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お金持ちってなんだっけ

 カフェに取り残された男五人は、それぞれが暗い顔をしていた。

 それこそ暗雲を背中に担いでいるように。

 テーブルに肘をつき項垂れる悠斗が深く、深く溜め息を吐いた。


「……俺は一体何を見てきたのか……」


 学園でもトップを争う知能を持ちながらこの件に関しての成績は最低……むしろマイナスだと言わざるを得ない。

 よりにもよって想い人の友人に己の勘違いから嫌がらせをしてきたのだ。

 それこそ「陰で」「嫌味ったらしく」「悪口を言って」「他人が動く」ように差し向けていたのだからぐうの音も出ない。

 これは同じように項垂れる四人も思う所があるのだろう。

 小さく唸る者、背もたれに凭れ天を仰ぐ者、テーブルに突っ伏す等々それぞれが打ち拉がれた。


「友人だなんて……知らなかったよ」


 王子こと雅之はテーブルに突っ伏して頬をくっつけ

 恨みがましく小声で言った。

 他の四人は頷くことも億劫なのか、内心で同意した。


 この五人は所謂、恋敵(ライバル)というものでお互いが牽制しあい自分が陽乃の唯一になろうとしていた。

 それがここに来て全員振られてしまった。

 理由は言わずもがな自分達のせい。


「……これからどうしたらいいんだ……」


 陰険というより悲愴な顔をした晴明が呟いた言葉には誰も口を開くことが出来なかった。

 無言のまま無情にも時間だけが過ぎていく。





「しかし……今朝の出来事は一体何だったのでしょうか……」


 怒涛の朝一番の出来事から早数時間。

 昼食の時間にはカフェに人が集まっていた。

 テーブルを囲んで一流シェフの腕前に舌鼓を打つ。

 優雅で豪勢な昼食をとる令嬢、子息の会話のネタは庶民の奨学生が起こした騒動がほぼだ。

 あちこちで情報が交錯しているが、本人達がいないので全て憶測の域を出ない。

 だが、大まかな意見は二種類にわかれていた。


 一つ

「庶民のくせに財閥の子息に暴力を働くなんて、やはり低俗ですわね」

 と陽乃を非難する声。


 一つ

「とうとう生徒会長達は陽乃さんを怒らせたのね」

 と男達に呆れた声。


 姫華と陽乃の同級生である二年生の意見は後者が多かった。

 三年生はどちらかといえば前者の意見が多い。

 それは姫華と陽乃を身近で観察出来たか否かの違いだ。

 みんながみんな陽乃を厄介もの扱いしているわけではないし、噂に踊らされるばかりでもない。

 好意的な人もいれば興味のない人もいて、否定的な人もいる、それだけだ。

 それを自分の都合のいいように勘違いしている生徒が騒ぎ立てるだけ。

 特に声高々に陽乃を非難するのは令嬢が多い。

 それは二年でも三年でも変わらない。

 甲高い声で庶民が庶民が、とカフェに響かせている。


 これに面白くないと顔を顰める者もいる。

 それは姫華を知り、陽乃を知り、男達を知る人間だ。

 姫華が何もしなくていい、と言った所で事情を知ることは容易に出来た。

 何故なら姫華がしたことは犯人を突き止め説教をしただけだから。

 事情を探ることはそこまで難しくなかった。

 その原因が嫉妬が大半で、姫華は解決に尽力している。

 初めは真面目な姫華が正義感で動いているのかと思っていたが、注意深く姫華や陽乃を観察していればその目が親しい人間に向ける優しい色を湛えていることがわかった。

 そして男達の言動を知れば愚かだと言わざるを得ない。

 ただ、それらを知る人間は姫華と陽乃が取っている行動も少なからず理解出来た。

 それは姫華と陽乃の考えのほんの一部分だが、騒ぎ立てるだけが解決にはならない。

 それを分かっているから誰も何も言わなかった。

 むしろ陽乃が嫌がらせをされたとわかった時にはそれとなく姫華に伝わるように動き、時と場合によっては自分達がその人間を諌めたりもした。

 それが最近は陽乃への嫌がらせより姫華への嫌がらせの方が多い。

 その原因が陽乃へ恋心を抱く男達の言動のせいだと知っていた。


「恥ずかしいことですわね」


 誰かがぽつりと零した声が陽乃を非難する人間の耳に届く。


「まったくですわ。庶民如きが由緒正しい鶴ノ薔薇宮学園の品位を貶め、さらには悠斗様達に暴力を振るうなど」


 これ幸いとばかりに陽乃を非難する令嬢達は周りの視線に含まれる敵意や呆れた視線になど気付かない。

 取り巻きと陽乃を非難することに夢中だ。


「……わたくしが言っているのは貴女方のことですわ」


 静かな怒りを含んだ声でゆっくりと言葉を紡ぐ。

 この発言にカフェは水を打ったように静まり返る。

 陽乃を非難していた令嬢達が信じられないという目でその令嬢を見つめる。

 周囲もその視線の先を見つめれば、その人物が誰かわかり目を丸くする。

 その令嬢は何かあると姫華と競っている令嬢だった。

 それは勉強であったり運動であったり……はたまた長期休暇にはどこそこへ行った、パーティーでのドレスは最先端のものだと事ある毎に姫華に突っかかっていたのだ。

 その令嬢が目を細めて自分を見つめる令嬢達を見つめ返す。


「非難するだけならどなたにでも出来ますわ。貴女方は何か動きまして?」

「え……それは……」

「まさかとは思いますけれど、解決ではなく卑劣な方向に動かれたとかは御座いませんわよね?」

「あ、貴女は何を仰ってるの!?」


 問い掛けられる言葉に青くなる令嬢達は震え始めた。

 それは怒りなのか羞恥なのか、図星を指されたせいか。


「そうですわよね、由緒正しい鶴ノ薔薇宮学園の生徒が、よりにもよって力のない一般庶民に対して陰からこそこそと嫌がらせをするなど……格式高い人間のすることでは御座いませんわよねぇ。実際そういうことが御座いましたけれども……それこそ品位を貶めますものね」


