭なのは夜目が利く事に加えて、その武器の問題だろう。ターナが全力で剣を振るった時に前にいると一緒に両断されかねないからな。この世界の冒険者に男だ女だ言ってる余裕なんて無い。考慮するのは生死に関わることだけなんだろうな。


「た、助けてくれぇぇ!」


「ゴ、グルァ!」


 ジェノ達が飛び込んですぐに男の声や何かが吠える声が耳に届く。俺とコノミも一拍遅れて角を曲がると、そこには血が飛び散って真っ赤に染まる通路があった。転がっているのは、真っ二つにされた・・・なんだこれ。トゲトゲしたトカゲみたいなの。俺の感覚で言えばアンギラスっていう怪獣に似てる。とりあえずトゲトカゲと呼ぶか。


 奥にはまだ二匹のトゲトカゲが居てターナとフィスタニスが武器を構えて牽制している。二人を前にして攻めあぐねてるらしいトゲトカゲは威嚇の声を上げるだけで襲っては来ない。しかし、逃げるそぶりも見せない。まぁ、この二人なら大丈夫そうだ。


「おいあんたら、大丈夫か?」


「大丈夫なわけねぇだろ!? もっと早く来てくれりゃあ、くそっ!」


「おいおい、とりあえず落ち着けよ。あんたは、大丈夫か?」


 ジェノが地面で蹲っていた二人組に声をかけると、ハーフメイルでセミロングの無造作ヘアーの男がへたりこんだままジェノに食って掛かった。ジェノは呆れながらも諌めつつ、未だ呆然としてるもう一人へと声を掛けた。


「落ち着いてられる訳ないだろ!? 喧嘩売ってんのか!」


「あ、ああ、大丈夫だ、すまない。おい止めろ。すまない、実はもう一人一緒に来てたんだが、俺達は置いて来ちまったんだ。ああ、俺にもっと力があれば・・・」


 ハーフメイルの男は尚もジェノに向かって泡を飛ばし、黒っぽい革鎧の男が制止しながらも事情を話してくれた。なるほど、それは取り乱したって仕方ない。でもそれよりもっとすべきことがあるはずだ。


「おっさん達、こんなところで八つ当たりしてたり落ち込んでるくらいなら助けに行こう。まだ間に合うかもしれない」


「は? 何言ってんだ! あいつらはトゲトカゲっつってこの辺りじゃ出てこないようなCランク・・・の・・・」


 俺が二人の冒険者に声を掛けると、ハーフメイルの方が今度は俺に怒鳴り出した。けどそれもすぐに鎮火していく。なんでってそれは、今にもドロッポアイテムだけ残して消滅していくトゲトカゲの死体が転がってるからだな。っていうか名前合ってたのかよ。


「そうだな、相棒の言う通りだ。オレ達と行くかここで腐ってるか好きな方を選びな。ターナ、フィスタニス、奥にもう一人いるらしい、突撃だ!」


「わかりました!」


「ワタクシに命令なんて何様のつもりかしら」


 俺の言葉に共感したジェノが二人の冒険者へ選択肢を与える。そして答えを待つことも無く、通路の更に奥を見据えてターナとフィスタニスへ声を掛けた。


「我もきちんと援護したんだがの」


「よしよし、コノミも援護とあと回復もよろしくな」


「そこまで言うなら仕方ないの、手伝ってやろう!」


 こうして俺達は更に奥へと走り出す。背後から、二人の冒険者が立ち上がる音を聞きながら。



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