老いた母の優しさ
介護を通して知る母親の優しさ。
そんな面を書いてみました。
母との苦い思い出が時々梓を苦しめるが、母はそんなことには気がついていないだろう。
梓が小さな時も今も母はマイペースで、梓の気持ちまで考えてくれることがあったのかどうか……。
もしも、考えてくれていたのなら、梓が悲しさや寂しさを感じてひたすら、我慢することもなかっただろう。
でも、食事を食べ終わった時、今は
「おいしかったわ。ありがとう。」
と必ず言ってくれる。
作った者としてはやはり、嬉しい。
毎日飲まなくてはならない薬を母に飲ませるのも梓の役目となっていたが、
「お母さん、はい、お薬。」
と言って母に薬と水を入れたコップを渡すと母は、素直に口を開けて薬を飲んでくれる。
「これは、何の薬?」とも聞かず、全面的に梓を信頼してくれているようにみえる。
昔、梓が風邪をひいて熱を出した時も母が薬を飲ませてくれたり、温かいスープを作ってくれた。
また、梓が喉が痛いというとすりおろしたリンゴを食べさせてくれたこともあった。
ふと、母が薬を飲む姿を見ているとその頃を思い出すことがある。
病気になるのは辛かったが、母がいつもより優しくしてくれるから、たまに病気になるのも悪くないかも……と幼い梓は思っていた。
週に何日か訪問してくれるヘルパーさんにも母はきちんとお礼を言っているようだ。
母の普段の様子を聞く為にヘルパーさんに電話をかけると……
「お母様は、いつも私に丁寧にありがとうと言ってくださり、帰りは玄関まで見送ってくれるのですよ。」
と話してくれた。
母の日常の買い物や通院にも付き添ってくれるヘルパーさんには大変お世話になっていた。
そういえば……
母は若い頃から学校の先生やお医者様といった自分がお世話になっている外の人に対してはとても礼儀正しかった。
そんな母の良い面が今も表れているのかもしれない。
今となっては梓のことも自分の娘とわかっているのかどうかさえ怪しい時があるが、返ってその方が丁寧にお礼を言ってもらえるのかもしれないと梓は思った。
母は、認知症だと診断を受けたが、母の若い時の自分に対する態度を思えば、今のような状態になることも悪いことばかりではない気がしてきた。
認知症になると怒りっぽくなる人もいるが、母は認知症の薬を飲むようになってからは次第に穏やかになっていった。
薬には怒りが抑えられる効果もあるようだ。
感情の起伏が激しかった母がこんなに変わるなんて……。
母の介護を通して母の人格が一部ではあるけれど、良い方向に変わっていくのを見られたのは収穫だった。
優しい言葉をかけてくれる母、感謝の言葉をかけてくれる母。
そんな母に梓は憧れていたから、今私は幸せなのかもしれない。
年をとって一回り小さく見える母を見ながら梓は改めて思った。
「お母さん、今のお母さんが私は好きよ。」
梓は、そう小さく呟いてテレビを観ている母の横顔をみつめた。
梓は、母の介護をしながら小さな幸せを噛み締めていた。




