第六話
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起き出して、摩耶と二人階下に降りた。さすがにエミリーは帰っていた。小さな目をにこやかに細めながら、ナーニ小母さんがメフィストに訥々と話し掛けている。
意外にも、メフィストは律儀に話を聞いている。
案外、いいやつらしい。
僕の顔を見ると、メフィストがすっと顔を引き締めた。
「では、バイラヴァ老師のところにでかけましょうか」
僕も、頷く。少し、緊張する。摩耶が、膝の上に乗ってきたので、少し慰められる。
「それにしても……」
ナーニ小母さんが淹れてくれたらしい紅茶のカップを引き寄せながら、メフィストは唇を歪めて苦笑した。
「私もやっぱり緊張しますね」
相も変わらず、僕の心を読んでいるかのようだ。全く、悪魔というやつは。
「あれほどの法力を持つ聖者を尋問するとなりますとね。私のような、チンケな悪魔なんぞ、バイラヴァ老師にちょっと吹かれれば、それこそ吹っ飛んでしまいますからね」
おどけながら、熱いらしくカップを吹いた。あんな風に土星まで一気に飛べる魔力を持った悪魔がここまで畏怖するとは、どんな聖者なのだろう。
「そう言えば、訊き忘れていたことがありました」
気になっていたことを聞いた。
「はい、なんですか」
「尋問してアリバイを調べるといいますが、相手が本当のことを言っているかどうか、相手の方が神通力が上なら、あなたにも分からないんじゃないですか。どうやって確かめるんですか」
「ああ、それならご心配いりませんよ」
メフィストは、破顔した。
「ラームチャンドラ老師の法力による呪縛が、時空を超えて有効ですからね。この件に関しては、誰も偽りの証言はできません。たとえ神でもね」
それは、豪儀だ。神でも、嘘をつけないとは。
「一応、黙秘は可能ですがね」
醒めた口調で言って、メフィストは紅茶を飲み干した。
「では、ドッキネーショル寺院に行きましょう。一応、唯一の証人ですので、叡愼さんにも同道していただきますから」
「すみません、ナーニ小母さん。摩耶を頼みます。ちょっと出かける用事があるので」
ナーニ小母さんが、気安く請け負ってくれた。摩耶と二人で、「いってらっしゃい」と送り出してくれる。
家から出て、メフィストが指を鳴らすと、また一瞬にしてインドの雑踏の中にいた。この感覚にも、慣れてしまった。なるほど、人間というものは、どんなことにもすぐに慣れてしまうものらしい。
また歩いて、ドッキネーショル寺院に赴く。建物の中に入ると、叡愼さんが庭を掃除していた。竹箒を持った、古典的な禅僧のスタイルである。
叡愼さんは、僕たちを見ると静かにお辞儀をした。澄んだ目が涼しい。
「バイラヴァ師の尋問に同道していただけませんか」
メフィストが、単刀直入に言った。何の駆け引きもない。
叡愼さんも、なんの躊躇いもなく頷いた。
「その、ヨーガ行者、バイラヴァという方の法力は、ラームチャンドラ師と比べてどのぐらいのレベルなのですか」
僕は、気になっていたことを、叡愼さんに訊いてみた。今度訪ねる聖者たちは、みなラームチャンドラ師と同等の法力の持ち主という話だが、実際には差があるはずだ。
「はい、拙僧のような修行至らないものには、なんとも申し上げられませんが、やはり師父ラームチャンドラのほうが、総合的には上だったかと」
叡愼は、穏やかに答えてくれた。別に、自分の師の肩を持つという風でもない。
一応僕が納得して頷くと、「じゃいいですか」と言って、メフィストが、また指を鳴らした。
なんだか、奇妙に寂れた路地裏だった。湿度と暑さからすると、やはりインドなのだろうが、アーグラの喧騒とは随分違う。
路地の奥に、これはもう幽霊でも出てきそうな荒れ寺があった。塀は崩れ、人の気配など薬にしたくともない。
