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2話

「リュシア、大丈夫か?」


 地下室から出る前に少女に話しかける。彼女の名前はリュシア。竜族の皇女だ。


「平気」


 血が足りていないことで顔色は悪いが、あのような状態で囚われていたとは思えないほど足取りはしっかりしている。流石は竜族なだけはある。


 彼女は現在、長い銀髪を頭の後ろでまとめて垂らしている。ポニーテールという髪型だ。髪を結ぶための布は俺が提供した。


 これから脱出するわけだが、順当に行くならアルゴたちと合流することになる。

 だが、優先すべきはリュシアを無事に連れ帰ることだ。状況いかんによっては俺たちだけで脱出することも視野に入れておくべきだろう。


 俺が先頭に立って地下室を後にする。


 戦況はどうなっているだろうか。遠くで爆発や怒号がするので戦闘は継続しているようだが、どちらが優勢かは分からない。

 これまで通った道筋を思い返し、脱出ルートの候補を幾つか脳裏に浮かべる。

 今ここで考えても状況によっては使えなくなるが、事前に想定しておけば後々に判断する際の材料になることもある。

 所詮はイメージの世界を使った予行練習だ。無駄になったとしても損ではない。


 階段を昇っていく。


 念の為に肩越しにリュシアを確認すると、小首を傾げられた。問題無さそうだ。顔を正面に戻して次の段差に足を乗せる。

 足を踏み出す度に、始めは小さく見えていた通路への出口が大きくなっていく。


 ここからが正念場だ。リュシアを連れて帰る。必ず。

 右手の剣の柄に力を込める。


 通路に出た瞬間、壁に隠れていたスケルトンが左右から襲い掛かってきた。


 右のスケルトンが斧を振るより早く、股下から頭頂部まで両断する。

 即座に反転。頭上で剣の刃が半円を描く。

 左手も添えて両手持ちにした剣を振り下ろし、剣を突き出そうとしたスケルトンを頭から唐竹割りにした。


 手を伸ばす。

 空中にあるスケルトンの剣を掴むなり、投擲。弓を引いた姿勢で避けられなかったスケルトンが背骨をぶち抜かれて吹き飛んだ。


「リュシア! 走れるな!?」

「ん」

「よし、行くぞ!!」


 通路を塞ぐスケルトンの群れに穴を開けるため、俺は手に魔力を集中する。

 強力な魔法は不要だ。スケルトンの魔法抵抗力は決して高くない。必要なだけの威力さえあれば事足りる。


 手に集まった魔力が帯となって撃ち出される。凝縮した魔力を放つだけの基本的な攻撃魔法だ。

 だが、基本的な魔法が役に立たないわけではない。魔力の波動が通り過ぎた後には十数体のスケルトンが消滅していた。


「先にいけ!」

「ん」


 リュシアの後ろに続いて駆ける。背後からの銃弾と矢を剣で弾き、手でつかみ取り、時には自分の身体で受け止める。ひとつたりともリュシアへと通しはしない。


「もう、一発!」


 背後に向けて魔力波を放つ。狙いは上方。天井に突き刺さった魔力が崩落を誘発し、瓦礫が通路を埋める。これで後ろからの敵は一時的に抑えられるはずだ。


 だが、敵は幾らでも湧いてくる。足を早めてリュシアを追い越すと、通路の角から現れた数体のスケルトンをまとめて斬り払い、進路を確保する。


「こっちだ!」


 リュシアを守りながら長い通路を走る。


 天井から突如出現した機銃が弾丸をばら撒いてきた。毎分千発を超える鉄の嵐。自分よりも後ろのリュシアへの軌道を取るものを優先して切り払う。


「――――ッ!」


 俺が機銃の相手をしていた時、通路の反対から現れたそれに背筋が泡立つ。

 スケルトンが数体がかりで運んできた兵器。床に固定され、黒い砲口をこちらに向けたそれが紫電の輝きを放つ。


 魔力を高めて肉体を強化する。より強く、より速く。


 衝撃波に壁や床が砕けていく。

 ただの余波で破壊をまき散らしながら、音速の十倍を超える極超音速の弾丸が飛来する。


「オオオオオオオオッ!!」


 刃と弾丸が激突した瞬間、凄まじい轟音が通路を揺らした。衝撃によって発生した熱が周囲の気温を上昇させ、熱風が吹き荒れる。


 俺自身が壁となったことで背後のリュシアは無事だ。それだけ確認すると、舞い上がった粉塵で白く煙る通路に飛び込んだ。

