第十一話
◇第十一話
エルとシーラが馬車を降りるとほぼ同時に、マックスとファルシアがリアカーに似た台車を借り受けてきた。流石に小鬼五十体分の装備をピストン輸送するのはしんどいと判断したのだろう。恐らくあのバラックから借り来てきたのだろうが、よくそんなモノがあったものだ。
「おっ、借りてきたようだな。でかした、マックス」
「それほど大したことではありません、エルフォード様」
「実際、ただ借りてきただけだしね」
畏まるマックスに対して、ファルシアのチェックは厳しい。らしくない態度だが、先程襟を掴まれて連行されたのが緒を引いているのだろう。いくら温厚な人物でも程度というのがあるのだ。
「じゃあ、がんばって輸送するんだな」
「お任せ下さい」
「分かっているよ」
軽く指示するエルの口調から、彼自身は力仕事をする気がないようだ。らしいと言えば、らしい態度である。二人より三人で作業をした方が良いに決まっているが、マックスはともかくファルシアも抗議の声を上げない。
本来不満の一つも出てよさそうなのだが、今までの付き合いからエルの態度が予想出来たのだろう。或いは、彼等なりの役割分担があるかだ。
「がんばって、って。エルは手伝わないのですか?」
「生憎、肉体労働は俺向きの仕事じゃないんでな。人には向き不向きがあるんだぜ」
「また適当なことを言って」
「俺には別の大切な仕事があるからなぁ」
エルにしては歯切れが悪い、奥歯にものが挟まったような物言いである。話の最中もどこか居心地を悪そうにしていた。不審に思ったシーラがエルの視線の先を確認すると、そこにいたのは愛馬のために水を用意している騎士ヴァハだった。
丁度その時、水を飲んでいた馬達が「ブルゥ、ブルゥ」と鼻息を荒げる。「いつまでも待たせるな、馬丁が」と言わんばかりだ。
ヴァハはエルを気にしていないようだが、彼女の愛馬達は違うのだろう。
「エル、馬達が呼んでいるようですが?」
「けっ、憎たらしい態度だぜ」
「なんでしたら、私が手伝ってもいいのですよ」
仕事を任されていないことを気に止んだシーラが申し出るが、意外にもそれはファルシアによって遮られた。
「それは止めた方が良いよ、シーラさん」
「どういう意味でしょうか」
「あの馬達は軍馬、主である騎士以外には触れさせない。馬丁は例外だけど、それにしたって認められなければ無理なんだよ。僕やマックスもそれなりに付き合いが長いけれど、それでも触らせてくれない。悪いけど、昨日今日の付き合いのシーラさんを認めてくれるとは思えないよ」
「そうですか……」
森の住人だったシーラにとって動物に認められないというのは地味にキツイらしく、声ばかりか表情も沈む。
「まあ、あれだ。マックスとファルシアは武器を運び、溶かしてインゴットへと磨き上げる。俺は馬の手入れをして磨き上げる。その間、シーラはヴァハと一緒に風呂にでも入って女を磨きあげていればいいのさ」
キュンとしたのか、シーラの顔が真っ赤になる。
「へぇぇぇ、エルにしては珍しく殊勝なこと言うよね」
「なんだ、俺がそんなことを言って悪いのかよ」
「いいや、良いんじゃないかな」
「黙れ、このノロマ野郎が!」
(でも、本当に良いんでしょうか)
エルにもう一度確認しようとするが、『しっし、さっさと行け』と言わんばかりに手でジェスチャーされてしまう。好意的態度を示してくれた割には邪険な態度であしらおうとするのは妙な話だが、それもある意味エルらしい。
これ以上躊躇するのはかえって失礼と判断したシーラは、ヴァハを御風呂に誘うことにした。
◇
シーラがヴァハの元に向かい三人の前から離れたとき、今まで押し黙っていたマックスが口を開く。
「馬丁の役目など、ワシが代ってやれればよいのですが」
「お前の身長じゃぁ、仮に踏み台を用意しても無理無理」
マックスは流石に快く思っていないのか憮然としていた。主であるエルが自らやると決めているのに、従者である自分が口を差し挟むのは恐れ多いと判断したのだろうが、それでも口を挟まずに入れないらしい。
