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学園祭ってなんだっけ No.1

 皆が意見を持ち寄り漸く話が纏まった所で生徒会に概要が提出された。

 その結果、私達のクラスは審査を通り晴れてカフェを開くことが出来ることになった。

 その報せを委員長から受けた後のクラスメイトの動きは早い。

 あれやこれやと指示が飛び意見が走り注文が終わる。

 準備に関しては問題なく進めることが出来、日に日に学園中が浮かれた空気に包まれる。

 そして長くない準備期間を経て、学園祭が決行されることになった。

 更衣室で服を替えけもみみのついたカチューシャを着ける。

 鏡でずれていないか確認し皺を整えるようにベストを軽く伸ばしズボンを叩く。


「皆様、準備は出来まして?」


 姫華がクラスメイトをぐるりと一瞥すれば是と返ってきた。

 にっこりと微笑むと肩から背中に流れるマントを翻して更衣室の扉を開く。


「行きましょう」


 予定された一室へ足を踏み込めば綺麗に飾られた室内に真っ白なテーブルクロスが光を受けて輝いているように見えた。

 既に何人かが忙しなく動き仕上げを行っていた。


「お待たせいたしました」

「あ、女子も来ましたね。というか、豪華……」

「あら、男子も豪華ですわよ?」

「いや、これ豪華っつうかなんつうか……」


 女子達の視線を受けて男子を纏めている委員長が恥ずかしそうに頬を染めてスカートを押さえ、持ち前の明るさを潜めてしまった来栖も自分の姿を見下ろすと溜め息を零した。

 私達のクラスは衣装が纏まらず結局仮装喫茶に決定していた。

 童話から飛び出したようなお姫様からメイド、執事、果てはアニメやゲームの登場人物の姿……所謂コスプレにまで、多種多様な姿の格好となっている。

 更に特筆するなら男装メンバーと女装メンバーがいる。

 一応目玉商品ならぬ目玉メンバーだ。


「お似合いですわよ?」

「それは褒め言葉じゃねえ」

「ははは……」


 がっくりと肩を落とす委員長は不思議の国のアリスのアリスの格好をして遠い目をしている。

 さらりと滑るウィッグの毛先が影を落とすが、それが何故かよく似合っている。

 そして頭にぴょこりと生えているのはうさみみ。

 とても良く似合っていると思う。

 スカートに付けられた丸い尻尾は今は見えないが、試着した時は舐めるように見てしまったのは許して欲しい。

 だってとてもとても良く似合っているのだから。

 来栖も眉を寄せて姫華を一瞥すると再び溜め息を吐いた。

 彼はとあるアニメのヒロインの格好だった。

 百七十越えの男の子が恥ずかしそうにセーラー服のスカートを下に下げるように引っ張っている。

 赤いカチューシャに付けられたリスの耳に、委員長と同じようにスカートに付けられた尻尾が彼が動く度にまるで猫じゃらしのように揺れることをこれまた試着した時に知った。

 触らせて欲しいと告げた私は悪くない、多分。


「鶴宮はいいよなぁ」

「ふふ、似合っているといいのですけれど」

「似合ってますよ、羨ましいです」


 女装した二人は男装する私を恨めしそうに見つめる。

 私はとあるゲームの登場人物である王子様の格好をしている。

 黒地に銀糸で刺繍を施されたシンプルなものだ。

 マントは真っ赤で重厚感がある。

 このキャラは薔薇の王子様という通り名があるらしく、勧めて来た女子が少々興奮気味に教えてくれた。

 まあ、そんな王子様に虎の耳と尻尾はついていないが。

 長い尻尾がマントの下で歩く度にゆらゆら揺れている。

 普段がスカートだからズボンがなんだか新鮮で恥ずかしいやらワクワクするやらで少し落ち着かないが、成功の為にもしっかりと王子様を演じようと思う。

 皆で手分けして準備を整え終えた所でドーンと空砲が辺りに響いた。


「始まったね……皆頑張ろう」


 委員長がにっこりと微笑んでそう言えばそこかしこから楽しそうな返事が聞こえた。




 まだ午後があるけれど、成果は上々だと言える気がする。

 クラスメイトとして吉祥堂がいるのが功を奏しているのではないだろうか。

 いや、それだけではないだろう。

 セーラー服もアリスも忙しなく動いているのが視界の端にチラチラと映っている。

 そしてゆらりと揺れる着物の裾も動いている。

 女装メンバーの一人である吉祥堂だ。

 艶やかな花魁姿の彼は、申し訳ないがどこから見ても美女だった。

 普段は眼鏡で覆われた陰険さを見せる瞳は彩られ、唇は紅く艶めき目を惹かれる。

