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ガイスト・クライス~その者達、冒険者にして盗掘者~  作者: 大本営
第一章 ガイスト・クライス
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第一話

 

 ◇第一話


 彼等が今いるのは吹き抜け式のホール、しかも三階建ての構造らしい。

 迷宮内に吹き抜け式のホールが存在するのに違和感があるかもしれないが、迷宮といっても画一的な設計ではないのだ。

 依頼主の気紛れか、はたまた設計者の趣味かは分からないが、たまにはこういう場所もある。ホールの入り口には豪華な木製の扉が存在していたが、今では残骸と化していた。


「エル、迷宮といっても他の方の所有物です。扉を壊して入場するのは少し乱暴だったのでは?」

「チッチッチッ。甘いな、シーラ。扉が勝手に閉まることで退路を断たれるというのは、迷宮ではよくあるトラップなんだよ。だったら、そんな小細工が出来ないように壊してしまった方が良いに決まっているじゃねぇか」

「……そういうものなのですか?」

「シーラ殿、エルフォード様の申されることに間違いはありませんぞ」

「シーラさん、騙されてはいけません。エルの奴は鍵を解除する手間が面倒だったに決まっています。アイツはそういう奴なのですよ」


 どちらの言い分が正しいのかシーラと呼ばれた少女には判断しかねたが、エルと呼ばれる男性は肩を竦めるだけで真実を語ろうとはしない。教会と森を住み家としてきたエルフの神官であるシーラにとって、迷宮という死地は未知の土地なのだ。

 大人と呼ぶには若過ぎ、子供と呼ぶには幼くないシーラの身を案じて、教会が信頼できる案内役としてガイスト・クライスという名のパーティーを用意していた。

 彼等を率いるエルの判断能力を疑う訳ではないが、素人目にも乱暴な対応に映った。


「ファルシア。従者の分際で、主であるエルフォード様の判断にケチを付けるなど十年早いわ」

「僕はアイツの従者じゃない!」

「そうともエルフォード様の第一の従者は、この不肖マックスなのだ。貴様など二番目以下じゃわ」


 ガハハッと大笑いし、エルを主と呼ぶ小男は厳密には人間ではない。

 身長百三十センチの小男であるマックスの容姿は控え目に言っても麗しいものではない。

 特徴的なのは顔を覆う髭である。

 その髭面は口髭と顎髭が頭髪と繋がってしまう程だった。小男にしては不相応なことに戦斧を持つマックスは、御察しかもしれないがドワーフなのだ。

 小柄にして力持ち、武骨にして義理堅く、愚直にして信仰心に篤い。幾つもの欠点と美点をもつドワーフ(大酒飲み)は、一度これと決めた人物には一生の友情や主従の誓いを立てる者が多い。

 幸か不幸かは別としてマックスはエル(エルフォード)を一生の主と信じて仕えていた。エルにそれだけの器量と価値があるかは議論が分かれるところだが、マックス本人は満足しているのだからとやかくは言うまい。

 人には生きたいように生きる権利があり、それがドワーフであったとしても、また然りなのだ。


「ファルシア、いいじゃないか。細かいことに拘り過ぎるのは良くないぞ」

「エル、君は適当過ぎるよ。いつもいつも勢いとその場の雰囲気で行動して――」


 ファルシアと呼ばれる人間の男性は、腰に片手剣を下げ、背中には盾を載せていた。両手剣ではなく盾を装備できる片手剣を選択しているのは、防御性を重視するスタイルからなのだろう。

 おそらく戦士であるファルシアの容貌は童顔で、実際の年齢より若く見られることが多い。


 仲間達からエルと呼ばれる男性も、ファルシアと同じ人間だ。その容貌はファルシアと大きく異なる。

 良く言えばワイルド、悪く言えば悪人面。

 長く伸ばされた黒髪はエルの雰囲気に合っており、実に怪しげだ。これで眼帯を付けていたり、顔に傷でもあったら文句なしの悪人面なのだが、エルの顔には傷一つない。

 そんなエルの装備は、これもファルシアと大きく異なる。

 皮鎧に細剣という敏捷性を重視したスタイル。

 その細剣も護身用らしく、主武器は手に握られている弩のようだ。かなりアレンジされているようで、グリップは握りやすさを重視して加工されている。なにより目立つのは多くの矢を詰めた筒のようなものが取り付けられている点だろう。

