4話
「いや~、参った参った。負けちゃったね~」
床に膝を突いたレオニードが、両腕を上げたまま笑う。その周囲を俺たち五人が囲んでいる。
不完全燃焼に終わったアルゴは不機嫌そうだ。リュシアはレオニードをジッと真っ正面から見下ろしている。
激怒するファルガは、これ以上怒るのは不可能だと思えるほどだった。一方エアロナは安堵した様子で皇女の隣に控えている。
この状況からレオニードが逃げるのは不可能だろう。それができるなら、そもそもこんな事態になっていない。
「それで? 僕の処遇はどうなるのかな?」
「死をくれてやるに決まっていよう」
間髪入れずにファルガが答える。既に人化が解かれた腕は真紅の竜鱗で覆われ、五指の先には刃物のように鋭い爪が伸びている。
抑えようのない怒りを、抑えることなく実行に移そうとする。エアロナも止めるつもりはないようだ。
だが、小さな手がそれを阻むように伸ばされた。
「待って」
意外だった。リュシアが止めた。あれほど辛い目にあわされていたのに何故だろうか。
「ああ、これは皇女様。酷いことをしてすみませんでした」
本当に悪いと思っていないことは透けて見えた。ニヤニヤとレオニードは笑う。
ここに至っても挑発的な態度を変えないことにはある種の感心さえ覚えた。
死ぬことを恐れていないのか。
今すぐにでも爪を振り下ろしそうなファルガを気にもせず、レオニードはリュシアとの会話を続ける。
「別に。捕らわれたのは私が弱かったから。私が悪い」
「へぇ……皇女様はそういう人なんですか。これは予想外だ」
それは本心からの言葉だろう。笑みを引っ込めたレオニードの瞳の奥には、興味の対象を見つけた輝きがある。
少女の幼くも人間離れして整った顔、細い肩、ローブを押し上げる膨らみかけの胸、引き締まった腰付きと次々に視線を動かしていき、思案するように遠い目をする。
「だけど」
「?」
リュシアが不意に足を後ろに引いた。何をするのかと疑問に思う暇もなかった。
鞭のようにしなった足が大気を切って振り下ろされる。
俗に言うサッカーボールキック。そして蹴られるボールになったのはレオニードの頭だ。
顎に炸裂した少女の靴先は一切の躊躇いなく振り抜かれ、レオニードの身体が宙に浮いた。
最悪の体調とは思えないキレのある蹴りだった。もし万全の状態であったら頭が無くなっていたかもしれない。そんな想像が容易にできた。
「仕返しはする」
足を戻しながら、リュシアは床に転がったレオニードを見下ろす。
せっかく少しだけ回復した体力を絞り出したために苦しげに息をしているが、それ以上にスッキリした様子だった。表情は変わらないが晴れ晴れとした雰囲気を放っている。
俺はこのとき理解した。見た目は大人しそうな少女の内側には燃えさかるような苛烈さがあることを。幼くとも竜族の頂点に立つ神竜帝の血を継ぐ子なのだ。
「ほぉ、やるじゃねえか。箱入りのお嬢様とは違うみたいだな」
アルゴが楽しげに口の端を釣り上げる。
「流石は皇女様だ!」
「あまりご無理はなさらないでください」
ファルガは褒めているが、エアロナは気遣わしげにリュシアを休ませようとする。
そんな竜族たちを横目に見ながら俺は少し気になっていた。
「オグフゥ……」
頭から床に落ちたレオニードがビクビクと痙攣する。受け身をとることさえなかったのだから当然だろう。それが疑問だった。
確かにリュシアの蹴りは鋭いものだった。間違っても素人に繰り出せる代物ではない。積み重ねた修練がありありと伺えた。
だが、それでも歩くことさえ困難だったリュシアだ。多少は回復したとはいえたかが知れている。
当然、そんな状態で本来の力を発揮できるはずがない。だからこそ、レオニードが何の反応もできなかったとは考えにくかった。
俺たちに囲まれていたから抵抗しなかったという理由がもっともあり得るが、それならあのような挑発的な態度は取らないだろう。
では何故だ。わざと食らったということか。それこそ分からない。
「ふ、ふふふ……良いね。実に」
ガクガクと震えながらレオニードが立ち上がる。
「その幼い顔立ちに、虫けらを見下すような眼差し。ふふふ、理想的だね」
鼻息あらく、顔は紅潮し、リュシアを見つめる目は熱に湯だったように淀んでいる。
痛がっている素振りはない。あるいは痛みを苦痛と感じていないようにしか見えない。
まさかさっきの痙攣は……いや、考えるのはよそう。
