6話
気持ちのいい朝の冷気を感じながら、わだちが刻まれた地面がむき出しの道を歩く。
俺とアルゴが先頭に、後ろにはルナリスと歩ける程度に体力が戻ったリュシアが続く。
これまでのように皇女を俺が背負っても良かったのだが、いつまでも背負われるのは恥ずかしいと本人に断られたのだ。今はもうこれといった危険はないので彼女の好きにさせた。
今は山の上から見えた街に向かっている最中だ。
街は大河と海に面しており、周辺には豊かな農地が広がっている。およそ街の立地として理想的な環境だろう。
それを証明するかのように遠くからでも繁栄がうかがえた。中世あたりの基準で考えるなら紛れもない大都市だ。
建物の数などからの大ざっぱな見立てだが、人口は数十万人といったところだろう。
リュシアの体調が完全に回復するまでの休息と、現在の次元座標を確かめ連邦への帰路を探すためにしばらくあの街に滞在する予定である。
今回のことで俺もかなりの神力を消費してしまった。それでもまだ残っているから驚きだ。
宇宙を動かしてさえ尽きることはなかった、時空神アグナーシャから受け継いだ神力は凄まじいというしかない。
これですら彼の時空神が本来有していた神力には及んでいないのだ。最高位の神がどれだけ恐ろしい存在かが嫌でも分かる。
とはいえ、俺に残された神力ではもう一度この宇宙を動かせるかは怪しい。
宇宙を動かすほど神力が回復するためには長い時間が必要になるだろう。
それからしばらく歩いていると、道の向こうから一台の馬車が近づいてくるのが視界に入った。
布張りの幌馬車だ。御者台に座った男が手綱を取っている。
この世界では連邦共通語は使われていないはずなので、翻訳魔法をかけておく。これで会話は問題ないはずだ。
文字についても最初は分からないが、少し学べばすぐに覚えられる。あまりに便利なので連邦で広く使われている魔法だ。
この魔法を生み出した人物は天才だと思う。だけど天才だからか、頭のねじが何本か抜けているとも思っている。
知り合いなのだが、可能な限り顔を合わせたくない人物だ。
「ユキト、あれが馬車?」
「そうだぞ。リュシアは見たことないのか?」
「実際に見るのは初めて。私が生まれた時にはもう竜族は車を使ってた」
「なるほどな。俺の故郷でも馬車はとっくに廃れていたよ」
「車といやぁ、ルナリスの運転する車には乗るんじゃねぇぞ。あの話を聞いたときは流石のオレもひっくり返ったぜ」
アルゴが馬鹿にしたように言う。
「あれは私が悪いんじゃないわ! 教習所の試験官のせいよ! なによ、たったの一回だけ赤信号で止まらなかったぐらいで不合格にするなんて信じられないわ!」
「俺にはお前のその考えが信じられないよ」
そんな風に馬鹿話をしていたら馬車がすぐそこにまで来ていた。
脇によけて道を譲り、馬車の横を抜ける。
すれ違うときに無意識に会釈をしてしまうのは俺が日本人だからだろうか。
そのまま何事もなく終わるかと思ったが、突然馬車が停止した。
何か問題があっただろうか。思い当たる点はないが、この地の情報が全くないため判断できない。
念のため警戒しながら男の様子をうかがう。
見た目は三十歳前後の男だ。亜人ではなく人間だろう。
男はまるで魂を抜かれたかのように一点を見つめたまま硬直していた。それは男だけではなかった。馬もだ。
男の視線の先を追うと、そこには二人の女がいる。リュシアとルナリスだ。
この二人がどうしたというのか。理由が分からず、俺は首を傾げた。
だが、男の表情を観察していると理由に思い当たった。
これは二人に見惚れているのだ。
リュシアとルナリス。
この二人の美貌は人の域を超越している。ルナリスに至っては腐っても女神である。
そんなものを普通の人間が目にしたら魅力の魔法にかけられたような状態になって当たり前だ。もはや精神汚染の一種である。
「お前ら、ちょっとこっちに来い!」
「なに?」
「どうしたのよ?」
戸惑う二人に構うことなく、道の近くにある林にまで引っ張っていく。
男の姿が見えなくなったあたりで二人に理由を説明した。
「でも連邦の街を歩いていても、さっきみたいなことにはならないわよ?」
ルナリスが不思議そうに首を傾げる。その動きに合わせて彼女の長い金髪が揺れた。
