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女神の思い

門を抜けると、家の中から大男が出てきた。派手な服装をしている。男爵にしてはいい暮らしをしているようだ。

「これはこれは!メリオー様ではございませんか!ささ!中へどうぞ!」

「失礼いたします」

客間へ案内され、ソファに座る。大男も目の前のソファに座った。

「今日は、どのようなご用件で?」

今すぐこの大男を殴りたいが、そうはいかない。深呼吸する。

「ここに妹がいるはずなので、迎えに参りました」

そう言った途端、大男の顔色が変わった。先ほどまでにこやかだったのに、険しい表情になっている。やはり、ここにヒセナがいる。

「どうなさいました?顔色が悪い様ですが」

「え?ああ、失礼。妹様ですね。うちには来てないはずですが…」

「本当に?」

「え、ええ本当です」

どんどん険しい表情になっている。だが、口は固いようだ。ここは、力を使った方が早い。

「命令だ、妹はどこにいるか言え」

「はい、我が王。妹様は息子の部屋です」

「命令だ、息子の部屋はどこか言え」

「はい、我が王。二階への階段を上ってすぐです」

「わかった。命令だ。俺に関しての記憶は全て忘れて、寝ろ」

「かしこまりました。我が王」

大男はソファの上に倒れ込んだ。そして、いびきをかき始めた。やはり、大男は隠し事をしていたらしい。これでやっと、ヒセナを助けられる。

階段を上り、扉を開く。そこには椅子に縛り付けられ、口を塞がれたヒセナがいた。涙を流している。

「ヒセナ!」

「誰だ!貴様!俺のヒセナに触れるな!」

「俺の?ふざけるな!ヒセナをお前のような下衆に渡した覚えはない!」

「下衆だと!?貴様!その言葉二度と口に出来ない様にしてやる!」

「黙れ…」

ああ、この力を妹の前で使うのは…でも、妹のため!

「命令だ。二度とヒセナに関わるな。そして今日のことを忘れて、寝ろ」

「はい、我が王」

そして、彼は床に倒れた。急いで縄を解く。口を塞いでいた布も取る。だが、ヒセナは椅子に座ったままじっと床を見つめていた。まるで魂が抜けた様に。

「見つけたぞ!ヒセナお嬢様だ!」

後ろを振り向くと、家の前にいた兵士達だろうか、どうやらここを突き止めたらしく、大喜びしていた。

「ふう、やっと見つけました」

大喜びの兵士達の中から出てきたのは、広い肩幅の男で、家を出た時に兵士達に命令していた人だった。彼はゆっくりと近ずいて、目の前にくるとしゃがみこんで、ヒセナの顔を覗き込んだ。

「他の者と同じか…」

他の者と同じ?どういうことなのか。じっと彼の顔を見つめる。

「ん?おお、これは失礼。デトラ様。安心してください。ヒセナ様は無事です。しばらく休めば元気になりますよ」

「本当ですか?よかった」

「本当ですよ。操られていた方は皆この様な症状がありました。ですが、記憶がなくなってしまった者もいました。専門家に詳しいことを聞いたら、操った者に力を解いてもらう必要があると言われたのです」

「それで、ラッド男爵を追っていたのですね」

「デトラ様も噂を耳にしていましたか。その通りです。私の部下が、男爵が人を操って金を奪っていたのを見つけたのですが、操られて記憶を失ったのです」

「なんと…全て忘れてしまったのですか?」

「はい、生まれ故郷も、立派な帝国兵である事も全て」

そんな悪党が近くにいたことに驚きだ。そして今まで野放しにしていた事も。

「デトラ様、もしよろしければ私の頼みを聞いて頂けませんか?」

「はい、どのような頼みですか?」

「帝国兵として戦いませんか」

「え…」

帝国兵として戦う…と言われても自分にこれといった特技があるわけじゃない。剣術だって精々身を守ることが出来る程度だ。

「驚くことはございません。十分な資格があります」

「いや、そんな…」

そんなにおだてられても何も出ないのだが。

「王の力をお持ちですね?」

嘘だろ…なんでそれを…

「隠していてもわかりますよ。専門家にはね」

「その専門家は一体」

その時奥の方からゼイレグ様!と言う声がした。

「詳しい話は後日にいたしましょう。良い返事をお待ちしております」

そう言って、彼は去って行った。入れ違いに父が現れた。

「デトラ、ありがとう。私では救えなかったかもしれない」

「大丈夫だよ父さん。ヒセナは助かったから」

「だが、もし母さんのようになっていたらと思うと…」

「そのことについてはしっかり話をしたよね。父さんが責められることは何も無いって」

「ああ、そうだな…」

悲しみを隠そうとする父。母が亡くなった時と変わらない。あの時から父はまるで時が止まっているようで、痛みをわかってあげられなくて…そんなこと考えていてもキリが無いのは自分が一番良く知っているはずなのに。

「うちに帰ろう」

父がヒセナを横抱きにしている。

「変わるよ父さん」

「いいんだ。こういう時でしか父親らしいことが出来ない」

「わかった」

そうして、父と一緒にヒセナを連れて帰った。家に入るとガメラが飛んできた。どうやらずっと泣いていたらしく、目は赤くなって腫れている。服はぼろぼろのままだ。

「おかえりなさい、ああ、よかった!ヒセナ…ヒセナ?」

放心状態のヒセナを見てガメラが崩れ落ちるようにその場に座りこんだ。

「ヒセナを寝室に運んでくる」

父はそう言って二階へと向かった。ガメラへと歩み寄り、片膝をついた。彼女は息をするのも忘れたように、その場に座っていた。

「ガメラ、ヒセナは死んだわけじゃ無い」

「生きてたとしても、私のせいであんな事になったのですよね?」

「それは、違う」

「何が違うのですか!?」

「落ち着け…」

「何がわかるのですかっ…!あなたなんかに!」

「命令だ、眠れ」

「はい、我が王…」

バタッと彼女は倒れた。そこへ父が現た。

「話がある」

「ガメラを運んでからで…」

「いい、従者にさせる。おいそこの、彼女を運べ」

そして父はこちらを向くと

「行くぞ」

とだけ言った。父について来ると、執務室へたどり着いた。座るように言われたので、ソファに座った。

「今日、ゼイレグ大将からお話があった」

中庭で話をしていた人だろう。彼はゼイレグと呼ばれていた、大将だったのか。

「私が、お前の持つ力を隠してきたことは知ってるな?」

「はい」

「だが、ゼイレグ大将に見つかってしまった。そして、彼はお前の力を評価している」

「はい、私も大将から帝国兵にならないかと言われました」

「そうか…」

長い沈黙…父はずっと足元を見つめている。

「お前はどうしたい」

「私は…」

どうしたいのかなど考えもしなかった。自分のことなのに。

「今すぐ決めなくていい。ただ、ゼイレグ大将が、城へ来てほしいと言っていた。話をしないかと」

「話…」

「ああ、それから考えてみないか」

「わかった」

そうして、父と王城、ヴェルデヌス城へと向かった。






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