101話 お偉いさんに会うのもお約束
「あ、あれは・・・」
「まさかこんなことで出てこられるなんて・・・」
静まり返ったと思った周りがまたざわざわし始めるもしかしてお偉いさんなのか?
見事な腹筋の男は剣を抜いた男の方に向かう。取り巻きはビクビクしながらも剣を下ろそうとはしない。引っ込みがつかなくなっちゃったかな。
「もう当事者同士での決着がついたはずだ。これ以上争うならば冒険者としての矜持を捨てることになり、それはつまり資格を剥奪されることになるが構わないんだな?」
「ぐ・・・」
腹筋男の脅迫じみた警告に、取り巻きはようやく剣を下ろした。さすがに冒険者失格は嫌だったらしい。冒険者じゃなくなれば冒険者に剣を向ければその時点で犯罪者らしいし、理性が残ってたようで何よりだ。暴走しても取り巻きが悲惨な人生を送るだけで俺達に影響は無いんだけど。
「それじゃ、女はいねぇけど有り金全部もらっとくぜ。オレから奪おうとしたんだから文句はねぇだろ?」
原始人とその武器を引き摺って行こうとする取り巻きに向かってジェノが声を掛ける。実にいい笑顔だ。言ってることも至極当然のことだしな。
「なんだと!?」
「仕方ないな。これに懲りたら自分達の実力を省みて、驕ることなく勤しめと伝えておくように」
「くそが、覚えてやがれ!」
取り巻きはジェノの言葉を聞いて再び頭に血を上らせる。ああ、ダメだこいつ。自分達は相手が格下だと見て平然と脅してきたくせに自分がされるのは理解出来ないのか。だけど腹筋男の援護射撃が入って流石にもうはむかう気力もわかなかったのか、メイスと原始人の懐から取り出したサイフを投げ捨てて去っていった。
もはや台詞までテンプレすぎて感謝の言葉しか無い。だけど若干不快なのは考え物だなー。イベント起こしてくれるんだからそれ以上は贅沢ってものか。
ジェノが思わぬ臨時収入にニマニマしながらサイフとメイスを回収した。サイフは懐に仕舞って、メイスは少し考えてからムゲン袋に収納した。周囲からはざわめきが聞こえる。そうそう、そうやって見せ付けてやってもっとトラブルやイベントを引き寄せるんだ。
多分ジェノは何も考えずに邪魔だからムゲン袋に入れただけだろうけど。
「さぁ、お前達はさっさと解散だ! 散れ散れ!」
腹筋男が人垣に向かって怒鳴ると、まだこっちを観察してた連中も慌てたように霧散していく。大半がギルドの建物の中に引っ込んでいったけど。
「ギルドマスターに挨拶がしたいんだったな。ようこそ、自由都市リベルタムへ。話は中で伺おう」
ジェノが俺達の方を振り向くのでとりあえず頷きを返しとく。了承と受け取ったのかジェノは腹筋男の後についていく。
「ああ、我は肉が食べたいのぉ~」
「我慢我慢、ほら行くぞ」
少し離れた場所から漂ってくる香りの元を求めるように手を伸ばすコノミを引き摺って俺も中へ入る。さすがに可哀想だから酒場で何か買ってあげた方が良いかもしれない。ターナもコノミの方を心配そうに見てるしな。視線が合わないように相変わらずなんとも言えない感じになってるけど。
通されたのはカウンターの後ろにある廊下を行った先にある、広めの部屋だった。奥に大きな事務机っぽいのが置いてあって中央にはソファとテーブルの応接セット的なのが鎮座してる。ギルドマスターの仕事部屋兼仕事部屋ってところか。
腹筋男に促されて俺達はソファへ腰掛ける。俺達が横並びで座っても収まるくらい大きなソファなんて、普段どういう使い方するんだ。もしかしたら冒険者パーティーと話す機会も多いからこうなってるのかもしれない。
全員あんまり緊張してないけどコノミだけがソワソワしてる。ジェノにお願いしたらそれを聞いてた腹筋男の計らいで食べ物を用意してもらえることになったからな。もう少しで来るから落ち着きなさい。
「さて、コウロ支部のギルドマスターから君達の話は聞いてる。俺はスウェイ、ここの連中からは『腹筋』なんてよばれてたりするがよろしく頼む」
テーブルを挟んで向かいのソファに腰掛けたスウェイが名乗って軽く頭を下げた。急に呼ばれたから何事かと思ったら連絡が来てたのか。やっぱりコネって素晴らしい。コウロのギルドマスターもいい仕事してくれるじゃないか。
にしても腹筋って、すごいあだ名だな。その姿を見れば納得するしかない呼び名ではあるんだけど。
「聞いてるっぽいけど一応名乗っとくか。オレはジェノ。こっちが相棒のスプリで、コノミ、ターナ、フィスタニスだ」
「肉、肉はまだかの」
「よろしくお願いします」
「よろしくですわ」
一応礼儀ということでジェノも名乗ってから全員を紹介していき、各自軽く挨拶をする。肉で頭がいっぱいなコノミにそんな余裕は無かったみたいだけど。
