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8話

 エルアード王国は千年前に滅びた古代魔法王国の末裔が興した世界有数の大国である。

 その広大な国土は大陸東部のほとんどを占め、周囲の同盟国・属国を合わせた実質的な支配域はこのメリアスと呼ばれる世界における最大の大陸である中央大陸の三分の一にも達する。


 古代魔法王国の王族から連なる正統な血筋、強大な軍事力、高い魔法技術、膨大な人口とそれが生み出す経済力、いずれを取ってもエルアード王国を上回る国家は存在しない。

 唯一肩を並べられるとすれば、大陸西部の覇者であるであるジルバキア帝国ぐらいのものだ。

 だが、その帝国とて古代魔法王国の血筋は有していない。新興の大国であるが故にその歴史はまだ浅く、武に偏ったその有り様は、長い年月によって育まれた王国の壮麗な文化には到底及ばない。

 そういった要素を考慮すれば、真に世界一の大国と称するに値するのはエルアード王国を除いて他にない。


 その偉大なる王国の貴族の一員である喜びを胸に、ギレイセンは王城へと続く大きな門をくぐった。

 吹き付けた風に彼の綺麗に整えられた金髪が乱れ、端正な顔が僅かにしかめられる。


 門番兵たちの敬礼に鷹揚に頷くことで応え、大河から引き込まれ、有事の際には城を守る要害となる広い水路にかかった橋を渡る。


 見上げんばかりの巨大な城は歴史を感じさせる重厚さと、美しさを合わせ持った名城として大陸でも名高い。


 陽光をうまく取り込む設計と、煙を出さない魔法による照明に照らされた城内は常に明るく、広い通路に設置された多数の調度品のいずれも平民では一生をかけようと買えない最高級の逸品ばかり。


 気温の調節を兼ねて各所に流れる小さな水路や噴水、敷地内に作られた池と小さな森。

 腕の良い庭師によって整えられた生け垣や花畑などにより、城の中とは思えない開放感がある。


 途中で何人かの貴族と挨拶を交わしながら、ギレイセンは王城の敷地内の一角を占める建物へと足を向ける。


 特別管理区域対策室。

 略して特管と呼ばれる部署により使用されているその場所は、王国内に多数存在する古代魔法王国やそれ以前の時代から存在する遺跡群、竜に代表される特に危険や魔物が生息する危険地域、異界に繋がる道があるとされる特殊な地域などの管理を一手に引き受ける王国内の平和維持における最前線だ。


 もし古代魔法王国の遺失技術によって作られた遺物が悪用ないしは暴走したら。

 もし竜が人里までやって来て王国内の街を襲うようなことがあったら。

 もし異界から危険な生物や魔物が侵入して来たら。


 おびただしいまでの犠牲が出るだろう。

 あるいは王国の滅亡にさえ繋がるかもしれない。


 そのような事態を未然に防ぎ、防げなかった際には迅速な対応で可能な限り被害を小さくする。

 そのために多くの職員が昼夜を問わず職務に励んでいる。


 また、平和維持に務めるのと同時に、遺跡から発掘される未知の魔法技術や遺産、危険地域にのみ存在する希少資源、高位の魔物から得られる貴重な素材の収集も特管の重要な役目である。


 その担う役割の重要性、広範囲に渡る任務の多様性から特管には強い権限が与えられている。

 必要ならば他の部門への協力要請という名の実質的な命令権を有しており、一定の規模までなら軍を動かすことすら可能なのだ。


 それほどの事が許されているのも、特管が国王直轄の機関だからである。


 そのため特管に所属することはエリートの証明であり、将来の栄達へと通ずる立身出世の登竜門として認識されている。

 そして、それは間違いではない。

 かつて特管の室長を勤めていた人物が現在の大臣のひとりであることがその認識の正しさを裏付けている。


 その特管において若手でありながら、その能力と侯爵家の長子という血筋の良さによって課長の地位にあるギレイセンは、与えられた自らの執務室に入ると、机の上に置かれた書類に目を通し始めた。


