第六話
◇第六話
エル達が乗り込んでいる馬車は屋根があり、それも幌ではなくしっかりとした木造製の代物だった。随所に鉄板で補強されており、ちょっとした攻撃には充分耐えられる造りである。
装甲兵員輸送車とでも呼ぶべき仕様だろう。
車内には弓や投擲用の槍などが予備の武装として設置された。
武骨過ぎて内装とは呼べない代物だが、そもそもここは迷宮なのだ。豪華な内装など無意味であり問題ないだろう。
座席は左右の設置されることで中央が通路の役割を果たしていた。左右にはそれぞれ出入り口というべき扉がある。緊急時に素早く展開出来るようにとの配慮らしい。右側にエルとシーラが座り、左側はマックスとファルシアが座っている。
後方には物資搬入用に設置された窓付きの大きな扉。
小鬼五十体分の装備はこちらから搬入されていた。
あれだけの物資である。兵員移動用の出入口からは流石に搬入は不可能だった。車内は優に八人は搭乗できるスペースが確保されているが、いまは前方に小鬼達の装備が置かれている事もあり少し狭い。
迷宮内の床は石畳ということもあり振動が凄まじく、かなりを速度を維持したまま進路を変えたときは車体が大きく傾き、その度にシーラは悲鳴を上げながら脇に座るエルに倒れ込む。
なにしろ馬車にはシートベルトなど存在しないのだ。
シーラは防壁の魔術を使用しているのだから、エアバックのように体が固定されているのではないかと思うかもしれないが、防壁の魔術はあくまで衝撃を軽減する呪文に過ぎない。態勢を安定させられるかは個々人の能力に依存するものであり、身体能力は高くともこの環境に慣れていないシーラが倒れ込むのは致し方ない。
地方出身者が都市圏で電車に乗車したとき、吊皮を掴んでいても体を安定させられない構図を思い浮かべれば理解しやすいだろう。
まあ、慣れである。
「すいません、エル」
「いいって、気にしていないぜ」
一回一回倒れ込まれるのは正直鬱陶しいのだが、内心は兎も角、エルはシーラの謝罪を受け入れていれる。不可抗力といえど女性に抱きつかれるのは男性として悪い気分がしない。ましてシーラはエルフということもあり美少女なのだ、無理もあるまい。
何度目かのサイクルのとき、床に倒れ込みそうになるシーラをエルが抱き止めるという状況が発生する。
エルが抱き止めなければ、床に叩きつけられ怪我をしたかもしれない。
本来感謝するべきなのだが、シーラを抱き締めるエルの表情が満更でもなかったのを見たとき、彼女がたまりかねて苦情を言い出すのはある意味仕方がないだろう。
「エル、お願いですから少し離れてもらえませんか。」
「無理を言うなよ。車内は狭い上に、俺は十分に詰めて座っているぜ。少なくともマックスよりは幅を取っていない」
「そうだよ、エル。なんで僕がマックスと同じ座席に座らなければならないんだよ」
「何を言っている? どうせ一緒に座るなら女の脇が良いに決まっているだろう」
エルは絶対の自信を持って断言した。
彼の見解にファルシアとシーラは異論を述べようとするが、二人が口を開く前にマックスが意見を差し挟む。
「まあ、そう文句を言うものではないですぞ。なんでしたら、ワシがシーラ殿の脇に移動しますからな」
ガハハッと笑いながらマックスは申し出る。その言葉は下心も嫌みの響きはなく、完全な善意からの発言だった。
(それだけは、御免だぜ)
(すいません、マックス)
(酷いよ、二人とも。僕だって狭苦しいのは厭だよ)
「その提案は却下だ。マックスは俺の反対側に座わり、外の警戒に当たるのが筋だ」
「なるほど、それは道理ですな。見張りはワシにお任せ下さい」
本当はなにが道理なのかは理解していないのだが、『エルフォード様が言うのだから間違いないのだろう』と、マックスは一人で納得していた。
ある意味幸せな男である。
「迷宮内に馬車を運用できるような通路があるなんて、初めて知りました。事前に教会で迷宮内の構造について講義を受けましたが、そのような説明はありませんでしたし」
折角マックスが一人納得しているのだ、シーラが話題を転じることにした。
「迷宮内には道幅六~十メートルもある大通りのような広い場所もあれば、人一人がやっと通れる場所も存在するのですよ」
「そういうことだ。確実に通れる道に限定すれば馬車の運用は不可能じゃない」
ファルシアとエルは交互にシーラの疑問に答える。
事前に申し合わせたかのように相互の説明を補完出来ているのは、幼馴染故であろう。実に息が合っている。
「普通はそんな無茶しないと思いますが――」
「一番の利点は距離を稼げる点だ。俺達のような一流の冒険者が目指すのは迷宮の奥――例えばシーラが目指す『剣の間』がそうだが――そこまで行くまでに時間や魔力、なにより体力を消耗するわけにはいかない。だったら、何らかの移動手段が必要だろ?」
