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メフィスト・フェレスの狼狽  作者: ヒデヨシ
10/34

第十話

 2


 僕は、紅茶で唇を湿して言った。

「推理に先立って、事実関係の前提を一度検証してしまいましょう」

 メフィストも、黙って頷いた。

 僕は、先を続けた。

「正直なところ、僕はラームチャンドラ・バクティ老師の未来予知について、かなり眉唾だと思っていました」

「それはそうでしょうね。いきなりそんなことを言われて、素直に信じるほうがどうかしている」

 メフィストは、あくまでも冷静である。ボソッと、呟くように同意する。

「しかし、あのバイラヴァ老師の超絶的な法力を見せ付けられた後では、なかなかそうとも言っていられない」

 メフィストが頷く。心持ち顔色が青い。あのとんでもない体験を思い出しているのだろう。

 僕は、気になっていたことを、まず訊いた。

「さっき、バイラヴァ老師の凄まじい法力を見せられましたよね。物理的には説明できない、瞬時の、長距離のテレポーテーションと、太陽内への突入です」

 話していて喉の渇きを覚える。知らないうちに、身体が小刻みに震えている。やはり恐かったのだ。

「あれは悪魔にもできるんですか」

「とんでもないです」

 メフィストは、首を振って、言下に否定した。

「私の魔力では、空間移動は土星辺りまでが限界です」

 メフィストは、少し恥ずかしそうに俯いた。

「正直、お父さんを土星に連れて行ったときは、平気な振りをしていましたが、実はあれが精一杯だったんです」

 メフィストも、微かにだが震えている。

 納得した。それはそうだろうと思う。

「それでも、私は悪魔一族の中でも、テレポーテーションは得意なほうなんです。魔王サタン=ルシフェルでも、移動できる距離は私とさほど違いないと思います」

 なるほど。そんなものなのか。光速で数十分の距離。それが悪魔の限度なのかも知れない。

「あの、小惑星を動かしたテレキネシスや、結界を張って太陽に潜っていったことなどは論外です」

「はっきり言って、僕は、あなたに未来予知のできる聖者、と聞かされたときにかなりの疑いを持っていました。あなたに土星に連れて行かれたときも、割と冷静でした。あの程度なら、現代のSFX技術を拡張すれば、可能なレベルのイリュージョンだと思っていました」

「まあ、そんなものですよね。お父さんが、そんなに信じやすかったら、我々もこんなことお願いしませんから」

 メフィストが、軽く頷く。

「でも、さっきバイラヴァ老師に見せられた法力には、疑う余地がなかった」

 僕は、さっき小惑星に近付いていったときのことをまざまざと思い出していた。あの、目の前に迫ってくる圧倒的な質量。結界越しに、手で触った小惑星表面のザラザラした質感。絶対零℃に近い冷たさ。

 あの感覚の全てが錯覚だとしたら、僕は自分の五感全てを信じられないことになる。早い話が、僕の人生全てが幻で、僕は脳だけ培養タンクの中に浮いていて、電極で刺激を与えられ、チューブで栄養を与えられている存在だと言われても反論のしようがなくなる。

 あのときに僕が感じた現実感を否定することは、僕の存在そのものを否定することと等価だ。少なくとも、僕にとっては、それは何の意味ももたない。僕個人という存在の主観にとっては、さっきの体験は否定できない現実なのだ。

「全く、あれは全部種のある手品だと信じることができたら、どんなにいいか」

 メフィストがボソッと囁く。やはり、悪魔としてのプライドを相当傷付けられたらしい。

 メフィストは、興奮を鎮めようというのか、紅茶に口を付けた。しかし、飲みはせずにカップを空中に止めたまま言葉を継いだ。

「本当のところ、バイラヴァ老師の法力があんなに凄まじいものだとは、私にも思いもよりませんでしたよ。彼ら聖者たちは、験力比べなんかしないんです。だから、私たちも彼らの力の実態は全く知らなかったんです」

「やはり、悪魔の持っている魔力とは、かなりレベルが違うのでしょうねえ」

「それはそうですよ」

 メフィストが、苦笑した。自嘲するみたいに、唇を歪めている。

「桁違いですね。第一、私たち悪魔に、あんな力の万分の一でもあったら、とっくに人類を滅ぼしていますよ」

 なるほど。それはそうだ。あの太陽の暴虐なエネルギーの爆発から護る結界を張れるなら、それ相応の破壊力も揮えるだろう。悪魔がそんな力を持ったら、えらいことだ。

「魔王ルシフェル、つまりサタンの魔力でも、はっきり言って、私の魔力と一桁違いません。あんな桁外れの力とは、格が違います」

 やっと紅茶を一口飲んだ。かなり打ちのめされているようだ。

「まあ、話には聞いていましたけどね。まさか、あれほどとは思いませんでした」

「それにしても、あれほどの法力を獲得するのに、どれくらいの修行を積んだのかな。とても、五十年やそこらの修行で間に合うとは思えないんだが」

 呟くように言うと、メフィストがちょっと意外そうに言った。

「はあ、そうか、お父さんは知らなかったんですね」

「え? 何をですか?」

「バイラヴァ老師は、二百歳ぐらいなんですよ」

「本当ですか!」

 これは驚いた。まさにギネスものではないか。人間が、そんなに長生きできるものだろうか? まさか、不老不死ということはないだろうが。

 しかし、考えてみれば当然かもしれない。思わず納得しそうになった。……でも。

「しかし、それでも、あれほどの法力の説明には、不十分のような気が……。メフィストさんより、年上なんでしょうか?」

「いえ」

 メフィストが、苦笑した。

「恥ずかしながら、私は千二百歳ですから。一応は、バイラヴァ老師より年上ですね」

「ほう。じゃあ、僕なんかよりはよっぽど年上ですね」

 言ってから、恥ずかしくなった。

「でもね、彼らは輪廻するんですよ」

「え」

 正直、心底驚いた。まったく、メフィストと一緒にいると、何度驚かされるんだろう。もう、一生分驚いたような気がする。

「私も、実態はよくは知らないのですが」

 メフィストが、恥ずかしそうにうつむきながら言う。

「どうやら、彼ら聖者は、クロマニヨン人発生以来、四万年以上にわたって輪廻し続け、修行し続けているらしいです」

 なるほどなあ、そういうことか。そういうことなら、彼らの超絶的な法力も、少しは納得できるかも知れない。とは言っても、やはり頷けない疑念は残るのだが。

「もっとも、ある者は、彼らが、それこそお釈迦様のように数百億年にわたって輪廻していると噂しています。まあ、悪魔ごときには、その実態はうかがい知れません」

 いやはや。完全に理解の範囲の外だ。


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