「もう一度蹴ってくれないかい? この豚野郎とかみたいに罵ってくれるとなおいい」
酷い。あまりにも終わっている。最低な要求だ。
「コイツぁ、ヤベェな」
アルゴが引いている。俺も同じ気持ちだ。
「……話しかけないで」
珍しく表情を変えたリュシアが、汚いものから離れるように後ずさりした。命の危機にあっても見せなかった怯えが顔に浮かんでいる。
「皇女様! 私の後ろに!」
「……き、貴様! その汚らわしい視線を皇女様に向けるな!!」
エアロナが性犯罪者から守る使命感に従って皇女の前に立ち塞がる。呆気にとられていたファルガも遅れてレオニードを威嚇する。
なんだこの状況は。
「ああ、残念だ。惜しい。後悔しているよ。まさかこんな素晴らしい逸材がいるなんて思いもしなかった。こんなことなら影ではなく、本体で来るべきだった」
「……おいおい」
興奮してベラベラ話しているが、聞き捨てならない内容を含んでいた。
「影だと?」
「そうだよ。この体は単なる影さ。だからこの悦びも本体には夢のようにぼんやりとしか伝わらない。ああ、実にもったいないなあ……」
もうこの男の戯言は聞きながそう。
それより嘘をついているとは思えないことが問題だ。これが偽りの態度なら俺にはこの男の本心を見抜く自信はない。
だが、当然確認は必要になる。
「ちょっと腕を貸せ」
「おいおい、男に触られても嬉しくないよ」
「お前もう黙れよ。…………ちっ、マジかよ」
存在密度が薄い。例えるなら風船。小さなものを膨らませることで見た目の体裁は取り繕っているが、内部はスカスカだ。
嘘ではなかった。本体ではない。分体だ。
余裕があった真の理由はこれか。
実力に自信があったり、防衛用の仕掛けがあったからではなく、そもそも本体でないから倒されても構わないということだったのだ。
どうりで追いつめられていながら焦り一つ見せないわけだ。最初から真の意味で危険に身をさらしてなどいないのだから。
「ハァー、残念だけどいつまでも悔やんでいても仕方ないか」
レオニードはようやく諦めたのか、未練を吹っ切るように首を左右に振った。
「ふむ、そうだね。楽しませてもらったし、お礼に良いことを教えてあげるよ」
「良いこと?」
俺が聞き返すと、レオニードは指を立てて言う。
「まあ、君たちにとって良いことではないだろうけどね。それでも知っておいたほうが良いことではあるね」
もったいぶった言い方をする。だが、気になるのは確かだ。
いつの間にか全員がレオニードの話に注目していた。
「皇女様が拉致されたわけだけどさ、いくら何でも竜族が簡単にやられすぎだと思わないかい?」
「……何が言いたいのですか?」
エアロナが厳しい視線でレオニードを見据える。まるでその先の内容に予想がついているかのように。ファルガも苦虫を噛み潰したような顔をしている。
三人の竜族の中でリュシアだけは表情が変わらない。黙って話の続きに耳を傾けている。
「もう分かってるかもしれないけど、竜族の手引があったんだよ。つまりは裏切り者さ。どんなに強固な守りだろうと、内側から攻められちゃあどうしようもない」
とんでもない爆弾発言が飛び出てきた。まさかとは思うが、竜族の二人の反応はまるで心あたりがあるかのようだ。
もしこれが真実なら、連邦は内部に敵を抱えることになる。
「コイツの言っていることは本当か?」
俺が尋ねると、エアロナは何かを言いかけて口を詰むんだ。話せないという意思を感じた。
だが、その様子だけでも隠し事があるのは分かった。気まずそうに目を逸らし、またたきの回数も不自然に増えている。
「構わんエアロナ」
「隊長? ですが……」
「皇女様の救出に手を貸してくれた恩人たちだ。何より戦友に詰まらぬ隠し事をするのは好かん」
「へっ、単なる堅物じゃなかったのか。面白ぇ」
偉そうに腕を組むアルゴ。
「ですが……」
「エアロナ」
「皇女様?」
まだ迷うエアロナの袖をリュシアがクイクイと引っ張る。エアロナは戸惑ったように、皇女を見下ろした。
竜族の女二人はしばらくの間見つめ合っていたが、やがてリュシアが頷くとエアロナは観念したように息を吐いた。
ふと思った。
もしかしたらリュシアには心を読む力などないが、その透明な眼差しは見られる本人の心をそのまま返すのかもしれない。だからこそ、負い目があると耐えられなくなるのだ。
「話して」
「……はい」