 先ほどの衝撃波で破損していた機銃を念のため完全に破壊し、足を緩めず通路の反対にまで駆け抜ける。


 突然粉塵を突き破って現れた俺に、スケルトンたちの反応が僅かに遅れた。硬直している間に手近な二体を斬り飛ばし、次の一撃で残りを排除する。

 最後は上段に構えた剣を全身のバネを使って振り下ろした。電磁投射砲レールガンの装甲に刃が潜り込み、制御用コンピュータや機関部に修復不能な損傷を与えた。


「ったく、リュシアを殺す気か?」


 生きて捕らえるという意思が感じられない。死んでも構わないと思っているのだろうか。

 だが、いずれにせよ守り通すだけだ。






 それからも次々に出てくるスケルトンを蹴散らしながら城内を突き進んだ。

 アルゴたちとの合流はできず、自分たちだけで脱出することを本格的に検討するべきだった。脱出後に外から成功の合図を送ればいい。


 だが、リュシアの体調が悪化したことでこの案は脆くも崩れ去った。

 もともと通常の人間なら動くどころか命にかかわる状態だったのだ。竜族としての強靭な生命力が走り回ることすら可能としていたが、当然のように限界はあった。


「大丈夫か?」

「……ちょっとキツイ」

「薬はどうだ?」

「……少しだけ気分が良くなった、気がする」


 床に腰を下ろしたリュシアの呼吸は荒い。滝のような汗が銀髪を濡らし、頬を流れ落ちる。吐き気や頭痛、寒気まであるようだ。小さな肩が震えているのが分かった。

 彼女の手には先ほど渡したエリクサーの容器が握られている。一つしかないとっておきだったが、気休め程度の効果しかなかったらしい。


 ここは一時的に逃げ込んだ城内の一室だ。追手をどうにか巻いた隙に潜り込んだのだが、すぐに敵がやってくるだろう。


 俺は回復魔法があまり得意ではない。使えることは使えるが、高度なものは無理だ。

 しかも、そのような高度な魔法でも足りないだろう。


 そもそもリュシアの不調の原因は怪我ではない。

 囚われている間に奪われ続けた血液と魔力の欠乏、満足な食事も与えられなかったことによる体力の低下に加えて、逃げ出す力が戻らないよう毒の投与まで行われていたのだ。


 ここまでされてまだ走れる元気があった竜族の頑強さには驚くほかない。人間ならとっくに死んでいる。


 毒については先ほど知ったのだが、そこまでやっているとは予想外だった。

 地下室から出る前に体調についてもっと確認するべきったかもしれない。とはいえ、あの時点で判明していても結果は大して変わっていなかっただろう。


 エリクサーでも治癒できないなら現状ではほとんど打つ手が残されていない。

 竜族にさえ効くのだから生半可な毒ではないだろう。エリクサーを使っても僅かに症状がマシになる程度だったのだ。


 エリクサーといえど全ての毒に効果があるわけではない。

 簡単な話だ。

 エリクサーを作れる技術で毒を作ればどうなるか。薬と毒は表裏一体。薬を作れるなら、その薬で治せない毒とて作れるだろう。


 もっとも人間にとってはエリクサーはあらゆる毒や病を癒やす万能の霊薬である。

 なぜなら、エリクサーで治せない毒や病を通常の人間が受けたら、薬を飲む暇もなく即死するからだ。

 死んでしまえば薬に効果があっても無くても意味はない。

 その上で、薬が間に合うまで生きていられる程度の毒や病をすべて治せるなら、実用の面でそれは万能薬と呼んでも差し支えはないだろう。


 いずれにせよ、本来なら毒が抜けるまで自然治癒に任せるべきだ。竜族ならば高い治癒力がある。

 だが、この状況では回復を待っていられない。

 俺の持っていたエリクサーは最高峰の霊薬だ。これが効かない毒を治すことは魔法でも不可能だろう。


 もしそれを可能にするなら霊薬を超えた、神によって作られた神薬か、魔法を超えた奇跡が必要になる。

 前者は当然ながら無い。あったら使っている。

 そして、後者に関しては……手がないわけではない。だが、まず成功しないだろう。

 己の力不足が悔やまれる。


「……俺がもっと上手く神力が扱えたらな」


 そう神力。文字通りの神の力。


 神力とは簡単にいえば神が奇跡を起こすための力だ。魔法よりもっと凄い力という認識でもそれほど間違ってはいないだろう。

 十分な神力と、それを制御する能力があるなら何でもできる。それこそ魔法や、あるいは科学では実現不可能なことであろうとも。