「連邦の連中は慣れているからだよ」
連邦国内では神が当たり前のように街中を出歩き、テレビ番組に出演したりしているのだ。
そんな日常を送っていれば嫌でも慣れる。というより慣れざるを得ない。
外出したり、テレビを見る度にいちいち恍惚として呆けていては、まともな社会生活を送れない。
また、どうしても慣れない人間には専門の施設がある。
そこに入ると一日中、例えば男なら女神の映像を見せられる。それこそ夢の中でさえ。
こうして神レベルの美しさに対する耐性を獲得するのだ。
ただこの施設については、以前ある男がこのせいで女が嫌になり、男に走ったという悲しい噂がある。
本当だったら哀れなことだが、今は関係のない話だ。
「幻で見た目を変えるとかできるだろ?」
「嫌よ。私は自分の姿に誇りを持ってるもの」
「じゃあどうすんだよ?」
「つまり美人だと思われなければいいんでしょ? 他人に与える印象を誤魔化せばいいのよ」
美人を見ても、美人と思わないということか。
「リュシアもそれで良いかしら?」
「ん」
こうしてルナリスが認識阻害の魔法を使うことで決着がついた。
予想外のアクシデントだったが、街につく前に気づけてよかった。
あとは、あの男が白昼夢だとでも思ってくれたらいいのだが。
のんびり歩いてくるアルゴと合流した俺たちは、ようやく再起動を果たした男に見つからないようその場を後にした。
まだ早朝だというのに街では多くの人々が通りを行き交いしている。
人間がもっとも多いが、エルフやドワーフ、獣人といった亜人の姿もある。
この街の名前はエルアというようだ。
立て札や店の看板などを眺めていると必要な量の言語情報が取得できたらしく、急速に文字が読めるようになった。相変わらずとんでもない魔法の効果だ。
人々は連邦ではあまり見かけない古めかしい服装で、中には鎧を着た者もいる。衛兵や冒険者といった類だろう。
連邦にも冒険者はいたから分かる。実は俺も冒険者をやっていた時期があるのだ。
そんな話を道すがらリュシアにしてやると興味をもったのか色々と質問してきた。
「俺は最終的に上級ライセンスのBランクだったんだ」
「上級って?」
「連邦で冒険者として活動するには免許がいるんだ。で、それは一般と上級に分かれている。一般は危険度が低いと判断された世界、つまりもう誰かがある程度探索した後ってことだな。上級は未探索の世界にも行ける」
そのため上級ライセンスの方が取得が難しい。
また、ランクは一般、上級のどちらもEからAの五段階だ。冒険者が依頼を受けるときはこのランクが重要となる。
依頼は主に魔物退治や指定された素材採取、未探索地域の調査、民間の調査チームの護衛などだ。
治安維持は連邦軍が行っており、定期的に魔物が間引かれているのだが、あまりに広い連邦国内のすべてに手が回らない。そのためそういった地方における魔物退治を冒険者が請け負うのだ。
とはいっても、危険性が高い魔物は軍が対処する。あくまで冒険者が行うのは多少危険な害獣駆除のようなものだ。
なんといっても冒険者にとってもっとも魅力があるのが未探索世界の探索だ。
財宝や新たな魔法・科学技術を発見できれば一攫千金も夢ではない。
もちろん未探索世界に住人がいる場合、その地の国家や団体の所有物を強奪などしたら即座に犯罪者として捕まることになる。
個人情報は冒険者協会で管理されているので被害者から訴えられたらすぐにバレる。
また、被害者が何も言わなくても怪しい点があれば冒険者協会が独自に調査を行う。
そのための免許制度である。
そのような世界でそれでも何かが欲しければ、現地の住人と交渉するか、代価を差し出すなりして手に入れることになる。
ある冒険者はこの『断絶界』を天国だといった。未知の世界がそれこそ無限ともいえるほど広がっているのだから。
未知やロマンを追い求める人種にとっては確かにそうなのだろう。この『断絶界』では見たことがない景色、見たことのない文物が尽きることがないのだ。
俺も冒険者をやっていたからその気持は理解できる。恐ろしい目にあったことも、命の危険にも幾度と無く遭遇したが、それを乗り越えた先にある景色を見た時の感動は忘れられない。どれもキラキラ輝く宝石のような記憶ばかりだ。
