第34話 修学旅行3日目 マンティコア現る!
同日 午後7時20分
防衛省庁舎A棟 とある階 超常現象捜査本部
突如、室内にけたたましい警報音が鳴り響いた。
資料片手にコーヒーを堪能していた本部長:垰田三武郎は眉を顰める。
せっかくのコーヒータイムを邪魔されたからである。
「緊急報告! 中央通信室より緊急伝達! 先ほど19時13分32秒 磁気観測衛星より、関東一帯に磁場異常反応を観測したとのこと。 以上により、推定ランク4の未確認生物が出現したとみられます!」
「何? 出現場所は?」
「それが … 」
「出現場所はどこなんだ?」
騒然とする室内に、垰田の言葉が響き渡る。
そしてモニターに向かっていた男性が、こう呟いた。
「出現地点は … 北緯35度38分11秒、東経139度45分49秒! 東京都 港区海岸3丁目 レインボーブリッジです!」
「なっ … レインボーブリッジだとっ!?」
垰田は頭を大きく抱えた。
レインボーブリッジは東京の名所みたいなものであり、交通量が多いからだ。
しかも、近くには大きなテレビ局もあるので厄介である。
「今すぐSPIC部隊を出動させて、レインボーブリッジを完全封鎖しろ! 各報道機関に報道管制・情報規制を敷くことも忘れずにな!」
「本部長! 衛星から航空写真が転送されてきました。モニターに表示させます」
垰田が命令すると同時に、室内にある大型モニターに航空写真が映し出された。
画面の航空写真には、拡大されたレインボーブリッジが写っている。
そして、橋の中腹辺りにそれはあった。
「これは … デカいな … 」
垰田は思わず息をのんだ。
画面に写っている生物らしきものの大きさは、付近に写っている大型バスよりもひときわ大きい。
「本部長、写真から推測しますと、出現UMAは マンティコア であると思われます」
「なるほど、分かった」
垰田は顔をしかめたまま、本部室を後にした。
「とうとう本格的に姿を現したか。」
そしておもむろに携帯電話を取り出して、電話帳からとある電話番号を探し出した。
「ここはあの子たちに協力してもらうとするか」
◇
都内 某所 ホテル
『続いてのニュースです。今朝9時50分ごろ、東京地下鉄 半蔵門線 青山一丁目駅 ― 永田町駅間で、火災が発生しました。消防によりますと、この火災で運転手の35歳男性が死亡。煙を吸い込み一時 意識を失った乗客がいましたが、乗客全員 命に別状はないとのことです』
宿泊しているホテルの部屋で、僕はニュースを眺めていた。
『火災の原因についてですが、地下鉄内でガス漏れが起きていたとのことです。なお、この火災で半蔵門線が運転を見合わせておりましたが、先ほど運転を再開したようです』
結局、今朝僕たちが遭遇した電車トラブルは、火災という形で処理されたらしい。
本当は火災事故ではなく、マンティコアによるものだったが・・・。
「よし、日本刀の調子はバッチリですわ!」
「あたしの愛用:M4アサルトカービン銃もバッチリだよー!」
「ウチのバレットM82A1狙撃銃もOK!」
「あたしのベネリM4スーペル90もバッチこい!」
後ろから女子軍団の声が聞こえてきた。
僕がいるこの部屋は、男子部屋ではなく女子部屋なのである。
マラ・凜・紗里・麻里は、それぞれ物騒な銃の手入れを終えたところなのだろう。
「ねぇー祐磨ー? 祐磨は銃の手入れをしなくれもいいのー?」
凜がライフル銃を大事そうに抱えながら、そう声をかけてきた。
「まぁ、いいんだよ。僕は拳銃しか持ってきてないから。それに予備の弾倉もちゃんとあるし」
僕がそう答えると、凜は机の上に置かれた僕の拳銃を見つめて、首を傾げてきた。
「祐磨ー? それっていつも使ってる9mm拳銃じゃなくて、H&K USPだよね?」
「はい? まぁ … 9mm拳銃じゃないってのは分かってるけど。 この拳銃の名前、H&K USPっていうの?」
