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第八話

 ◇第八話



 キメラ達の挟撃を撃破した後は、比較的穏やかな行軍だった。

 馬車の揺れは相変わらず凄まじく、シーラとファルシアを苦しめたのだが、先程のような状況には遭遇していない。勿論、魔物達との遭遇戦もあったのだが、いずれも散発的である。

 言うならば平常運転。

 平常運転扱いで蹂躙される魔物達も哀れだが、闇の者である魔物にかける情けなどない。

 冒険者は魔物を蹂躙し、殲滅し、略奪する。

 魔物は魔物で冒険者を蹂躙し、略奪し、強姦し、虐殺する。

 どのように理屈を付けようとも、両者のやっている行為そのものに大した違いなどない。迷宮という名の賭博場に存在する唯一のルールは、奪うか奪われるかの二者択一であり、非暴力主義などという理想論が入り込む余地などなかった。

 光と闇からなる二匹の蛇は、ケーリュケイオンの杖の如く対になって絡み合う運命にあるのだ。




「エルが馬車と騎士ヴァハを呼び出したときは驚きましたが、彼女とはどのような関係なのですか?」

 厳密にはエルが所有する細剣を高々と掲げたとき、マックスによって破壊された入口の扉を通って、ヴァハが馬車を引き連れてやってきたというのが真相である。

 その場に出現したわけではないため、召喚獣の類とまでは断定しにくいだろう。

 登場が印象的過ぎたのと、ヴァハは極端なまでに無口なため何も聞き出せなかった事が相まって、必要以上にシーラの興味を惹いていた。

「んっ、気になるか? 気になるよな、聞きたいよな?」

 一々相手の気分を逆撫でする男である。

 シーラは眉間に皺を寄せ、体の脇に隠した拳を固く握りしめていた。

 彼女が他人を殴りたいと思ったのは、人生において二度だけである。一度目までに十四年を要したのに対して、二度目までに要した時間はわずか数十分。この調子でいけば、三度目までの時間は数分となるのではないだろうか。

「是非、教えて頂けませんか?」

 笑顔で問いかけているが無理しているのは一目瞭然である。向かいの席に座るマックスとファルシアは、身の危険を感じたのかシーラと目を合わせようとしない。

「分かった、分かった。そんなに凄むなよ、折角の可愛い顔が台無しになるぜ。彼女の名前はヴァハ――いや、これは知っていたか失礼」

「エル、私を馬鹿にしているでしょう」

 シーラはエルを睨みつけるが、可愛い顔というフレーズが効いたのか睨み付ける眼つきに迫力が無い。

「そもそも呼び出せるくらいですから、彼女は人間ではないですよね?」

「さぁてな」

「とぼけないで下さい!」

「女性は総べからず神秘的な存在である、と俺は思うぜ」

 この話題に触れてほしくないのか、エルが真面目に回答する気はなさそうだった。

「……分かりました。私に教えられる範囲で良いですから、騎士ヴァハについて教えて下さい。今のままでは彼女が召喚獣なのか、ガイスト・クライスのレギュラーメンバーなのかすら分かりませんから」

 シーラは深く溜息をつく。

 何事も妥協が必要なのだ、と理解し始めた十四歳の春といったところだろう。

「とある事情で迷宮を彷徨っていたところを俺が保護してやったのさ。少しばかり俺に借りを作ったのが気に咎めたのか、以来、迷宮探索に協力してくれているんだぜ」

「つまりレギュラーメンバーであるけれど、ゲスト的要素が強い人物という認識で良いのでしょうか」

「その認識で問題ないな。ヴァハは何かと忙しいらしく頻繁に呼び出せないのが難点だが、お蔭で彼女の馬車をこうして利用出来るのさ。そのときの礼としてくれたのが、この細剣。こいつさえあれば、いつでも、どこにでもヴァハと彼女の愛馬を呼び出すことができるんだぜ。中々の逸品だろ?」

 エルは腰に下げていた細剣を外すと鞘ごとシーラに渡す。鞘から刀身を僅かに引き出すと、眩いまでの白銀の輝きに包まれた刀身が姿を現す。

(まさかミスリル製?!)