「それと大通りは罠の類が少ないのも大きいかな。まあ、その代わり魔物との遭遇率も高くなるけれど、罠解除に失敗して死亡するよりはマシだと僕等は考えるのさ」
「途中に中継地として利用できる安全地帯もありますぞ。おかげでワシらは大助かりですわ」
「マックス、話がややっこしくなるから口を挟むな」
「これは、すいませんでした」
会話途中でマックスが割り込んだことで間が空く。おかげでシーラは考えをまとめる時間が出来たのだが、もし意図したのだとしたら大したサポートである。
「罠と魔物のいずれかを天秤に賭けて、魔物の方がマシと判断したのですか。デス・トラップのような場所を重装備で通り抜けるは困難ですから、分からない判断でもないですが」
(魔物との遭遇確立が高いルートを避けて罠が多いルートを選ぶ場合、敏捷性を確保するため軽装備になってしまいますか。それでは『剣の間』に鎮座するあれを相手にするのは自殺行為ですから、この判断は致し方ないですね)
「言っておくが、俺が罠を解除出来ない訳じゃないぜ」
「エルフォード様に解除出来ない罠などありませんわ」
マックスがエルをヨイショするのは、いつものものことである。
太鼓持ちと異なるのは、それが心からの言葉である点であろう。おかげでマックスの言葉がどこまで真実なのか、シーラには判断しかねるのだが。
「大通りにピットのような罠がほとんどないのは、魔物が多く通ることで結果として罠が既に発動しきっていて――えっ、それなら大通りでこれだけ騒音を立てた魔物をおびき寄せたりしませんか?」
「あっ? なにを言ってやがる。馬車酔いして感覚が鈍ったのか。これだけ騒音立てたら目立たない筈ないだろう」
「当然、そうなるよね」
「マックス、外の様子はどうなっている」
ドワーフであるマックスは暗視能力が極めて高いこともあり、後ろの窓から外の様子を常に見張っていた。同じく後ろ側に座るシーラもエルフであることから、相当に視力が高い。
だが防壁の呪文で辛うじて馬車酔いを抑えている人物が、後ろを見ながら座るのは過酷過ぎる。シーラの容体が改善してからも、彼女の身を案じたマックスが率先して見張りをしていた。
「今日は随分大人しいほうですな。ヴァハ殿が甲虫の群れを何度も引き殺してますわ」
「ちょっと待って下さい。ということは先程から妙に揺れているのは――」
「魔物の群れがあちこちからやって来ているに決まっている。ただ、奴らが馬車の快速について来れないか、通行の邪魔になるなら踏み潰しているまでだ」
「もし止まりでもしたら敵中に孤立するよね」
「……ファルシア、さらっと怖いことを言いましたね」
「エルの言い草じゃないけれど、許容するしかないリスクなんだよ」
「覚えとけ。俺達の馬車に途中下車という文字はない!」
「そんな重要な事を今更言わないで下さい!!」
深刻な事実を決め台詞で誤魔化そうとするエルに、シーラがキレるのはある意味当然であろう。
さらに怒りを爆発させようとするが、そろそろ防壁の呪文が切れてきたのか唱え直す方を優先させる。流石に先程の失敗は繰り返したくはないのだろう。
シーラとファルシアの二人が呪文を発動させるため集中しだしたことで、車内に静寂が戻る。
シーラの呪文は複数を対象にする事も可能である。
ということは本来彼女だけが呪文を唱えればよいのだが、二人とも気付いていない。防壁の呪文で揺れに対処していると言っても、馬車酔いから完全に逃れられていないため判断力が落ちているのであろう。
決して悪意からの行動ではない。
「マックス、妙な音が聞こえないか」
「ちょっと待って下され。こちらを追いかけて来る奴等がいますわ」
「報告は正確にしやがれ。奴等じゃ、分からん」
「ようやく見えてきましたわ、キメラが十数匹ですな」
「不味いな。キメラは空を飛べる分速度が違うから、いずれ追いつかれるか」
「ですな」
窓を開け前方を確認するエルは大きな影に気付く。
普通の人間にはそれが何か分からないが、彼には大きな影がなにかの見当が付いていた。深刻な状況に陥りつつあると判断したエルは、迷宮内の地図を頭の中で開き、迂廻路を考え始める。
その間、およそ一秒。
(確か、もうすぐ十字路だった筈だ)
「ヴァハ、右だ。次の十字路を右に曲がれ!」
大声で叫ぶ声が聞こえたのか、ヴァハは手綱を操作して愛馬達に右に曲がるように指示する。
「どうして右に曲がるのですか?」
先に防壁の呪文を唱え終えたシーラが疑問を口にする。
「右は下り坂だ。そこで加速をつければ逃げ切れないことも無い」
「ですが、下手に加速を付けたら横転してしまいます!」
「最悪、キメラ共に追いつかれるのは構わないが、このまま進んだら不味い奴に挟み撃ちにされる」
「不味い奴って?」
「ガスドラゴンだ!」
緊迫した空気が流れる中、ファルシアは未だ呪文を唱え続けていた。




