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3話

 嫌な感じだ。


 先ほどから同じ通路が続いている。どれだけ別の道を行こうと戻ってきてしまう。

 明らかに空間がおかしい。


「誘われているな」


 こっちに来いと。その意思がありありと感じられる。


 通路の角を曲がった先の光景に、俺は予想が当たっていたことを理解した。


 重厚な両開きの扉が開け放たれ、俺たちを待ち構えていた。

 扉の向こうには広々とした空間が広がっており、奥には赤い絨毯が敷かれた階段がある。そして、その上にあるのは玉座だ。

 この城の主がそこにいる。


「やあ、いらっしゃい」


 死霊使い(ネクロマンサー)にはとうてい見えない男だった。

 短く刈った黒髪に眼鏡をして、着ている服は白衣だ。魔法使いと紹介されても誰も信じないが、科学者と紹介されれば誰もが頷く、そんな姿をしている。


「僕がここの城主。名前はレオニード。覚えてくれると嬉しいな」


 レオニードと名乗った男は玉座から立ち上がり、歓迎するように両腕を開く。高みからこちらを見下ろす表情はにこやかだが、瞳の奥には冷徹な意思が透けて見える。


 背後でガチャガチャと音がする。スケルトンが退路を塞いでいた。突破できなくはないが、せっかく敵の親玉が姿を見せたのだ。これはある意味チャンスでもある。


「わざわざ城主自らがお出ましとは痛みいるね。もうアトラクションは十分なんでお暇させてもらっていいかな?」

「おやおや、楽しくなかったかい? お客様に楽しんでもらえないとは、このテーマパークの責任者として心苦しいね」

「サービスと職員の対応が悪すぎるな。だからもう帰っていいか?」

「や、これは参ったね~」


 レオニードは苦笑すると、俺が背負っているリュシアへと視線を移した。見られたことが気に障ったのか、少女は気分を害した様子で眉をひそめる。


「だけど、皇女様はお疲れのようだよ。もう少しゆっくりしていってはどうかな?」

「残念ながら、ここにいたら治るもんも治らねえよ」

「あらら、そんなことないよ? ちゃんと誠心誠意おもてなしするとも」


 レオニードが軽く手を振った。

 それを切っ掛けに黒い渦が床の上に出現し、そこから三体の赤い色をしたスケルトンが姿を現した。


 まるで血のような色だ。それぞれ剣、槍、斧で武装している。


「皇女様を守っていたスケルトンは君が倒したんだろ? けっこう性能が高い奴だったのにあっさりやられちゃったよね。そんな君だったら性能テストの良い相手になってくれると思ってねえ」