「……なぜ?」

「うん? 何がだ?」


 リュシアが額に汗を浮かべて俺を見上げてくる。

 だが、何に対する「なぜ?」なのか分からなかった。それを察したのだろう、リュシアが言葉を付け足す。


「ユキトは人間のはず。なのになぜ神力が使えるの?」

「あー、それか。その、なあ……時空神アグナーシャと言えば分かるか?」


 自分ですべてを説明するのは躊躇われた。尾びれ背びれが大量についた噂が広まっているようだが、事実はそんな立派なものではないのだ。


 俺の答えにリュシアは目を丸くしていた。これまで見た表情の中で一番感情が表に出ていたかもしれない。

 数秒ほどその状態で固まっていたが、やがて納得したように頷いた


「そう、あなたがそうなの。彼の時空神アグナーシャを討滅したという人間の剣士」

「言っとくけど、俺だけで倒したわけじゃないからな?」


 あの時は大勢の仲間が一緒だった。

 俺の力などそれほど大きなものではなかっただろう。たまたま戦いの流れの中で、俺が決着をつけることになっただけだ。決して俺の実力ではない。


 時空神アグナーシャ。

 六神同盟の頂点に立つ、六柱の神の一角を占めていた神だ

 多くの神がいるこの『断絶界』においても数少ない主神級の力をもった神であり、その絶大な力によって神々にさえ畏怖された。


 ありえないほど強く、勝てたのは奇跡としか思えない。

 だが、奇跡はそれだけではなかった。彼の時空神を倒した時、その神力が俺の中へと流れこんできたのだ。


 竜殺し《ドラゴンスレイヤー》は竜を倒した時に超常の力を手に入れた存在とのことだが、神を倒した時にも同じことが起こるのだろうか?

 理由は定かではないが、そのような経緯で俺は神力を宿すことになった。


 だが、手に入れた神の力は満足に扱えるものではなかった。

 地球出身の俺はこの世界で魔法を知り、魔力の扱いを身につけたが、神力を扱う難易度は魔力の比ではない。

 生まれながらの神ですら扱いに苦労するほどだ。もし神力の制御を誤れば、神でさえ消滅する危険がある。

 正直なところ、人間の俺には身に余る力だ。


 それでも何とか扱えないかと練習をしているが、神力は消費するとなかなか回復しない。もっとも神力の回復に適した環境である神界で休もうとも、長い時間が必要になる。


 扱いは難しく、使ったらなかなか回復しない。

 だから神は神力の行使を控える。つまりは奇跡を簡単には起こさない。それ以外にも、ポンポン奇跡を起こしていたら世界が混乱するという理由もある。


 俺が上手く神力を扱えるならリュシアを回復させることなど造作もないだろう。上手く扱えるならば。

 現状、俺は神力を使うその前の段階でつまづいている。つまりはまだスタートラインにすら立てていないのだ。


「――そうだ。念の為に聞くんだが、リュシアが自分で自分を回復させるのはできないのか?」

「無理。魔力は残り少ない。神力も底をついている。それに体調が悪すぎて制御できるか分からない。」

「ま、そりゃそうだよな」


 予想どおりの答えが返ってきた。出来るならとっくにやっている。

 だが、そうなると状況は変わらないままだ。このまま休めるならリュシアの体調も少しは良くなるだろうが、そんな時間はない。


「リュシア、敵が来る」

「……ん」


 立ち上がろうと足に力を入れるが、途中で膝が崩れ落ちた。ひと目で無理だと分かる。リュシアは歩けるほどにも回復していない。


「仕方ない。ほれ」


 姿勢を低くして、リュシアに背を向ける。こうなれば背負っていくしかない。

 これからは戦い方にも制限が出るだろう。剣は使えないので魔法中心。また、あまり速く動きすぎるとリュシアに負担がかかる。


「ごめん」

「気にすんな。リュシアが悪いわけじゃない」


 背中に感じる軽い重み。こんな小さな少女が、あんな酷い目にあっていたと思うと怒りが湧いてくる。


 部屋の前に敵の気配がたどり着いた瞬間、俺は扉を蹴破った。扉ごと壁に叩きつけられたスケルトンを横目に、準備していた魔力波を放つ。


 次々とやってくる敵の増援に背を向け、俺はリュシアを背負って駆け出した。








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