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カフェってなんだっけ

 道すがら陽乃と姫華は学園祭に思いを馳せた。

 学校行事はテンション上がるね、と笑いながら歩く。


「そうだ、この前新しくオープンしたカフェがここら辺だったはず」


 きょろきょろと視線を巡らせながら陽乃がそう言う。

 新しいもの好きな陽乃はそういうチェックは誰よりも早く、姫華もどこから情報収集しているのか常々不思議に思っているが陽乃はいつも笑って秘密、と言うので最近は聞かなくなっていた。

 そうして陽乃に連れられて着いた先はこじんまりとしたカフェだった。

 クリーム色の壁に落ち着いた赤の屋根。

 建物自体は新しくはないみたいだがこざっぱりとしていた。


「ここだよ、アルカンディア」


 陽乃は期待に目を輝かせ早々に扉を開く。

 チリーン、と小さな音がして木の扉が開けばケーキが並べられたショーケースが目に入り気分が高揚する。

 陽乃に至っては一直線にショーケースへと向かいへばりついてしまっていた。


「ふぉぉ、美味しそう!可愛い!」

「陽乃、落ち着いて」

「無理!」

「騒ぐと迷惑になってしまうわ」

「まだお客さんいないから大丈夫よ」


 へばりつき声をあげる陽乃を宥めていると第三者の声が聞こえて二人で顔を上げる。

 上から覗き込むようにして姫華と陽乃を見下ろしているのは顔立ちの整った男性だった。


「騒がしくしてごめんなさい」

「いいのよぉ、今は貴女達しかいないから」


 立ち上がり姫華が頭を下げるとひらりと手を振って笑う。

 姫華はその人を見つめてしまう。

 肩を超えた淡い茶色の髪を首の後ろで括り、同じ色合いの瞳が優しく光っていた。

 何故か目を惹かれる。


「席は好きなとこに座ってちょうだいな」

「はーい、有り難うございます」


 ぼんやりとしたまま立ち上がった陽乃に手を引かれ窓際の奥の席へと座る。


「姫華は何にする?」

「えっ」

「え、ケーキだよ」

「あ、そうね。……どれも美味しそうだったから迷ってしまうわ」

「だよねー、あたしも悩むーっ」

「ふふ、じゃあ半分こずつしましょうか」

「あ、するする!」

「はぁい、メニューよ」


 その男性が持ってきたメニューにざっと目を通す。


「このブレンドは何の豆を使っていらっしゃるの?」

「ふふー、それは秘密なのよ。アタシブレンドなの」

「ほわぁ、貴方がマスターさんですか?」

「ええ。これから御贔屓にしてくれると嬉しいわぁ」

「ケーキ制覇したいですね。写メって撮ってもいいですか?」

「ケーキだけならいいわよぉ」

「マスターさんはオネェさん?」

「陽乃、失礼なことは……」


 会話が弾む二人をメニューの陰から見ていたが不躾な言葉に思わず小声で声を挟むがその人はいいのよぉ、と笑った。


「この口調は癖になっちゃったのよぉ、うち女系なのよねぇ」


 どこか遠い目でそう言うその人の横顔を眺める。

 細められた涼やかな目に胸がとくりと鳴る。

 自分の胸にそっと手を当て小さく首を傾げる。

 そこに小さな音を立てて扉が開かれた。


「オハヨーゴザイマス」

「あら、思ったより早かったのねぇ」

「別に」


 現れたのは近くの高校の制服を身に纏ったどこか眠そうな男の子。

 姫華と陽乃を見遣るとぺこりと頭を下げて店の奥へと消えていく。


「あの人はバイトさんですか?」

「ええ、何故かここ男の子のバイトばっかなのよねぇ」

「恰好いいけど眠そうにしてましたねー」

「あの子いつもああなのよぉ」


 陽乃とマスターの会話をどこかぼんやりと聞きながら姫華はバイト君を見送る視界の端に映るショーケースに意識を向ける。


「私はもう一度ケーキを見てくるわ」

「はーい」


 椅子から立ち上がるとマスターに会釈をしてショーケースの前に立つ姫華。

 眉間に皺を寄せるように真剣にケーキたちを見下ろしていると不意に指が視界に割り込んできた。

 はっと顔を上げると眠そうな顔のままバイト君が一つのケーキを指差している。


「俺のオススメはティラミス」

「あら、じゃあ今日はティラミスにしようかしら」

「プリンはダメ」

「どうして?」

「残らないと俺が買えない」

「こらぁ奏多!」


 奏多と呼ばれたバイト君は何処吹く風だ。

 マスターはいかにも怒ってます、という目で奏多を睨み付けるが素知らぬ顔をしている。

 なんだか二人のやり取りに面白くて姫華はくすくすと笑う。

