第七話
◇第七話
ヴァハはエルの指示に従い、次の十字路を直角気味に右に曲がる。
速度を維持したまま強引に曲がったため車体が大きく振られた。右側の車輪に重心がかかり左側の車輪が浮く。
キリキリキリッッ
車輪が軋み、悲鳴を上げる。
右側に座っていたファルシアとマックスは、左側に座るエルとシーラの方に放り出された。マックスはシーラがどうにか受け止めたが、ファルシアの方はエルが避けたため壁に叩きつけられる。
流石にファルシアは抗議の声を上げようとするが、「左だ、全員左に移動しやがれ!」とエルが激を飛ばす方が先だった。全員が急いで移動することで馬車はバランスを取り戻し、再び両輪が石畳の上を回転し始める。
(もうだめかと思いました。それにしても、よく横転しませんでしたね)
ようやく態勢を立て直したシーラが目にしたのは、重ねられた位置からピクリとも移動していなかった小鬼達の装備。それらは青白く光る魔力のロープで十重二十重に縛り付けられていた。
(まさか、拘束呪文?! いつの間に!!)
ファルシアがいつまでも呪文を唱えていたのは、彼自身の錬度不足により詠唱が終了しなかったわけではなかったのだ。
荷崩れにより横転の可能性を未然に防ぐ。
それこそがファルシアが前側の席に座っていた理由だった。
シーラがファルシアの役割を理解した頃、騎士ヴァハが操る馬車を追いかけるキメラ達が十字路を直角に曲がろうとしていた。だが十数匹が速度を緩めず同時にコーナーに入ったため一匹のキメラがバランスを崩す。隣りを飛ぶ仲間に接触したことに端を発する形で合計五匹のキメラが連続的に衝突し、そのまま石壁に叩きつけられた。
キャッシャァァッッッ
先頭を飛んでいた七匹は、悲鳴を上げる仲間を無視して馬車を追いかける。
後方を飛んでいた三匹は、追いかけるのを諦め通り過ぎようとした。
次の瞬間、彼らが目にしたのは、ガスドラゴンが吐き出した緑色の猛毒ガス。
即効性の猛毒ガスを吸いこんだキメラは、失速するとそのまま床に叩きつけられた。四本足と背中の翼が痙攣して身動きが出来ない。
赤く光る目で状況を確認するキメラに、緑色に光る鱗を身に纏うガスドラゴンが一歩、二歩と近付いてくる。
口から泡を吹き出しながら逃げようとするが、猛毒ガスのために身じろぐのが精一杯だった。
ズシッッッン、ズシッッッン、ズシッッッン
ガスドラゴンの足音が鳴るごとにキメラは死に近付く。
最早、彼らに出来るのは目を閉じて死を受け入れるしかない。
◇
「マックス、キメラは何匹まで減った?」
「今は七匹ですわ」
「そいつは上出来だ」
坂道で加速しているため騎士ヴァハが操る馬車は、徐々にキメラ達から離れていく。このまま振り切れると皆が安堵したとき、坂を下りきった先に数十匹のオークの群れがいることに気が付いた。
「くそっ、豚野郎が。退け、通行の邪魔だ!」
「不味いですな、このままでは挟み撃ちされますわ」
「また迂廻路はないのですか?」
「そんな都合のよいものが何度もあるものか!!」
エルはシーラの問いを即座に否定する。
先程迷宮の地図を頭の中で開き直したため、オーク達との接触が不可避なのは考えるまでもなかった。
「ファルシア、消滅の呪文で―――いや、お前の詠唱速度では間に合わないか――業火の呪文で豚野郎共をなぎ払え」
「無理言わないでよ。僕の詠唱速度で間に合うのは火炎までが限界」
「使えねぇ、この鈍間が!」
流石に焦るエルの声に、いつもの余裕がない。
「エルフォード様、ヴァハ殿が任せろと言っております」
「マックス、貴方は彼女が何を言っているのか分かるのですか?!」
終始無言を貫く姿しか見たことがないため、シーラが驚きの声を上げる。
「そんなもの勘じゃわ」
「勘で話さないで下さい!」
シーラは抗議の声を張り上げるが、エルとファルシアの反応は違う。
馬車の後方に設置された扉を蹴破る。
「シーラ、オークの方はヴァハに任せろ。俺達はキメラ迎撃だけに集中するんだ」
シーラはエルから壁に掛けられていた弓と矢筒を渡される。
「私には呪文がありますから弓でなくとも――」
「シーラさん、魔法生物であるキメラは抵抗力が高いですから、呪文による攻撃は有効ではないのですよ」
「そう言うことじゃわ。ファルシア、お前さんの出番はないわ」
「分かっているよ。僕が弓を撃っても当てられないから、武器強化の呪文でサポートするさ」
「お願いします、ファルシア」
シーラ、マックスは馬車の設置されていた弓で、エルは自前の連射性のある弩で迎撃を開始する。
「鴨狩りだ。お前等、撃って、撃って、撃ちまくれ!」
天性の弓使いであるエルフのシーラ。