「そだよー。H&K USPは、ドイツの銃器メーカー、ヘッケラー&コッホ社が開発した自動拳銃でー、いろいろな国の軍、警察、国家機関とかで使われてるんだよー!」
「へぇ~、そんなことよく知ってるな。確か、戦車とかも好きだったよな?」
「うん! 銃とか戦車とか大好きだよー! なんかかっこいいよねー!」
嬉しそうに語る凜。
よほど大好きなんだな。
「凜って、女の子なのに銃とか好きなんだね。好きになったきっかけって、な … 」
「ちょっと、祐磨君! ダメだって!」
僕が凜に理由を尋ねようとしたとき、突然、麻里に腕を掴まれた。
しかも腕を締め付けられるほどの力で。
「痛いって! 何するんだよ麻里。」
すると麻里は、僕だけが聞こえるように、耳元で小声で囁いてきた。
「いい? 凜ちゃんがいわゆる軍オタになったきっかけは、深いワケがあるの。それは … また今度教えてあげるから。 とりあえず凜ちゃん本人に直接聞いちゃダメ! わかった?」
「えっ … う、うん」
麻里の迫力に、僕は納得せざる負えなかった。
僕がマラと紗里へと目をやってみると、2人とも少し気まずそうな表情を浮かべていた。
凜が軍オタだってことに、そんなに深い理由でもあるってことなのか!?
理由が知りたくなってくるが、今は仕方がない。
何気に時計を見る。
現在時刻は、午後7時24分。
そして時計の長い針が、4のところへ動いた瞬間、僕の携帯が鳴った。
携帯には、『垰田三武郎』 と表示されている。
「はい、こちら柊ですけど、どうしました?」
『おお、柊祐磨君か。伝えたいことがあるのだが、メンバー全員は揃っているかね?』
「はい、全員居ますけど」
『なら丁度いい。先ほど、マンティコアが出現したのだ。場所は、首都高速11号台場線 東京港連絡橋。通称:レインボーブリッジだ』
やはりマンティコアが出現した。
クルの言った通りだ。
垰田さんからはこの件について解決してほしいと頼まれているから、マンティコアを退治しなければならない。
「分かりました。今から向かいます。」
『いや、大丈夫だ。こちらから迎えに行く。ホテルの前で待っていてくれたまえ』
◇
首都高速11号台場線 レインボーブリッジ 台場側主塔付近
僕らがここへ到着した時、衝撃の光景を目の当たりにした。
車から落ちた僕らが最初に見たのは、真っ赤な炎だった。
道路の真ん中では、数十台の車が横転していたり、ペシャンコに潰れていたのである。
そしてその近くには、やはり意識を失っている特殊部隊員らしき人たち。
「やはり、マンティコアの仕業ですわね」
マラが日本刀の束に手を置きながら、そう言った。
「ああ、確か今朝遭遇した時、奴の赤い目を見た瞬間に気を失った。みんな、絶対に奴の目だけは見ないようにしろよ?」
「分かっていますわ。じゃあ、それぞれの配置に着きましょう」
マラの合図で、僕・凜・紗里・麻里のそれぞれが行動を開始した。
僕は高くそびえ立った主塔を眺めながら、道路に放置されている大型バスの陰に身を隠すことにした。
腰からH&K USP拳銃を取り出して、大きく深呼吸をする。
そう息を整えていると、隣にM4カービン銃を手にした凜もやってきた。
「凜、どうしたんだ?」
「えへへー、なんか祐磨が心配になったからー」
「心配されなくても平気だよ。それより僕は、凜の方が心配だよ」
「えー、あたしって … そんなに頼りなく見えるのー?」
「いやいやいや! いつもは可愛い凜が、銃を手にしている姿ってのは、そりゃ、なんかカッコよく見えるって!」
「??」
こうして見ると、いつもは天然さんで、子猫みたいに可愛い凜も、今はかっこよく見える。
銃を手にしている女の子ってのも、何だか素敵だな~と思っていると、
『祐磨君、凜ちゃん? 任務に集中してください!』
無線からマラの声が聞こえてきたので、とりあえず反省する。
するとその時、
「祐磨ー! マンティコアが来るよー!」
僕が見上げる暇もなく、上空からマンティコアが落下してきて、そのまま路上に放置されていた乗用車の上に着地した。
