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メフィスト・フェレスの狼狽  作者: ヒデヨシ
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第十二話

第四章 お花畑の、第二のアリバイ検証



「今度の相手は、キリスト教徒である、聖ジェズアルドです。バイラヴァ老師などに比べれば、ずっと相手をしやすい人ですよ」

 なるほど。同じキリスト教圏の相手なら、与し易いと言うことだろうか。

「聖ジェズアルドは、前にもお話ししたように、アッシジの聖フランチェスコの師匠に当たる人です」

「アッシジの聖フランチェスコと言えば、今から八百年以上前の人ですよね。その師匠となると……」

「ええ、少なくとも、千歳は超えていると思います」

「バイラヴァ老師の五倍だ」

「まあ、彼らは、多分、輪廻しますからねえ。今、この世で何歳か、なんて無意味なんでしょうねえ」

「キリスト教の聖者も、輪廻なんかするんですか。教義上、あり得ないと思いますが」

「ええ、聖者ともなると、教義なんか関係ないんですね。実際、彼らは何でもありなんですよ。では、行きますよ」

 メフィストが、また指をぱちんと鳴らした。

 一面のお花畑だった。

 赤や紫、黄色のアネモネ。真紅の薔薇。なんと言うことだろう。過去には栽培が不可能だとされ、つい最近日本のバイオテクノロジーによって栽培が可能になったばかりの青い薔薇。ヒヤシンス。菊。睡蓮。百合。水仙。チューリップ。菫。季節も何もバラバラ。それこそ、何でもありだ。

 その一面のお花畑の中で、せっせと花の世話をしている老人がいた。一瞬、フェルミ博士かと思った。体型が丸い。顔を見る限り、人柄も丸そうだ。だが、よく見ると、全然違っていた。目に、何というかバイラヴァ老師に通じる迫力がある。フェルミ博士には、こんな迫力はない。

 メフィストは、馴れ馴れしい態度で近寄っていった。何度か会って面識があるらしい。

「ご紹介しましょう。聖ジェズアルド様です。こちらが、今回の事件の捜査に協力を仰いでいる、徳大寺涼博士です」

 メフィストが、慇懃な態度で言った。

「おお、愛の人よ、待っておりました。私がジェズアルドです」

 聖ジェズアルドが、喜色満面という顔をして、僕の両手を握りしめた。

 愛の人?

 僕は、ちょっと面食らった。メフィストも、キョトンとした顔をしている。

 聖ジェズアルドは、挿絵で見るフランシスコ・ザビエルみたいに、おかっぱ頭にして、頭のてっぺんは髪を剃っていた。髪は、ほとんど白髪である。本来なら、愛嬌のある顔だろうけど、聖者ともなると愛嬌なんて言うと不謹慎な気がする。

 でも、聖ジェズアルドは、にこにこと顔一杯に笑みを浮かべている。威厳なんてあるのは、目の奥にだけだ。

 そして、目を瞑って笑うものだから、そのなけなしの威厳も消え失せてしまう。髪には、まだ所々黒いところがあるし、肌の色艶も良くて、とてもバイラヴァ老師よりも年上だなんて思えない。

 衣服は、いわゆる修道士が着る黒っぽい灰色の服を着ている。ヨーロッパの修道院にいれば、中ぐらいの階級の修道士、といったところだろうか。

 まあ、有り体に言って、目以外は、本当に修道士らしい修道士だ。耕作や、日々の雑用に追われている。そして、日課としての祈りに追われている。そんな感じだ。

「徳大寺さんは、三十一歳の若さで大学の教授職をお持ちとか。素晴らしいですね」

 いきなり話を振られて焦った。

「はい、まあ、若いときにアメリカの大学に留学しましたので、飛び級で。でも、最初の赴任地は日本で、結婚も日本でしました」

「そうですか。何にしても、神のご加護があったればこそです。素晴らしいお話しです」

 ちょっとカチンと来た。

「もっとも、妻の朱鷺子は、二十六歳の若さで二年前に亡くなってしまいました。神のご加護があったからでしょうか」

 実際のところ、朱鷺子が死んだときは、僕は世の中に神も仏もあるものか、と号泣したのだ。それからだ。僕が、宗教のインチキを暴こうとして、逆に宗教オタクになっていったのは。