「楽しそう」
リュシアがポツリと呟いた。いつの間にか俺だけがずっと話していたが、黙って話に耳を傾けていた少女の瞳には興味を惹かれた光があった。
なんだか気恥ずかしい。ついつい多くを語ってしまった。
「まあ、それはともかく。どっかで朝食を取らないか?」
「いいんじゃねぇか? オレも腹が減っていたところだ」
「私も、長いこと何も食べていない」
そうだった。リュシアは囚われている間ほとんど食事をさせてもらえなかったのだ。
エリクサーで栄養補給はできただろうが、腹がふくれるものでもない。
携帯食なら持っているがここでそれは味気ないだろう。こうなれば急いで食事処を見つけなければ。
「だったら、あそこでいいんじゃないの? 宿屋だけど一階が食堂になってるみたいよ」
ルナリスが通りの向こうを指差す。いいタイミングだ。
人の流れを抜けて宿屋の前までたどり着く。入口のドアの横にメニューボードが立ててある。
「なになに、パンにスープ付きで銅貨6枚…………え? 銅貨?」
何度見なおしても同じだ。他の品を見ても銅貨の枚数が違うだけだ。
宿の料金一覧もあったが、そちらには銅貨以外にも銀貨という別の通貨単位が書かれている。
他にどうやら通貨名はルラというようだ。銅貨1枚で1ルラだ。
「……ああ、そうだよな。忘れていた」
連邦に所属していない世界ではそれぞれ通貨が異なる。
なお、連邦国内では電子マネーとあとは紙幣と小銭だ。
「お金ないの?」
「う……」
リュシアがジッと見上げてくる。心なしか悲しそうだ。期待していたのだろう。
「あーあー、甲斐性のない男は嫌ね~」
「お前なにいってんの!?」
初めて来た世界の通貨を持っているはずがない。これで甲斐性がどうこういわれても、俺にどうしろというのだ。
「金がないんじゃどうしようもねぇな。今は携帯食で我慢しとけ」
「……すまないリュシア。それでいいか?」
「ん」
コクリと首を振るリュシア。居たたまれない。
「でもどうにかしてお金を手に入れないとね。このままじゃ野宿よ。私は嫌よそんなの」
「そうだな……」
その後、俺たち四人は公園のベンチに座って携帯食をモソモソと食べた。
「ここが冒険者ギルドか」
大きな石造りの三階建ての建物だ。
手っ取り早く稼ぐ手段を街の住人に尋ねたところ冒険者ギルドを紹介された。
腕に自信があるなら元手も、紹介状がなくても金を稼げると。
俺たちはこの世界にとっては異邦人だ。信用が必要な仕事には就けない。
どうやらこの世界では身分証明書がなくても冒険者ギルドに所属できるようなので、昔やっていたこともあって冒険者をやることにした。
この世界の魔物や住人の実力は不明だが俺たちならそう簡単に負けはしないだろう。
ギルドの建物に入るとロビーになっており、多くの冒険者たちで賑わっていた。
人間やドワーフの戦士、エルフの魔法使い、獣人のシーフなど様々な人種で溢れていて、まとまりはないが混沌とした活気がある。
依頼のための窓口は複数あり、どこも常に対応中だ。壁には現在ある依頼が掲示されていて、その前にも大勢の冒険者の姿があった。
「冒険者登録の窓口は――あっちか」
依頼窓口とは離れた場所にあった。幸いなことに今は人がいないのですぐに対応してもらえるだろう。
窓口で暇そうにしていた女の職員が、俺たちの接近に気がついて姿勢を正した。
「冒険者登録に来られた方ですか?」
「ええ、俺たちの登録をお願いしたい」
「四名ともですか。そちらのお嬢さんもですよね?」
「四人全員で」
体調がまだ回復していないリュシアには止めておいたほうがいいのではないかと確認したのだが、本人が是非やりたいというのでその熱意を尊重することにした。
時間が経てば竜族としての治癒力で毒も自然に抜けるだろうし、出会った頃と比べればずいぶんとマシになっている。
無茶さえしなければ問題ないはずだ。危なそうならその時になってから助ければいい。
「分かりました。ではこちらの書類に記入をお願いします。文字が書けないようでしたら代筆いたします。全てを埋める必要はありません。書けないところは飛ばしてください」
差し出された用紙に目を通す。