 三体のレッド・スケルトンのうち二体が左右に回り込み、半包囲の形を取ってくる。

 これまで倒してきたスケルトンとは明らかに違う。大気が震えるような力強い気配を放っている。


「性能テストね。それならリュシアを離していいだろ? そっちの隅っこで休ませてくれたらいいからさ」

「いやー、別にいいけど、皇女様も襲わせるよ? それより君には丁度いいハンデだろ? そのままやってみなよ。もし皇女様が死んじゃったら後は任せてくれたらいいよ」

「てめえ……」


 怒りによって体温が上がるのが分かる。遊び飽きた玩具がどうなろうと気にしない程度の軽さで、リュシアの生死を捉えている。


「ユキト」

「なんだ?」


 リュシアが耳元で囁いてくる。感情が失せた冷ややかな声だ。


「下ろして。大丈夫、好きに戦って」

「リュシア、お前――」


 幼い顔には表情がない。まるで氷像だ。だが、分かった。その内側では煮えたぎるような怒りが渦巻いている。


「……分かった。傍から離れるなよ」


 戦いが始まった。






 正面から剣を構えたレッド・スケルトンが接近してくる。その動きはリュシアが囚われていた地下室を守っていた、あのハルバードのスケルトンを上回るものだ。

 音の壁を突破した衝撃音を轟かせ、レッド・スケルトンの斬撃が上段から振り下ろされる。


 かなりの速度だ。だが、避けられる。速いとはいえ電磁投射砲レールガンの弾速ほどではない。

 しかし、それにはリュシアを守らなければという但し書きが付く。


 一歩踏み込み、右手でレッド・スケルトンの手首を捕ることで斬撃を防ぐ。

 そのまま肘をたたみながら前へと押し込んだ。

 肘打ちが赤い胸骨に突き刺さり、レッド・スケルトンが後ろに吹き飛ぶ。


「――くっ!」


 左から槍が突き出される。その先にいるのはリュシアだ。

 腕を伸ばしてリュシアの腰を抱えることで攻撃圏内から逃す。風圧によってリュシアの紫のローブが花のように広がった。


 蹴りを放つ。

 旋回する勢いを乗せて跳ね上がった回し蹴りが、槍のレッド・スケルトンの頭部を砕いた。


「?」


 通常のスケルトンと耐久力に大きな違いがない。そのことに、ほんの一瞬だけ脳裏に疑念がよぎった。こんなものなのか?

 しかし、のんびり考えている暇はない。背後から斧のレッド・スケルトンが迫っていた。


 蹴りを出したばかりで体勢が悪い。反応がワンテンポ遅れた。

 リュシアごと俺たちを両断しようとする横薙ぎ。後ろからの攻撃のため反撃が間に合わないことを悟り、腕を差し出した。


 激痛が走る。だが、痛みで怯んでいる暇はない。斧の刃が腕に潜り込んだ瞬間、後ろに向かって跳んだ。

 背中を使ったタックル。

 攻撃直後のレッド・スケルトンはまともに喰らい、体勢を崩した。そこに俺の足払いが襲いかかる。両足を刈り取られたレッド・スケルトンが宙に浮く。


「シッ!」


 トドメとして、空中で身動きの取れないレッド・スケルトンの頭部を掴み、床に叩きつけた。砕けた赤い頭蓋骨の欠片が舞い上がる。

 これで二体仕留めた。残すは剣のレッド・スケルトンのみ。


 そのはずだった。

 だが、振り向いた先では剣のレッド・スケルトンに並んで槍を構えたレッド・スケルトンが立っていた。

 破壊した頭部は完全な形に戻っており、ダメージはどこにも見当たらない。


「……そういうことかよ」


 背後では今しがた倒したばかりのレッド・スケルトンが立ち上がる気配がする。

 再生能力。それもかなりの修復速度だ。


「いやー、思った通りやるねー。皇女様を守りながらでもそいつらの相手ができている」


 レオニードが話しかけてくる。

 聞いてやる義理はないが、あえて止めようとは思わない。

 主人が話しているからだろう、レッド・スケルトンたちは襲いかかってこないでジッとしている。


 今のうちに回復魔法で腕の傷の治療を行う。

 手のひらに生まれた白い輝きを当てると、傷口が見る間に小さくなっていった。


 その間にもレオニードの話は続いている。


「簡単に壊れないようにするか、壊れてもすぐ直るようにするか、どっちが良いか少し迷ったんだよね。だけどやっぱり耐久力を上げても元々がただのスケルトンだし、強化するにも限界値が低いと考えて再生力を強くすることにしたんだ」


 誰かに説明するのが楽しいのか、生き生きとしている。


「お? もっと強い素体を使えばいいって思ったね? そう、その通り。竜や巨人みたいな元々が強い種族の死体を使ったほうが強くなる。これ常識だよね。で・も、数が少ないのが玉に瑕だ。それより人間や亜人のほうが大勢いるから素体も手に入りやすい」


 もう治療は終わっているが、わざわざ話を遮りはしない。時間が経てばアルゴたちがやってくる可能性は高くなる。話したいなら話させてやればいい。


「補充しやすい人間や亜人のスケルトンの基本性能が上げられたら簡単に戦力アップになるかなと思ってね。せっかく神竜の血液が大量に手に入ったし、試しにやってみたんだよね。まあ、別にこれが本命じゃないからそこまで重要でもないけど」


「お前、死霊使いじゃないのか?」


 死霊使いだったらスケルトンの強化が重要ではないと言うだろうか。俺の抱いた疑問にレオニードはあっさり答えた。


「ああ、死霊使いじゃないよ――うん? いや待てよ。死霊魔法は使えるし、スケルトンどもを操っているのは僕だ。それだったら死霊使いを名乗っても良いよね? じゃあやっぱり死霊使いってことになるのかな?」


