第二話
◇第二話
(はぁ、この人達に頼んで大丈夫だったのかしら)
シーラは小鬼達との戦いでエルを見直したことを後悔し始めていた。
小鬼が所持していた宝物を回収するのは予想していたが、まさか装備までかき集めるとは想像もしていなかった。これでは追い剥ぎか盗賊の所業ではないか、とシーラが嫌悪感を覚えたとしても誰にも責められないだろう。
「エル。私は先を急いでいるのです。こんなところで時間をかけていられないのを忘れたのですか」
「忘れちゃいないさ。安心しろ、契約は守る。現に先程の戦いも勝ってみせただろう」
「宝物の回収は分かります。戦利品を回収するのは冒険者の権利ですから、これについてはとやかく言いません」
「そうだぜ、これは俺達の正統な権利だ。ごうつくばりの王国に高い金支払って迷宮探索の権利証もちゃんと購入している。なら問題はあるまい?」
厭味ったらしく懐から許可証を取り出すと、シーラに見せ付けるように差し出す。大人が子供をあやす様な態度がシーラの癇に障ったのは言うまでもない。
「エル! 私を子供扱いしないで下さい。私だってエルに宝物を手にする権利があるくらい知っています。死者の持ち物を掠め取るのは神に対する冒涜だと言っているのです!!」
「シーラ、神とは誰のことだ?」
「私達をお守りして下さる、光の神々です。そんなことも分からないのですか?!」
余りにも馬鹿馬鹿しい確認にシーラの語気が荒くなる。それも無理はない。神に使える神官が神とは誰かと尋ねられたら、侮辱と理解しても不思議ではないのだ。
「そう、光の神々だ。そして先程俺達を襲ってきた小鬼共は魔に生きる者。すなわち闇の者たちだ。そいつらの所有物をどのようにしようが、光の神々の冒涜にはなりやしないんだよ。なるとしたら小鬼共が信奉する闇の神々だ。俺達の神の敵を辱めるのは信徒らしい立派な行為じゃないか」
などと偉そうなことを言っているが、エルは神を信じていない。
所謂、無神論者だ。
神や教会に対して疑念や不信感を抱く人間はそれなりにいるが、エルのような無神論者は稀である。本来、異端とみなされても仕方ないのだが、本音と建前を使い分ける狡さがエルにはあった。
「そっ、それは屁理屈です。闇に生きる者であっても死者には安らかに眠る権利があります」
「そう、眠る権利はあるな。だからこそ俺達は奴らを狩り眠りに就かせてやる。だが眠る奴らにこいつは不要だろうさ。このまま捨て置くのは勿体な――いや、有効に使ってやることこそ供養になるから、俺達が回収してやっているまでのことだ」
「でも、でも……」
「なによりだ。俺達冒険者が回収する貨幣や鉄などの貴金属は、王国経済に少なからず貢献している。迷宮が出現してから百年間、先人達が盗掘者と非難されようとも連綿と回収を続けた結果、今では王国経済に組み込まれてしまっているんだよ。迷宮は宝物庫であると共に鉱山という一面もあるのさ。森や教会に居座る爺共は教えてくれないだろうが、これが現実だ。世間知らずのお嬢さんはよく覚えておくといいぜ」
尚もシーラは食い下がろうとするが、十歳も年齢が違うエルを論破するには彼女は若過ぎた。ああ、うう、と呻る彼女の姿は年相応で微笑ましくあったが、エルはこの件で妥協する気はなかった。
ファルシアならばシーラが納得しやすいように諭したかもしれないが、そのファルシアは傍にいない。予想外に宝物が多かったため回収作業で忙しいのだ。
マックスはマックスで、小鬼達の装備を掻き集めるのに余念がない。
二人が回収に忙しいのには理由がある。消滅の呪文は対象者を文字通り消滅させるが、彼らの装備品はそのまま残るからだ。四十、五十体分の装備品はかき集めるだけでも結構手間がかかる。
小鬼達の装備がいかに貧弱だとしても、その装備が鉄製だとしたら金銭的価値が生じる。大抵貧弱でガラクタ以下だが、溶かして再利用する価値は十分あった。意外に思うかもしれないが、鉄としての純度が高く商品価値は馬鹿に出来ない。
クズ鉄屋まがいの行為だが、これも立派な収入源なのだ。
この世界で武器は鉄製が主流である。強度と加工のしやすさ、産出量が比較的多いのが理由だろう。
良き鉱山、良き加工技術を持つ国が強国たり得る。
だとしても、果たして迷宮まで来て鉄を回収する必要性があるのかと疑問に思うかもしれない。その認識は正しいが誤解がある。
日常生活で使用する鉄鍋はそれなりに貴重品であり、穴が空いたりして使い物にならなくなったら溶かして再利用している。卵焼き用のフライパンなどという用途に分けて使用するなど考えられない。そもそもフライパン自体存在しないのだ。全て鉄鍋で代用する。
金銀銅ほどとはいかないが、鉄の希少性と金銭的価値は侮りがたい。
王国で使用する鉄の一定量は迷宮からもたらされ、たかがクズ鉄などと侮ることが出来ない量であった。王国には鉄鉱山が少ないこともあり、迷宮への依存度は軽視できない。
エルの指摘する通り迷宮には鉱山としての価値があり、迷宮探索などそっちのけで鉄回収を生業とする冒険者も存在する。
