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この気持ちってなんだっけ

 コンコン、と扉をノックする音が聞こえて部屋の主は書類から顔を上げて扉を見遣る。

 引き出しにその書類を片付けながらどうぞ、と入室を促せば愛しい姪が顔を覗かせた。

 その後ろではどこかしょんぼりと肩を落とした女子生徒が見えた。

 昨日此処に肩をいからせて飛び込んで来た様子との違いになんだか面白くて小さく笑う。


「失礼いたしますわ、叔父様」

「ああ、そこにお座り」


 執務机の正面にあるテーブル、それを挟むように置かれたソファーへ促し自分も立ち上がる。

 ソファーへ並んで座る彼女達の向かい側へ腰を下ろせば姪が目を細めた。


「叔父様?一体どういうおつもりで許可をお出しになったの?」


 彼女の隣に座る女子生徒が小さく肩を揺らして俯いた。

 やはりその話か。


「どういうつもり、とは?」

「おとぼけにならないで」

「とぼけるもなにも、僕がいつまでも悪行を見逃すと思っていたのかな?」


 ニコニコと微笑みながら首を傾げれば、姪は小さく溜め息を零した。

 そんな彼女──姫華──も可愛いなぁと更に相好が崩れる。


「生徒同士の諍いに大人が首を突っ込むのはどうなのでしょう」

「僕は今日一日自由にする許可を与えただけだよ?」

「放課後にでも話し合うように、と指導すればよろしかったのでは?」


 これは不味い。

 怒っている。

 ここで返答を間違えれば「叔父様なんて知りません」と言われてしまう。

 それは避けなければ!

 姫華に嫌われてしまったら僕は死んでしまう。


「姫華が彼女を巻き込みたくなかった気持ちはわかるよ。だけれど、それでは教育者として僕が、友人として彼女が納得出来たと思うかい?」


 真面目な姫華は『情』と『仕事』に弱い。

 これでどうして冷たい人間に思われるのか、僕には理解が出来ない。

 それは『姫華』を理解していないという簡単な答えなのだけれど、姫華は関心がないのか気にしないといつも言う。

 僕としてはもっと沢山の人間に姫華の可愛さを知ってもらいたいのに。

 あ、でもそうなってしまったら姫華にちょっかいを出す男も増えるのか……それは許さん。


「……ずるいですわね」

「何のことだい?」

「いいえ、もうよろしいですわ。叔父様に可愛がってもらえるのは嬉しいですけれど、学園ではこれっきりにしてくださいましね?」


 漸く姫華が微笑んだ。

 仕方ないな、というような気持ちと、申し訳なさそうに優しくそれでも嬉しさの滲んだ、小さく花が綻ぶような微笑み。

 嬉しそうに笑う方が好きだけれど、今はこれで十分。


「……あの……」

「ん?なんだい?」


 隣に座っていた姫華の友人が青い顔をしていきなり立ち上がった。

 驚いて目を丸くする姫華も何て可愛いんだろう。


「申し訳ありませんでした!」


 そう言って勢いよく頭を下げる彼女に、僕としては簡単に許したくはない気持ちがある。

 なんせ彼女が原因の一つには違いないから。

 僕の可愛い姫華に矛先を向けさせた悪手は許し難い。


「わたしのせいで姫華さんに迷惑をかけてしまって、本当にすみませんでした」

「陽乃、私は迷惑ではないとあれほど……」

「ううん!アタシの考えが足りなかったせいだから」

「……とりあえず座りなさい」


 狼狽える素振りを見せないようにしているものの、目が如実に物語っている。

 姫華は狼狽えてても可愛いなぁ。


「叔父様、私が自分で甘んじて受けたのです。陽乃を責めないでくださいませ」

「姫華、これは僕と彼女が話し合うことだよ」

「ですが……」

「姫華、大丈夫」

「陽乃……」

「アタシが悪いことをしたの。理事長は怒って当たり前なの」


 姫華にもきっぱりと言い切った所は評価しよう。

 物事を見て、反省することは実は難しい。

 人間見たくないものから目を逸らす方が楽で、認めない人間も多いものだから。

 だが、それで終わりにするには少し足りないね。


「では君はこれからどうするのかな?」

「これからは姫華さんに迷惑をかけないように精一杯努めようと思います」

「それは姫華とは友人の縁を切る、ということかな?」


 姫華の顔が青ざめる。

 決してそんなことは望んでいないのだと、ありありとわかる。

 僕に挑むような目で見つめる彼女は気付いていないようだけれど……答え次第では本当に許さないよ?


