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病室の母

母が入院している病室で梓は母の今までとは違う様子に気がつく。

梓は今までの自分と母親との関係を振り返る。

母が入院した翌日、母の病室に花を飾ろうと花屋さんで梓はアレンジメントフラワーを選んでいた。



母が好きな色、白と紫。

それだけでは何だか寂しげなので淡いピンク色も入れてもらって可愛い花籠を作ってもらった。



この花があれば少しは病室も華やぐかと思い、梓は花籠を手に病室に向かった。


病院の廊下を歩いていると母の病室から笑い声が聞こえた。



「真野さん、もうすぐ90歳だなんて……ちょっと歳をとりすぎじゃないですか?」



看護士の橋本さんだ。



「だって……多分そうでしょ。ずいぶん生きた気がするもの。」



「でも、まだもっとお若いと思いますよ。お肌もつやつやだし。」



「本当?そんなこと言われたの、初めてだわ。あなた、優しいわね。」



病室を覗くと母の嬉しそうな顔が見えた。



「あっ、真野さん。娘さんがみえましたよ。良かったですね。」



「こんにちは。母がお世話になっています。」



橋本さんに挨拶しながら母のベットに近寄った。



「お母さん、お元気にしてますよ。まぁ、綺麗なお花。お部屋が明るくなりますね。」



「梓、看護士さんとお喋りしてたのよ。」



機嫌の良さそうな母の顔に自然と梓の顔もほころんだ。



「お母さん、優しい看護士さんがいて良かったわね。はい、お花。」



アレンジメントフラワーを見て母が嬉しそうにまた、笑った。



「綺麗ね〜。ここにはお花なんてないから嬉しいわ。」



何だか二人で家にいる時よりも母はよく笑っているような気がする。



もちろん、体はまだ思うように動かせなくて不自由かもしれない。



でも、自分以外の人が母の世話をしてくれたり、話相手になってくれていると母の機嫌はとても良い。



それがわかって梓も気が楽になった。




ヘルパーさんを頼んでいても梓とはすれ違いであまり、ヘルパーさんといる母の姿を見たことはなかった。



今まで母と二人きりで過ごす時間が梓にとって濃密で息苦しかったのかもしれない。



梓はそんなことを思いながらアレンジメントフラワーを置く為にベッド脇の机を片付け、花籠を置いた。



ピンクの薔薇から良い香りが漂っている。



「今日のワンピース、素敵ね。

私もそんなワンピースを着てよくデートに出かけたわ。」


急に母に声をかけられて、梓は少し驚いた。


「えっ、本当に?

そのデートの相手ってお父さん?」


母は、

「内緒。」

と言っていたずらっ子のように笑っていた。


その表情はまるで少女そのもの。


今までも母の中に少女を見ることは度々あった。


部屋に一人でいる時もオルゴールを鳴らして聞いていたり、アクセサリーボックスを開けてキラキラと光るアクセサリーをいつまでも眺めていたり……。


楽しかった時代を懐かしむような母の後ろ姿が忘れられない。


ひとしきり母との会話を楽しんだ後、病室から出てきた私を呼び止めたのは橋本さんだった。



「お母さん、今日は調子が良いのですが、夕べはなかなか眠れないようで、睡眠薬を処方されたのですよ。

時々、ここが病院だということも忘れてしまって、娘さんの名前を呼んでいます。」



「そうなんですか。

それは母がお手数かけていますね。」



元気そうに見えた母の思いがけない一面を聞かされて、一気に不安になった。



「あっ、大丈夫ですよ。

主治医とも相談して、お母様にとって一番過ごしやすい生活の仕方を今、考えているところです。

お宅に帰られてからのこともどうしたら良いか、何でも私や先生に相談してくださいね。」



橋本さんの優しい口調に気持ちが少しだけ上向いた。


「ありがとうございます。

これからも力になっていただけたら嬉しいです。」


そう言いながら、橋本さんに頭を下げた。


この先のこと、母と二人に戻ってからの生活は今から心配だけれど私は一人ではない。



病院の先生や看護士さん、ケアマネさん、通所しているデイケアで働く職員さんなど、たくさんの人がついている。



「そう、私は一人じゃない。大丈夫!」



梓は、自分に言い聞かせるようにそう何度も呟きながら、外に出た。



夜中に不安で泣いているのは、私だけじゃないのかもしれない。

お母さん、あなたも本当はーー泣いているの?



そう考えた途端、心がきゅっと苦しくなるのを堪えながら、石畳の遊歩道を歩き出した。



久しぶりに優しい父の顔が浮かんだ。



お父さん、私、頑張っているよね。

いつか、天国で再会したら、私を褒めてね。


心の中で父に話しかけると不思議と梓は自分の心が穏やかになっていくのを感じた。


いつも私を後押ししてくれた父。


父がいれば安心だったあの頃の思い出が私を強くしてくれる。


陽が落ちて、辺りがいつの間にか暗くなっていた。


先ほどまで夕焼けに染まっていた空の色がみるみる消えていく。


一つ一つの家に灯る明かりに家族の団らんを思い浮かべる。


「お母さん、早く帰っておいで。

待ってるからね。」

病室で一人で寝ている母に呼びかけるつもりでそっと声に出した。



梓は、歩きながら一番星を見つけようともう一度空を仰いだ。


まだ淡く光るその星は確かにそこで瞬いていた。


ほどなく夕闇が優しく梓を包んでいった。





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