 細剣を持つ手が震えだし、徐々に体全体が震えだした。


 大きく息を吸い込み、吐き出す。

 その繰り返し。

 何度目かのサイクル後、ようやく落ち着いたシーラはいつまでもミスリルの輝きに見惚れていた。




 魔法金属ミスリル。

 鋼より軽く加工しやすいだけでなく、強度においても遥かに勝る金属である。武器として用いれば凄まじい切れ味を発揮し、防具として用いれば高い耐久性を発揮する。

 最大の特徴は魔に対する高い耐性であろう。

 その対象は魔術であり、魔物であり、悪魔である。

 故に、用途は武具に留まらず装身具や教会用具にも及ぶ。万能金属と呼ぶにふさわしい存在であるが製造方法は絶えて久しい。

 市場に流通することは、まずあり得ないと断言できる。希少性という観点で論じれば王の身代金程の価値があり、本来、一介の冒険者が持つような品物ではない。

 にもかかわらず、エルはミスリル製の武具を保有している。

 シーラが驚くのは無理もないのだが、王都サイスにおいてはミスリルが伝説的存在になっているのも大きかった。


 それは今から百年程前の出来事。

 当時のサイスは国家というよりは共同体という言葉が相応しい存在だった。

 王権には力が無く、税制基盤は脆弱、領土は小規模。

 そのような状態でも国家の態を成していたのは、周辺に強国が存在しなかったのと、サイスの存在が無視されていたのが大きい。田舎国家には誰も目をくれなかったのだ。

 そんな平和を打ち砕くかのように、ある日、塔が突然出現したのだ。

 余りの平和さに暇と腕力と勇気を持て余した時の皇太子は、荒くれ者達を引き連れ無謀にも塔に挑み、白銀に輝く聖剣ティルフィングを手に入れた。

 ティルフィングは聖剣の名に相応しい切れ味と加護を宿していたと伝えられる。

 その後、皇太子は聖剣ティルフィングの力により地域一帯を制圧。サイス中興の祖と呼ばれる偉大な王となったのだ。


 聖剣で使われていた金属こそが、魔法金属ミスリルである。


 皇太子の死と共に、聖剣ティルフィングは何処かへ消え去ってしまった。

 迷宮の奥底、剣の間に眠る宝剣こそがそれだと主張する者もいるが、真実を知る者達は既にいない。

 ただ、伝説だけが存在するのだ。

 人は言う。

 再び聖剣ティルフィングを手にした者こそ、王になる資格を有する者だと。

 シーラが目指す場所も、また剣の間であった。

 彼女がどのような神託を受けたかは未だ謎であるが、その道が困難なものであることだけは確かだ。

 エルの細剣を一目みたとき、心中穏やかでなかったとしても無理があるまい。


 

 以上の経緯から、迷宮でミスリルが入手可能なのは公然の秘密なのだ。

 入手可能といっても天文学的確率に挑戦することになるのだが、確率が零ではないだけマシである。

 ミスリル程でないにしても、迷宮内には高価な宝物や製造方法が失われた魔道具が多数存在する。それらは鉄などより遥かに高価であるが、入手確率は鉄よりも低い。なにより迷宮の奥底に赴かなければ入手が出来るものではない。

 必然的に危険度は遥かに高くなる。

 魔道具を求めればハイリスク・ハイリターン。

 鉄回収を選択すればローリスク・ローリターン。

 いずれの道を選択するにせよ、社会の底辺に位置する者達が這い上がるには迷宮は格好の場所と言える。

 多くの者達が引き寄せられるのは、無理からぬことだった。



 いつまでもミスリルの輝きに見惚れていたかったが、悦に入った彼女を心配したガイスト・クライスのメンバー達の視線にようやく気付いた。

 我に返ると恥ずかしくて堪らなそうに顔を伏せるが、誰も彼女をからかわなかった。全員が一度は体験しているのだ。それはエルも例外ではない。

 シーラはそろそろエルに細剣を返却しなければと思い出し、鞘に刀身をしまう。


(これだけ素晴らしい逸品なのですから、収めている鞘も素晴らしいのでしょうね)