乗用車は跡形もなくペシャンコに潰れる。
レインボーブリッジの照明と月明かりに照らされたマンティコアの姿は、たいへん迫力があった。
顔は人の顔・獅子の胴体・コウモリの翼・サソリの尻尾。
まさしく怪物の名に相応しい姿である。
「凜、準備はいいか? 絶対に奴の目だけは見るなよ?」
「うん! わかってるよー!」
「じゃあ、僕らの任務開始だ!」
僕はバスの陰から飛び出し、奴に向かって拳銃の引き金を引いた。
それを合図に凜もM4カービン銃を連射する。
弾はいずれも奴の胴体に命中しているのだが、やはり大したダメージにはなっていないようだった。
続けて横転したパトカーから、マラが飛び出してきて居合術を放った。
鞘から一気に解き放たれた日本刀は、その鋭利な刃でマンティコアの足を切り裂く。
「やったぞ!」
だが、足を切り裂かれたにも関わらず、マンティコアは怯むどころか、痛みすら感じていない様子でマラに向かって飛び掛かった。
銀色の髪をなびかせながら、マラは身を屈めて回避する。
マラの頭上を通過したマンティコアは地面に着地すると、赤い瞳をこちらへ向けてきた。
僕は咄嗟に視線を逸らす。
危ない危ない、思わず目を見てしまうところだった。
そして続けざまに、銃撃音が響き渡った。
遠くから飛来してきた弾丸が、マンティコアの胴体に着弾したのだ。
ここから数百メートル先にあるバスの屋上で、紗里が狙撃してくれているのだろう。
しかし、それでも奴は平気な様子だった。
「おいおい、全然効いてないじゃないか! どうするんだよ!」
「決まってますわ! 銃が無理ならわたしの日本刀で!」
そう言って日本刀を構え直すマラであったが、その時、マンティコアの後ろから生えている蠍みたいな尻尾がこちらを向いた。
「マラ、奴が新たに攻撃してくるよ!」
「分かってますわ! わたしの日本刀があれば、どんな攻撃も弾き返して上げますわ! だから、祐磨君と凜ちゃんは、車の陰に身を隠してください!」
僕と凜は、さっきの大型バスの陰へと隠れ、様子を伺うことにする。
マラのスカートが風でなびいており、月明かりに照らされた彼女の銀髪ロングヘアーはキラキラと輝いていた。
そんな彼女が日本刀片手に佇んでいる姿は、思わず見とれてしまうほど実に美しい光景である。
そして彼女の視線の先には、獰猛な顔をした合成獣:マンティコアがいる。
お互い睨み合いをしている様子だ。
先に動いたのはマンティコアだった。
奴の蠍状の尻尾の先端がマラへと標的を定め、次の瞬間、鋭い棘を連射しだしたのだ。
1発だけではない。
まるでマシンガンを連発するかのごとく、棘を連射している。
それに対して、マラは日本刀1本で、飛来してくるすべての棘を弾き返している。
時々、日本刀で弾き返された棘が、ランダムな方向に向かって飛んでゆき、車などに穴を空けていっている。
「くっ … 」
一方、マンティコアの棘連射は、一向にやむ気配が感じられない。
やがて体力的にきつくなってきたのか、マラの様子が変化した。
彼女の体が押されている。
歯を食いしばりながら、必死に耐えているが、このままでは体力が持たない。
「マラ! もういい! 一度こっちへ!」
僕がそう叫ぶと、マラは日本刀を振り回しながら、僕たちが隠れている大型バスの陰に飛び込んできた。
奴の攻撃はまだ終わっていないらしく、大型バスが ガタンゴトン! と大きく左右に揺れている。
あの棘の威力は半端ないということだ。
「マラー、大丈夫ー?」
「ええ、大丈夫ですわ、凜ちゃん。心配してくれてありがとう」
マラは日本刀を一度鞘に納めながら、険しい顔をした。
「これじゃあ、迂闊に近づくこともできませんわね」
「マラ、さっき奴が飛ばしてきた棘って、やっぱ危険なんだよね?」
僕の質問に、マラは地面に落ちている棘を指さしてこう答える。