そんなことを考えていると、エアロナが説明を始めた。余計なことを考えていないで話に集中しよう。
「ご存知のように我々竜族は多次元連邦、六神同盟のどちらに対しても一定の距離を取り中立を保ってきました。しかし、先だっての同盟による突然の襲撃によって竜族は大きな被害を受け、皇女様まで攫われてしまいました……』
これが今回の事態の発端だ。
多数の犠牲者がでたことに竜族は激怒し、同盟に対する報復のために連邦への参加を決めたのだ。正式決定はまだだが、ほとんど決まったようなものだろう。
「確かに六神同盟の力は強大です。『断絶界』において連邦と並び立つ二大勢力で、いかに私たち竜族といえど正面から戦えば勝ち目はないでしょう」
それは事実だ。多次元連邦と六神同盟の総合的な国力は、他の勢力と隔絶した次元にある。
この『断絶界』にある無数の世界――本来の宇宙の一部にすぎないとはいえ、紛れもない宇宙だ。
それら多くの小宇宙を内部に抱え込んだ超大国。それが多次元連邦と六神同盟である。
だが、確かに連邦、同盟と比べると落ちるが、竜族の力は他に数多くある勢力の中において突出している。連邦、同盟のどちらにとっても無視出来る存在ではないのだ。
だからこそ連邦は竜族に手を伸ばし、同盟は竜族に攻撃を加える事でその力を削ろうとしたのだろう。
「それでも、ああも容易く敗れるほどではないはずです。自惚れではなく事実として、私たち竜族の力は『断絶界』にいる多くの種族と比べても上位に位置するのですから」
口惜しそうにエアロナは唇を噛んだ。
「そもそも奇襲を受けたことが不自然でした。襲撃直前まで同盟軍の接近を察知できなかったのです。後から分かったことですが、防衛体制に穴がありました。あるいは長年の平和で緩みがあったのかもしれません。それなら私たちの自業自得です。ですが、そうでなかったら?」
その場合は内部の犯行を疑うべきだろう。まさか同盟が竜族の防衛体制を動かせるはずがないのだ。
「陛下は素晴らしい御方ですし、その治世は永く安定しています。ですが、全ての者に納得のいく統治など現実には存在しません。当然現状に不満を持った者もいるでしょう」
この『断絶界』においては他の種族もそうだが、竜族と一口に言っても元々はいくつもの異なる世界の出身者たちによる寄り合い所帯である。
竜族という種族は同じでも元々は世界を隔てた縁もゆかりもない者たちだ。
最初は同じ種族同士、滅びた世界の生き残り同士ということで助け合うために共同体が結成されたが、主導権争いによる内紛が発生するまで長くはかからなかった。
これは他の種族でも似たようなことが起こっている。
ようは別々の国の人間たちを突如一つの国にまとめたようなものだ。
緊急事態ということで共同体を維持させるために努力した者たちも多いが、そのような状況だからこそ寄り合い所帯による合議制ではなく、強力なリーダーシップによる迅速な対応を望む者たちもまた多かった。
みんなが譲り合えば上手くいくのかもしれないが、国が違えば社会制度や物事の考え方も違う。ましてや国どころか世界が違うのだ。
衝突が起こるのは必然といえよう。
そうして長い内紛の末、竜族は現在の神竜帝の下に統一された。
それ以来、争いが落ち着いてからの竜族は平穏に暮らすことを望み、『断絶界』における二大勢力である連邦と同盟を始めとした他の勢力、種族の争いに関わらないようにしてきたのだ。
あるいは永きに渡る平和に膿んだ者がいるのかもしれない。それとも神竜帝を引きずり下ろし、竜族の頂点に立ちたいという野心によるものだろうか。
「それで、誰かは分かっているのか?」
「いえ、何人か怪しい人物は思い浮かびますが、その中に犯人がいる確証もありません」
これは仕方ないだろう。あくまで彼女は現場の人間で、裏事情を知れるような地位ではないのだから。
「リュシアは?」
「……」
皇女は黙って首を横に振った。
こうして未来への不安だけを残してエアロナの説明は終わりを告げた。
「そうだ、アルゴ。リュシアを治してやってくれないか?」
疲れた様子のリュシアを見ながら俺は言った。純粋な神族であるアルゴならば俺とは違って神力の扱いもお手のものだろう。
そもそもの原因である毒を投与するよう命じたレオニードには何も言わない。手を貸してくれるはずがないし、よしんば手を貸してくれることになってもリュシアが拒絶するだろう。