 大きく開かれた襟ぐりから見える鎖骨が妖艶さを際立たせていた。

 そして結い上げられ髢で盛られた髪から覗く猫耳。

 ゆらゆらと歩く度に揺れる尻尾。

 飛び付きたい衝動を抑えることは苦行だと言わざるを得ない。

 彼にこれを薦めた男子生徒に賞賛の拍手を惜しみなく心の中で送る。

 男子に女子にからかわれ可愛がられる来栖。

 可愛い可愛いとニコニコ見守られる委員長。

 男子も女子も、果ては保護者の方まで呆気に取られたように見蕩れられる吉祥堂。

 勝ち負けがあるわけではないが今年は吉祥堂が学園の中で一番有名人な気がして、一人勝ちしているだろう。

 席に案内した後輩である生徒二人が椅子に座ることも忘れて魅入っている。


「ふふ、姫君達はあの方に見惚れてしまわれたのですね」


 小さく微笑んでずらした椅子から手を離すと片方の子の手をそっと取る。

 はっと弾かれたようにこちらを見る目ににっこりと微笑めば恥ずかしそうに目を伏せられた。


「立ったままでは疲れましょう。どうぞ腰を下ろしてゆっくり堪能してください」


 悪戯めいた微笑みを向ければくすくすと笑われはい、と告げられる。

 二人を椅子に座らせ注文を受けると微笑みながら一礼し仕切られた裏方へと下がる。

 ガチャガチャと聞こえる音の中注文を告げ再びホールへと戻ると入り口で吉祥堂が接客しているのが見えた。

 それを尻目に空いたテーブルを片付けていると吉祥堂の怒ったような声が聞こえた。

 何をしているのかとそちらをしっかりと見ればどうやら攻略対象者達が集まっていたようだ。

 生徒会長と王子の目が楽しそうに細められていたのが見えた。

 あれはからかわれているな。

 足早に食器を裏方に渡し入り口へと向かう。


「商品にお手を触れないようにお願いしますよ?」


 そう男達に声をかければこちらを見て、驚いたように目を丸くしたのがわかった。

 少々色々あったせいで声をかけられると思わなかったのか私がわからないのか、じっと凝視される。

 そんな視線を無視して吉祥堂に顔を向ける。


「お客様を席にご案内しよう。貴方も御一緒に……。お手をどうぞ」


 吉祥堂に手を差し延べれば目を丸くして視線を泳がせた後僅かに眉根を寄せて私の手にそっと手を重ねられる。

 どこからかカメラのシャッター音が聞こえた気がしたが気にせず吉祥堂と男達を席に導く。

 今日は色々な人の写真フォルダーにはデータが溜まりに溜まるだろう。

 こういうサービス──に、なるかはわからないが──大事だ。

 これで口コミで人が訪れるのだから。

 男達が席に着いたのを確認すると注文を受け吉祥堂の顔をちらりと見上げる。

 渋い表情をしてこちらを見下ろす彼はその表情のまま私に手を差し出す。

 これは連れてけ、ということらしい。


「それでは少しお待ちください」


 吉祥堂の手を取り微笑んで男達に告げるとゆっくりと裏方へと吉祥堂をエスコートしながら下がる。

 そこかしこから向けられるカメラのレンズに一度足を止めると不思議そうに吉祥堂に見下ろされる。

 隣に立ち、僅かに踵を上げて彼の耳に口を寄せると彼がびくりと動いたが、そんなにびびらなくても、と苦笑する。


「サービスですわ。笑って」


 厚めの靴底のブーツなのに身長が足りなくて絵面としてはあれだが、吉祥堂の笑顔が欲しいお客様は多いだろう。

 顔を離してにっこりと吉祥堂に向かって微笑めば苦笑混じりだが笑顔を向けられたのでひと仕事終えた!とばかりに肩から荷が降りた。

 再びエスコートしながら裏方へと下がりふぅ、と詰めていた息を吐き出す。

 時計を確認すれば休憩の時間になっていて吉祥堂から離れそこに居た委員長に声をかける。


「委員長、休憩に行ってきます」

「あ、はい。いってらっしゃい」


 さぁ、陽乃の所へ行こうではないか。

 宣伝も兼ねてそのままの姿で廊下へと踏み出す。

 陽乃の所へ行くまでに何人かに声をかけられ時間を取られたが、陽乃と目が合えばいい笑顔を向けられた。

 ついでにカメラも。

 陽乃のクラスは和風お化け屋敷らしく、どこかおどろおどろしい雰囲気がそこには漂っていた。

 受付の陽乃は浴衣姿で私の周りをくるくると回りシャッターを切り続ける。

 苦笑するも陽乃が満足するまで写真を取られ、近くに居た人からも写真を取られた。

 まるで撮影会のようなひと時を終え、ついでにちゃんとクラスの宣伝も忘れずに。

 そうして漸く陽乃と賑わう学園祭へと向かった。

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