「マンティコアが飛ばしてくるこの棘には、確か猛毒が含まれているって聞いたことがありますわ。万が一、掠ったりしただけでも、死に至らすことができるって言われてますわね」
「うわぁ … マジかよ」
そんな猛毒の棘を銃のように連射できるって、ある意味最強だな。
命中した箇所が悪かったら即死。即死を免れても猛毒で死んでしまう。
つまり、あの毒の棘に触れてしまったら、死は免れないってことか。
「じゃあさ、バズーカ砲とかないの?」
「あいにく持ってきてませんわ。SPIC部隊なら用意してるでしょうけど … ほとんど意識を失っていて壊滅状態ですし」
「自衛隊に連絡して、戦闘機のミサイルで攻撃してもらうとかさ」
「祐磨君? ここは東京なんだけど。 ニュースでは、ここで起こった事件は、大型タンクローリーが横転して危険な状況下になっている ってことになっているのよ? 周辺にはマスコミが撮影いるかもしれないっていうのに、戦闘機でミサイル攻撃なんかしたら、ど
う説明するわけ?」
マラはまるで子供に言い聞かせるように、人差し指を僕の口元へと押し当ててきた。
「で … でもさ、今回の事件はいくらなんでも隠せないんじゃない? ほら、近くにはテレビ局だってあるし、マスコミだっているし…」
「心配ないわ。どうせ国のお偉いさん達がマスコミに報道管制・情報規制を敷いてくれているだろうし、そもそもニュースでも生中継しているところは1つもありませんから。 今は録画した映像を自由に編集できる便利な世の中になったものですから、大変助かります!」
なるほど … 後日、このレインボーブリッジで発生した今回のことは、タンクローリーの事故と処理されるというのか。
燃料をたくさん積んでいたため、爆発すれば危険だからレインボーブリッジを完全封鎖したことにする。
そしてもちろん、ニュースでは現場の映像も流れるのだが、現代はパソコンとかで自由に修正・加工できる時代だから、マンティコアの姿も修正で消されてから、ニュースで流されるってわけか。
秘密裏にマスコミを操作してるって恐ろしいな~。
「祐磨君、今はそんなことを話してる余裕はないですわ。マンティコアをどうやって倒すのか考えませんと」
「うーん、やっぱ近づくことができないんなら、銃で攻撃するしかないよな」
「あなた達、銃で攻撃しても無理よ?」
突然、聞きなれない声が聞こえてきた。
振り返ってみると、そこには女性がいた。
黒髪が似合うポニーテールで、肌は白く、紺色の迷彩柄の服を着ていた。
そして何より印象的だったのは、彼女の赤い瞳だ。
「あの、どちら様で … ?」
「私は超常現象調査特殊部隊 関東管区支部副隊長を務めている 倉梨葵。あなた達のことなら、妹から聞いてるよ」
倉梨 … 倉梨 … そして赤い瞳。
「あっ! もしかして、倉梨狐美のお姉さんなんですか!?」
「そうよ」
数か月前、凜と僕がモスマンに追い詰められたとき、倉梨狐美という女子高生に助けてもらった覚えがある。
狐美は九尾の狐と人間の血が流れているハーフなんだとか。
ちなみに殺生石を使用すると、獣耳少女へと変身する。
ということは、姉であるこの人にも・・・?
すると僕が思っていることを読み取ったのか、葵は頷いた。
「たぶん、狐美から聞いたんでしょうけど、私たちの家系には、代々九尾の狐の血が流れているの。 だからもちろん、私にもその血は流れている。 まぁ、狐美に比べて変身はできないけど」
「そうだったんですか」
まさか狐美のお姉さんが、政府の機密特殊部隊で働いているなんて。
するとマラが大きく身を乗り出してきた。
「倉梨さん、銃で攻撃するのは無理って言いましたけど、では、どうすればいいのでしょう?」
「それが私たちSPIC部隊でもお手上げ状態ってわけ。ちなみにさっき、この子を見つけたんだけど、この子なら何か知ってるんじゃないかな?」
そう言って、葵は自分の後ろを指さした。
そして葵の後ろから、小学生くらいの身長の少女が姿を現した。
その人物は、僕がこの修学旅行中に出会った少女だった。