幽霊には親近感があるのだろうか。メフィストが、平気な顔でスタスタとその破れ寺に向かった。塀の崩れたところから、境内の中に入っていく。
荒れ果てた境内を歩いていくと、どうやら墓場らしいところに出た。かなり物凄い雰囲気が漂っている。
「ひゅーどろどろ」
思わず、効果音を口に出してしまう。
不意に、それまで誰も見えなかったところに、一人の老人が出現した。なにやら、変にねじれた印象があった。
ああ、と納得した。老人は、片足で立っているのだ。片足で立ち、合掌するのは、シヴァの有名な苦行のポーズだ。すると、この老人がバイラヴァ老師ということか。
バイラヴァ老師は、素っ裸だった。下帯さえ身に着けていない。男声のシンボルを、ブラブラさせている。身体中に、灰を塗っている。恐らく人間の遺骸を焼いたものだ。シヴァに帰依した苦行者が、よくそうしているのだ。伸ばし放題の白髪に、やはり伸ばしに伸ばした顎鬚を持っていた。
メフィストと叡愼さんが、丁寧にお辞儀をした。僕も、慌ててお辞儀をする。
バイラヴァ老師が、破顔した。意外なことに、前歯が二本欠けている。大聖者は、歯など気にしないのだろうか。
「うむ、よく来たな。坊主ども」
バイラヴァ老師が、キラキラと輝く目をメフィストに向けた。
「ほっほ、悪魔の坊やも来たところを見ると、あの不信心者も、どうやら宇宙の摂理に呑みこまれてしまったようじゃのう」
歯を見せて、バイラヴァ老師は闊達に笑った。幼児のような無邪気な笑顔だった。
「おう、叡愼の小坊主、どうじゃ、修行は進んでおるか」
叡愼さんは、合掌しながら深く腰を折った。
「師父ラームチャンドラはお亡くなりになりましたが、そのご意志を継ぎまして、修行を続けております」
「ふむ、ヴィシュヌなんぞという腰抜けを拝んでいても、真理に至る道は一つじゃ。励めよ」
「はい、ありがたいお言葉でございます」
叡愼さんは、表情を変えずに、深々とお辞儀をする。まるで、師弟のようだ。僕は、バイラヴァ老師の瞳に、弟子を慈しむような優しげな光を認めた。
ふと、思った。もしかすると、本当にこの弟子を巡って、ラームチャンドラ老師と、このバイラヴァ老師との間に、確執があったのではなかろうか。
僕は、眉を顰めた。
メフィストが、一歩前に出た。神秘的な菫色の瞳に厳しい光がある。まさに尋問するものの目だ。しかし、やはり緊張しているのだろう、青ざめた顔をして、唇を強く噛んでいる。
「偉大なるバイラヴァ老師。あなたは、ラームチャンドラ老師が亡くなったことを、ご存知だったのですね」
「うむ、それは大宇宙の摂理で、既に予定されておったことじゃからのう」
バイラヴァ老師は、顎鬚をしごきながら、こともなげに答えた。相も変わらず、片足立ちである。シヴァの苦行者は、このまま食事をし、眠ったりもすると聞いたことがある。
「悪魔の坊や、お前さんと、叡愼の小坊主がここに来たことでも、それは明々白々じゃのう」
こう言い放って、バイラヴァ老師はからからと笑った。
それにしても、天下のメフィスト・フェレスも、坊や扱いとは気の毒である。チラリと見ると、メフィストは目を伏せていた。
「まあ、あの不信心者がこの現象世界から姿を消したことで、宇宙の法輪も、また一つ巡ったということじゃのう」
こう言って、バイラヴァ老師はカラカラと愉快そうに笑った。いくらライヴァルでも、この態度はあんまりではなかろうか。
「偉大なるシヴァの踊りにつれて、真理の法輪は巡り巡る。山に登るとば口は幾つあっても、解脱の末の山頂には、常に踊るシヴァがおわします」
謎のようなことを言う。
メフィストが、一歩前に出て、詰問口調で言った。
「バイラヴァ老師。あなたと、亡くなったラームチャンドラ老師とは、ヴィシュヌ派とシヴァ派ということで対立関係にあったという噂ですが」
「ふむ」
器用に片足で立ちながら、バイラヴァ老師は顎鬚をしごいた。目が、遠くを見る亡羊とした色を帯びた。
