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メフィスト・フェレスの狼狽  作者: ヒデヨシ
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第十五話


 近寄ってみると、それは質素な洋館だった。なるほど、修道士が修道するのに相応しい佇まいだ。

 メフィストは、何度か来たことがあるらしい。勝手知ったる、という感じで、さっさと歳月に磨き上げられた木製の扉を押して中に入った。

 それは、一間の建物だった。さすがに、バス・トイレは別になっているものの、キッチンもその一間にある。奥に煉瓦の台がある。人一人が、横になれそうだ。

「あれが、聖ジェズアルドのベッドです。あそこに、夜具は無しで眠ります」

 なるほど、質素な暮らしだ。しかし、片足で立ったまま、眠ったり、食事を摂ったりしているバイラヴァ老師に比べると、まだまだだ。

 おかしい。僕は、何を意固地になっているのだろう?

 やはり、神のご加護、という言葉で、朱鷺子の死さえも正当化されてしまったことに対する反発だろうか。

 それだけでもない気がするのだけれど。

 キッチンには、小さな赤煉瓦で囲われた井戸があった。釣瓶でそこから水をくむと、聖ジェズアルドは薪を燃やし、お湯を沸かし始めた。法力のことを僕に言われた当てつけだろうか。自分の手でお湯を沸かして、法力は使っていない。

 いやいや、何もそこまで嫌みに考えることはない。単に、修行として自分用のお湯ぐらい、自分で湧かそうということだろう。

 部屋には、お客用なのだろう、質素な木製のテーブルと、これも木製の椅子が四つあった。さらに、壁際に、これは赤煉瓦製のベンチがある。

 メフィストは、もうちゃっかりとその木製の椅子の一つに腰掛けている。

 何しろ、燧石で枯れ草に火を点け、それに薪をくべる、という原始的な方法なので、なかなかお湯は沸かない。けっこう辛抱強く、聖ジェズアルドはそれを待っている。

 僕も、メフィストも、ちょっと手持ち無沙汰である。

 メフィストが、テレキネシスで薪を一本呼び出し、テーブルの上で踊らせ始めた。摩耶が見たら喜ぶだろうに。しかし、大の男が二人で薪の踊りを見ているのは、少々滑稽でもある。

 しばらくすると、さすがに薬罐がシュンシュン言い始めた。

 聖ジェズアルドは、その薬罐のお湯でお茶を入れ始めた。匂いからすると、いわゆる紅茶ではなく、ハーブティーの類らしい。もしくは、薬草茶だろうか。

 ポットと、四つのカップを手にした聖ジェズアルドがやってきた。みんな、陶器ではなく、釉薬をかけていない土器である。

 聖ジェズアルドが、僕の隣に腰をかけた。僕は、ちょっと背筋がゾクリとした。

「さあさあ、お茶をどうぞ。体が温まりますよ」

 やはり、健康茶の類かなと思った。

 聖ジェズアルドは、僕の背中の寒気などどこ吹く風で、にこにこしながらお茶を注いでくれた。やっぱり、一種のハーブティーだった。どことなく、甘い香りがする。口に含んだ感じは、甘くもなく、苦くもなく、酸っぱくもない。どこかぼんやりとした味だが、それなりに爽やかだ。

 聖ジェズアルドは、もう一つ土器の壺を持ってきた。

「これは、花から集めた蜜です。よろしかったら、お茶に入れてください」

 おやおや、蜜蜂もいないのに、どうやって蜜を集めたのだろう。しかし、聖者の法力を使えば、訳もないことかも知れない。

「蜜蜂の代わりに、妖精たちが蜜を集めてくれます。妖精は、音を出しませんからね」

 僕の心を読んだかのように、聖ジェズアルドが言った。

 と、扉を叩く音が聞こえた。

「どうぞ。みなさん、お集まりですよ」

 扉を開けて、誰かが入ってきた。

 その人を見て、僕は驚いた。

 グレートヒェンだった。

 では、聖ジェズアルドのアリバイを証言するのが、グレートヒェンだとでも言うのだろうか。

 グレートヒェンも、僕とメフィストを見て、ちょっと驚いたようだった。

「お客様というのは……、ああ、分かりました。ジェズアルド様のところにも、アリバイ調べにいらっしゃったのですね」

 グレートヒェンが、にっこりと微笑んだ。その微笑みだけで、僕の心は蕩けそうになる。そこを、ちょっと男の意地でこらえた。

「まあ、せっかくのお客様だというのに、またハーブティーですのね」

 グレートヒェンに言われて、聖ジェズアルドは真っ赤になった。

「そうは言うけれどねえグレートヒェン。私のところには紅茶も珈琲もないのだよ」

 言い訳がましく言うのに、グレートヒェンが、

「そう思って、珈琲の豆を碾いて持ってきました。お父さん、少し待って下さいね」

 と、にべもなく言った。

「これは、調度今焼いていたクッキーです。召し上がれ」

 そう言って、バスケットから缶に入れたクッキーを取り出して、テーブルの上に置いた。

「おお、これは嬉しいね。バタークッキーは、私の大好物なのだよ」

 バタークッキーなら、僕も好物だ。朱鷺子が、よく焼いてくれたものだ。

 いそいそと、グレートヒェンはキッチンの方に行った。しばらくすると、ぷんと珈琲を淹れるいい香りがしてきた。

「いいなあ。グレートヒェンお手製のクッキーに、グレートヒェンが淹れた珈琲か。僕らは、果報者ですね」

 くっくっく、と肩で笑いながら、メフィストが僕のほうを見た。どうも、僕がグレートヒェンに好意を持っているのを見抜いているらしい。困ったやつだ。


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