 陽乃を見ればこちらも面白そうに笑っていた。


「陽乃は何にしますの?」

「あたしタルトー、いちごのね!」

「私はティラミスとブレンドで」

「あたしは紅茶ー」

「かしこまりました」


 マスターはメニューを受け取り奏多の横をすれ違いざまにぽこり、と叩いていた。

 それを見て更に陽乃と笑う。

 椅子に再び腰掛けると陽乃がテーブルに肘をついて軽く身を乗り出す。


「面白い人達だね」

「ええ、そうですわね」


 笑い合った後は二人で学園祭の話に花を咲かせる。

 お店に客が訪れにわかに活気づくのをBGMに、テーブルに置かれたケーキを堪能する。

 穏やかな時間に笑みが溢れる。


「あー、これ美味しー!はい、姫華、あーん」

「もう、陽乃ったら」


 フォークに載せられた一口分を目の前に突き付けられ姫華は苦笑するも、そのままぱくりと口にする。

 陽乃は嬉しそうに笑みを深め目でどう?と聞いてくる。


「ん……美味しいですわね」

「ね、これは毎日でも食べたい!」

「本当に」


 頬を染めて頷く姫華を見て陽乃は口を開ける。

 さながら餌を待つ雛だ。

 姫華は小さく笑って陽乃の口にスプーンに掬ったティラミスを運んでやる。


「ちょー美味しー!」


 嬉しそうに笑う陽乃が可愛くて姫華は端末を取り出すと陽乃の写真を一枚撮る。

 一瞬きょとりとした陽乃も慌てて端末を取り出しカメラを姫華に向ける。


「ま、駄目ですわ」

「ええー!?あたしの写メ撮ったじゃない!」

「可愛らしかったんですもの」

「あたしも撮りたい撮りたい!」

「どうしましょうねぇ?」

「ずーるーいー!」


 脚をばたつかせる陽乃を笑って窘めつつ珈琲を一口飲む。

 カシャリと音が聞こえ顔を上げれば陽乃が唇を尖らせながらカメラを向けていた。


「怒らないでくださいませ」

「怒るー、怒っちゃうもん」

「あらあら、もう一口召し上がる?」

「食べるー!」


 姫華の申し出にぱあっと花を咲かせたように微笑む陽乃に笑いが止まらない。

 スプーンでティラミスを掬っているとテーブルの横に眠そうに奏多が立ち止まった。

 どうしたのかと視線を向ければ無言で手を差し延べられ陽乃と首を傾げる。


「写真撮ってあげる。貸して」


 仕事をしながらもこちらの話を聞いていたらしい。

 陽乃と顔を見合わせる。

 すると陽乃がにんまりと笑みを浮かべ奏多に端末を渡す。


「ありがとー、奏多君!じゃあ食べてるとこお願いね!」

「わかった」


 姫華はスプーンを持ったまま陽乃を見つめていると目の前にケーキを載せられたフォークが差し出される。


「はい、姫華」

「え?」

「あーんしてるとこ撮ってもらおう!」

「何て羞恥プレイ……!」

「姫華もほらほら!」

「ほらほら」

「奏多さんまで!?」

「はーやーくー」


 二人に急かされ顔が紅くなる。

 周囲の人の視線が集まってる気がする。

 ちょっとした意地悪のつもりがとんだ大事になってしまったと思っても後の祭りだった。

 恨めしそうに陽乃を睨み付けてもにまにまとした笑みが変わらない。

 仕方なくスプーンを差し出し、差し出されたフォークにかぶりつく。

 お互いに食べさせ合う姿を写真に収められ顔が熱い。


「撮れた」

「ありがとう!」

「……有り難うございます」


 満面の笑みを浮かべた陽乃と恥ずかしそうにはにかむ姫華を奏多は見つめ、もう一度シャッターを切る。

 驚く陽乃に端末を渡すと奏多はさっさと移動してしまった。

 今のは一体なんだったのか、と陽乃に視線を向ければ撮られたひとコマを確認した陽乃が身悶えている。


「は、陽乃?」

「姫華ちょー可愛い!くっそ可愛い!」

「落ち着いて陽乃」

「無理!」

「落ち着いてくださいませ」

「いい仕事してくれたよ奏多君!!」


 陽乃は奏多に向かって親指を立てる。

 振り返った奏多がそれを見て同じように親指を立てる姿を見て呆然とする。

 しかも周囲の視線が生暖かくこちらを見守っているようで羞恥を煽られる。

 珈琲を淹れているマスターも微笑ましそうにしていて首まで紅くなるのがわかった。

 姫華は思わずテーブルに肘をつき項垂れる。


「は、恥ずかしい……」

「くふっ、くふっ」


 カフェってなんだっけ。

 決してこんな羞恥プレイを強いられる場所ではなかったはずだ。

 店内の騒がしさも何処か遠くに聞こえる。

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