 細剣の鞘は実用を無視して無駄に装飾が施されていた。エル自身が白兵戦をする気がないのだから当然なのかもしれないが、冒険者にしては珍しいと言えるだろう。

 実用より装飾を優先するあたりは、なんだかんだと言ってもエルが貴族であることを如実に物語っていた。


 鞘の装飾は二人の女性の裸体が彫り込まれている。

 絡み合うような裸体の姿は幻想的というよりも淫靡。予想もしなかった構図にシーラの表情が凍りつく。

「奇麗な装飾だろう? ヴァハの奴は鞘を用意してくれなかったから、俺が特注で造らせたんだぜ」

「不潔!」

 仏の顔も三度まで。

 シーラが他人を殴りたいと三度思うまで、やはり数分とかからなかった。



 ◇



「すみませんでした!」

「良いってことだ、気にしてないって」

 全力でシーラは謝罪するが、エルは意外な発言をする。

 勿論、痛くない訳がない。

 先程までは頬が赤く腫れ上がり口の中は血だらけであったが、シーラの回復呪文で既に完治していた。どのようなときも冷静で節度あれと教えられてきたシーラにとって、人を殴ったのは初めての経験だった。

 反省して然るべき行為なのだが、迷宮に入ってから我慢に我慢を重ねてきたため良いストレス発散になったのは否定できない。


(もしかしたら、わざと怒らせてリラックスさせたかったのかな)

(いや、あれはエルフォード様の地だと思いますな)

(だよね)

(ですな)


「もうこれ以上、謝罪しなくていいぜ。一々謝罪されては面倒くさくてたまらねぇ」

「ですが……」

「そんなに謝罪したいなら、言葉ではなくて肉体的に謝罪してくれても――」

 再びシーラが手を出したのは言うまでもない。



「……そういえばエルは魔術師か召喚術師なのですか?」

 何事もなかったかのように会話を再開するが、どこかぎこちないのは致し方ないだろう。

「俺が? あんな胡散臭い連中と一緒にするなよ」

 自業自得とは言え二度までも殴られたのだ。エルが当てつけ気味に発言したのは無理もあるまい。その発言に魔法戦士であるファルシアの眉が一瞬動いたが、エルは気付かないことにした。

「エル、胡散臭いは言い過ぎですよ。彼等は貴重なスペルマスターです。ファルシアもそうですが、彼らの協力なくして光の陣営は魔物と対等に渡り合えません」

「その割には魔()師と呼ばず、魔()師と呼ぶよな」

「そっ、それは、あくまで慣習の問題です。私達教会は彼等を見下したりしません」

「どうだか」


 光の神々の助力を得て発動させる者達は――シーラやマックスのような存在は――神聖魔()士、つまり法に分類され、魔()師は、術に分類されていた。

 法とはつまり神の法であり、術とは神の法を真似た怪しげな呪術。

 両者には明確な認識の差、否、明確な差別意識が存在していた。慣習のレベルまで根付いてしまっているため、年若いシーラが疑問に感じなかったのは無理もない。


「エル、君の言い分は可笑しいよ。それなら魔()戦士は魔()戦士と呼ばれなければならないけど」

「はっ、お気楽なものだな。魔法戦士は半端で使い物にならないから脅威と認識されていないだけだぜ。おめでたい奴だよ、魔法戦士ファルシア殿よ」 

「まあまあ、エルフォード様。どちらでも良いではありませんか」

 空気が悪くなったところでマックスが意見を述べる。

 勿論、マックスは空気を読んで意見を述べた訳ではない。ドワーフであるマックスは術か法かの論議において腕力を重視する種族らしく、どうでもよいという立場を取っているだけなのだ。

 それはマックス一人の考えではなく、キャメロン大司教を筆頭としたドワーフ達も同様である。王都サイスの教会において主流派であるドワーフ達の曖昧な態度が、結果として両者の致命的な対立を未然に防いでいた。



 微妙な空気が車内に流れるが、そんな事はお構いなしに騎士ヴァハは馬車を走らせる。

 徐々に光が差し込み、淀んだ空気が新鮮になっているのだが、車内にいる面子がその事に気付くには今少し時間がいるようだった。

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