2話 戦い
翌朝、ドアがノックされる音で目が覚めた。
「クオン様、お迎えに上がりました」
ちょっと早すぎないか、いま何時だよ。そう思いメニューで時間を確認すると、もういい時間だった。昨日は接待が夜遅くまで続いたせいで、こんな時間でもまだ眠いのか。
「わかった。今行く、待ってろ」
ベッドから起き上がり顔を洗って軽く髪形を整えてから扉を開けると、昨日のあのメイドが大人しく待っていた。
そして声を掛けてくる。
「おはようございます、クオン様」
「ああ、今日は頼んだぞ」
「はい、お任せ下さい。では、ご案内致しますのでついて来て下さい」
そう言って彼女は先導して歩き始めた。
「それで、これからどこへ行くんだ」
「野外演習場ですがすこし遠くて、ちょっとだけ歩きます」
「そうか。それは構わないが、やっぱり訓練とかあるんだな」
「そうですね、一応、軍属扱いになるので多少はあります。でも、異世界の方は特殊な立場で正規軍とは別の扱いになってますから、それほど大変なものじゃないですよ。女の子でも普通にこなせてますし」
本当だろうか。軍隊の訓練がキツくないわけないと思うのだが。かなり胡散臭いが、行ってみれば分かることか。とりあえず黙って付いていこう。
そうしてしばらく歩き、野外演習場へと辿り着いた。
「へー、思った以上に広いな」
「はい、魔法やスキルなどを使用した演習を想定してますのでこれぐらいは必要です」
そこは見た限り端から端まで1キロ以上はありそうなほどの広さだった。その中にぽつぽつと人影が見えるが、せいぜい数十人程度でとても300人はいそうもない。
「ここに全員いるわけじゃないんだな」
「はい、訓練施設はここだけではありませんから別の場所にいる人も多いでしょう」
「なるほどな」
とりあえず誰かに話しかけようと思うのだが、そうだな。
ちょうど休憩してるやつがいるな、あいつにしよう。
そこには黒く綺麗なロングヘアをリボンで結んだ少女が座っていた。
「よし、行くぞ」
演習場の端の方を通り彼女に近づいていく。
その間、自然と訓練風景が目に入ってくるのだが思った魔法が入り乱れていた。この世界では魔法も普通にあることは来たときから分かっていたが、こうしてみるとなかなか現実離れしているな。その様子を見ながらも歩いていると、やがて彼女の側までやって来た。
「お前、ちょっといいか」
「は、はい……あっ、ローザちゃん」
彼女は一瞬戸惑いを見せてながらも答えたが、すぐに後ろについていたメイドに気が付きそちらにも声をかけた。二人は顔なじみらしい。
「お疲れ様ですユナ様。こちらは昨日召喚されて来たクオン様です。ユナ様とお話がされたいようです」
メイドの少女、ローザは会釈をしてさりげなく仲介に入ってくれた。
するとユナと呼ばれた少女はさっきまでの警戒を解き、話しかけて来る。
「あら、そうだったんですか。昨日来たばかりではこっちの世界に驚きましたでしょう。私もこの世界に来たばかりのときは心細かったですから。私でよければいつでも話しかけて下さいね」
彼女は聖女のような微笑みでそう言った。こんな華奢な女の子でも戦えるのはジジイが言ってた能力のおかげなんだろうか。すこし聞いてみよう。
「そうか、それはよかった。なら聞きたいことがあるのだが、ユナはどうして戦うことを選んだんだ? わざわざ戦うなんて真似しなくても暮らしていけるだろ。やっぱり能力を得て使ってみたくなったのか」
すると彼女は答えた。
「そういうわけでもないんですけどね。私も最初は戦わないで暮らそうと思ってたの。でも同じ時期に召喚されて来て仲良くなった友達がいて、その子が戦うって言うから私も一緒に訓練を受けてたんです。そうしているうちに、私も実力がついてきてそのまま戦うようになったんです」
なんとなく流されて戦ってるってことか。