 連射性を可能にしているのだろうが、構造が複雑になると故障や動作不良が生じやすいものだ。オートマチック銃が登場し始めたとき、動作不良の少ないリボルバーを愛用する人間が多かったように、信頼性の低い連射性の弩を選択する冒険者は先ずいない。

 それでも選択しているという事は、内部をかなり弄り回して信頼性を高めているのだろう。

 案外、エルは凝り性なのかもしれない。


 実直で気が優しいファルシア、物事を斜に構える皮肉屋のエル。


 容貌も性格も真逆な二人ではあるが、意外にも幼馴染だったりする。

 悪友であるエルの色によくファルシアが染まらなかったなと思うが、口喧嘩をしつつも息の合っているところは流石と言うしかない。水と油に見えて、案外馬が合うのかもしれない。

 勿論、本人達の言い分は違うかもしれないが。


「僕は、この騒音が魔物をおびき寄せないかと心配して――」

「そいつが間違いなんだよ。おびき寄せないかじゃなくて、おびき寄せたんだよ」

 ファルシアは直抗議しようとしたが、エルの言いたい事を察したのだろう、腰に下げた片手剣を抜き、背中に装着していた盾を構える。

 仲が悪そうに見えて言いたい事を理解出来る点は、幼馴染故であろう。

「おしゃべりもここまでだな。マックス、ファルシア、シーラ、敵が来るぞ」

 ホールの入口に位置する彼等の配置は、マックスとファルシアの二人が前衛を担当し、シーラとエルが後衛を担当する。

 軽装備のエルは、金属鎧を装着している三人よりも素早い。

 エル自身が状況を設定した事もあるだろうが、装備を解除した状態でも彼より早く動ける人物は稀である。 

 それは魔物であっても、また然り。 

 先制攻撃こそが彼の得意技であり、先制攻撃こそ古今東西戦場における鉄則であろう。そのことを誰よりも理解しているエルは装備している弩を、まだ視界の外にいる何かに向かって放った。


 ギャシャァァア


 ほぼ同時に悲鳴がホールに響き渡る。

 これが戦闘開始の合図になったのだろう、いままで物陰に身を隠していた小鬼と呼ばれる魔物達が姿を現す。

 その数、およそ四十、五十。

 装備は雑多な上に貧弱だが、魔物は人と異なり力の加減と怖れを知らない。力任せの攻撃は技とは到底呼べないが、これから行われる戦闘は奇麗な形で打たなければ一本を取れない剣道ではない。

 どのような形であっても勝つことが全て。

 勝者のみが全てを得られる迷宮という世界は、ある意味で魔物と人間という垣根を取り払っていた。

 粗雑な攻撃も数に物をいわせてくれば脅威となる。なにより小鬼は数の理を理解している魔物なのだ。ホールのような広い場所は、数を頼みとする小鬼達にとって理想的な戦場となる。

 いや、なる筈だった。


「小鬼共は多数だ、撃てば馬鹿でも当てられる。撃って撃って撃ちまくれ」

 エルの指示に従うかのように三者が三者、各々方法で迎撃を開始する。

 マックスはエルと同じく弩を取り出すと先頭を走る小鬼に狙いを付ける。その距離、およそ三十メートル。射程距離三百メートルとも言われる弩にとって充分過ぎる距離だった。

 呻き声と共に先頭を走っていた小鬼は倒れるが、後続の小鬼達は構わず踏み越えて来る。弩の一撃より踏み潰された事が致命傷になったのだが、そのようなことを小鬼共が理解出来る筈がない。所詮魔物なのだ、負傷者の救出や死者に対する礼節を理解する知能など持ち合せていない。

 図らずも一匹を倒したマックスは、矢の再装填はせず戦斧を構える。

 弩は弓と比較して扱いが容易であるだけでなく威力も絶大だが、再装填に時間を要する欠点がある。

 金を積めば連射性のある弩を手に入れられるのだが、エルと異なり前衛であるマックスにはその必要性が少ない。なにより前衛であるマックスには、接敵する小鬼達を受け止める役割もあるのだ。