大した忠誠心であるが、痛いところを突かれたらしくグウの音も出ない。
「……エルフォード様が馬丁の真似をさせられるのは、ワシとしては余りにも忍びがたく」
「いいんだ。俺達はヴァハと彼女の愛馬達に誠意を示す必要がある。例え、彼女が俺達に恩義を感じているとしてもだ」
エルの言葉にマックス、ファルシアの二人は黙って頷く。
彼等にとってもヴァハという存在は異質なのだ。
彼女は仲間というよりはエルの個人的な盟友である。故に対等な存在であり、それも対等な立場にヴァハが降りてきてエルの個人的な盟友になっているに過ぎない。そこに忠誠心や友情は存在せず、絆としては少し薄いのだ。
いっそシーラのように契約上の関係なら問題なかっただろう。
ヴァハの信義を信用しないではないが、好意に基づく同行者ほど質が悪いものはない。これで役に立たないのなら邪険にも出来るのだが、有害とは程の遠い恩恵をガイスト・クライスに与えていた。それだけの恩義をエルから受けたとヴァハ自身が感じているのは確かだった。
彼女にエルが何をしたのかはまだ語る時ではないが、いずれにしても見返りを求めての行為ではなかった。
やたら強い人間が他者には根拠不明な理由で同行している。そこが問題なのだ。恩義などというものほど曖昧でいつ期限が切れるか知れたものはないだろう。永続的な関係なのか、期限付きなのか。それすらもヴァハは説明しなかったのだから、エル達が不安がるのも無理がなかった。
それでも時間とは便利なもので、共に死線を潜ったことである程度の不安は解消されているが、逆に言えばある程度でしかない。
気がついたら虎の尾を踏んでいた、などという状況に陥りたい人間などいないのだ。だったらヴァハをパーティーメンバーに迎え入れなければいいのだが、『使える奴は猫でも使う』がエルの信条なのだから仕方ない。
世の中、間々ならないものである。
「シーラさんには事情を話さなくてもいいの?」
「なにをだ?」
「とぼけないでよ、ヴァハさんの正体の話。人じゃないのは流石に気付いていると思うけど」
「でしょうな。エルフォード様が所有する細剣を掲げたときに馬車と共にやってきたのですから、普通の人間なら可笑しいと思うかと」
「だよなぁ」
馬車で移動中はセクハラ紛いの行動と発言で誤魔化したが、いつまでもそれが通じるものではない。遅かれ早かれ真実に気付く。
「――だから二人に風呂に行けと言ったの?」
「そういうことだ。いずれ真実を話すにしろ、先ずは親睦を深めるのがセオリーだぜ。まあ、俺もそうだったからな」
軽く爆弾発言をするが、突っ込むべき役割のシーラがこの場にいないためスルーされた。「鎧越しでも想像できるだろうが、ヴァハは極上の女だぜ」との発言にファルシアは顔を真っ赤にして反論できない。
「おいおい、ファルシア。お前もいい歳だろう? いつまでも初な童でもないんだ、もう少し耐性があってもいいと思うぜ。そんなんだから――」
「僕の事は良いんだよ!」
これ以上触れてはいけないと判断したのかエルは話題を変える。話題を変えるくらいなら最初から触れなければいいのだが、幼馴染としては、折に触れて言っておかなければいけない話題と考えているのだろう。只の嫌がらせではないのだ。
「いくら俺だって、女を宥めるだけのために気の利いた言葉は吐かないぜ」
「流石エルフォード様ですな。ワシには思い付きませんなんだわ!」
マックスが太鼓持ちをするのは何時ものことであるが、強引に話題を変えたいときのドワーフの大声ほど頼もしいものはない。意識しているとしたら大したものである。
「上手くいけばいいけどなぁ」
「そう深く考えるな、ファルシア。ヴァハは別に悪魔という訳じゃない。むしろ――」
「いまは、が抜けているよ」
「堅苦しいこと考えるな、苦労症は禿げるぞ」
「僕は父さんみたいには禿ないよ!」
哀れファルシア。
彼は、遺伝という存在を未だ知らない。