「あん? どうやって? エリクサーが効かなった毒をどうしろと?」
「いやいや、お前が神力で治してくれたらいいだろ?」
「神力でだぁ?」
アルゴが怪訝そうに首を傾げる。どういうことだろうか。予想外の反応だ。
「へえ、やっぱり君は神族だったのか。どおりで強いわけだねえ」
レオニードが横から口を挟んでくる。邪魔をするな。
「ってことは君――ユキト君も神族かい? それとも竜族?」
睨みつけてもまるで効果がない。本当に周りのことなど気にしない男だ。
「俺は人間だよ。もういいだろ、黙ってろ。ってかさっさと消えろ」
「酷いねえ、せっかく情報をあげたのに。でもそうなんだ、人間ねえ。こりゃ驚きだよ。ああ――君がそうか。ふふふ、興味深いねえ」
「ああそうかい。そんなことより、どういうことだアルゴ?」
もう次からは無視することにしよう。そう決めて俺はアルゴに向き直った。
「どうってなぁ。もしかしてアレか? お前は神力についてちぃっとばかし思い違いをしてるみたいだな」
「思い違い?」
神力とは神が奇跡を起こすための力。間違っていないはずだ。科学や魔法で不可能なことでも実現できるこの世における究極といえる力だ。
事実、俺はこれまでも神が奇跡を起こすところを見てきた。神力について尋ねた時も、使いこなせれば何でもできると教えられた。それが違うのだろうか。
そんな俺にアルゴは噛んで含めるように言う。
「神力はそりゃ何でもできる力だ。ただし、何でもできるように使えるならな」
「どういうことだ?」
「戦いの神、癒やしの神、芸術の神、死を司る神……色んな神がいるな。こらつまり、神としての性質がそうなっているからだ。言い換えれば、神としての力がその方面に特化してるってぇことだ」
神としての力が特化している。それはつまり、神力で起こせる奇跡が神ごとに異なっているということだろうか。あるいは神力の才能、適正とでもいうべきものがあると。
もしかしたら俺が神力を上手く扱えないのは、向いていない分野を無理にしようとしているからかもしれない。
だが、すぐに思い直した。とてもそんなレベルに達していない。根本的に神力の制御力が足りていないのだ。
「まあ上位の神ほど色んな側面を持つし、多くの事ができる傾向はある。創造神みたいにあらゆる事ができる神だっていらぁな。創造神は最高位の神だ、お前の神力は何でもできる力っていう認識は間違っているわけじゃねえ」
上位の神ほど神力をより多方面に使いこなせるということか。だが、そんな俺の考えを正すようにアルゴは続ける。
「だけどな、特化型の神が創造神より格下とは限らねえ。創造神が宇宙を創り出しても、その宇宙を壊せる破壊神がいるなら、ほれ、この場合はどっちが上だと思う? つまりはそういうことだ」
「それは上とか下の問題なのか?」
「へっ、さぁな」
アルゴは笑う。
それで話は終わりだった。意味があったのか、なかったのか微妙なところだ。
それはともかく、俺は当初の目的を思い出した。
「で、結局リュシアの治療は?」
「最初から言ってんだろ、できねぇよ。自分にだったら単純な神力で消せるかもしれねぇけどな。神力を開放したら神としての肉体の力が完全に発揮できるからな」
それは事実だ。
普段眠っている神力を開放するだけで、魔力による肉体強化と比べても桁違いに身体能力や肉体強度が跳ね上がるのだ。
ただし、その状態では何もしなくても少しずつ神力が消費されていく。神界でならその消費がないらしいが、神界に引きこもったままの神は『断絶界』においては少ない。
そのため常に開放状態ではいずれ神力が枯渇してしまうので、大抵の神は日常生活においては神力を封じているというわけだ。
ちなみに俺は、この開放状態の時点で神力を暴走させかけた。
訓練ですらそれだ。到底実戦で使える段階ではない。開放状態を保つことすらできないなら、神力で奇跡を起こすことなど夢のまた夢である。
純粋な神なら簡単なのかもしれないが、人間の俺にとって最初の一歩を踏み出す前のスタート地点に立つことさえ困難なのだ。
「仕方ないな。リュシア、すまないけどもう少し我慢してくれな」
「平気。気にしないで」
こう言ってくれるがやはり心苦しい。早く治してやりたいものだ。
連邦には他の神族がいるし、神が院長をしている病院もある。連邦に帰還さえすればすぐに治せるはずだ。
「ああ、そうそう」
レオニードが何かを思い出したように呟いた。