 手慣れた様子で素早く内容を把握し、室内に控えている秘書官に指示を伝えていく。

 その彼の手が一枚の書類を見たことで止まった。


「なに? 新しい遺跡が見つかっただと?」


 これは極めて重大なことだ。

 未発見の遺跡にはどのような危険があるか知れたものではない。


 しかも、発見されたという場所も異常としかいえなかった。


「バーニア湖だと? あんな首都から目と鼻の先の場所にあって、これまで誰も気がつかなったというのか?」


 そんなことがあり得るだろうか。

 首都エルアからほど近いバーニア湖は美しい景観で知られており、街から日帰りで行ける距離ということもあり訪れる者は多い。


 そんな場所に遺跡があったなら間違いなくとうの昔に発見されている。そうでなければおかしい。

 そのおかしな事が起こったというなら、何らかの要因があると考えるべきだ。


「ただの遺跡ではないということか」


 組んだ手で口元を隠しながらギレイセンは思案する。

 これはチャンスであるか否か。


 もしこの遺跡から発見された物が王国に大きな利益をもたらすなら、それを主導した者にとっての功績になるだろう。


 臣下における最高位である宰相を目指す若き貴族にとって、少しでも多くの功績を稼げる機会を逃すのは惜しい。

 もし失敗したなら逆に失点となるが、それを恐れていては多くのライバルたちに先駆けることはできない。


「面白いじゃないか」


 野心を秘めた笑みを口元に浮かべ、ギレイセンは決断した。


「冒険者ギルドに伝えろ。バーニア湖で発見された遺跡の探索を許可すると。発見されたものはすべて王国が買い取る。多大な成果をあげた者には相応の報酬を約束しよう。場合によっては正騎士として取り立てる。もしくはそれ以上の貴族としての地位もありうるとも付け加えておけ」