「そうです。神のご加護があったればこそ、摩耶ちゃんという可愛い一粒種を残されたのです。神の愛は、普遍的なものです。神の愛は、人々にあまねく、差別なく降り注がれます」

 なんだか胡散臭い。

 僕は、ちょっと聖ジェズアルド師が嫌いになりそうになった。

 僕は、単刀直入に訊いた。

「聖ジェズアルド師。あなたは、ラームチャンドラ老師が殺された時間、どこで、何をされていましたか」

「おお、なんと言いましたっけ」

 こめかみに人差し指を当てて、ちょっと考え込む仕草をした。

「そうそう、思い出しました、アリバイ調べですね」

 わざとらしい。

 ますます、胡散臭い感じになる。

「時間は、いつごろでしたか?」

 聖ジェズアルドが、メフィストに訊く。これまた、わざとらしい。

「二日前の明け方、二時から四時の間です」

「おお、その間なら、私は月に説法をしておりました」

 つ、月に説法!

 また素っ頓狂なことを言い出すものだ。釈迦に説法の方が、まだ筋が通っている。もっとも、聖ジェズアルド師の弟子という、アッシジの聖フランチェスコは、小鳥に説法したことで有名だが。

 それにしても、動物の小鳥と、無機物である月とでは話が違うだろう。

「月に説法していたとおっしゃいますが、月に師父の説法が理解できるのですか。月にも、魂があるとおっしゃるのですか」

 ちょっと、僕の口調は意地悪になっている。

「そう、徳大寺さんは、仏教徒でいらっしゃる?」

「ええ、そうです。あまり自覚的な仏教徒ではありませんけれど。朱鷺子の葬式は、仏教式に行いました。日本で」

 遺体をアンデスから日本に運ぶのには、一悶着あったのだが、まあ、それは言わぬが花だろう。

「では、こんな言葉をご存知でしょう。山川草木悉有仏性という言葉です」

 ああ、それなら知っています。知っていますとも。

 どうも、この聖ジェズアルド師とは相性が悪いらしい。一見、福々しい、いいお爺さんに見えるのだが。やはり僕は、白血病で亡くなった朱鷺子に、神の加護があった、などと言われたことに腹を立てているのだ。

「確かに、仏教ではその辺に転がっている{ルビ がりゃく}瓦礫{/ルビ}の果てまでも、本来仏となり得る仏性があると説きます。でも、キリスト教では、そんな風には考えないはずです。神に救われる魂を持つのは、人間だけ。それも、ヨーロッパの白人だけ。だからこそ、むしろ動物に近く、人間の魂を持たないとされたアフリカ黒人や南米のインディオは、奴隷としてこき使われ、残虐に殺されもした。そうじゃありませんか」

「おお、それは、現世での話です。この世で、嘆きの歌を歌っていた魂たちもみな、亡くなった後は神のご加護の下に、天上で幸せに暮らしているのです」

 なんだか、勧誘にくるインチキキリスト教徒みたいなことを言っている。ますます、この修道士が嫌いになった。

「亡くなった人は、天上で幸せに暮らしている。それなら、それでいいでしょう。でも、残された者の気持ちはどうなります。独りこの世に取り残された者の気持ちは。亡くなった者を恋い焦がれて止まない感情はどうなるんですか」

「お、お父さん。今日は、聖ジェズアルド師に喧嘩を売りに来た訳じゃあないんですから」

 メフィストが、慌てて仲裁に入った。しかし、その間も修道士は福々しい顔で、にこにこ笑っている。

 いけ好かない。

 僕がふて腐れていると、メフィストがアリバイの確認を始めた。

「で、聖ジェズアルド様。あなたが、月に説法していたことを証言する人は、誰かいますか」

 本来なら、この確認は不要のはずだ。ラームチャンドラ老師の呪縛が有効だから、アリバイについては、聖ジェズアルドも嘘はつけないはずなのだ。だから、聖ジェズアルドが月に説法をしていたというのなら、それは本当のことなのだろう。

 でも、僕が、傍目にもはっきり分かるほど機嫌を損ねているので、メフィストも気を遣ったらしい。

「そう、証人なら、たくさんいますよ。ほらここに」

 そう言って、聖ジェズアルドは、周りに咲き誇っている花たちをぐるりと指さした。


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