「確かに、そうは言えるな」
だが、メフィストは何だか困惑しているような声で続ける。
「しかし、昔ならいざ知らず、現代のヒンドゥー教徒は、ヴィシュヌもシヴァも、ごっちゃに信仰しているのではないのですか。キリスト教圏の私には、良く分からないのですが」
ヒンドゥー教が勃興した当時は、ヴィシュヌの信徒とシヴァの信徒が対立したこともあったらしい。だが、神仏習合というのは、何も日本人の専売特許ではない。
どうも、我々日本人というのは、同じ宗教の違う宗派というと、カトリックとプロテスタントの対立をモデルに考えたがる傾向がある。しかし、実際には、あんな風にリジッドに宗派が対立することは、むしろ珍しい。世界中の大部分では、日本人が道端のお地蔵さんを拝み、ついでにお稲荷さんを拝むのと同じように、行く先々で様々な神々を平等に拝んでいる。
現代のヒンドゥー教徒は、ヴィシュヌの寺院に詣でた後、シヴァの寺院にも参詣する、などということは日常茶飯事である。ヴィシュヌの化身であるラーマの祭りで、シヴァの神妃であるカーリー女神が祀られることもあるのだ。それどころか、ヒンドゥー教徒がイスラム教のスーフィー聖者の聖廟・ダルガーに詣でる、などということもしばしばある。
「うむ、確かに、ヴィシュヌと呼ぼうが、シヴァと呼ぼうが、永遠の真実在は一つじゃ。神は、永遠にリーラ(遊戯)し給い、我ら片々たる人間は、そのリーラ(遊戯)の駒に過ぎぬ」
バイラヴァ老師が、また遠くを見る目付きをした。その澄んだ色に、思わず引き込まれそうになった。
「もっとも、そこの叡愼の小坊主は、真実在などないと言い出すじゃろうがのう」
そうか。仏教では、諸法無我であり、諸行無常だ。永遠の真実在は、仏教では想定していない。すると、叡愼さんは、ラームチャンドラ師のもとで修行しながら、この問題にどう折り合いをつけていたのだろう。
メフィストは難しい顔をして、バイラヴァ老師を刺すような目付きで見ている。叡愼さんは、落ち着いた、動じない眼差しで静かに佇んでいる。
「お主たちも、こんな神話を知っておるじゃろう」
バイラヴァ老師の目が、悪戯小僧のような光を帯びた。ちょっと上目遣いに、メフィストと僕を見る。茶目っ気のある表情だ。
「昔、ヴィシュヌとブラフマーが出会い、どちらが宇宙の創造主かで言い争いをした。そこに、巨大なリンガが海の中から現れた。そのリンガは、天を突き抜けて屹立し、元も末も見定めることができなかった」
リンガというのは、シヴァのシンボルで、男根そのものの形をしている。シヴァは、シャクティ(性力)と呼ばれる性の力の顕現であるともされるのだ。
「その奇跡を目にして、ヴィシュヌとブラフマーは、一時争いを中断した。そして、手分けして海に潜り、天に昇り、そのリンガの根元と天辺を見極めようとした。ところが、ヴィシュヌとブラフマーの力では、そのリンガの元末を見つけることはできなんだ」
僕は頷いた。有名な神話だ。メフィストも、聞いたことはあるらしい。
「そこで、ヴィシュヌとブラフマーは、そのリンガを自分たちよりもすぐれた存在と認め、礼拝した。すると、そのリンガの中央の扉が開き、中からシヴァが現れた。ヴィシュヌとブラフマーは、シヴァを宇宙の創造主と崇め、称えたのじゃ」
また悪戯っぽい目で、僕とメフィストを見る。どうにも、その目に、僕は邪気を感じることができない。
「この神話からも、やはり宇宙でもっとも偉大な神は、シヴァであることが明らかに分かるじゃろう。どうかな、若者よ」
バイラヴァ老師は、天を向いてカラカラと笑った。
「しかし」
と、僕は言った。
「シヴァとブラフマーが争っていたら、そこは眠るヴィシュヌの臍から生えた蓮の花の上だった、という話もありますよ」
結局、どこまでもブラフマーは脇役なのだが。
「うむ、うむ」