 これだけの餌をちらつかせれば、多くの冒険者が遺跡の探索に殺到するだろう。

 国王陛下も遺跡の探索は重視されている。

 そこから得られる利益を考えれば新たな貴族の一人や二人が増えようがなんということもない。


「もっとも、欲にかられて死ぬ奴も出てくるだろうが、そこは冒険者なのだから自己責任だろう?」


 そんな愚かな連中がどうなろうと知ったことではない。


 そんなことより室長に許可を取る必要がある。自分が主導し、責任を取るということで許可されるだろうが、ここでつまづいては未来の栄光も泡と消える。


 説得するための言葉を頭のなかで考えながら、ギレイセンは自らの執務室を後にした。






 ◆◇◆






 全身にのしかかる疲労感に、俺は地面にひざを突いた。

 額から落ちた汗が地面に染みを作る。


「五分休憩したらまた再開するわよ」

「あ、ああ」

「しっかりしなさい。あなたが神力の特訓をしたいっていうから付き合ってあげてるのよ」

「分かっている」


 リュシアの救出の時にに俺が神力を使えればあれほどの窮地に陥ることはなかったはずだ。

 あの悔しさ、情けなさを忘れたことはない。


 せめて神力開放を自力で維持できるようになること。それが当面の目標だ。


 だが、相変わらず神力の制御にはかなりの精神的な負担が付きまとう。

 少しでもリラックスして休むために俺は地面に座り込んだ。


 土とも石ともいえない不思議な感触が手から伝わる。

 地面の色は白い。雪が積もっているとかではなく、初めから白いのだ。


 周りを見渡せばその白い大地がどこまでも続いている。


 果てない地平が広がる世界。

 ここはルナリスが創りだした異空間だ。


 見上げれば、白い大地とコントラストを描くような漆黒の空。

 そこに満天の星々がきらめいている。

 月も複数ある。大きな月、小さな月。赤い月、青い月と様々だ。


「リュシアの調子は良さそうだな」

「そうね。毒の影響もほとんどなくなったみたい」


 俺たちから離れた場所では、リュシアとアルゴが対戦形式の稽古をしている。

 ちょうど勝負は佳境のようだ。


 リュシアが棍の間合いを生かして遠間から連続突きを放つ。その一撃一撃が音速を遥かに超えた砲弾にも等しい。

 それを最小限の動きだけで避け、アルゴが距離を詰める。


 長い得物は近づかれると弱い。

 接近されることを嫌ったリュシアは、間合いを離すために後ろに跳んだ。


 数十メートルを一度に移動する高い跳躍。離れるときは一気に離れる。中途半端な距離にいない思い切りの良さは悪くない。


 だが、リュシアは微かに歯噛みした。ほぼ同時に地面を蹴ったアルゴの姿がその目前にある。


 相手が少女であろうと容赦なくアルゴは拳を繰り出す。腹部を抉るようなボディーブロー。

 それをリュシアは横に跳ねることで躱した。宙を蹴ったのだ。


 空中を足場とした少女は、次の一歩でアルゴの側面に回り込み、二歩目で攻撃に移った。急激な旋回に彼女の紫のローブがその華奢な肢体に張り付く。

 すでにアルゴも反撃の態勢を整えている。それに構わずリュシアは勝負にでた。


 大上段からの打ち下ろし。

 その速度と強大な魔力が合わさった一撃は刃のない武器でありながら、戦車の正面装甲すら両断する斬撃だ。


 燃え盛るような魔力のオーラをほとばしらせ、一本に束ねられた少女の長い銀髪が尾のように伸びる。

 それを待ち構える赤髪の男は好戦的に笑った。


 半身になったアルゴの至近を通過した棍に切り飛ばされ、赤い髪が幾本か宙に舞う。

 それと同時に拳が少女の頭部へと襲いかかった。


「きゃう!」


 当たる直前、停止された拳から人差し指が飛び出す。

 額をしたたかに打たれ、リュシアは可愛い悲鳴を上げて落ちていった。







 ◆◇◆






「どうだルフィン。魔力の練り方は覚えられたか?」

「すいません、まだ完全には。でも魔法を使うのにこれが必要なんですか?」


 地面に座って集中していたルフィンは、ユキトの声に気がつくと眉を下げて謝った。


 魔力の高純度化という方法を教わっているのだけれど相当難しい。

 丹田に魔力を集め、精神と魔力の調和を為し、回転させることで魔力の不純物を取り除いてより上質な魔力に昇華させるのだという。


 ルフィンはそんな方法があるとはこれまで聞いたことがなかったが、ユキトに教わったとおりにやってみた。

 だが、上手くいかない。

 普通に魔力を操ることは自分で思っていたより簡単に出来たのだけれど、魔力の高純度化のために要求される魔力コントロールの精度はそれとは桁が違う。


「魔法を使うだけならしなくていいさ。でも、これをするのとしないのとじゃ魔法の効果がまるで違ってくるんだよ」


 実演してみよう、とユキトは魔法を使ってみせた。

 彼の手のひらの上に、メロンほどの大きさの水球が出現する。

 無詠唱でやってみせたことに少し驚いたが、黙ってルフィンは話に耳を傾けた。


「これは初歩的な水弾の魔法だ。今は魔力の高純度化はしていない。見てろよ」


 ユキトが手を前へと伸ばすと、空中に浮いた水球も合わせて動く。

 その手の先には岩がある。

 水球が撃ち出され、命中した水の衝撃で岩の表面が小さく凹んだ。


 もし普通の人間の頭部に当たれば昏倒させられる威力だろう。

 だが、初歩の魔法だけあってその程度だ。これぐらいなら投石と変わらない。


「まあ、これぐらいだ。で、次に。高純度化した魔力で同じ魔法を使うと」


 また水球が作り出される。見た目は先ほどと変わらない。

 だが、それが秘めた力はまるで違った。


「凄い! 岩を貫通した!」


 ルフィンは驚愕して、思わず身を乗り出した。

 それほど大きな岩ではなかったとはいえ、水の固まりが岩を貫いたのだ。とても初歩の魔法とは思えない威力だ。


「消費した魔力の量は最初のと同じだ。それなのにこれだけの差が出る。魔力を練り上げることの大切さが分かるだろ? これは魔法を使うための基本的な技術だから覚えないといけないことだ」

「ハイっ!」


 こうして目の前で見せられては納得するしかない。確かにこの技術は身につける価値がある。

 基本的な技術というわりにはこれまで聞いたことがなかったが、きっと自分が知らなかっただけなのだろう。






 ◆◇◆






「そういえば、ユキトさんはもう聞きました」


 魔法の訓練が終わった後、エルアの街への帰り道でルフィンは隣を歩くユキトに話題の一つとして言った。


「なにを?」

「新しい遺跡が発見されたそうですよ。キマイラ討伐の依頼の村に行く途中にあった湖。バーニア湖の近くなんだとか。あんな近くに見つかっていない遺跡があったなんて驚きですよね」

「バーニア湖? ああ、あそこね」


 首を傾げたユキトは、少し考えてから思い出したように頷いた。


「今日その遺跡の探索許可が王国から出たらしいです。しかも凄いんですよ。価値のあるものを発見したら褒美が出るそうなんですが、お金だけじゃなくて貴族になることだってできるかもしれないんですって。そのせいで新しく冒険者になりたいって人が殺到していてギルドの職員さんたちが悲鳴を上げてましたよ」

「そんなことがあったのか。今日はギルドに顔を出してないから知らなかったよ」

「遺跡の探索はランクに関係なくできますからね。チャンスだってみんな騒いでましたよ」


 ルフィンも彼らの気持ちが理解できる。冒険者であるなら誰もが胸を躍らせることだ。

 危険なダンジョンを踏破し、その奥に眠った財宝を持ち帰る。そして、それによってもたらされる栄光。

 まさに冒険者の醍醐味というべきものだろう。


「僕は行ってみようと思っています。ユキトさんたちもどうですか?」

「遺跡ねえ」


 ユキト腕を組んで考えているようだった。


 彼らがどうすうかは分からない。

 だが、ルフィンは何の抵抗もなく遺跡に挑むことを決めていた。


 ルフィンには不思議な感覚があった。

 発見された遺跡に向かわなければいけない。そんな義務感のようなものが沸き上がってくるのだ。

 まるで何かに呼ばれているかのように。


 自分の運命がそこにある。それをルフィンはなぜか確信していた。








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