 ふざけた奴だ。本命とやらが気になったが、今は気にしても仕方がない。それよりどうやってレッド・スケルトンの再生力を突破するべきか。

 手段はいくつかある。効果があるかはやってみなければ分からないが、手札が残っているなら焦るには早い。

 あるいは直接レオニードを狙うという選択肢もある。可能ならむしろこちらの方がいいだろう。


 だが、レオニードの余裕のある態度が気になる。先に手の内をさらすなら、相手が対抗手段を有していた場合のことを想定しておくべきだ。

 理想は相手に対応する暇を与えず一気に倒すことだが、奇襲に成功するか、実力に大きな開きがないと難しい。


「さあ、それじゃあ続きを始めようか。でも三体じゃ少なかったみたいだね。と言うわけで、おかわりを差し上げるよ」


 レオニードが指を鳴らすと、新たに六体が出現した。

 これによって全部で九体のレッド・スケルトンがこの場にいることになる。いきなり敵が三倍だ。


「おい、まだ食べ終わってないんだから、おかわりには早いだろうが」

「なに、君なら残さず平らげてくれると信じてるよ」


 入り口を塞ぐスケルトンたちがカタカタと骨を鳴らして笑う。

 はやし立てるように武器で床を叩き、足を踏み鳴らす。

 完全に揃ったリズムはひとつの音にしか聴こえず、単調でありながらも威圧的な響きが大広間全体に広がっていく。


「チッ」


 見せ物にされていることに腹が立つ。だが、ひとつ分かったことがある。ああしてすぐにレオニードは増援を呼べるということだ。

 残りがどれだけいるか不明なため、まともにレッド・スケルトンの相手をするのは不毛だ。


 よって狙うのはレオニード本人。退却はしない。ここで倒して終わらせる。


 俺は亜空間から剣を取り出した。

 これまではすぐ近くにリュシアがいたため使用を控えていた。

 だが、攻めに転じるなら必要になる。


 静かに息を吐き出す。

 強い感情は力となる。だが、感情に呑まれては力を適切に発揮できない。だからこそ、頭は冷ややかに、心は熱く。

 胸の内に燃える猛りを、冷徹な意思のもとで爆発させる。


 魔力と感情は深くリンクしている。強い感情は体内を循環する魔力に作用し、より上質で強い魔力を生み出す起爆剤となる。

 感情の種類は問わない。例えば恐怖であっても効果はあり、生贄の儀式などはこの法則を利用した邪法にあたる。

 だが、一切の抑制なく荒れ狂う感情は魔力の暴走を誘発する。だからこそ冷静さを保たなければいけない。

 力は明確な意思によって振るわれることで初めて、何かを為すための力となるのだ。


 魔力を束ね、魔法の法則に従って編み上げる。魔法回路と同じだ。物質を介さず、ただ己の魔力だけで形作るという違いがあるだけで。


 魔力が踊り、流動し、魔法を創り出していく。

 高度な魔法ほどその構成は複雑で、繊細で、規模と密度が増える傾向にある。また、この際に呪文の詠唱を行うことで言霊が魔法構築の手助けとなる。

 だが、いつの頃からかしなくなった。無詠唱でも魔力の制御さえ完全なら魔法は発動するからだ。


 意識の中だけで発動のトリガーとなる単語を思い浮かべる。

 単語そのものは何でもいい。口に出す必要もない。完成した魔法が勝手に発動しないよう設けられた安全装置を解除するだけのものだ。


 歪みの刃エンチャント・ウェポン


 刹那の集中でふたつの魔法の構築を終えた俺は、そのうちのひとつを解き放った。

 魔法の力が片手半剣へと伝わり、刀身を不可視の力場が覆う。


 傍らのリュシアに顔だけを向けた。

 透き通るような黄金の眼差しが見つめ返してくる。呼吸は乱れ、青ざめた顔色でありながら、小さく頷いた少女におびえた様子はなかった。ただ敵を倒せと求めている。


 ならば、その期待に応えるとしよう。


「身を低くしてろ」

「ん」


 もう一度入り口の様子を確認してから、九体のレッド・スケルトンを見据える。

 数が増えたことで先ほどより包囲に厚みができている。一度に複数を仕留めていかないとリュシアを護りきれない。


 レッド・スケルトンたちの姿勢が僅かに沈み、暗い眼孔に殺意が輝く。