にこやかに、バイラヴァ老師は髭をしごいている。
「どっちもどっち。ヴィシュヌとシヴァの、どちらがより優れた神だ、とは言えないと思いますが」
「ま、そんな風に言うこともできるじゃろうのう」
一向に動じた様子がない。少し意気込んでいた僕は、拍子抜けしてしまった。
「この現象界に生じる全てのものは、唯一の真実在たる〈神〉が、そのマーヤー(幻力)で紡ぎ出す夢に過ぎぬ。故に、宇宙の全ての存在を、〈神〉は意のままに操りたもう」
バイラヴァ師は、目を瞑り歌うように言った。
「その唯一の真実在の名がヴィシュヌであろうが、シヴァであろうが、そんなことはどうでも良いことじゃ。じゃがのう」
ここで、バイラヴァ老師は、僕の顔を見て悪戯小僧のように片目を瞑った。
「その神の名が、シヴァであらせられることは、わしには疑いもないことじゃよ」
こう宣言して、この憎めない聖者は「ほっほ」と笑った。
なんだか肩透かしを食ったような気分である。僕は一瞬当惑した。少し自分が可笑しくなった。全く、食えない爺さんだ。メフィストも、同じ気持ちらしい。小さく肩を震わせて笑っている。
「我ら人間なんぞというものは、神が戯れに使う将棋の駒じゃ。いや、人間だけではないぞ。宇宙のありとあらゆる存在が、神の夢の繭なのじゃ」
「しかし、あなたの修行の目的は、その神と合一し、人間という限られた存在を超越することなのではありませんか」
僕は、ちょっと問い詰めるように言ってみた。
「ふむ」
この食えない爺さんは、ちょっと考え込むように小首を傾げた。その様子に、僕は不意に娘の摩耶の表情を思い出して、胸が熱くなった。
「恩寵と破壊の神たる、偉大なるシヴァは、その欲するままに与え、奪いたもう。わしらの修行の成果がどうなるかなぞ、わしらの預かり知らぬことじゃ。神が、わしの修行を嘉せられれば、その褒美を下されるかも知れぬ。また、わしの修行が、神の意に添わぬときは、わしの一生は無駄に終わることになる。何事も、神の御意志のままじゃよ」
どこまで本気なのだろう、自分の修行の成果が、無駄になってもかまわないかのような物言いだ。第一、この爺さんは、真実の神はシヴァだと思っているのだろうか。いないのだろうか。僕は、頭がグルグルするような気がした。
「単刀直入にお聞きします」
メフィストは、意を決したように一歩前に出た。軽く唇を噛んでいる。
「老師バイラヴァは、老師ラームチャンドラが、いつどこで、どのように殺されたかご存知だと思います」
緊張した声で言う。バイラヴァ老師は、さすがに厳粛な顔をして頷いた。それでも、その目には茶目っ気があるように見えた。
「老師ラームチャンドラが殺されたときに、老師バイラヴァはどこで何をしていらっしゃったのでしょうか。お聞かせ願えれば、幸いなのですが」
メフィストの声は、明らかに緊張で震えている。
「ふむふむ、アリバイ調べというわけじゃな」
バイラヴァ老師が、面白そうに言った。浮世離れした爺さんが、アリバイ、などという下世話な言葉を知っているのが、少し意外だ。「ほうっ」という感じだ。
「そういうことなら、これ、マールカンデーヤ」
バイラヴァ師が呼ばわると、どこからともなく少年が現れた。何の気配も感じなかったのに。
「二日前の明け方、二時から四時の間、わしは何をしておったかな」
「はい、その時間でございましたら、師父はこの場で立ったままお眠りになっておられました。私が、その間、ずっとおそばにお仕えしておりました」
少年は、よどみなく答えた。はて、メフィストの言うことによれば、確かこのことに関して嘘の証言はできないということだった。すると、バイラヴァ老師のアリバイは、簡単に成立することになる。
「聞いた通りじゃ。どうやら、わしはその間寝ておったらしいのう。もちろん、こうして片足で立ったままじゃ。わしは、寝るのも食うのも、この姿のままじゃからな」
