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第九話

 

 ◇第九話



 エル達を載せた馬車は広間をゆっくり徐行していた。


 春の日差しのような柔らかで、暖かな光が辺りを照らし出している。まるで外にいるかのような錯覚を覚えさせるが、四方を壁で囲われている点から、決して外に出たわけではないのが分かる。

 未だ迷宮内なのだ。

 先刻、マックスが話しかけた安全地帯とは、この場所を指し示していたのだろう。馬車を引く軍馬達も変化を感じ取ったのか、目に先程までの鋭さがない。恐らく緊張感が和らいでリラックスしているのだ。


 空間の広さは小鬼達と戦闘した広間の比ではない。

 ちょっとした集落が存在し得る程の広さであり、広間の中心には特殊な形状の建造物が存在している。その建造物のまわりに木造の小屋というか、バラックが複数点在する

 王都サイスは王都と名が付くだけあって王城が存在するため一定以上の高さの建築物を造れない。おかげで大抵の家は一、二階建てとなり、見晴らしが良い美しい城下街となっている。

 一方、広間に存在する建造物は石造りである点こそ王都サイスの建造物と同じだが、四階建ての構造をしていた。単純に考えて二倍以上高さがある。

 円で描くかのように囲われた形状である。ニュアンス的に多少齟齬があるかもしれないが、この建造物を仮に円楼としよう。

 円楼の窓は内側のみに存在し、外には壁のみ面している。結果として隙間なく囲われている構造になっており、円筒状の造りは外敵からの攻撃に備えるには適していた。中心部には中庭のような空間が存在していると推測できるが、そこにどのような施設が存在しているのかは、外からは確認出来ない。

 かなり特殊な形状の建造物であるが、中国に存在する客家の人達が住む円形状の円楼や、ルーマニアに存在する要塞教会に似てなくもない。人という存在は、どこに住もうとも似たようなことを考えるのだろう。まあ、迷宮に存在する円楼を人が造ったとは断言出来ないのだが。



 円楼はもう少し離れた場所に存在しているが、馬車は円楼に直接向かわず、入口近くに存在するバラックの一つに向かって移動していた。

 バラックの脇には鉄などを置く集積場があった。

 なるほど、スペース確保のため、居住エリアである円楼から離れた場所に集積場が存在するらしい。集められた鉄はバラック内で溶かされたのか、全てインゴットにされていた。統一した規格で生成された金属の塊は、集積場に積み重ねられ、一定量蓄積されると地上に運ばれるのだろう。

 この空間を照らし出す光は、インゴットに当たると反射して非常に眩しく、とても光苔から醗せられた光とは思えない。

 なにより暖かみのある光だ。


 太陽光線のような暖かな光が、どのようにして発生しているのか? 


 当然の疑問である。

 多くの魔術師が取り組んだ疑問だが、答えは未だ出ていない。唯一、分かっているのは太陽光線と同じような暖かさを持っている点。それ以外は、なに一つ分かっていないのだ。

 仮に光苔が迷宮内に経ちこめる魔力で突然変異したとしても、不可能な現象である。光苔は自ら発光しているのではなく、暗所にある光を反射しているに過ぎない。その程度の光量でも迷宮内を淡い光で照らし出せているのは、あくまで大量発生した結果である。

 広間を照らし出す太陽光線のような暖かな光は、光苔の大量発生という物量戦術以外の要素により存在しているということになる。


 魔術師達も馬鹿ではない。

 観測された事象を元にいくつかの仮説が提唱されている。多くの説の中心にあるのが、「原理不明の技術により外の光を取り込んでいるのではないか?」とする考え方である。他にも諸説はあるが、現時点では最も有力な仮説と考えられている。

 勿論、証明するに至っていないが。


 この仮説を証明するには、外の状況を確認するしかない。

 手法は二つ。

 迷宮の壁を打ち破るか、転移魔術により迷宮の外に出るか。

 そのいずれかである。


 迷宮の壁は難攻不落の要塞のように固く、考えられる限りのあらゆる呪文に耐えきってみせた。

 神聖魔法に存在する超高難度呪文「絶対魔法防御」に匹敵するような堅牢さで、迷宮の外壁が防御されているのだ。「絶対魔法防御」は持続時間が限定される点を考慮すれば信じがたい事実であり、現在は失われた魔法技術――例えば稀に見つかる魔法剣など――で建造されたとしか考えられなかった。

 迷宮の巨大さと強度故に「迷宮は神の手によって建造された」とする説もあり、魔術師ばかりか神聖魔法士にも支持されていた。

 この説には深刻な問題がある。

 迷宮が神の奇跡を具現化した存在であるのなら、何故、迷宮に魔物達が溢れかえるのか?  神が我々に試練を与えているのならまだマシだが、我々が相対しているのが闇の神々である可能性もあった。

 いずれにしても人は神には決して敵わない。いや、人は神に比肩してはいけないのだ。

 微妙な問題を孕んでいる仮説ということもあり、神聖魔法士達の高い支持はあるものの教会の統一見解となっていない。「教会は真理の探究者ではない」と建前を掲げて、組織を上げて迷宮探索をしていない理由もこの辺にある。


 一方、壁の破壊と異なり、転移魔術の行使そのものは可能である。

 迷宮外に転移後、帰還した者が誰一人いない点を除けば問題は存在しないだろう。

 転移魔術の発動そのものに問題はなかった。

 現に迷宮内であれば一切運用に支障がない。迷宮外に出られないだけなのだ。理由は不明である。空間の歪みか何かが原因で外に出れない可能性が極めて高いが、帰還した者が誰一人いないのだから実は外に出られたが戻って来れないだけなのかすら判断出来なかった。

 この説明から察しているかもしれないが、迷宮から王都サイスに直接転移するのも不可能であり、エル達が滞在する安全地帯への物資の移動は人力に頼ることになる。

 鉄回収業者達は王都サイスから帰ってくるとき生活物資の搬入も行うことで、貴重な副収入を得ていた。不便さが職の分業化を促進してるとは、なんとも皮肉な現象ではないだろうか。

 迷宮外は異界と繋がっており、魔物達も異界からやって来ているのではないかと考える一派も存在するが、魔物との意思疎通は不可能であるため検証するに至っていない。


 詰まるところ、何一つ正確なことは分からないのだ。

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