でも、それでちゃんと戦えてるなら、それなりに強いってことなんだろう。
それからもしばらくユナと話していると、さっきまで魔法を打ちあってたやつらが休憩に入ったのかこちらにやってきた。
「おっ、新入りか」
「へー、また新しいやつが来たのか」
「ふーん、あまり強そうには見えないな」
そう言って男たちは見定めるように俺のことを見てきた。
「誰だお前ら」
「新入りのくせに生意気な口のきき方だな。ずいぶんとユナと親しげに話していたようだが、ちょっと順番がおかしいよな。ユナは俺が狙ってる女なんだぜ。どうせ能力もまだ使いこなせてないんだろ? 練習相手になってやる。ほら、こっちに来いよ」
妙なやつらに絡まれてしまったな。
ローザのやつも止めないし見てるだけか。こいつもあのジジイの部下っぽいからな、恐らく俺の隠してる能力の一端でも見れたら報告するように言われてるんだろう。スキルを使わず基礎ステータスだけでやるしかないか、そう思っていると止める声が上がった。
「ちょっとシンヤくんやめて、クオンさんは昨日まだ来たばかりで困ってるんです! それに、まだ軍に入るかどうかも決めてないんですよ!」
「なに、この世界での戦い方をすこしレクチャーしてるだけだよ、派手にやらねぇよ。ただ、そうだな。今度の休みにデートしてくれるなら止めてやってもいいぜ」
シンヤと呼ばれた男はどうもユナのことが好きらしいが、それは諦めたほうがよさそうな感じだな。それにしても、新入りイジメをやめることを引き換えにデートを強要するとは情けない男だ。
一方、ユナは俺とシンヤたちを見比べて、そして意を決したように口を開いた。
「うっ……わ、わかっ――」
「いいぞ、練習相手になってやる」
ユナの言葉を遮り、俺はシンヤにそう言った。
すると、二人の視線がこちらへと集まる。
「ちょっとクオンさんダメです。昨日来たばかりの人が相手をするに危なすぎます」
「多分大丈夫だろ、それほど危険な相手には見えない」
本当は相手をするのも面倒だが、どうせまだ軍で戦うかどうかも決めてないから今後二度と会わないかも知れないしな。それに他の異世界人の実力というのも知っておいて損はないだろう。
そんな俺の態度にムカついたのか、シンヤは顔を赤くしている。
「新入りがっ、ユナの前だからって恰好つけてんじゃねーぞ」
「いいから早く掛かってこい」
「てめぇっ!」
シンヤはそう言って一気に加速してこちらへと向かってきた。まあまあの速度だな。魔法かスキルかは知らないが、どうも何らかの原理で加速したようだが対応できない程ではない。
とりえず振りかぶられた拳を軽く避けてみた。本当はカウンターですぐに終わらせられたのだが、あまり本来の実力をローザに見られたくないからな。そして、シンヤはまさか避けられると思っていなかったのかさらにイラついている様子だった。
奴はさらに攻撃を重ねて来ようとするが、その前に俺の方が大きく踏み込み右拳を顔面に叩きこんだ。もちろん手加減はしているのでそれほどの威力はないはずだが、鼻血が出る程度には効いたようだった。
「グハッ」
「デカい口を叩いていた割にはたいしたことがないな」
「て、てめぇー。手加減してやれば調子に乗りやがって……もう許さねぇ」
そう言ってシンヤは右手へと何か魔力のようなものを集め始めた。
「ちょっとシンヤ君ッ!」
それを見てユナが慌てて奴を止めようと飛び出してきた。それに驚いたシンヤだったが、奴の魔法は発動直前で既に止められる段階ではなく放たれる。咄嗟にシンヤも方向をずらしたようだが、このままではユナを掠めてしまう。そう判断しユナへと駆け寄りその身を伏せさせる。そして直後、その頭上をシンヤが放った魔法が通り過ぎて行った。
「大丈夫か」
「う、うん。ありがとう」
ユナの無事を確認し、シンヤへと振り向く。すると、明後日の方向へ放たれた魔法が注目を集めたのか周囲の視線がこちらに向けられていた。その様子に奴も気まずそうな顔をしている。