「いえ、姫華さんはわたしのかけがえのない親友です。庶民ですけれど、彼女を大切にしたい気持ちは負けません。理事長の信用は無くなってしまったかと思いますが、これからの学園生活では姫華さんを守りたいと思います」

「……陽乃……」

「守る、とは?」

「家の立場については……まだわたしにはどうすることも出来ませんが、立場を弁えながらも姫華さんに悪意が向かないように、少しでも周りに認めてもらえるように……庶民ながらも頑張っていると、思わせられるように頑張ります」


 全ては姫華の為に……。


 子供ながらに、懸命に考えたのだろう。

 スカートを握り締める手が真っ白だ。

 それでも僕を見つめる瞳はとても真摯で。


「……そうかい」

「はい!」


 これは、少しは認めてあげないと駄目かな。

 これだけ姫華を想ってくれる友人は少ないだろう。

 令嬢、子息としてだけでなく、人間は他人のことより自分のことを第一に考えてしまうものだ。

 この子なら……姫華をここまで大事に想ってくれるのなら、まあ少しは姫華の近くに居ることを許してあげなくもない。


「……姫華の友人として、これからも宜しく頼むよ」

「はい!有り難うございます!!」


 でもすんなり認めるのは面白くないからね。

 これから姫華の情報を僕に逐一流すことで妥協してあげる。

 これから宜しくね、杉山陽乃ちゃん。





「はぁ~……すっごく緊張したぁ」

「陽乃ったら……私もどうしようかと思いましたわ」


 二人は理事長室から中庭にあるカフェテラスへと移動し、人目につきにくい席で向かい合って腰を下ろす。

 温かい風が二人の頬を撫で漸く肩から力が抜け、見つめ合って微笑む。


「アタシああいう説明って苦手だけど、頑張ったよ!」

「叔父様があれで納得してくださったのにも驚きましたけれど」

「ちょ、それアタシのこと褒めてないよね!?」

「陽乃が私を想って言ってくださったのはわかってますわ」

「ふふん、親友ラーブ!」

「こうなったからには私も陽乃を守りますからね?」

「アタシが姫華を守るからね」


 二人で悪戯を思い付いたように笑い合う。


「しっかし理事長はホント姫華のこと大事にしてるよね」

「自他共に認める姪馬鹿ですもの」

「姫華談義で盛り上がれそうだわぁ」

「何不思議な花を咲かせようとしてますの」


 ニマニマと笑う陽乃に姫華は呆れたような目を向けるが、陽乃はくふふ、と笑って聞いていない。


「でも姫華大好き過ぎてお嫁さん来なさそうなんだけど」

「不本意ですけれど、半分そうですわね」


 理事長も大層美形であるのに浮いた話がないのは、仕事と姪が彼の殆どを占めているせいという、皆が知る所である。

 兄である姫華の父親と十程違う叔父は若く美しく、それでいて仕事も出来る。

 そろそろ身を固めたらいいのに、と姫華は思う。

 そして姪馬鹿から嫁、若しくは親馬鹿になったらいい。

 決して叔父が嫌いとかそういうものではない。

 ただ、このまま結婚もせずずるずると姪馬鹿を引き摺っては勿体無いと思うだけだ。

 その時、ぴろりんと音が鳴り陽乃が首を傾げた。


「こんな時間に誰だろ」


 ポケットからスマホを取り出して確認する陽乃を窺いながら姫華は紅茶を飲む。

 陽乃の目が見開かれ、次いでにんまりと笑みを浮かべ手早く何か文章を打つ様子を見つめる。


「……楽しそうですわね」

「むふふふ、これは願ってもない!」

「私のお話を聞いていて?」

「よし!記念に姫華の写メ撮らせて!」

「ですから、私の話を……」

「あ、せっかくだし一緒に撮ろう。今までこうやって制服でお茶とかしたことなかったし」


 姫華の言葉を悉くスルーする陽乃に姫華はあからさまに肩を落とす。

 猪突猛進もいいけれど、たまには人の話も聞いてほしい。

 鈍いのかわざとなのか……。

 だからフラレタと落ち込む男がいるのよ。

 主人公補正とやらで攻略対象者にだけ好かれているわけではない。

 彼女の人となりを見て、少なからず好意を抱く男はいるのだ。


「姫華とこうやって写メとか撮りたかったんだ!これからはいっぱいこうやって遊べるね!」


 そう言って嬉しそうに笑う陽乃に姫華は物申すことをやめた。

 そう、これからは隠れて会う必要もない。

 堂々と友人だと、親友だと胸を張れる。

 隣に移動して顔を寄せる陽乃はスマホをカメラにしてピースする。

 姫華もつられてレンズを見遣り嬉しそうに微笑む。

 ついでにピースもしておいた。

 心が温かくなる。

 この気持ちってなんだっけ。

 私は親友が大好きです。

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