心なしか、バイラヴァ師の顔には、この事態を楽しんでいるような色がある。
「もう一つお聞きします。ラームチャンドラ・バクティ老師は近々最後の目的である解脱をなさるのではないかと噂されていました。あなたは……」
メフィストが、少し口篭もった。若干ためらったのち、思い切ったように次の言葉を口にした。
「あなたは、そのことに嫉妬なさっていたのではありませんか。あなたの仰る、シヴァの恩寵が、ライヴァルに下されることに対して」
「ふむ」
面白そうに、バイラヴァ老師は髭をしごいた。
「我が師父は、嫉妬などという下賎な感情には惑わされません」
マールカンデーヤ少年が、いささか憤然とした面持ちで口を挟んだ。その気色ばんだ様子に押されて、メフィストも口をつぐむ。
バイラヴァ老師は、あくまでも面白そうに、好々爺然として笑っている。無邪気そうだが、どこまでが本当の姿なのだろう。
メフィストが、態勢を立て直して、さらに追求した。
「端的にお聞きします」
舌を出して、唇を舐める。その緊張が、僕にも伝わり息苦しくなる。
「あなたは、ラームチャンドラ老師を殺害なさいましたか」
おっと、これは大胆な質問をするものだ。もちろん、言下に否定するかと思いきや、バイラヴァ老師はしばらくニヤニヤ笑っていた。
散々気を持たせてから、ようやく口を開く。それも、かなり人を食った答えだった。
「ふむ、その点に関しては、黙秘しておいたほうが面白そうじゃのう」
後は、またニヤニヤ笑っているばかりである。
メフィストも、若干混乱したような顔をしている。二の矢が撃てないようだ。
思わず、一歩前に出てしまった。思い切って、頭に浮かんだ可能性を口にする。
「ラームチャンドラ老師は、おのれの結界内で殺されました。普通の人間には、そんなことは不可能です。僕は、やはりラームチャンドラ老師と互角か、それ以上の法力の持ち主が犯人ではないかと思います」
ちょっと緊張して、僕はゴクリと唾を飲み込んだ。
「そこで、バイラヴァ老師と、ラームチャンドラ老師では、どちらの法力が勝っているとお思いですか」
「ふむ、それは難しい質問じゃ」
バイラヴァ老師は、顎を撫でながら少し考え込んだ。
「わしら修行者というものは、修行の過程で様々な神通力を身に付ける。しかし、そのような神通力などというものは、かえって慢心を呼び起こし、真の修行の妨げになる」
小さく頷いた。仏典などでも、そのように諌めていることは知っている。
「かえって、些細な通力を身に付けたものは、それを誇ったりするようじゃがのう。まあ、ある程度修行が進むと、そんな気もなくなる。じゃから、昔話にあるような、修行者同士の験力比べなどしたことがない。そんなことを比べても、何にもならんからのう」
ふむ、多分、それはそうだろう。だが、新興宗教の教祖などが、おのれの予知能力や、空中浮遊などを宣伝のねたにするのも、また事実だ。
「それに、修行者ごとに、得意にする分野が違ったりもする。じゃから、一概に、ラームチャンドラとわしの神通力の強さを比較することはできぬ」
なるほど、慎重な物言いだ。
「ただ、これは言える。未来予知に関しては、ラームチャンドラの能力は抜きん出ていた。じゃが、お主らの言うテレキネシスとか、テレポーテーションの能力では、ラームチャンドラなどわしに比べれば赤子同然じゃった」
こう言って、得意そうに笑う。その、胸を張った様子が可笑しい。
「まあ、わしらの神通力がどのようなものか、まずは見てもらうのが、一番分かりが早いじゃろう。マールカンデーヤ」
マールカンデーヤ少年が、畏まった風で一歩前に出た。
「ちょっと出かけてくるぞ。お前は、叡愼の相手をしておれ。どれ」
僕たちのほうを振り向いた。
「では、出かけるとしようか」
バイラヴァ師は、悪戯小僧のようにウィンクをした。
突然、僕は、星の海の中に投げ出されていた。