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壊れかけた母

梓の日常が母親によって変わっていく。

母を介護する日々の中ですり減っていく梓の気持ち。

ある出来事を機に変わっていく梓の気持ち。

誰もが直面する介護の問題を辛さだけではなく、温かな眼差しで見つめてみた。

いつの間にか季節が巡り、秋になっていた。



窓から見える鮮やかな風景に梓はそっと溜息をついた。



真っ赤に紅葉した楓の葉。


金色色に輝く銀杏の木。


落葉した木の葉に埋まった地面には、すでに赤や黄色の絨毯ができていた。



こんなにゆっくりと庭の景色を眺めたのは久しぶりだったかもしれない。



母の介護に追われる日々の中、母の小さな変化には気がついても季節の移ろいには鈍感になっていた。



この景色をいつまでも眺めていたいーー。



規則正しい母の寝息を背後に聞きながら、梓の瞳は紅葉した木々の美しさをとらえて離さなかった。



もう、3年になる。



母の介護が始まってから……。



始めは同じ話を何度もする程度だった。



そのうちにお金がなくなった、財布もないなどと梓の家に頻繁に電話がかかってくるようになった。



「梓…すぐに来てちょうだい!いくら探してもみつからないのよ!」

母の焦った様子が電話越しに伝わってくる。



「ちょっと待っていてね。」

と仕事の合間に母の家に駆けつけると……



タンスの引き出しが全部開いていて、色々なもので散らかった床に母が疲れ果てて座っていることが度々あった。



「いったい何がないの?」

と聞いてみても



「何がないのか自分でも忘れてしまったの。」

と汗をかきながら、弱々しく答える母に



「そうなんだ。それじゃあ、仕方がないね。」

と梓は力が抜けてしまうのだった。


母は夢中で何かを探しているうちにくたくたに疲れ果てていた。

しまいには、ベッドに横になってしまう母。


そんな母を見ると可哀想で梓はそれ以上何も言えなくなった。


母の家を後にする時の言い様のない不安ーー。

そんな不安をどう解決したら良いのか、梓なりに考えてみた。



そうだ!どこに何がしまってあるか、母に知らせるために張り紙やメモを残したらどうだろう?



早速梓は、メモを冷蔵庫の扉や母の部屋の壁に貼ってみた。


「お母さん、メモを貼ったからこれをよく読んでね。」

梓が母に声をかける。


その時は、母も

「あら、便利ね。」

と言ってメモを眺めていた。



しかし、引き出しや棚の中身をしょっ中入れ換えてしまう母には意味がなかった。



医師も、

「認知症の人には張り紙やメモはあまり効果がないんですよ。」

と言うばかり。



じゃあ、どうしたら良いのだろう?



梓は途方に暮れた。

 


母は父の死後、10数年はちゃんと一人で暮らせていた。



しかし、75歳を越した頃からそれも無理になってきたのだろう。




母の家の食卓には、税金の書類もダイレクトメールもごちゃごちゃに混ざったまま積み重ねられていた。



封すら開けられていない。




税金は滞納している形となり、再三払うように通知が届いている。




何を聞いても

「わからない。」という母に梓は危機感を抱いた。




もう、一緒に住むしかないかも……。




一人暮らしの気楽さを手放すことには抵抗があった。



特にミステリー小説や恋愛ドラマが好きだった梓だが、一度母の電話で中断されると物語の筋がわからなくなってしまう。


「梓、クリーニング屋さんが来てくれる日は何曜日だっけ?」


慌てて取った受話器越しに聞こえる母の声。


「え~っと火曜日じゃない?」


そう答えているうちにテレビの画面がどんどん変わり、登場人物のセリフも聞こえないまま、物語は終盤へ。


「あぁ、そうか、火曜日だったわね。ありがとう、梓。」


ほっとしたような母の声。


電話が切れた時にはエンドロールが流れていた。


こうして、ドラマの結末は結局わからずじまいに終わってしまうことも珍しくなかった。



小説も一度中断すると読むのが億劫になった。



母と一緒に住んだら、梓が楽しんでいたことを一つ、また一つと手放すことになるかもしれない。



でも、いつも母と通っていた病院で

「お母さんにとって火は危険です。いますぐ取り上げた方が良いですよ。

どうにかなるだろうという気持ちは捨ててください。」

という医師の言葉を聞いて梓は、はっとした。



認知症の症状が出始めている母について火事を出すこと、人に騙されること、この二つを医師は心配していた。

患者さんの中には、実際に詐欺にあって大金をなくしてしまった人もいるらしい。


どんな電話にも出てしまう母。

チャイムが鳴れば玄関先に急いで出ていく母がその患者さんに重なった。


もう、迷っている場合じゃない!



医師の言葉を聞きながら、梓は自分が一緒にいて母を守ろうと決心したのである。



こうして、梓にとって、秋は母の介護を始めた季節となった。



全ての始まりは秋ーー。



母と私の時間が再び流れ出した。









私自身が母を介護した日々を元に書きました。

全て実話ではありませんが、辛い中にもキラリと光る瞬間があったことが忘れられません。

かつて家族を介護された方、今介護している方、これから介護するかもしれない方…そんな全ての方に贈る物語です。


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