第7話 日常編②
その日の放課後、僕は凜と一緒に部室へと向かった。
僕にとっては今日で2回目の部活動である。
昨日は無線機で文崎先輩に任務結果を報告しただけだったので、とりあえず、改めて文崎先輩に昨日のことを報告しなければいけないと思い、情報収集室へと向かうことにした。
「こんにちは」
「こんにちはー!」
僕と凜が挨拶しながら室内に入ると、文崎先輩が険しい顔で大型モニターを眺めていた。
「おっ、柊と凜ちゃん、早いね~。ちなみに昨日の任務の報告なら、既に把握しているので結構よ」
「えっ?」
「でも、一応これだけは聞いておこうかね~。巨大カエル男の特徴を」
「特徴ですか? 確か … 大きさは象くらいで、四足歩行でした」
「それだけ?」
「ええ、えーと … 」
何かいろいろあったのであまり記憶に残っていないんですけど・・。
そこへ、凜が代わりに答えてくれた。
「皮膚が分厚くてー、マラの日本刀でも切断できなかったよー」
「分厚いか … 。確かに奴がボスだったと思うけど、いくら巨大でもカエル男の皮膚が硬いワケないはずだけど。マラちゃんの散弾銃でも、あまりダメージ受けてなかったんでしょ?」
「うんー、そうー」
すると、文崎先輩は何かを考えこむように、メガネに手をやった。
「不思議よね~。昨日の同時刻に日本の10か所で未確認生物が姿を現すなんて・・・」
「えっ? 大丸トンネル以外にも、生物が現れたんですか?」
「そうよ。いずれもその地域担当の超常現象部が退治したんだけどね・・・。とりあえずコレ見てちょうだい」
差し出されたのは1枚の写真だった。
その写真には、生物の死骸が映っていた。
体系はほっそりしており、尻尾が生え、おそらく二足歩行と思われる発達した足が2本。
鋭いかぎづめが生えている前足。
一見トカゲみたいに見える全身。
何か・・・どこかの映画で見たことあるような・・
「これって・・・」
「そう、恐竜よ。司法解剖の結果、種類はベロキラプトルだと判明したってわけ」
「この写真は … どこで?」
「長野県 松本市郊外にある民家にて、超常現象部員が撮影したものだそうだわい」
「でも … 恐竜って絶滅したんじゃ … 」
「確かにね。でも今まで未確認生物を見てきて、ふと仮説が浮かんだのよ」
文崎先輩はニヤリと笑みを浮かべる。
「その写真に映っているペロキラプトルは、過去の世界からタイムスリップしてきた のではないかと」
「タイムスリップ!?」
いや、タイムスリップって・・・またまたスケールがデカいですね。
「ペロキラプトルだけではないわい! 未確認生物の約8割は、過去や未来からタイムスリップし、私たち人類の目の前に姿を現している可能性が高い」
「タイムスリップっていっても・・・どうやってこの時代に?」
「決まってるじゃない。タイムホールよ」
「タイムホール?」
「タイムホールは、空間に一時的に亀裂が生じ、過去・未来と現在がつながる現象のことよ」
なんか話がSFみたいになってる!
「有名な未確認生物:ネッシーで例えてみよう。ネッシーは、1933年以降にイギリス・スコットランドにあるネス湖にて多く目撃されている。まず、ネス湖の水中内にてタイムホールが出現し、白亜紀の時代から1匹の首長竜が迷い込んできた。そして一時的に水面に首を出したところで、偶然に通行人に撮影される。しかし、タイムホールは一定時間で消滅するため、おろらくネッシーと呼ばれる首長竜は、タイムホール内へと戻っていき、元の白亜紀の時代に帰って行った。だから、いくら人間がネス湖を詳しく調査しても、見つからない … てわけだわい!」
「・・・なるほど、じゃぁ昨日のカエル男も過去の生物ですか?」
「いや、今のところ、過去の生物とは該当しなかったわい。だから恐らく、未来の生物かもしれないわい。未来の生物の姿は誰も知らないからね」
その時、僕の袖が引っ張られる感じがしたので、隣へ目をやると、凜が「う~」と唸りながら頭を抱えていた。
「どうした、凜?」
「う~、そんな難しい説明されてもー、わかんないよー!」
「・・・まぁまぁ、凜ちゃん、あくまでも仮説だから気楽に考えたまえ。さぁ、用が済んだんだから、柊は射撃練習したまえ。凜ちゃんには話があるからここに残りたまえ」
「じゃあねー、祐磨ー」
「ああ、またな」
一足先に僕は、射撃練習場へと向かうわけであった。
◇
パンッ!