いい加減消えてほしい。影なんていくら倒しても本体に影響はなく、それが分かっているからあれだけ怒っていたファルガも始末しようとしないのだ。
もっとも、この男の酷い性癖や竜族に関する発言のせいで気がそがれたか、忘れているだけかもしれない。
「ねえねえ、なんで聞き返して来ないんだい? 気にならない? 僕、思わせぶりなこと言っているでしょ?」
無視していたらレオニードが絡んできた。とんでもなくウザい。
他のメンバーを見たら全員が視線を逸らしてくる。誰もこの男の相手をしたくないのだ。
「……なんだ? 手短に話せよ」
「実はさ、すっかり忘れていたけど同盟の艦隊がもうすぐ来るよ」
「……は?」
「おやおや? ひょっとして艦隊って単語の意味を知らないのかな? 無知だねえ。なんなら僕が教えてあげまちゅよ?」
「お前マジでぶっ殺すぞ」
衝動的に剣を振り下ろしそうになった。
それを何とか我慢し、レオニードを問い詰める。
「お前が呼び寄せたのか?」
「僕であり、僕でないとも言えるね」
「んなもったいぶった言い回しはいいからとっとと話せや」
苛立ちがイエローゾーンに突入している。レッドゾーンに突入する前に話さないなら斬ってしまうかもしれない。
「短気だねえ、もう少し落ち着きなよ。僕じゃなかったら気分を悪くしているよ? もっと大人になりたまえボーイ」
「うぐおお……!」
レッドゾーンに突入したのを無理やり抑えた。我慢できた自分を褒めてやりたい。
「それで艦隊についてだったね。君たちが城に侵入したのが分かってから僕が近隣世界に来ていた艦隊に連絡したんだよ」
「なんでそんな艦隊がいるんだよ? ……偶然じゃないな?」
たまたま艦隊が近くにいた。そんなに都合のいい偶然があったらたまったものではない。
「ふふふ、そりゃそうだよ。考えてもみなよ、竜族には同盟と通じている人物がいるんだよ? 今回の救出計画だって事前に分かっていたさ」
「なんだと!? おのれ! ふざけるな!!」
ファルガが怒声をあげる。
エアロナも信じられないといった様子で口に手を当てている。
この救出計画を知っているということは、かなり地位の高い人物が関わっている可能性が高い。あるいは一人ではなく、複数いるのかもしれない。
もしかしたら今回の一連の騒動には、もっと多くの狙いがあるのではないだろうか。
被害を受けた竜族が連邦に参加するのはある意味自然な流れだ。少なくとも竜族単独では同盟に敵わないのだから。
そして竜族は連邦においても重視されるだろう。竜族から一定の人数が政府や軍の高官に加わるはずだ。
その結果、連邦の上層部に内通者を潜り込ませることができると。
「まあそんな訳でさ、皇女救出には連邦からもそれなりに優秀な人物が出てくるだろうから、ついでにやっちゃおうってことになって艦隊を用意しておいたのさ」
実に軽い調子でレオニードは言った。
そんなおまけのような扱いでやられるのは御免だ。
「くそっ、嘘じゃないだろうな?」
「さあ? 信じる信じないは君たちの自由だよ。だけど艦隊についてはもうじき分かるだろうね――――ほら来た」
その瞬間、かなり巨大な空間の乱れを感じた。
ひとつではない。数十、あるいは百を超える何かが次元の壁を抜け、この世界に入り込んでくる。
「マジかよ……」
俺は天を仰いだ。俺以外のメンバーも同じように顔を上げる。
ここからでは天井に遮られて見えないが、城の上空で今このときにも気配が急速に増え続けている。
不意に大気が震えた。
その直後、まるで巨人に蹴りつけられたかのように城全体が激震する。
生半可な揺れではない。壁にひびが入り、天井の一部が崩れ落ちてくる。
「あらら、もう攻撃を始めたみたいだね。きて早々とはせっかちだなあ」
全員が緊張する中、ただ一人呑気なことを言っているレオニード。軽く肩をすくめたかと思うと、別れの挨拶とばかりに手をひらひらと振ってくる。
「じゃあ僕はそろそろ行くね。君たちのことは気に入ったから、できたら生き延びて欲しいな」
するとレオニードの体が透け始めた。
ようやくいなくなってくれるようだ。そのことに、この危機的状況でありながら少しだけ気分が軽くなった。
「あ、リュシアちゃん。次に会うときまでに素敵なムチを用意しておくからね」
完全に姿を消す寸前に最低な約束が残された。
だが、レオニードの存在自体をなかったことにしたのか、リュシアは眉一つ動かすことはなかった。