 来る。


 左右から槍が繰り出され、それに続いて他のレッド・スケルトンが一斉に飛びかかってきた。

 これまでのように狙いは俺だけではない。半数はリュシアへと襲いかかる。


 関係ない。まとめて斬り伏せる。


 大きく足を開き、体を捻る。

 隙だらけの体勢を晒しているが気にする必要はない。相手より先に攻撃を到達させられるなら、隙は隙の意味を失う。


 噛み締めた奥歯が軋み、解き放たれた剣が横一文字を描く。


 レッド・スケルトンの槍が到達するより早く、剣が振り下ろされるより速く、斧が叩きつけられるより疾く、走り抜けた刃が全てを断ち切った。


 その瞬間、時空が歪んだ。


 剣の間合いにいた七体がその体を上下に断ち割られ、間合いの外にいた槍を携えた二体も同じ結果をたどる。

 だが、再生能力を有する骸骨の兵にとってこの程度の損傷は足止めにしかならない。すぐさま赤い骨片が盛り上がり、修復を始める。


 それを阻むものがあった。切断面にまとわりつく見えない力が、音もなく唸りを上げる。

 再生を始めたはずのレッド・スケルトンの身体が、何かにすり潰されるように消失を始めた。

 初めは切断された周囲から、やがて浸透する力場が肩を、腕を、足を、頭を飲み込んでいく。


 九体のレッド・スケルトンがこの世界から消え去るまで長い時間はかからなかった。

 対象を飲み込んだ時空の歪みはあらかじめ定められていた命令通り、他に一切の被害を与えること無く霧散した。


「………………」


 復活は、してこない。

 念のため警戒していた俺は残心を解いた。だが、まだ終わりではない。


「おお……これはこれは。やるねぇ、流石にそれだけ完全に消滅させられたら再生も無理か。うーん、これは魔法抵抗力そのものを上げないと対処できないかな~」


 良いデータが取れた、とレオニードは取り出した手帳にメモを始めた。こちらをまるで気にしていない。

 果たしてそれは油断か、それとも余裕の現れか。すぐに分かることだ。


「おっと。それじゃあ、次に行こうか。今度は思い切って十倍に――」


 それ以上の言葉を聞く前に、俺は待機状態にあったもうひとつの魔法を発動させた。






 俺が時空神アグナーシャを倒した時に得たものは神力だけではない。

 まず身体能力や魔力が増大した。彼の時空神の足元に届いているかさえ怪しいが、それまでとは格段の違いだった。

 そして、それ以上に価値のあるものがあった。時空魔法の素質だ。


 時間や空間に干渉する魔法はいくつかある。専門の魔法体系もあるほどで、物を収納する亜空間の構築など、ある程度の実力者なら扱える一般化された魔法もある。

 だが、より高度な時空間の制御には高い素質が必要になってくる。

 神々ですら持つ者は少ないその希少な才能を、俺は時空神を倒したことによって手に入れた。


 例えば自分自身の時間を加速させる魔法がある。

 専門の時空魔法の使い手でも通常なら数倍から十倍が限度。だが俺は、瞬間的とはいえ千倍近い加速を可能としていた。

 まだまだ長時間の維持は難しいが、今では時空魔法は俺の戦闘スタイルにおいて大きな比重を占めている。






 加速した時の流れを駆ける。

 自分が千倍に加速することで、相対的に千倍の減速を強いられた世界は全てが遅い。時間が停止しているようにさえ思える。

 だが、本当の意味で時が停止しているわけではない。それを示すように、レオニードの眼鏡越しの瞳が粘りつくような遅さではあるが俺を追って動いている。

 千倍の加速に僅かとはいえ付いてくるこの反応速度。相当な実力者に違いない。

 それでも何かをするより、俺のほうが早い。


 玉座への階段を一息に駆け上がる。残り数段を残し、跳んだ。

 刀身にはまだ歪みの力場が残っている。

 両手で握りしめた剣を大上段に振りかぶり、渾身の力で振り下ろした。


 その瞬間、玉座を包み込む光の膜が広がった。結界だ。やはりか、と思う。レオニードの態度には余裕がありすぎた。何らかの仕掛けがあると予想はできた。