言ってはなんだが質の悪い紙だ。触った感触もゴワゴワしている。筆記具は羽ペンだ。慣れていないので書きにくい。
出身地は当然書けない。嘘を書いて後々発覚した方が問題だろうからここは空欄にしておく。
とりあえず名前と、職業は戦士でいいだろう。剣術を少々と。魔法についてはどうするか。一応、魔法も少し使えると書いておく。
全員が書き終わった書類を集め、女はザッと目を通して確認した。
「はい、結構です。ではこのあと試験があります。すぐに始めてもよろしいですか?」
「ああ、構わない」
試験とは街の外で活動し、魔物と戦える最低限の力があるかを確かめるためのものらしい。
女は席を立ち、自分に付いてくるように言うと建物の奥に向かって歩き出した。
ギルド内に戦闘訓練をするための場所があり、試験はそこで行われるのだそうだ。
試験といえば、連邦の冒険者協会でもあった。
まず体力測定として300キログラムの重りを背負い、200キロを2時間以内に走る。
続いて2トンのバーベルを持ち上げ、反射神経テストとしてランダム間隔で発射される3発の銃弾を避けるか防ぐ。
そこまでクリアできたら戦闘技術や魔法についてのテストだ。
その後は筆記試験。一般教養と冒険者の活動に関連する法律などだ。こちらに関してはおいおい覚えていけばいいので、最低限の点数さえ取れれば通過できる。
そうして全ての試験をクリアすると、晴れて上級Eランクのライセンスがもらえるというわけだ。
そうして懐かしい思い出に浸っていると、目的地に着いたようだ。
土が敷かれた訓練場はそれなりに広く、数十人の冒険者が模擬戦をしたり、的に向かって弓や魔法の練習をしている。
教官もいるようで、新人らしい冒険者が怒鳴られながらも懸命に剣を振っている光景が目に入った。
「こちらで少々お待ちください。試験管を呼んで参ります。それと、念の為に申しておきますが、あくまでこの試験は冒険者として最低限の実力があるかを試すためのものです。試験官に勝てなくても合格できますので、あまり緊張せず実力を発揮してください」
そう言うと、女は一礼して訓練場の奥へと歩いて行った。
「そういや順番はどうする?」
「誰からでもいいんじゃないの?」
「オレはいつでもいいぜ」
「私からでもいい?」
リュシアが一番手に立候補してきた。手を握ったり開いたりして、体の調子を確かめている。
「大丈夫か?」
「体は重い。でもやるだけやってみる」
「分かった。無理だけはするなよ」
やがて女の後ろに続いて、試験官であろう男がやってきた。
壮年の男だ。短く刈り上げた茶髪に、革鎧を押し上げる分厚い筋肉。むき出しの両腕にはいくつもの傷跡がある。
「ガーレンだ。お前たちの試験を担当する。早速だが始めるぞ。誰から行う?」
「私から」
「幼いな。だが、冒険者を志すなら危険は承知のうえだろう。たとえ子供だろうと試験で手は抜かぬぞ」
「構わない」
迷いのない少女の言葉に、ガーレンは満足そうに頷いた。
「では武器を取るがいい。好きな物を使っていいぞ。私の得物はこれだ」
木製の大剣を掲げるガーレン。
この試験では全て木製の模造品が使われる。普段からこの訓練場で使用されているものだ。
リュシアは立てかけてある武器に目を走らせ、その小さな手でひとつを選んだ。
真っ直ぐな長い棒――棍だ。
「ほう、棒術を使うのか。なかなか珍しいな」
使い勝手を確かめるようにリュシアは棍を手で回転させたり、振り回している。
やがて納得したのか、少女はガーレンと一定の間合いをとって対峙する。
「では、まずは先手は譲ってやる。来い」
「ん」
リュシアは挨拶とばかりに棍を繰り出した。様子見のつもりだろう。何の工夫もない単なる真っ直ぐな突きだ。
やはり毒の影響は大きい。平凡な一撃だ。キレがない。
それはガーレンも分かっているのだろう。紙一重で避けるつもりか、ジッと動かず待ち構えている。
リュシアもこの一撃を防がれた後のことをすでに想定しているはずだ。今は黙って見守ろう。
「?」
まだガーレンが動かない。紙一重で避けるとしても、そろそろ動き出したほうがいいはずだ。それとも、よほど瞬発力に自信があるのだろうか。
「……」
なぜ動かない。予備動作に入ってすらいない。ここから避けられるのか?