「けっ、今日はこれぐらいで終わりにしてやるが、新入り、てめぇーは後で覚悟しておけよ」
どうやらこれ以上は続ける気はないらしい。それだけ言い残してシンヤは演習場から出て行った。
とりあえず面倒事は終わったようだ。
「ここの人間はあんな奴が多いのか」
「確かにあのような人もいますけど、ちゃんとした人も大勢いるので、どうか誤解してもらわないでくれると助かります」
ユナがそう言うと、いままでずっと見ているだけだったローザが口を開いた。
「異世界人は戦いの度に報奨金を得られるので、あんな風になる人も多いのです。ただでさえ力を持ってて、準貴族扱いな上にお金までもらえますから。それはもう街での評判も……っとすこし言い過ぎたようです。気にしないで下さい」
もしかしてローザは異世界人が嫌いなんだろうか。なんかそんな風な言い方だったが……
その言葉にユナも少し気まずそうな顔をしている。
――と、そのとき。演習場に大きな警報音が鳴り響いた。
「なんだ、これは」
「緊急招集ですね、今日の当番には私も入っているのでいかないと。それじゃ、クオンさん。私、行きます。またお話ししましょうね」
そう言って彼女も演習場から出て行ってしまった。
「緊急招集って何かあったのか」
「大したことではありません、いつものことです。恐らくは上位モンスターの出現か、抵抗勢力との小競り合いでしょう」
ローザは本当になんでもないようにそう言った。
そういえばジジイもこの世界はいま戦国の時代だって言ってたよな。
「気になるなら一緒について行くかの」
いきなり後ろから声を掛けられたので振り向くとそこにはジジイがいた。こいつ、もしかしてさっきの戦いから見てたのか。監視役のローザは囮で、本当は自分で遠くから観察してたというところだろう。やはりスキルを使わなくて正解だったな。
「本来であれば、まだ軍に入っとらんお主を連れて行くことはできんのじゃが、ワシも一緒について行けば問題なかろう。これでもこの国ではそれなりに顔は効くからの」
これは、あからさまに罠じゃないのか。
なにかと理由を付けて俺を戦場に放り込もうとしてる気がする。
「なに、心配せんでいい。戦場を遠くから見るだけじゃ。巻き込まれるような位置には近寄らんので安心せい」
確かにこの世界の戦いっていうのも見たい。それに、もし事故に見せかけて俺を戦場に放りこもうとしたらそれこそ土壇場でいくらでもごまかせるか。
「わかった、行ってみよう」
「ふむ。ならば着いてくるのじゃ」
そうしてジジイについて行くと、そこは現代的な建物だった。
この世界は基本は中世風なのだが、異世界からの技術を取り入れてるおかげで分野ごとの技術の差が激しいのか、所々こういう場所があるらしい。
「それではワシらも行こうか」
ジジイは建物に入ると、中にいた人間とすこし話してシャッターの前に立つ。すると、それは段々と上がっていき、中に収納されていたモノの姿が見えてきた。
「これは……」
「そうじゃ、異世界人であるお主ながら見覚えあるじゃろ」
そこに収納されていたのはヘリコプターだった。しかも武装されている軍用ヘリだ。しかし、その形はいままで見たこともないようなものだった。
「こっちの世界で足りない技術もあるで完全には再現ができんかったがの。魔法技術を組み込むことでなんとか完成させたのじゃ」
まさか、ここまでこの世界の技術が発達していたとは少し予想外だな。
「ほれ、それじゃ出発するから早く乗るのじゃ。すでにユナたちは出発しとるそ、早くいかんと戦闘が終わってしまうでの」
ジジイに続いて機内にのりこむと、建物の天井が開きだした。
「それでは、出発します」
いつの間にか乗り込んでいたローザが運転席からそう声を掛けてきて、ヘリは上空へと飛び立った。