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真夏の風

作者: 鷹真

ミーンミンミン・・ミーン・・

ジ・・ジジジッジーーーーー・・

真夏のグラウンド。ユラリと陽炎が立ち上り、背景を歪ませる。

僕は、夏の茹だる様な熱のせいで白昼夢を見たのだろうか―――。

ミーンミンミン・・ミーン・・

ジ・・ジジジッジーーーーー・・

見た瞬間から、目が離せなくなった。引き込まれるように・・・。

一瞬にして夏の熱気も、景色も音も、全てが無となった。

唯、只管に目を奪われていた―――。


夏休みに突入して、二週目の学校。

クーラーの入っていない教室内は、熱気地獄。

下敷きでパタパタと扇いでも何の意味も為さない。

フワリ。

時折、開いている窓から風が入り込んでくるが、こちらも全く涼しくない。

ミーンミンミン・・ミーン・・

ジ・・ジジジッジーーーーー・・

「えー。NNはXとyとを・・・で、云々・・・」

補講授業を受けているのは、僕を含めて二十名ほど。

高校三年。来る受験戦争に備えるため、夏でも遊んでいられない。

僕は、教育熱心な両親に半ば強制的に参加させられている。

無論、拒否することは可能だったが、別段やることも無かったから参加することにした。

「えー。・・・は、・・・により・・・・」

ミーンミンミン・・ミーン・・

ジ・・ジジジッジーーーーー・・

パタパタ・・・パタパタ・・

教師の声と蝉の声、パタパタと扇ぐ下敷きの音。

汗が額から首筋から脇から・・・何処彼処から噴き出てくる。

あつい・・・あつい・・・あつい。

フワリ。

風に誘われるように、グラウンドに目を遣る。


青い空に掲げられた太陽は、容赦なく大地を焦がす。

ザッザッザッザッ・・

「よーし、軽く二週流して休憩だ。」

この暑い中、太陽に負けないような大声が響いた。

気合十分。それもその筈で、最大級のイベント、インターハイが来週へと迫っていた。

我が陸上部の精鋭たちは、なんと優秀なのだろう。

多種目で予選を勝ち抜き、本線出場を果たしている。

過去最高の出場人数だろう。

顧問の教師もかなり上機嫌だ。気合が入るってもんだろう。

「お。タイムもここにきて、一段と伸びたな。」

話しかけてきた顧問教師は、二年半前に新米教師としてこの学校に赴任してきた。

つまり、三年の自分たちと同じ年数をこの学校で過ごしていた。

「はい。調子がいいです。後で、フォームのチェックをお願いします。」

「おお。わかった。熱心なエース様で助かるよ。」

別に大会や記録、そんなものには然程、興味がなかったが、喜んでいるからいいか。

走るのは、好きだし。

何より無になれる。無になって、風と混じり合う。心地いい。

本当に風になれたらいいのに。

遠ざかっていく教師の背中をぼんやりと見つめ、フゥと息をつく。

太陽の様な先生だ。何にでも熱く、キラキラとしていた。


僕は、頭から全ての事が吹き飛んでしまった。

なんだ・・これ。

僕の視線の先には、グラウンドを走る生徒。

見た事がない生徒だ。一年?二年?学年が違うのだろう。

そんなに大きな学校では無い為、同学年となれば大概、顔ぐらいはわかる。

誰なんだろう。

僕は、見つめ続けた。

「おーい。颯志。授業終わったぞ?」

はっ。

呼ばれて、そちらを振り向くと一緒に補講に出ていた友達の顔があった。

「あ。。ああ。」

曖昧に返事しながら、視線をグラウンドへ戻していた。

僕は、グランドを見回した。

いない。グランドには陽炎が立ち上っているだけだった。


ミーンミンミン・・ミーン・・

ジ・・ジジジッジーーーーー・・

次の日、今日も蒸し風呂のような教室内で、僕は昨日の事を思い出していた。

フワリ。

風が頬を撫でる。

無意識にグラウンドに目を遣ると、またも世界が無になる。

そして、次の日もその走る姿を唯、見つめていた。


大会の開幕式が明後日と迫った。

最終調整に入る。皆の顔は真剣で、自己調整はそれぞれ入念に行っていた。

「よし。いいだろう。」

満足げな先生の顔。釣られて自分の頬も上がっている事に気が付き、慌てて下を向く。

「小山内。風になれ。」

そう言うと、眩しい光を放つように満面の笑みをこぼした。

風に・・・・。

「小山内~。集合だよ。」

キャプテンに声を掛けられ、皆が集まっている所へ向かう。

「・・・・と、言う事で、明日は各自十分に身体を休める事!!