 にっこりと微笑む彼女はまるで姫華のようで、この場に居る何人かは思う。

 姫華に突っかかっているのは同属嫌悪なのか、と。

 似た者同士はぶつかりやすいなど諸説あるが、それなのかと。


 そんな周囲の思考は真っ青な令嬢達には伝わらない。

 陽乃を非難していた面々、特に率先して声高々に陽乃を非難していた令嬢は震えながらその令嬢を睨み付けた。


「含みのある言い方ですわね?わたくし達を疑っていらっしゃるのかしら?」

「何のことでしょう?わたくしは品位のお話しかしていませんわ」


 一触即発に発展しかけている二人を周囲は黙って見つめていた。

 気にせず食事をする生徒は物音一つ立てずもくもくと食事を進めていたが、目だけは行方を見守るようにチラチラと向けられている。


「……何事ですの?」


 そこに現れた渦中の陽乃、そして姫華。

 険悪な空気をものともしない姫華は悠々と足を進め陽乃と空いた席につく。

 そこは朝男達と座った席の近くで、二人は観葉植物の陰に見えた人影に驚く。

 そこには所在なさげに縮こまっている男達。


「……」

「……」


 思わず顔を見合わせる陽乃と姫華。

 何してんのこいつら、きっと朝からここに居て見つからないようにしているんじゃありませんの?とアイコンタクトを交わすも、それなら放っておこうと二人は見なかったことにした。


「皇様方に暴力を振るうような野蛮な人と同じ室内に居るなど……耐えられませんわね」


 一瞬霧散した険悪な空気を再び醸し出す令嬢に視線が集まる。

 先ほどまで声高々に陽乃を非難していた令嬢だ。

 陽乃を見つめる目は冷たく鋭い。


「暴力でしたけど、何か?」


 自分を貫くような視線を首を傾げて見つめ返す陽乃にその令嬢の眦が更に吊り上がる。

 姫華は陽乃と同じテーブルに着きながらも運ばれてきた料理に目を細める。

 陽乃も嬉しそうに手を合わせ、倣って姫華も手を合わせる。


「いただきまーっす」

「いただきます」


 食事を始めてしまう二人に周囲が呆気に取られる。

 それは陽乃を非難していた令嬢も、隠れている男達もだ。


「……暴力を振るって反省も御座いませんの?お育ちの程度が知れますわね」


 言うなれば懲りない、この一言に尽きる令嬢の悪態にもごもごと口を動かしていた陽乃が顔をあげる。

 優雅に食事をする姫華が陽乃を手で制する。

 それを見た陽乃はそのまま食事を続けた。

 口元をナプキンで拭いグラスに入っている水を一口分、喉に流すと姫華が令嬢を見据えた。


「神田コーポレーションの美陽様、でしたわね」


 姫華の言葉にその令嬢──神田美陽──は肩を揺らした。

 神田コーポレーションとは皇財閥の下にあり、家柄でいえば鶴宮より劣る。

 だが彼女の父親はやり手だと名を馳せていて、彼の手腕でメキメキと成長している家でもある。

 彼女自身はそんな父親、そして母親に甘やかされ育った一般的なお嬢様だった。


「暴力とは、どういったものを仰っていらっしゃるのかしら?」


 姫華の問いに美陽が不思議なものを見る目で姫華を見つめた。


「ですからそこの庶民が皇様方に暴力を振るったじゃありませんの、貴女も見てたでしょう?」

「そうですわね。彼女が行ったのは腕力での暴力でした。では、貴女は?」

「え?」


 更なる姫華の問いに美陽はきょとんとする。

 何を言われたのかわからない、といった顔に姫華が小さく微笑む。


「すれ違う度に下賎と蔑み、庶民のくせにと難癖をつけ。彼女にご友人と共に水を掛け、物を隠し、捨て。見えなければ、腕力でなければ、更には自分より格下の一般家庭の人間であれば暴力でないと仰りたいのかしら。ああでも、見ていた方々が居られては隠れてもおりませんわね」


 この言葉に美陽は顔を真っ青にすることしか出来なかった。

 何故、と口の中で声にならない声をあげる美陽に姫華は更に笑みを深める。


「お忘れですの?この鶴ノ薔薇宮学園の至る所にある監視カメラを。彼の警備会社の優秀さは監視、出動の速さ、警備能力……どれ一つとして欠けておりませんわ。ですから御自宅でもお世話になっていらっしゃる方もおりますでしょう?」


 それは皇家であったり吉祥堂家であったり……一定ランク以上の家のことだ。

 そこに鶴宮家も入っている。

 その警備会社に警護を任せているということは一種のステータスでもあった。


「私は卑劣な行いがあったとの情報を受け取った後、調べていただいただけですけどね」

「いつも監視されてて息苦しいと思ったけど、こういう時便利だよねぇ。アタシ何もしてないから後ろめたいこと一切ないし」


 ころころと笑う姫華に、口の中を空にした陽乃がけらけらと笑う。

 姫華はぐるりと周囲に視線を巡らせる。

 茫然と姫華を見つめる美陽、後ろめたいことを抱えた真っ青な生徒にゆっくりと。

 隠れて縮こまる男達を横目に悠然と微笑む。


「お育ちの程度が知れますわね」


 お金持ちってなんだっけ。

 人を貶める前に自分を磨きなさい。

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