暗視能力のあるドワーフであるマックス。
二人とも迷宮内で弓を使いこなす能力があるだけに、彼らが放つ弓は何発も当たるのだが、いずれも致命傷を与えるまでには至らなかった。未だ距離が遠すぎることもあり威嚇程度にしか役に立たない。
そんな中、急加速した一匹のキメラが、シーラとマックスの弾幕を掻い潜り馬車に急接近する。
ブレスの射程距離に入ったと判断したキメラは大きく口を開く。赤々と光る炎の塊を今まさに吐き出そうとした時、エルの弩から放たれた矢が脳天に突き刺さった。
ほぼ即死の一撃。
制御不能になった炎の塊はキメラを無情にも火達磨にする。不快な臭いがするものの、馬車もキメラも猛スピードで走り去るため気にする者はいない
光苔で照らし出されているとしても、迷宮内は外よりも暗い。
エルフはドワーフより暗視能力に劣るがそれなりに視力を持つ。弓術に優れるエルフのシーラをもってしても、迷宮内では一撃必殺とはいかない。ファルシアの呪文で矢が強化されていても、急所に当てきれないこともあり、キメラ一匹を倒すには何発も命中させなければいけなかった。
マックスに至ってはそもそも弓を扱うのが得意ではないのだ。それでも当てられるだけ大したものだが、威嚇程度にしかなっていない。
(安定性が悪すぎます。こんな状況では当てるだけでも難しいのに……)
この状況で確実にキメラを倒し続けているのは、連射性のある弩を持つエルだけだった。
六発放てば六匹倒す。
文字通り一撃必殺の腕前である。
連射性のある弩というのは、本来命中精度は高くない。
勿論、ある程度はアレンジということで説明がつかなくもないが、エルは暗視能力を持たない人間である。エルフである自分より確実に、しかも連続的に倒し続けるというのはシーラには信じられなかった。
キメラ達が倒され続けているのも知らず、オーク達は獲物を見付けたと解釈して通路一杯に展開する。最初こそ爆走するヴァハの迫力に怖れを感じたが、後方からキメラ達が追い掛けてきたのに勇気づけられたのだ。
不快な叫び声を上げながらも怯んだ心を引き締める辺りは、オークといえども集団戦に慣れているのがよく分かる。
大人しく道を譲る気がないことを察した騎士ヴァハは、腰に差していた長剣を引き抜くと大きく振りかざす。ほぼ同時に誘導灯のような炎の道が大通りの左右に出現した。
炎の上にいた十数匹のオークは焼きただれ、不快な臭いが立ち込める。もだえ苦しみながらも前に走ることで炎をかき消そうとするが、数メートル移動したところで足が止まる。通路の中央を転げまわることで消そうとしてするが、そんな簡単に消火できるものではない。大体、オークは脂肪の塊であり燃料には事欠かない。故に三国志に登場する暴君 董 卓の最後のように、脂肪が燃え尽きるまで炎が消えることはないのだ。
炎を浴びなかったオーク達は、焼き焦げるしかない仲間を見つめるしか出来なかった。狂ったように転げまわるオーク達が最後に見たのは、目の前まで迫ってきた馬の蹄だった。
グシャッ。
踏み潰され肉体と骨が砕け散る不快な音がするが、騎士ヴァハは頭部を完全に覆い隠す兜を身に付けているため表情の変化は読み取れない。
炎を避けたオーク達は奇声を上げながら馬車に立ちはだかる。
「ヴァハ。止まるな、揉み潰せ!」
エルの言葉を受け、彼女は鞭を振るい愛馬達に更なる加速を命じる。
全身打撲。
頭蓋骨陥没。
etc。
「グアアアアッ!」
オーク達の悲鳴が上がる。
衝突を回避した一部のオーク達は馬車に取りつこうとするが、騎士ヴァハは長剣を鉈のように軽々と振りまわして切り刻む。
ある者は腕を切り落とされ、ある者は顔の半分までもが原型を留めていない。
暴風雨のような殺戮を行ったエル達は止まることなく走り去った。
幸運にもかすり傷程度で済んだ者達が安堵の溜息をつくが、安堵するのは早すぎた。
「ヒャッハァァ、喰らえ豚野郎が!」
ようやくキメラを倒し終えたエルは、オーク達に情け容赦なく追い打ちをかける。僅か数分間の接触であったが、後に残されたのは多数の死体と燃え続ける炎だけ。
モノ言えぬ証言者達が、こうして産まれたのだった。
第7話は、英国BBC放送のTV番組「Top Gear」をイメージしながら執筆していました。
あの番組はハチャメチャですが、あの番組ほど車の楽しさを表現しきっている作品はないと思いますね。
可もなく不可もなく車を走らせて、ただ語るだけの日本の某深夜番組とは大違いですよ。
今回はなのはさんの18番バインドを、別に用途で登場させてみました。
魔法はアイデア次第で、もっと色々な可能性があると思うのです。
僕にはこの程度しか思いつかないけれど。