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第十五話

 


 ◇第十五話



 シーラの身に――主に性的な意味で――危険が迫っているのだが、ここで一旦シーラが入浴場に入ろうとしたときまで時間を巻き戻そうと思う。「けしからん、もっと見せろ」と不平不満を言ってはいけない。夜の世界に行けば別だが加減を間違うと世界が崩壊してかねないのだ。



 ◇



 ヴァハが首に巻かれた包帯を中々外さないでいると、重い空気に耐えかねたのかシーラは「ふぅ」と小さく息を吐く。間を取ったと言えばそれまでだが、包帯に下に何が隠されているのか気にしているのは確かだった。

 唯一の同性であるヴァハにある種の共感を抱いているのもあるが、単なる共感以上の感情を懐いたのは彼女がミステリアスな存在であることが大きい。

 つまるところ好奇心を刺激されてしまったのだ。

 好奇心だけで他者の心のうちに踏み込むのは良くないと分かっていても、包帯の下に隠された何が気になって仕方がない。

 そのジレンマから思わず溜息を吐き出してしまう。

 口にしてから「しまった」と気付いても後の祭り。気まずさから場の空気が余計重くなっても不思議ではないのだが、ヴァハの表情は変わらない。


(変に意識させてしまった……)


 シーラとほんの僅かな時間しか共に過ごしていないが、この溜息が嫌みを含んでいないのをヴァハは分かっていた。


(少し嫉妬深いところがあるけれど気の優しく真面目な小女)


 どこか幼さが抜けていないため彼女が聖女と呼ばれるにはまだ少し時間を要するだろうが、逆にいえば時間が解決してくれる問題。それがシーラに下した認識と評価だった。



 迷宮は死地であり、生き残るには相互理解が不可欠である。

 裏切りや詐欺行為で相手を出し抜いたとしても、迷宮から生還できなければ意味がない。猜疑心や不信感を抱く相手に背中を預ける事など不可能なのだ。シーラとエル・マックス・ファルシアの間には一定の相互理解が――それがある種の妥協と諦めが入り混じっているとしても――成立している。

 ヴァハとシーラとの間にはない関係である。両者が互いに興味を抱いているが、今のところはそこまで。

(恐らくエルフォードが気を使ってくれて、女性だけにすることで相互理解をしやすい環境を整えてくれた。彼は一見するとガサツで口の悪い人物に見えるが、実は細かいところまで見てくれている。やっぱりファルシアやマックスとは違う)

 相互理解には話し合うことこそ近道である。分かってはいるのだがヴァハは躊躇を覚えていた。

(エルフォードならともかく……)

 何がともかくなのかは、ここでは触れまい。

 躊躇しているヴァハに気を使ったのか、シーラは「先に入っていますね」と告げて浴室に移動しようとする。

(感慨に浸り過ぎてしまった。このままでは良くない)と思い、後ろ姿に手をのばそうとするが届かない。

 シーラは入浴場に消えてしまう。



『はぁ』

 声にならない溜息一つ。

 そのまま数秒が経過する。

 先程まで見せていた世話焼きの御姉さんとは思えない弱気な姿。というか、よく考えると細剣で呼び出されたのに一丁前に感情が存在している。シーラがこの点に違和感を覚えなかったのは顔が人間と同じだからだろうか。

 いずれにしても案外適当なところがある。


 気分を切り替えると、ヴァハは首に巻かれた包帯を外す。

 現れたのは首一面に刻み込まれた傷跡。大理石のような白い肌が炎で焼け爛れているようだ。肌がぐちゃくちゃに溶けてから黒い薬品を用いて接合したような醜い傷跡。

 肌の白さと相まって醜い火傷の跡が余計際立つ。

 火傷そのものは珍しくないが、他は一切傷跡がないのに首一面だけが火傷しているとなると異様と言うしかない。高温に熱せられた鉄の鎖を首に巻きつけられたのだろうか? としたら拷問吏から過酷な仕打ちを受けたるような罪を犯したのかもしれない。或いは戦争捕虜となったのか。

 不謹慎だが想像力を刺激する特殊な怪我であるのだけは確かだ。

 同性とはいえ自らの傷を見せるのを躊躇したのだとしたら理解出来ない行動ではない。迷宮内で鍾馗の如き活躍を見せてようとも、鎧を脱げば女性ということなのだろう。


『はぁ』


 再び声にならない溜息一つ、

 今度の溜息の後は表情が引き締まっている。一度力を抜いてから気合いを入れ直したのだ。感情の切り替えが早いと言えばそれまでだが、いつまでも引きずらない点こそヴァハの強さなのだろう。

 入浴場の入り口に移動し扉に手をかける。


 この時点において入浴場内で何が起きているのか、彼女は知る由もなかった。


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