 結界の抵抗が腕に伝わる。それを力づくでねじ伏せる。バターを切るような感覚で結界を切り裂いていく。

 そして、ようやく抜けた。

 だが、その次にもまだ結界がある。二層目を突破すれば、更に三層目が待ち構えている。

 結界を破壊する度に刀身にまとわせた力場が弱まっていく。四層目を抜けた時点でついに力場が消失した。


 同時に加速が限界を迎えた。時間の流れが通常に戻り、全てが本来の速さを取り戻す。

 五層目の結界と押し合いを続けている俺の目の前で、レオニードが笑う。


「いや、驚いたよ。正直、反応ができなかった。この結界がなかったら危ないところだった。やっぱり用心はしておくもんだね~」

「ぐっ!」


 レオニードが腕を上げる。魔力が手に収束していくのが分かった。仕掛けてくる。


 このままでは届かない。


「でも、これで終わ――」

「アルゴ!!」


 叫ぶ。背後に向けて。そこにいる仲間に。

 その直後、入り口を塞いでいたスケルトンの群れが吹き飛んだ。


「オラァッ!!」


 爆炎を貫き、アルゴが姿を見せた。その全身は黒い炎に包まれている。

 黒炎に触れた途端、残ったスケルトンは瞬時に蒸発していく。

 魂をも焼く、邪神の炎だ。邪法によって操られた死者の兵を、それを上回る暗黒の力が圧殺する。


「皇女様!!」

「ご無事ですか!?」


 続いてファルガとエアロナも飛び込んでくる。二人は脇目もふらずにリュシアの元へと向かい、邪魔をする周囲の敵を蹴散らしていく。


「ユキト! そこ邪魔だ!!」


 黒炎をほとばしらせ、アルゴが突撃する。まるで俺ごと粉砕しそうな勢いで、結界へと拳を振りぬいた。

 俺の斬撃を受け止めていた結界にとって、それは耐久限界を超えるものだった。光の膜がたわみ、僅かな膠着の後に弾けるように掻き消えた。


「やややッ! こりゃちょっとマズイ、って!? ちょっと待っ――――ゲフッ!」


 レオニードが焦った様子で魔法を使おうとする。

 その前に止まることなく突っ込んだアルゴの突進が決まった。肩から激突したアルゴともつれ合うように、レオニードは階段から転げ落ちていく。


「死ねやーー!!」

「まだ嫌だね!!」


 アルゴが腕だけで鋭い拳打を放つ。それをレオニードが展開した防御魔法が防ぐことで激しいスパークが生じる。燃え盛る黒炎すら防ぐかなり強度の高い障壁だ。


 床に落ちる寸前、アルゴが肘をレオニードの喉に押し当てた。下になっていたレオニードの顔が引きつる。


「このっ!」


 突如、大気が爆発的に膨れ上がった。レオニードが自らの背中と床の間で発生させたものだ。激しい風に押し流され、二人の距離が離れる。


 空中で身を捻って姿勢を整えたアルゴは足から着地すると、すぐさまレオニードに追撃をかけた。走りながら腰に構えた拳に黒炎が集中する。

 それをレオニードの魔法が迎え撃つ。凍てつく冷気が前方に集中し、巨大な氷柱となって撃ち出された。


「舐めんなやぁ!」


 拳に宿る黒炎が氷柱を溶かし、冷気が炎を掻き消そうと激突する。熱気と冷気がぶつかり、そこを中心に台風のような暴風が吹き荒れる。


 せめぎ合いが続いた。

 だが、やがて一方に形勢が傾き始める。

 アルゴのほうが優勢だ。黒炎の熱量に負け、氷柱が蒸発していっている。

 劣勢を盛り返すべく、レオニードからさらなる魔力が立ち昇る。


 完全にアルゴの相手に集中している。

 それを見て取った俺は、激しい風の中を駆け抜けた。


「や、これは……まいったね」


 魔力を注ぎ込むことで氷柱を維持・強化していたレオニードが疲れたように呟いた。

 背後から首筋に添えられた輝く剣刃にため息を吐くと、ゆるゆると両腕を上げる。


「降参。流石に二人も相手にはできないね~」

「だろうな」


 レオニードの背後に立った俺は、リュシアに向けて片目をつむって見せた。

 竜族の二人に護られた少女の、表情のあまり変わらない、だけど小さく浮かんだ笑みがこの戦いを締めくくる報酬だった。








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