事実を並べられては、シーラとしても矛を収めるしかなかった。
「意外に結構な量が集まったじゃないか」
「奴らの武装は小鬼にしては整っていましたからな。これを見て下され。ワシに言わせれば出来そこないですが、重量だけは大した剣ですわ」
マックスは一本の剣を差し出す。差し出すと言っても身長百三十センチのマックスと同程度の長さなのだが、軽々と持ち上げてみせるのは流石ドワーフといったところか。
「小鬼には過ぎたものですね。本来、奴らにこのような剣を持つ腕力はない筈ですが。案外、変異種がリーダーとして群れを統率していたのではないかと」
「まあ、あれだけやる気があった連中だからな。普通なら途中で逃げ出すのに再突撃させた点は変異種様様と言ったところだぜ。まあ、無駄な行為だったがな」
天才、非凡と呼ばれるような突然変異的に優れた個体が生まれるのは、なにも人間だけに限ったことではない。
魔物達にも変異種と呼ばれる、特別優れた種が存在する。
あくまで突発的に生まれるため、その存在は希少であり、遭遇することは本来極めて稀である。迷宮という特殊な環境が冒険者という対魔物用の人材を多く生み出したように、魔物側でも変異種が生まれるような変化が起きていた。
「すいません。変異種なんて見かけませんでしたけど、本当にいたのですか」
「シーラさん、それは恐らく奥で指揮をしていたため、前線に出て来なかったからですよ」
「消滅の呪文はそれほど範囲が広いのですか」
「シーラさんが使用した呪文よりは対象範囲は広いですよ」
「恐るべき呪文ですね」
「誰にでも効くという訳でないですが」
「変異種などと言われても臆病な奴らだ。卑怯にも後ろに隠れているとは、変異種など恐るるに足りずじゃわ」
ガハハッとマックスは笑い捨てるが、それは誤解である。
司令官が最前線で白刃を切るというのは例外的行為なのだ。
変異種は命を惜しんだ訳ではなく、司令官である自分が倒れた場合、統制が取れなくなることを恐れたのだ。まあ、小鬼の場合、戦局が不利と判断したら勝手に逃亡する傾向があり、それを防止するため後方で睨みを効かせていたという面もある。
いずれにしても後方にいたであろう変異種は、姿を確認されることなく消え去ったのだが。
「変異種などと言っても所詮は小鬼。どれほど能力的に優れた存在を生み出そうとも種の限界は超えられないってことさ」
「エル、貴方は説明を途中で省略し過ぎです。種の限界と言われても何を示しているのかさっぱり分かりません」
「ふう」
エルはやや大げさに溜息をつくと、不出来な生徒を見るかのような目でシーラを見る。鼻に付く態度は彼女の機嫌を損ねるのだが、実は弄ばれているということに気付いていない。
表情豊かなエルフの少女は見ていて微笑ましい。
そのシーラに対してマックスはガハハッと笑い、ファルシアは笑みを浮かべ、エルは弄り回す。マックスやファルシアは兎も角、エルの態度は一々シーラの気に障るのだが、抗議の声や視線に臆するようなエルではなかった。
「ふうって何ですか、いつもいつも人を馬鹿にして。大体ですね――」
少しからかい過ぎたのかもしれない。
いくら少女と言っても立派な神官なのだ。神官である以上説経や説法は最も得意とする分野であり、その神官の説経や説法は長いと相場が決まっている。
シーラの変化に気付いたエルはファルシアの脇を小突く。
(おい、ファルシア。お前、何とかしろ)
(仕方がありませんね。貸しにしておきますよ)
(知るかボケ)
酷いやり取りだが、それでも協力関係が成り立つのは、ファルシアが人間的に出来ているのか、それとも諦めなのかは分からない。
「消滅の呪文は一定の力量以下の魔物を文字通り消滅させる呪文ですが、これは変異種であるか否かに関わらず小鬼全般を対象としています。つまり、変異種となりどれほど能力に磨きをかけたとしても、種の壁を超える事が出来ないとエルは指摘しているのです。勿論、エルの指摘は根本的に間違っていて小鬼と小鬼の変異種は分類上別であり、結果として両者とも消滅の呪文対象となっている可能性もあります。だとしても神ならぬ私達には確認する術はないのです。シーラさん、この説明で御理解頂けましたか」
「ありがとう、ファルシア。やっぱり良い人ね、貴方は」
「おっと、シーラ。良い人ってのは男への褒め言葉にはならないぜ。良い人ってのは友人や隣人としては悪くないが、異性としては対象外だと言っているのと同じだ」
「わっ、私はそんなつもりで言ったわけでは」
「良かったな、ファルシア。お前、良い人止まりなんだとよ」
「……シーラさん、気にしなくて良いのですよ。正当な評価ですから」
「エル! 貴方、なんて事を言うのですか!!」
「おいおい、俺は何も言っていないぜ。ファルシアが講義したようにシーラでも理解出来るように解説してやっただけだ。不満か?」
ああ、うう、と呻ることになってしまったシーラを、エルはニヤニヤしながら見つめていた。