「さあこい、小鬼共。エルフォード様の第一の従者たる、このマックスが相手になってやるわ!!」

 ドワーフの怒号は、場の空気を飲むには充分だった。それが意味を解さない小鬼であっても、だ。

 根拠のない自信に裏打ちされた怒号は、奇声を上げながら突撃してきた小鬼の足を一瞬緩ませたが、更に後ろから続く味方の足音に勇気付けられ駆ける足が再び速まる。

 だが、一瞬でも駆ける足が緩んだことで分散していた小鬼達が密集することになった。

 密集自体はなにも悪いことではない。秩序を保ったまま密集状態で闘うスタイルは古典的だが有効な戦術だ。相手に魔法を使える者がいなければ、だが。

 エルとマックスに遅れはしたが、シーラの神聖魔法がこのタイミングで発動する。

 神の手に寄る浄化の炎が小鬼達に襲いかかる。

 密集状態であった十体ほどが呻き声と悲鳴を上げる。あるものは転げまわることで体を焼く炎を消そうと試み、あるものは消すのを諦め前進することで、せめて一太刀浴びせようと試みるが、そのどちらも無意味だった。

 皮膚を焼く不快な臭いが辺りに立ち込めるが、吹き抜け式のホールという構造上、不快な臭いは拡散していく。


 あっという間に総数の二割近くを失うが、後方にいると思われるリーダーの叫び声が攻撃続行を命じた。絶対的なリーダーに逆らえる筈もなく、ソンムの戦い差ながらの無意味な突撃を再開する。


 今度は予備を残さず、全戦力で突撃してくる小鬼達。


 小鬼の体重は三十キロ程度と軽量ではあるが、数十体規模となるとその足音は勇ましい。

 連射性のあるエルの弩が次々と小鬼達を撃ち倒すが、どれだけ連射性を高めようとも機関銃のような大量殺戮兵器にはなり得ず、自然と倒せる数には限界が生じる。

 接近されるまで十体程倒す事が出来たが、それでも四対二十、三十。

 乱戦などになったら一溜まりもない比率だ。ガイスト・クライスのメンバーになったばかりのシーラの表情に動揺の色が見える。


「そろそろ、か」

「えっ?」

 シーラの隣にいるエルの声色からは、動揺や焦りが感じられなかった。


(何かを確信しているの?)


 この状況でエルが真っ先に逃亡しなかったのはシーラにとって正直意外だった。

 彼女がエルと出会ったのは今日が初めてなのだ。


 冒険者と粋がっても、所詮冒険者は盗掘者。


 シーラがどこかでそのように見くびっていたとしても誰にも責められないだろう。その想いは良い意味で裏切られたが、現状は最悪であることに変わりがない。


(エルの確信が何かは分からないけれど、後衛にいる私が前衛に出れば、多少は攻撃を分散させられるかもしれない)


 シーラは足を踏みだそうとしたが、エルに止められる。


「邪魔をしないで下さい」

「そうだ、邪魔はしない方が良い」

「邪魔って――」

 シーラは、それ以上言葉を続けられなかった。

『小鬼達、魔物は魔物らしく魔の国に返るといい』

 ファルシアの持つ片手剣が輝きだし、その光が小鬼達を包み込む。

 数秒後、呻き声を悲鳴も一切上げず、小鬼達はこの世から消滅した。


 消滅。


 それは一定の力量以下の魔物を文字通り消滅させる呪文である。

 中堅レベルの魔術師ならば大抵取得している呪文なのでそれほど珍しくはないが、このパーティーには魔術師はいないと思い込んでいたシーラには驚きだった。

 無理もない。

 エル達のパーティーには魔術師らしくローブを身に纏う者も杖を持つ者もいない。マックスが神聖魔法を使えるのは知っていたが、神聖魔法で消滅させられるのは不死系だけだ。


「ファルシア、さっさと消滅の呪文を唱えやがらないか!」

「エル! 僕が遅いのは知っているでしょう。第一、呪文には集中力がいるのですから、そんなに急かさないで下さい」

「まったく、使えないと言ったらないな。だからお前は馬鹿で鈍間なんだよ」

「待って下さい。ファルシアは魔術師だったのですか?」

「……僕は魔法戦士です」

「そうだぜ。半端で使い物にならないと噂の、あの魔法戦士だ」

「半端で使い物にならないは余計ですよ、エル。現に小鬼達を一掃したのはファルシアじゃないですか」

「ワシらが時間を稼ぎましたがな」

「マックスもです、言い過ぎですよ」

「これは済みませんでした、シーラ殿」

「どうでも良いじゃないか。小鬼共が隠し持っている宝物を手に入れられて俺達はハッピー。シーラは注文通り前に進める。何か不満か?」

「……不満ではありませんが」

「小鬼共の宝物なんて大したことはないと思うけれど」

「文句があるならファルシアの取り分は無しだな」

「エルフォード様の仰る通りですな」


 ガハハッと笑うマックスの大声とファルシアの抗議がホールに響き渡る。


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