「オレ達の話を聞いて呼んでくれたってことはスウェイさんがギルドマスターってことでいいんだよな?」
「ああ、それなんだが俺は」
ジェノが念の為確認って感じでスウェイに問いかけた。口調が敬語じゃないのは冒険者達の間では敬意なんて言葉で表すくらいなら態度もしくは実力で示せなんて言われてるそうで、大して重要視されてないらしい。ただ、貴族が相手だと話は別で、きちんとした態度をとらないと面倒なことになるんだそうな。
コウロの領主は特別だったんだな。それで、まぁ、ランクが上がれば貴族なんかと関わることも増えてくるから冒険者同士でも目上の者には敬語を使うよう意識する人も少なくないとは聞いた。普段やってないとボロも出やすいからな。
そして、スウェイが答えようと喋り始めたところで、盛大にドアが開いてその言葉を遮った。
「腹筋先生ー! ご注文の焼き鳥持って来たよ!」
それは大きなダチョウ・・・いや、ダチョウに跨った男だった。短髪で優しそうな感じの顔だ。服装はなんだろう、楽士というかなんかわざとらしいよさ気な服というかそんな感じ。両手には皿を持ってるんだけど見上げる形になるから何が乗ってるかは見えない。言葉を信じるなら焼き鳥だけど。
「ダチョウ! ゆっくり入って来い!」
「あはは、ごめんごめん。お待ちどう様、特選ダチョウの焼き鳥だよ」
「おお、肉、肉だの!」
テーブルの近くまでのっしのっしと歩いて来たダチョウがその脚を折りたたんで身体を低くする。上にまたがっていた男は降りることなく皿をテーブルに置いた。その香しい臭いにコノミは大興奮で貪り始める。幸せそうだ。
「はじめまして、僕はルー、このギルドでは楽器を担当してるよ。皆からはダチョウなんて呼ばれてるからそう呼んでもらっていいよ。よろしくね」
ダチョウに跨ったルーはそう名乗って、手を振りながら部屋を出て行く。なんだあれ。楽器担当ってどういうことだ。
「・・・あー、さっきの話なんだが」
「腹筋ごめん、この申請に関してなんだけど」
一瞬の間を置いてから、気を取り直したスウェイが話を続けようとするも、またしても遮られることになった。今度はなにやら神官っぽい服装の男が入ってきた。目つきは鋭いけど多分神官だよな?
「キバ、今客が来てるから後にしてくれないか」
「ああ、そうなんだ。だけどまぁすぐ済むよ、判子押してくれたらいいから」
「あ、どうぞどうぞ」
なんか忙しそうだし適当に促しとく。ジェノも横でうんうんと頷いてるので、それを見たスウェイはため息をついてから席を立って書類に判子を押した。
「ありがとう。あ、俺はキバ。他の人と違ってそのまんま牙って呼ばれてるのが残念だけどよろしく頼む」
キバって俺が見てた特撮のシリーズで同じ名前のがあったなぁ。ヴァンパイアがモチーフのやつ。
「中断してすまないな。それでさっきの話」
二度あることは三度ある。今度はどたばたと足音が近付いてきて、スウェイは言葉を中断してすっくと席を立つ。そのまま扉の前に行くと、ドアが勢い良く開けられた。ちなみに内開きだ。
「腹筋さん大変だ、今表で」
「ふんっ!」
「むぁぐりょっ!?」
扉を開けた人物は慌てたように早口でまくし立てながら入ってこようとしたが、スウェイが開け放たれたドアを掴んで、勢いよく閉めた。渾身の力で閉じられた分厚い木のドアは入ってこようとしていた人物に叩きつけられてそのまま元通り閉まった。
スウェイは満足したように元の位置に腰を下ろした。思い切りぶっ飛ばしたみたいだけど大丈夫なのか? なんかとんでもない勢いでぶつけてたけど。もしかしてこの人相当イラついてない?
「さっきのはツオ、うちでは雑務をこなしてる。カツオなんて呼ばれてるからまぁ見かけてもそっとしといてやってくれ」
なんだろう、愛されキャラ? なのかな? よく分からん。
「それではな」
「スウェンさん、なんか寝心地悪くなってきたからここのソファ使わせてもらえませんかー?」
もはや天丼ってレベルじゃないくらい見事に、話を切り出そうとしたタイミングでまたしても部屋に闖入者があった。やけに高い露出に紫色の三角帽、三本の線だけで描かれた簡素な笑顔のお面。それはギルドの待合場のところで寝てた女の人だった。え、ギルドの関係者だったのか。
「この猫野郎!!」
「ええっ、どうしたんですか!? 私何かしました!?」
遂に
堪忍袋の緒がプッチンしてしまったらしいスウェイが立ち上がって怒鳴り出す。お面の人はあまりの剣幕に驚いてはいるけど怯えてはいない。ああ、これ日常茶飯事か。この人も大変だな。