あるいは大剣で受け流し、斬り込むつもりかもしれない。それならまだ間に合うだろう。多分。
「………………」
ここだ。ここが限界だ。
この瞬間に動かないなら、もう時間でも止めなければ回避も防御も不可能だ。
まさかガーレンは時間停止ができるのか?
咄嗟に止めに入るべきか迷った。このまま行けば最悪の可能性がある。
だが、その迷いのせいでタイミングを逃した。こうなれば、あとはリュシア次第だ。
そうして、決着が着いた。
「――――な、に?」
ガーレンが信じられないといった表情で、自分の喉元で停止している棍を見下ろす。
その一撃を放ったリュシアは額に薄っすらと汗を浮かべている。焦りのためだ。
まさか様子見の一撃がそのまま通るとは思わなかったのだろう。もしも寸止めに成功しなければ喉を貫いて殺していたかもしれない。
気がつけば、訓練場にいた全ての人間がこちらを見ていた。
誰もがぽかんと口を開け、今起きたことが信じられない様子だった。
この試験官が負けるというのはそれほど驚くべきことなのだろうか。注目を集めてしまったことに俺は内心でため息を吐いた。
「……あ、その。お、おめでとうございます。これでリュシアさんはFランクの冒険者としてギルドに登録されます。試験は合格です」
同じように呆然としていた女職員は我に返ると、試験の結果を伝えた。
リュシアは少し戸惑った様子でそれを受けた。ぎこちなく頷くと、トコトコと俺たちの方へと戻ってくる。
予定ではこの後は俺たちの試験になる。
そのはずだが、先ほどからガーレンは顔を伏せて動かない。少女に敗れたことがよほどショックだったのだろうか。
「く、くくく……」
ガーレンの口から声が漏れる。これは笑っているのか?
やがて顔を上げた試験官はおかしくて仕方がないといった表情で、盛大に笑い声を響かせた。
「ふははははは!! これは参った。私の負けだ。くくく、まさかな。試験で敗れたのはあのレイラ以来だ」
レイラとは誰だろうか。
だが、有名な人物なのだろう。先ほどまで固まっていた冒険者たちがザワザワとしている。
あのレイラ? SSランクの? などといった言葉が聞こえる。
これは予想以上に大きなことのようだ。この試験官は単なる試験官ではなかったらしい。
「アルゴ、ルナ」
二人にだけ聞こえるように声を潜める。
黙って視線だけ向けてきた二人に考えを伝える。
「これ以上注目されるのは良くない。俺たちの試験は合格できるギリギリで終わらせるべきだ」
俺たちはこの世界の住人ではない。
そもそもしばらくの間の生活費が欲しいから冒険者になりたいのであって、それ以上のことを望んでいない。
下手に大事になると、もしも将来この世界が連邦と交流を持つようになった時に問題になる可能性がある。それは是非とも避けたいところだ。
「見た目で騙されたぞ。お前たちの中でこの娘が一番の使い手だったのだろう?」
「……ああ、実はそうなんだ」
「やはりか。くくく、レイラに匹敵するほどの才能を感じるぞ。将来が楽しみだ」
「ああ、本当に」
もうさっさと終わって欲しい。
この後は俺たち3人の試験があったが、しばらく戦った後、わざと攻撃をもらうことで負けた。
幸いなことにそれでも合格できたようで、俺たちは無事Fランクの冒険者として登録されることになった。