乾いた音とともに、手に軽い衝撃が伝わってきた。
「おお~、うまいうまい。 やっぱ祐磨君は射撃部だっただけに上手いね!」
僕の後ろで感心したようにそう呟いたのは、同じ部員の神納麻里である。
彼女はイジワルそうな笑みを浮かべると、なぜか僕の背中に密着してきた。
「じゃあ、次はフルオートで撃ってみよう! えへへへ」
「あの … そんなに密着しなくても … 」
「祐磨君と密着してると、なんか心臓がバクバクするね!」
そのときだった。
「うるせぇ! ふざけてないで、真面目に指導しろっ!」
突如、隣の射撃台から男子の声が聞こえた。
見れば、ショットガンを撃ち終えたばかりの男子生徒が、こちらを見ていた。
その男子生徒の顔を見た瞬間、僕は思わず「えっ?」って呟いてしまった。
金髪に耳ピアス、鋭い目、一見近寄りがたい感じがする男子生徒。
そう、僕が昼食時に、食堂でぶつかってラーメンの汁を少しかけてしまった3年男子だったのだ。
おまけに彼の袖には、茶色の汚れもしっかりついたままだ。
「ごめんなさーい!」
口を尖らせながら、麻里は謝る。
すると、彼は何事もなかったかのように、弾切れのショットガンを抱えながら、武器保管庫へと戻ろうとしたが、僕がじっと見ていることに気が付いたのか、顔をこちらへと向けてきた。
「なんだぁ?」
「あっ、いえ … 昼食の時、申し訳ありませんでした!」
僕が頭を下げて謝ると、
「あぁ? お前、超常現象部員だったのかぁ?」
「は … はい」
「そっかぁ。まぁいい」
それだけ告げると、彼は立ち去ってしまった。
麻里はキョトンとしながらも、興味津々で話しかけてくる。
「祐磨君、浅井先輩と何かあったの?」
「まぁ、ちょっと。ねぇ、聞きたいことあるんだけど … いい?」
「どーんと、いいよ!! あたしの胸のサイズ聞きたいんでしょ?」
「なんでそうなるんだよ! 聞きたいのは … 」
そう尋ねようとしたが、そこで今度は金髪ロングヘアーの巨乳女の子が現れて、麻里の肩を掴んだ。
「麻里! 紗里が呼んでるよ!」
「ええー! せっかく祐磨君と2人っきりだったのに!!」
「来ないと例の人にあの性癖バラすよー だってさぁ。」
それを聞いた瞬間、麻里の体がビクン! と震え、表情が凍りついた。
「じゃぁ … 残念だけど、祐磨君、またね!」
僕が返事をする暇もなく、麻里は風のごとく走り去ってしまった。
あーあー、聞きたいことあったのに・・・
そんな様子に気が付いたのか、目の前にいる金髪ロングヘアー女の子が僕の顔を覗き込んでくる。
「君はたしか、新人部員の柊君?」
「そうですけど」
「そっか。あたいは3年2組の双城蘭。よろしく、新人部員君!」
「どうも」
「そういや、聞きたいことあったんじゃないの? あたいに聞いてもいいよ?」
「だったら・・・」
僕は、ストレートに浅井先輩についていろいろ尋ねてみた。
食堂で浅井先輩とぶつかったとき、周りで聞こえてきたある噂が本当かどうかを。
僕の質問を聞き終えた双城先輩は、しばしの間考え込むと、大きく頷いた。
「まぁ、同じ部員なんだし、いっか。その噂は一部だけ本当よ」
「えっ!?」
「たしかに、剛一は過去に傷害罪で少年院に入ってた。殺人は犯してないけどね。これには深いわけがあるんだけど、聞きたい?」
僕は首を縦に振る。
「今から4年前かな? 剛一がまだ中学2年だったとき、部活帰りに不良少年たち5人に、無理矢理路地に連れ込まれた女の子を目撃したらしいの。気になって覗いてみると、不良たちが女の子を … 襲っていたらしいの。剛一は女の子を助けようとして、つい、近くにあった鉄パイプで・・・」
「そういうことだったんですね … 」
「うん。いくら女の子が襲われていたとはいえ、警察は過剰防衛であると判断し、剛一は少年院送りにされたわ」
彼は女の子を助けるために・・・。
見た目と違って、優しいところがあるんだなと率直に思った。
「剛一がこの学校に転校してきた時、あたいが最初に話しかけて、この部活に誘ったの。まぁ、凜ちゃんがあなたを誘った時のようにね」
「もしかして … 双城先輩と浅井先輩は付き合ってるんですか?」
「ストレートに聞くね~。何でそう思うの?」
「いや … 浅井先輩について詳しいからですよ」
すると、双城先輩は苦笑しながら、頭をかき始めた。
「えへへ、まぁ、剛一があたいのことどう思っているかはわからないけどね。少なくても、あたいは剛一のこと好きだけどな~」
彼女は遠くを見るような目でそうつぶやく。
だが、すぐに彼女は気を取り直して、僕の目を見ると、
「まぁ、男ってどいつもこいつも鈍感だしねぇ。新入部員君も、ちゃんと女の子の気持ちわかってあげなよ?」
「はい」
「分かったなら、凜ちゃんと仲良さそうだから、そこんとこがんばってねぇ~」
彼女はそのまま射撃練習へと向かって行ってしまった。
がんばって~って言われても、何をがんばったらいいんだ?
任務のことか?