 以上。解散!!」

アイシングに使っていたバケツを持って、部室へ向かった。

「はぁ~。いよいよ最後の決戦だね。

 ウチラ三年は、引退試合。」

感慨深そうに語る戦友たちを横目に、さっさと着替えて部室を後にした。

―――風になれ。

その声が脳内で何度も繰り返される。

校門を出て、家路を歩きで辿る。

ワクワクする。走って、走って、風になれたら、どんなに気持ちがいいのだろう。

キキキッーー!!

凄まじい摩擦音が聞こえ、振り向く間もなく身体に衝撃が走る。

ミーンミンミン・・ミーン・・

ジ・・ジジジッジーーーーー・・

蝉の声が聴こえたかと思ったら、視界が暗転していった。


ミーンミンミン・・ミーン・・

ジ・・ジジジッジーーーーー・・

最近の習慣のようにグラウンドにあの姿を求めていた。

校庭の隅の方に見知った顔を見つけた。

あれ・・?父さん?

花束を抱え、校門から堂々と入ってくる。

父親は昔、僕が生まれるよりももっと前に教師をしていた。

現在は、スポーツトレーナーとして実業団の専属をしている。

詳しくは聞いた事がなかったが、母親と話しているのが聞こえたことがある。

二年半、体育教師をしていた。任期を終えずに、夏休みの間に辞してしまった。

父親は、グラウンドを見渡すと俯き、肩を震わせているように見えた。

そして、旧校舎(取り壊す事が決まっている)の方へ行くと、そっと花束を壁際に置いた。

祈るようなその後ろ姿。

ミーンミンミン・・ミーン・・

ジ・・ジジジッジーーーーー・・

フワリ。

その時、風が舞った。


薄く目を開けると、白い天井が見えた。

「ああ、気がつかれましたね。」

頭がクラクラする。

・・・痛い。足が、足が痛い。

最後の大会は目前なのに、足が痛い。

そっと力を込めて、動かそうとする。

・・・。

右足が動かない。

無理矢理に起き上がるが、体中が痛い。

「無理しないで、今は安静にしてね。」

慌てて駆け寄ったのは、白い制服を着た女の人だった。

カラカラ・・。

扉が開いて、両親と先生が入ってきた。

「小山内・・。」

三人とも辛そうな顔をしていた。

「今回の大会、出られなくなっちゃいました。

 最後の大会だったのに・・・」

そう言うと、益々辛そうに顔を顰め、目を瞑ってしまった。

「先生、ハッキリと教えた方がいいと思うんです。」

父がそう言って、此方に視線を投げる。

いや。聞きたくない。

聞いてはいけない。本当になってしまうから。

耳を塞ごうとする手を、そっと先生が握った。

そして、父が口を開く。

「その足は、もう・・・治らないんだ。」

真っ暗になった。

足は、右足は・・・治らない。

走れないと言っている。一生、走る事が出来なくなった。

風に―――。


講義が終わって、直ぐに旧校舎へ向かった。

階段を駆け下りて、靴を履き替えることもせずに外へ飛び出す。

旧校舎まで行くと、父親はまだその場に居た。

大きく息を吸って、呼吸を整える。

ゆっくりと近付く。

「父さん・・・」

その声に反応して、振り返ったその顔はとても辛そうに見えた。

「もしかして、父さんの居た学校って、ここ?」

ゆっくりと頷く。

「そうだ。教師になって直ぐにこの学校に赴任したんだ・・・。」

この学校で体育教師をしていた。そして、陸上部の顧問となった。

「この学校に来て三年目の夏の事だ・・・。」

父親は、その夏の出来事を教えてくれた。

事故に遭って走れなくなった生徒の事。

走るのが好きで、好きで・・・。

誰よりも風と共にあった。

走れなくなった生徒は、大人たちの目を盗んで病院を脱走した。

そして、誰もいない学校の屋上から・・・・。

生徒の使っていた病院のベットの枕の下から、一枚の手紙が出てきた。

そこに書いてあったのは、一行だけだった。

―――風になる。


病院から抜け出すと、知らず知らずに学校に来ていた。

グラウンドの見渡せる屋上。

動かない右足を無理矢理に引きずって、際に立つ。

フワリ。

風が纏わりついてきた。

自然と涙が零れて、独り、誰に聞かせるでもない言葉を呟く。

「風に・・風になりたい。」

怖くはなかった。

この先、一生走れない。その事の方が怖かった。

それならば、本当に風になるのだ。

風になっていつまでも、どこまでも吹きぬけよう。

フワリ。

誘われるように足を踏み出す。


夏休みも終わり、文化祭の準備で騒がしい教室内。

フワリ。

頬を撫でる風は少し涼しさを増した様に思う。

あれ以来、グラウンドを走る姿を見掛ける事はなかった。

それでも僕は、グラウンドを見つめる。

チクリ。

胸の奥に小さな棘が刺さった痛みが走る。

真夏の見せた――――。



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