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母との思い出

遅くなりましたが、2話目を投稿しました。

よろしければお読み下さい。

梓は昔から母とはあまり合わないと感じていた。



梓がゆっくりと食べていると「さっさと食べて!」と母に急かされる。



カチャッカチャッ……。

まだ食事中なのに自分の周りにある空になった食器を次々と片付けられる。


せっかくの私の美味しい時間が母に奪われていくようで梓はひどく悲しくなった。



母から自分はのろまだと思われているのではないだろうか?


ただ美味しいお母さんの料理を味わって食べていただけなのにーー。


涙がこぼれて、美味しいはずの母の手料理も味などわからなくなってしまった小さな梓。


靴を履く時でさえも遅いと言われ、全くテンポの合わない母についていこうと必死だった幼少期を思い出すと胸がいっぱいになる。



そして今……。

「お母さん、あなたの方が何もかも遅いよ。」

梓は一人呟いた。



それが老いるということなんだと母を通して梓は思い知らされたのである。



ご飯を盛ったスプーンを母の口に運びながら、あんなに急がされて自分は何を得したんだろう?と梓は考えた。



多分、早く食器を片付けたい、早く出掛けたいという母の勝手な都合だったのだと思う。



幼少期の思い出に浸りながら梓は母の食事を手伝った。



かつてはお洒落だった母の洋服には、食べこぼしたシミが目立つようになっていた。



梓が朝の着替えを手伝えない時には、母は何日も着た服や季節外れの服を自分で着てしまう。



自室からリビングに出てきた母を見て

「お母さん、またその服を着たの?」

と思わず声をあげてしまう梓。



「もう、暑くなったからもっと涼しい服を着ようね。」

と何とか着替えてもらったりすることもあった。



体温調節を自ら気を付けることが難しくなってしまった母の世話は、思った以上に細やかな配慮を必要とした。



エアコンの操作もわからなくなった母からリモコンを取り上げたりもした。



テレビのリモコン、エアコンのリモコン、電話の子機……。



母の目から見たら、全部同じものに映るようだった。



母の部屋には時間だけでなく、室温や湿度も表示されるデジタル時計を置いて梓は、常に母の体調を気遣った。



そのデジタル時計も、母にとってはいらないものだったのか、時々引き出しに片付けられていた。


「お母さん、時計は出しておいてね。」


「だって、時計ならあそこにもう、あるでしょ。」


母の指差す方向に目を移せば、壁掛け時計があった。


「確かにそう。でもね、この時計も必要なのよ。」



母はと言えば……梓の話を聞いているのか、いないのか、すでに関心は別のところに移ってしまっているようだった。



テレビの画面をじっと見つめている母からは、何の返事もなかった。



面白い場面でもあるのか、時折笑い声をあげる母ーー。



梓は、無駄だとわかっていながらする母との会話に自分の力をどんどん吸いとられていくような気がした。


いったい誰のためにこんなに頑張っているのだろう?


時折、自分の中で沸き上がってくるそんな問に梓は何も答えられずにいた。




幼少期の梓には、今の母の姿など想像すら出来なかった。

母は怖くて逆らえない人。

でも、本当は梓にとって誰よりも好きで思いっきり甘えたい存在だった。



レースのカーテン越しに午後の日差しが部屋の中まで差し込み、床を明るく照らしていた。



もう、季節は晩秋となっていた。



母が食事を終えて午睡に入ったのを見届けた梓は、すっかり冷めてしまった昼ご飯を食べるため、箸をとった。



ただ、そこにあるのは空腹だけ。



梓はゆっくりゆっくりご飯を口に運んだ。



もう、誰にも遅いと文句など言われない、梓だけの自由な時間。



母の寝息と時を刻む時計の音だけがリビングに響いていた。




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